鳥山百合子

土佐町ストーリーズ

ねむの花

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「いや~、百合子さん。そろそろだよ。」

これは、笹のいえの洋介さんとのある日の会話。

 

そうそう、洋介さん、私もそう思っていた。
6月、私たちはそわそわし始める。国道439号線を走りながら「あの木」のある去年の風景を思い出し、確かあの木がそうやったと見定める。

そこから毎日の観察が始まる。

あの木、緑の葉をあんなに茂らせている。
そろそろかもしれない…。

そんなことを思いながら同じ道を通る日々が何日が続く。

 

ある日、はっとする。

咲いてる!

 

今年も咲いた。小さな線香花火のような、桃色と白のふわっとした軽やかな花。
それは、ねむの花。

「ねむの花が咲いたら、大豆の蒔きどきだよ。」

 

土佐町で暮らし始めたばかりの頃、近所のおばあちゃんが教えてくれた。

ああ、大豆を蒔かなくては!大豆で味噌や麹を作るのだ。

 

その言葉を知ってから、この花の咲く頃はそわそわして仕方がない。
そして咲いている間、ずっと私は落ち着かない。(早く種をまけばいい話だが。)

 

この季節にそわそわしているのはきっと私や洋介さんだけではないはずで、私にその言葉を教えてくれたおばあちゃんも、あの人も、あの人も、きっとねむの木を見上げ、独り言をいっているに違いない。

「大豆を撒かなくては!」

 

カレンダーや手帳に書かれた予定ではなく、この地に育つ花や木が「この季節がやってきましたよ」とそっと耳元で内緒話をするように教えてくれる。

それはコンクリートの上からは聞こえてこない声。気づこうとしないと気づけない声。

それは大地からの手紙のようなものなのかもしれない。

 

この地で繰り返されてきた営みを支えるその声に耳を澄まし、心に置き直す。

さあ、大豆の種をまこう!

 

 

*大豆だけではなく、小豆など豆類の種はこの時期に蒔くと良いそうです。

 

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土佐町ストーリーズ

すももの季節

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どんぐりさんとの打ち合わせが終わって外へ出ると、ワイワイとなにやら人だかりができている。

「あ!ちょっとこっち来や!よかったら持っていきや~。」

こちらを振り向いた笑顔のその人が指差した先にあったのは、かごいっぱいのすもも!

なんて美しい色なんやろう!

 

さっき採ってきたばかりというだけあって、つやつや、ピカピカ紅色に光っている。

「うちで採れたもんやき、好きなだけ持っていきや!」

カゴの前にしゃがんですももを袋に詰め、立ち上がると「え?それだけでいいが?もっと持っていきや!」と、次々と何本もの手が袋にころころと入れてくれる。

すももの入った袋をそれぞれの人が手にしながらにこにこと笑い、みんなはまたおしゃべりを始めた。

 

 

土佐町の人たちはもしかしたら気づいていないかもしれない。

すももをカゴにいっぱい採って好きなだけ持っていきやと言えること、季節の食べ物が手の届くところにあるということ、この風景が日常であることが、どんなにゆたかであるか。

こういったやりとりに、私がどんなに励まされているか。

 

私たちの毎日の中には当たり前のようでいて実は当たり前ではないことが、あちらこちらにちりばめられている。

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山の手しごと

畦をつける その3

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「今日、みっちゃんが畦付けるらしいき。アラカシの坂らへんにみっちゃんくの田んぼがあるき、11時ごろ行ってみて!白い車がとまっちゅうき、わかると思う。」
土佐町社会福祉協議会の上田大さんから電話がかかって来ました。

大さんに「手で畦をつけている人、誰か知ってる?」と相談したら、美津子さんの娘さんへ連絡、娘さんを通じて美津子さんを紹介してくれたのです。

 

美津子さんはこの田んぼにいました。

 

川井美津子さん、77歳。お米や野菜を作り、あか牛も飼っています。ひ孫さんが11人いるそうです。

 

 

畦つけ機で畦をつけた後、機械が入らなかった部分は人が手で畦をつけます。

「田んぼを叩く時トラクターが入ってこなすでしょ、その時に同時に(畦に土を)あげるんです。上げとかんと水がもれるきね、こうして上げといて代掻きの前に仕上げをするんです。

すぐには全部仕上げができないのでね、ドロドロ柔らかいから、ある程度時間が経ってから。

昔はこれが当たり前やったけどね。今は楽になったのよね。

さ、仕上げ、やってみろうかね!」

 

美津子さんは平鍬をかついで田んぼに入っていきました。

 

 

なんという早技!
そして美しい!

 

「やっぱりね、違うでしょ!しっかりと水もれがなくなるわけよね。仕上げをしたら綺麗でもあるし。
昔の人はよく考えたもんやねえ!と思うてね!」

 

美津子さんは19歳の時に嫁いで来て、20歳から毎年毎年、この作業を続けて来たのだそうです。

 

「嫁いできて、田んぼのシーズンが来たらおじいちゃんおばあちゃんが元気やったき、教えてもらって。当たり前というか、こうせんことには田んぼができんきね。今は機械化されて楽になりましたわ。」

 

  あ!ごめんね!ちった!(泥がはねた!)

 

 

「若い時は畦を走ってやりよった!
ちゃっちゃっちゃー、たったったー、って。小走りでするばあにやりよった。

おじいちゃんが仕事師でね、仕事を早くせないかん、はかどらせないかん、そのことを叩き込まれてね。

自分でようせんかったことがだんだんと若い時でき出してね。嬉しかったがね!

やっぱりね、どう言ったらえいろ?
仕事がなんでも楽しくなるようにせないかん、って思ってね。いやいやと思ってやったら自分がしんどくなるきね。

作業は特に重労働やきね、自分の体を考えながら休みながら、楽しくできるようにやったら。
要領を覚えたらすごく、面白い!」

 

美津子さんが軽やかに、歌うように、畦を走る姿が見えるようでした。

 

 

「主人が30年前に亡くなったきね、私は今、お手伝い。畑で野菜を作って孫たちに配ったり、できることをする、ということでね。みんなに喜んでもらうのが一番嬉しいです。

長い間には辛いことも悲しいこともいっぱいあったけどね、でも、いつもそんなこと思ったら自分がしんどいきね、辛いきね、前向きに、楽しいことを見つめて。」

 

美津子さんはそう言って笑うのでした。

 

美津子さんは「仕事も大事やけど、趣味も大事!」と話してくれました。
詩吟、ダンス、カラオケを仲間の方たちと楽しんでいるそうです。

「仲間がね、同世代、同級生が3人おる。同年代同士が励ましあいながら、絶対できんと言いながら、頑張らないかんで!と励ましあいながら、やってたら知らず知らず体で覚えてくる。」

 

美津子さんに「お会いできてよかった!」と言うと、「あら〜、私も!」と言ってくださったのがうれしかったです。

 

 

畦は「田んぼの神さまが歩く道」なのだと聞きました。

畦をつけることは、ずっと昔から神さまが歩いて来た道と、これから足跡をつける道を結ぶ仕事。

田んぼの神さまはきっと、土佐町の人たちが汗をかいて作った道を歩き、稲の育ちを見守ってくれるんやないかなと思います。

 

・『畦をつける その1

・『畦をつける その2

美津子さんと出会えたのは、地域の人のことをよく知り、つないでくださっている土佐町社会福祉協議会の大さんや皆さんのおかげです。ありがとうございます!

 

 

 

 

 

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読んでほしい

ポロシャツ300枚!

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ポロシャツ300枚!

2018年土佐町オリジナルポロシャツ、制作・販売が300枚に達しました。

販売を開始する前は200枚を目標に置いていましたから、予想を大きく上回る結果になりました。

どんぐりを応援する町内外のみなさまの気持ちが、このような形となって現れたのだと思います。

注文してくださったみなさま、本当にありがとうございます!

 

町のいろいろな場所で、道ゆく人たちがポロシャツを着ている姿を見かけるようになりました。

思わず声をかけたくなります笑

 

                        

皆さんに注文をいただいてから、どんぐりの石川さん、高橋さん、川井さん、筒井さんが中心になって1枚1枚丁寧に制作してきました。
最初はインクの量が多かったり少なかったり、シャツにインクがついてしまったり色々なことがあったけれど、今思えばそんな失敗もとても大事なことでした。

今、どんぐりのシルクスクリーンチームは職人さんのようです。

 

 

そうそう、6月から作業場を引っ越ししました。

思い返せば役場前倉庫のこの作業場から、はじめの一歩を踏み出しました。

みんなテキパキ、せっせと荷物を軽トラに載せていきます。

え?そんなにあっさり?

ちょっとしんみりしていたのは私だけやったかもしれません笑。

 

新しい場所はこんなところです。

みんなで掃除をして、この場所にあったものも使わせていただいています。

 

窓が両側にあって、窓から見える緑の山と木々がとてもきれいで、気持ちの良い風が通ります。

これからちょっとずつ、もっと気持ちの良い場所にしていきたいと思います。

新しい作業場は土佐町役場のうしろにある建物の2階です。以前図書館やったのよ、とさっそく訪れてくれた近所の方が話してくれました。

 

このポロシャツを着る人が、ちょっと楽しく、ちょっとうれしい気持ちで、その日を過ごすことができたらいいなあと思っています。

 

そんな思いで、土佐町オリジナルポロシャツ、今日も制作しています。

 

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土佐町ストーリーズ

蛍の飛ぶ夜

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夕方に雨があがってむんむんする夜。

そんな夜は「蛍、探しに行こうよ。」とこどもたちが言う。

 

ホタルを探しに散歩に出かけた。

こどもたちが小さな懐中電灯で足元を照らす。

 

水の入った田んぼに、ピンク色のおぼろげなお月さまがゆらゆらと映る。
空を見上げると、お月さまは雲の隙間から現れたり、隠れたり。

すぐそばからも向こうの山の中からも、カエルの鳴き声がする。
腹の底から鳴いているような声、喉元で鳴いている声…。カエルの鳴き声にも色々ある。

小さな橋の下を流れる水の音、歩く自分の足音が聞こえる。
なぜこんなにもいろんな音たちが耳元に聞こえてくるのかなと思う。
夜はそんな時間なのかもしれない。

 

「あ、いたいた!」

 

雨でぬれた竹の葉の先に、ちかり、ちかり、と光る小さな灯り。
両手でその灯りを包んだ息子がそうっとそうっと、手の中をのぞき込む。

手のひらの上で黄緑色のひかりが何度か行ったり来たりして、指の先からふっと飛んでいく。

あたりをひとまわりして今度は息子のおなかにとまった。

 

ちかり。

ちかり。

ちかり。

 

「蛍は一週間しか生きられないんやって。」

そう言った息子のおなかから、ふわり。

顔をあげるとすぐそばの栗の木や、あっちにもこっちにも、山の中にぼんやりとしたあかりが灯っている。

 

「もう帰ろうか。」

「蛍さんおやすみー。」

そう言いながら、もと来た道を歩く。

 

 

玄関の明かりのまぶしさに目を細めた時、ふと気がついた。

こどもたちは「こんな日」に蛍が出ると知っている。

その感覚をいつのまにか身につけていたのだ。

 

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山の手しごと

畦を付ける その2

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土佐町平石地区に暮らす渡貫洋介さん。

洋介さんは子嶺麻さんと「むかし暮らしの宿 笹のいえ」という宿を営んでいます。
四季それぞれの仕事を丁寧に積み重ねる笹のいえの暮らしはどこか懐かしく、どこかほっとさせてくれる存在です。
とさちょうものがたりの「笹のいえ」の連載を楽しみにしている人は多いのではないでしょうか。

 

笹のいえの食を支えるのは「お米」。毎日子どもたちがお腹いっぱい食べるお米はもちろん、自家製の米麹は味噌を作る時にも必要です。子嶺麻さんが米飴を作っていた年もありました。

 

洋介さんに畦付けを見せてもらった日は何日か雨が続いた次の日で、田んぼの水が多く土も柔らかい状態でした。本当はもう少し日を置き土の状態が良くなってから畦を作った方が良かったのだと思いますが、洋介さんは次の日から家をしばらく空ける予定だったこともあって、この日に畦付けを見せてくれました。

 

洋介さんは鍬を肩に二本担いできました。

 

以前取材した相川地区の清敏さんは刃が3本の鍬で畦をつけていましたが、洋介さんの鍬は5本です。

平鍬と又鍬

 

鍬の刃が三又四又というのはよくあるけれど、又が五つあるのは土佐町ではじめて見た。平石地区の方に『畔付けには五又がえい』って教えてもらって、笹のいえの物置を探したらこれを見つけたのでお借りしてる。」

 地域や人によって、使う道具もそれぞれなのでしょうか。同じ町の中でもその場所によって違うのは面白いなと思います。

 

 

「高知の鍬は“土佐鍬”とも言うし、千葉やったら“房総鍬”とか地域の名前が付いているものもあった。
地域によって名前も違うし形も違う。山の畑って小石が多いから、土佐鍬の角っこがちょっと出っ張ってるでしょ?ここで小石をチョンチョン、って弾けるようになってるらしくて。」
(洋介さんは千葉県から土佐町へ移り住んで来ました。千葉の平野部の多くの畑では小石がほぼないそうです。)

 

「畦をつける前に、去年の草がそのまま生えてるところを土ごとシャベルで削りとる。今、『畦切り』っていう草を削った状態。(洋介さんの後ろに見えるのが『畦切り』した畦。)機械が入らなかった角っこに又鍬で一回か二回土を置いて、そのあと面を平す。」

 

畦切りしたところに畦を付けていく。

 

「土を寄せるだけでそれでオッケーという人もいるし、どこから水が漏れているか分かりやすいように、畔の表面を平鍬で撫ぜて綺麗に仕上げる人もいる。百姓に美学ありだよね。」

 

「今日は、昨日の雨で水があり過ぎてベチャーとしちゃう。」

そう言いながら、洋介さんは畦を付けていきます。

 

 

今年から笹のいえの田んぼの面積が増えたのだそうです。

「2反半はちょっと多いなと思ってやりきれないと申し訳ないから断ろうかと思ったけど、子どもも大きくなるし、物々交換を増やしたいなと思って。お手伝いをしてもらったらお米で払う、とか。そしたら食べる人にはストーリーがあるから喜ぶよね。」

こんな風に作ったんだよと話す人も、こんな風に作られたのかと聞いて味わう人も、その方がきっと楽しい。

後ろに見える母屋には鯉のぼりがかかっています。

畦のつけ方も、使う道具も、人それぞれ。土地によっても違います。
こうあらねばばならないなんてことは、めったにない(ほとんどない?)のかもしれないな、と洋介さんと話していて思いました。

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土佐町ストーリーズ

土佐町小学校修学旅行団!

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「土佐町小学校修学旅行団は、本日の日程を終了し、無事、宿泊先に到着致しました。保護者の皆さん、関係者の皆さん、ご安心ください。こちらは土佐町役場です。」

5月20日から22日の夕方、土佐町小学校6年生の子どもたちが神戸、大阪、奈良へ修学旅行へ行っている期間に流れた町内放送。(「修学旅行団」という言い方は面白いなと毎年思う。)

 

小学校の修学旅行だけではなく、5年生の室戸合宿や、中学校の修学旅行の時にも同じ放送が流れます。その日の夕方、役場に宿泊する宿直さんが「無事に宿に着きました!」という先生からの連絡を受けて、マイクに向かっていると思われます。

今回、6年生の長女が修学旅行に行っていたので、この放送を聞くことを心待ちにしていました。弟妹は、わざわざ町内放送の機械(電話のそばに取り付けてある)の前に座って宿直さんの声に耳をすまし「無事着いたって!」と安心したように教えてくれました。

今まで何度もこの放送を聞いてきましたが、自分の子どもが出かけているわけでなくとも、この報告を聞くと「うんうん、よかったよかった。」と思う自分がいました。
そう思えるのは、なんだかいいなと思います。多分それは私だけではなく、土佐町の多くの人がそう思っているんやないかなと思います。

 

こんな放送は都会ではありえません。
町のみんなで子どもたちを見守っているような、応援しているような感じがとてもいいなと思うのです。

 

*町内放送とは・・・
朝6時に土佐町歌(目覚まし時計がわり)、6時40分と12時40分に町のお知らせ、15時にラジオ体操第一、18時40分に町のお知らせが町内に一斉に流れます。
(町内放送の機械を取り付けると、家の中にいても放送が聞けます。)

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とさちょうものづくり

シルクスクリーンものがたり その3

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(シルクスクリーンものがたり その2はこちら

上田浩子さん(通称ひろちゃん)が「一緒にパン作ってみる?メンバーさんの人柄やその人となりが伝わると思うから」と声をかけてくれました。どんぐりで取り組んでいるパン作りの現場を半日体験させてもらいました。

この日、クッキーの袋詰めを教えてくれた高橋さん、オーブンを担当していた石川さん、きほさんが中心になって、今、シルクスクリーン作業に取り組んでいます。

どんぐりのメンバーが来て、作業場でシルクスクリーン体験。

初めは集めた古着で何度も練習。
インクの量が多かったり、反対に少なすぎてかすれたり。
版を抑える木枠にインクが付いていないか、版をおく位置は大丈夫か(一度置いたら動かせないのです)、一つ一つの工程を確認して進めていきます。

いざ本番。
プリントがずれたり、ポロシャツにインクがついてしまったり…。
ポロシャツを再注文し、やり直したことも何度もありました。

作業の回数を重ねることで「ちょうどいいインク量」にする加減を見つけ、クオリティーがどんどん高くなっていったのです。

土佐町長、和田守也さんも作業場を見に来ました。

 

町長のポロシャツ完成。みんなで届けに行きました。

町長室にお届けに行くの図

 

自分たちで作ったものを注文した人の元へ届ける。それが代金になって返ってくる。この売り上げはどんぐりの運営資金、とさちょうものがたりのシルクスクリーン運営資金になります。

長年コツコツとパンを作って来たどんぐりの皆さんと一緒にシルクスクリーンに取り組むことは、とさちょうものがたりにとって大きな喜びであり、挑戦でもあります。

とさちょうものがたりで取り組んできた「シルクスクリーン」が町の人たちの実際の生活とつながった実感があります。

 

土佐町役場前にある作業場に来て「なにしゆうが?」とのぞいていく人も。少しずつ周知され、ここが人の集まる場所のひとつになったらいいなと思います。(と言いつつもう少し広いところへ引っ越しを予定しています笑)

町内外から注文をいただいている「とさちょうポロシャツ2018」。
ひとつひとつの出来事を積み重ねながら、少しずつ進んで来ました。おかげさまで町内外からたくさんの発注をいただき、5月16日現在、150枚を超えました。

これからどんな展開が待っているのか?
とても楽しみです!

 

【販売開始!】とさちょうポロシャツ2018

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とさちょうものづくり

シルクスクリーンものがたり その2

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(シルクスクリーンものがたり その1はこちら

 

⬜︎新たなTシャツ

その後Tシャツも町の方から新たな発注をいただき、その都度周囲の方々の力を借りて完成させていきました。この川田ストアTシャツの制作は、なんでも作っちゃう職人さん・川田康富さんと仕上げました。

駅伝大会での川田ストアチームTシャツ。走った後の松井ちゃん。

 

マリンバ教室のチームTシャツは高校生2人が手伝ってくれました。

 

⬜︎イベント「シルクスクリーン x くるくる市」

略して「シルくる市」と名付けているのですがイマイチ流行りません笑

みんなで着古した服を持ってきて、シルクスクリーンで印刷して新しい服に生まれ変わらせよう!というこのイベント。とさちょうものがたりで素敵な連載を続けている「むかし暮らしの宿 笹のいえ」との共同開催。

2018年2月24日に開催。たくさんの人が古いTシャツやパーカーやエプロンを持って来てくれました。

 

⬜︎土佐町パレットサイン

2種類のパレットサイン

 

話は戻って、シルクスクリーンを始めた当初の目的、もらいもののパレットで作る土佐町看板。やっとシルクスクリーンでも作ってみました。(『土佐町パレットサインを作ろう!その2』)

 

⬜︎どんぐり登場!

土佐町役場では役場職員を中心に、毎年オリジナルのポロシャツを作っていました。従来は都会の業者さんに頼んでいたものを、町の中での仕事にできたらええね!ということで‥。

「土佐町オリジナルポロシャツをシルクスクリーンで作ろう!

町の障がい者の作業にできないか?という勧めが周囲からあったこともあり、どんぐり」に相談してみました。

どんぐりは、障がい者の就労支援事業を行なっています。17年前からパンや焼き菓子などの製造販売、最近では地域の施設などの清掃を行ってきました。

初めての打ち合わせの時、どんぐりの上田浩子さんと筒井孝善さんが話してくれました。

どんぐりの職員が日々思うことは、『働く場所はその人の居場所である』ということだ、と。

メンバーさん自身がやりがいの持てるお給料を渡したい!
そのためにも今以上の仕事を作りたい!

その思いをずっと持ち続けてきたそうです。

 

「とさちょうものがたり」と「どんぐり」はタッグを組むことにしました。

初めての打ち合わせ

この時、ふたりが「メンバーさんが地域に出て仕事をしていくのはとてもいいこと」と話していました。
今まで取り組んで来たことの他にも仕事があれば、メンバーさんが自分で選択して仕事をすることができる。工賃も増やすことができる。

どんぐりは仕事のできる場を探していた。とさちょうものがたりは一緒にシルクスクリーンに取り組める人を探していた。

具体的なやり方はまだまだ固定していません。試行錯誤のまっただ中。だから対等に意見して一緒に作り上げていくこと、感じたことは伝え合って共有していくこと、という前提を持ちました。クライアントや下請けという関係ではありません。

           (その3に続く)

 

 

 

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とさちょうものづくり

シルクスクリーンものがたり その1

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現在、町の障がい者就労支援事業所「どんぐり」の皆さんとシルクスクリーンで土佐町オリジナルポロシャツを制作中!

 『とさちょうものがたり』が取り組むシルクスクリーンの始まりから今までを、ちょっと振り返ってみたいと思います。

 

⬜︎土佐町のロゴ看板を作る

木材加工のプロ・さめうらこむでテスト版を作ってもらうの図

 

いきなりシルクスクリーンから話が逸れましたが、土佐町のロゴを木のパレットにプリントし町の色々な場所へ置きたい!(『土佐町パレットサインを作ろう!』)と土佐町の「さめうらこむ」さんにお願いし、土佐町のロゴをデジタル彫刻機で掘ってもらいました。今、土佐町役場入り口に置かれています。
これがとさちょうものがたりがシルクスクリーンを始めるきっかけになりました。
この看板をシルクスクリーンで作ろうと着々と準備を進めていましたがその前に‥。

 

⬜︎下田昌克 x とさちょうものがたりTシャツを作る

下田さん描き下ろし・土佐町でもらった食べ物

パレットサインは一旦置いておいて。

2017年10月に絵描きの下田昌克さんが来町した際、「下田さんに絵を描いてもらいオリジナルグッズを販売したい!」「シルクスクリーンでTシャツにプリント、販売しよう!」ということに。現在、版は外注していますが、最初は版も作ろうととさちょうものがたり編集長の石川が試行錯誤していました。

⬜︎洗濯したら落ちた!

「下田昌克とさちょうアート展」会場にてシルクスクリーンを担当してくれたまーちゃん

 

10/8に開催された「下田昌克とさちょうアート展」にてTシャツを販売したまではよかったのですが‥。
翌日、複数人から「洗濯したら落ちた!」という悲しい連絡が…。
インクの乾燥がきちんとできていなかったのが原因でした。イベント後に回収・交換に追われました(泣) 当時ご迷惑をおかけしたみなさま、改めてすみません!

京都の師匠・片桐さん

 

これではいかん!と、石川が京都のシルクスクリーン工房に短期弟子入りし技術を学びました。必要な道具を揃え、ここからプリントの技術も格段に上がりました。(『とさちょうシルクスクリーンこと次第』)

 

         (その2に続く)

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