夏休みになると、友達と連れ立って川に行った。
小学校の頃は石橋という所。川を渡るのに大きな岩を橋にしていたので、はらばいになって渡った。雨の降った後などは、岩の間をゴウゴウと水が流れていくのが恐くて、おそるおそる渡ったことを思い出す。
石橋を半分ほど渡った所に石ばかりの中州があり、そこにぞうりやタオルを置いてから川に入った。
ずーっと上の方まで浅瀬になっていて、それから徐々に深くなっていたので、みんなで楽しめた。今のようにプールも無い時代。幼子を連れた大人も何人もいた。
ごりという魚もたくさんいて、竹でくんで作った「ぶったい」というものや、「底びん」という箱型の木枠の底にガラスをはったもので覗きながら、小さな網でしゃくりあげて捕っている大人もいた。孫の水遊びの傍らで楽しんでいたのかもしれない。あの頃、「底びん」がほしかったなー。
川に行くのは、一日一回やったか二回やったか忘れたけど、決められちょった気がする。できるだけ長くおる為に、寒くなったら中州でひなたぼっこをしながら、小さな岩を持ち上げてごりを探したりした。おこぜややつめうなぎもおった気がする。
小学校の1年か2年の時、丁度仕事が休みやという、友達のお父さんが石橋に連れて行ってくれたことがある。川の浅瀬を少しのぼっていくと、淵の方に大きな岩があって、その周りは私の背丈ほどの高さで、そこまでの距離は2メートルもなかったと思う。泳ぎは「犬かき」しかできんかったけれど、岩まで泳いでいって、しがみつきよじ登るのがおもしろかった。
このおもしろさを友達にも教えようと、
「ここまできいやー」
「こわいけいやー」
「だいじょうぶ いけるいける ここでひっぱちゃおけねー」
「ほんとー ほんならいってみる」
と泳いできはじめて途中で、ブクブクブクーと沈んでもがきはじめたので、ワーと思って得意の犬かきで助けようとそばまで行ったら、どこをどう引っ張られたのか一緒にブクブクと沈んでもがいた…。
誰かが両腕に2人をかかえてひっぱりあげてくれた。気がつくと、友達のお父さんやった。ずーっと遠くに座っていたとおもったのに飛んできた。私のお父さんと比べると、小さなおじさんやと思っていたので、とてもビックリした。
いつもは口数の少ないおじさんやったけれど、そのまま家に連れ帰られ大目だま。そのあと、おやつをもらって二人で昼寝をした。
あれから、早明浦ダムができ、地蔵寺川も分水され随分と水量がへった。
過疎化がすすみ町の人口も年々減ってゆく。もう一度、石橋に行ってみたいと思うのに、降り口の階段が草におおわれて行けないのが残念。
毎年夏になるとそう思う。