ある日の土佐町。
ぼくらはいつもと変わらない、平和な時間を過ごしていた。
川田ストア。
ここは酒屋さんなんだけど、その奥に机と椅子が置かれた小さなスペースがある。
ぼくらはよくここで勝手に集まっては、バカな話を楽しんでいる。
ちなみにこのスペースは、いっさい公開されていなくて(だからって秘密でもない)、
完全なるプライベート空間なわけだから、
店主である【のぼるさん】と【れいちゃん】が気に入った人だけが出入りしている。
ここに来る人はほとんど顔見知り。もし知らない人がいたとしてもすぐ仲良くなれる。そんなところ。
そんないつもの場所での、いつもな感じ。
「ねぇ、このまえ出張に行ってきたんだけどさー」
『うんうん』
「そこのホテルでね、資料を渡されたんだけども」
『うんうん』
「その資料をクリップでとめててね」
『それからそれから?』
「そのクリップがUSBになっててさ、資料の中身がぜんぶデータになって入ってるのよ!」
『まー便利!!!』
書いてて『だから何?』って思うくらいの、つまりは中身なんてあってないような…
そんな【話を楽しむことが目的!】みたいな雑魚い話題で、
土佐町にいるプロカメラマン【石川さん】ともりあがっていた。
「それでね、土佐町の素材を使ったUSBつくったら、おもしろくない?」
『あー、たしかに!』
『たとえば、鹿の角とかさ!』
「ほぉーー」
酒のつまみとしては、まぁまぁなネタだ。
いつかの大都会。
さっそうと横断歩道をわたるビジネスマン。
髪をキレイに整え、ダークグレーのスーツに光沢あるブラックレザーの靴を履き、
まるで街の全てをそこに映し出しているかのような、ガラス張りのビルに入っていく。
入口の自動ドアが開き、まだ新しいそのビルの匂いを味わいながら、さっそく受付をすませエレベーターで38階へむかう。
この日のために入念に資料はつくってきた。わずかな緊張を感じながらも彼の表情は自信にあふれている。
チン!と音がなり、エレベータの扉がひらく。
真っ青なジュータンがガラスの向こうに見える空まで続いているようだ。
足音は床に吸い込まれ、分厚い扉たちの向こうからは何の音も聞こえない。
自分の心臓の音だけが鳴り響くこの世界で、『大丈夫』そう自分に言い聞かせる。
コンコン、『失礼します』。
一番大きな扉の向こうには厳しい表情をした自分の父親ほどの男性たちが数名、すでに席についている。
冷たい視線を横切り、セッティングされているスクリーンの前に立つ。
鞄からパソコンを出し、これからはじまる一世一代の大勝負の準備をする。
「我々をこうして集めたからには、さぞ良い話が聞けるんだろうね?」
この日のために数ヶ月もかけて、彼はこの資料を仕上げてきたのだ、負けるはずはない!
左手でそっと鞄のふちを持ち、それとは対照的に右手を力強く中につっこみ、全てのデータが入っているUSBをつかむ。
「もちろんです!」
そうして彼は、すでに勝ったことを確信しているかのように、高々と右手を掲げる。
その右手には、鹿の角。
想像したらフフッ♪ってなる。
決して爆笑はしないけれど、ニヤニヤしちゃう。
ぼくらはそれだけでお腹いっぱいだったのに。
パッとアイデアが思いついて、酒のつまみとしてその場で消費されて終わる。
アイデアの大半はそんなもん。
だからそれ以上は、とくに何も望んじゃいなかった。
だ・が・し・か・し
(「お・も・て・な・し」ってやりたかっただけ←ここまで書いて、急になんか恥ずかしい…)
ここは土佐町!!!
(『土佐町だから』ってのが理由になっちゃうの!!っていう伝わらない思い…)
「鹿の角か?持ってきちゃるわ!」
川田ストアによくいるダンディー&キュートな笑顔のおじ様【アキラさん】がそう言いながら、すでに出口に向かって歩きはじめている。
「えっ、あっ、えぇ⁉︎」
戸惑う。
急すぎる展開にただただ戸惑う。
「やばい!」
何がやばいのかわからないけれど、とりあえずそんなとき口から出てくる言葉No1は、やばい!
今起こっていることにザワザワしながら待っていると、アキラさんが鹿の角を数本、ビニール袋に入れて戻ってきた。
「やるわ!」
いきなり粋に手渡す鹿の角。
ちょっと話したことが、すぐ、ほんとその場で現実になり始める。
これが土佐町クオリティー!!
『鹿の角で何かやりたい』なんて、そんな思いはまったくなかった。
けれど、土佐町のものを使って、土佐町の人たちと一緒に何かできたら楽しーだろうな。
ただみんなで楽しみながら作るだけでもいいんだけど、せっかくなら【土佐町グッズ】をかってにつくって、
あわよくば旨い汁をすすろうと思います。
というわけで、【(仮)鹿の角商会】ゆるーくやっていきます。
文・写真 Kawano Akinori