笹のいえ

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はし拳

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「いらっしゃい!」

「さん!」

 

はし拳をご存知だろうか。

お互いに隠した箸の合計本数を当て、負けた方がお酒の入った盃を飲む。高知県に昔から伝わるお座敷遊びで、年一回県大会も開かれるらしい。

地元の方との飲み会の席で、僕も数回挑戦したことがある。が、お酒が入っているところでやるものだから、いつまでもうろ覚えだった。

ちゃんと教わったのは、なんとフランス人のソフィアンから。彼は笹のいえに数日滞在している間、ある地域の運動会に参加し、競技の「はし拳」を集落の方から教わってきたと言う。

やってみると、シンプル故に、奥が深い。

瞬時の判断力、観察力などが問われ、心理戦となる。

このゲームに強い興味を持ったのが、長男の玄人(げんと)。

普段陽気(というか、どちらかというとヘラヘラしてる)な彼が真剣な面持ちで、ソフィアンからルールを何度も聞いては対戦していた。その集中力は素晴らしく、メキメキと上達していった。僕はというと、やっぱりお酒を飲んでいるので、あっさりと負けてしまうのであった。

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笹のいえ

笹のいえ

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なぜ「笹のいえ」であるか、

というご質問をよくいただく。

答えは簡単。僕らが暮らしているこの家は、ずっと昔からそう呼ばれてきたから、です。

移住先を探しているとき、その土地でなにか商売をするなら、その家なり場所なりで使われてきた名称や屋号をそのまま受け継ぎたいとぼんやり考えていた。

土佐町に引っ越してきて、地域の方に、あの集落のあの家に暮らしていますと説明すると「ああ、笹に住みゆうかよ」と言われる。そして、「子どものころ、あっこ(あそこ)でよう遊んでねえ」と昔話に花が咲くこともある。笹のいえの大家さんである伊藤万亀江さんは「笹のおばちゃん」と呼ばれている。

名の由来を調べてみると、母屋がある住所の字(あざ)が「笹」ということが分かった。周りに笹(竹)がたくさん生えているので、そう名付けられたのかもしれない。それがそのままこの家の屋号になったのだ。

地域に親しまれている名前があるのなら、それを屋号に使いたい。宿を立ち上げるとき万亀江さんにそう伝えたら、「そら、えいねえ」と言ってくれた。

 

 

 

 

 

伊藤万亀江 (田井)

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むかし暮らし

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これはもう名付けた僕に責任があるのだけれど、「むかし暮らしの宿 笹のいえ」という屋号なので、「車もネットも電気すらない昔の暮らしをしてる家族」と思われちゃってることがある。実際は、車は二台あるし、Wifi飛んでるし、電力会社からの電気を使ってる。訪れた方から「意外と現代的なんですね」と残念そうに言われたこともあった。ごめんなさい。生き方に特別な思想があるとも思われがちだが、「こうなければいけない」と言うこともほとんどない。

こんな暮らしをしていると、有り難いことにメディアから取材を受けることがあって、「これから笹のいえをどうしたいですか?」とか「経済優先の現代社会に言いたいことはありますか?」と質問されたりする。未来や夢を語る、記事の締めとして大変重要な質問である。しかし、取材される方の思惑に添えず申し訳ないのだが、僕はいつも「うーん、特にありません」と答えてしまう。

「コンポストトイレは地球に優しいから皆さんもぜひ自作してください」とか「皆が薪と山水で暮らせば、世界が平和になりますよ」などと言うつもりはなくって、何を快適かと感じるか、生活環境やその他いろんな条件などは、人によって様々。それを「こうした方がいい」なんてとても言えない。僕らはもちろん今の暮らしが好きだけど、そのまま他の人に当てはまるわけではない。

それでも、ご縁があって、笹に来て、おしゃべりして、一緒にご飯を食べて、お風呂に入る。むかし暮らしが、これからの何かのきっかけになってくれたら、それだけで嬉しい。

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栗の実ひとつ

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朝起きてお湯を沸かそうとかまどの火口を見ると、水を張った小さな片手鍋に栗の実がコロンとひとつ。

ああ、今回はひとつか。と考えて、思わずふふっと笑う。

この季節、栗を大量にいただくことがある。そんな時はせっせと下処理をして料理する。子どもたちも大好きで争うように食べるのですぐ無くなる。

それでも食べ足りないのか、家の近くに一本だけある栗の木に目を付け、下を通るたびに栗が落ちてないか探してる。ほぼ毎日探してるので、見つけても日に一、二個。それでも、見つけた本人にとっては宝物で、兄弟にあげるなんてもってのほか、取られまいと大事に家に持って帰ってくる。

「見つけたよ!」と嬉しそうに差し出す手には栗の実がひとつ。これを茹でてくれ、と言う。

「いやいや、もっとたくさん集めて一気に茹でようよ。薪もったいないじゃん」と思うが、そんな大人の事情は関係ない。

妥協策として、毎料理後の余熱で少しずつ茹でていくことになった。それが、冒頭の片手鍋なのだ。この後、栗はめでたく茹で上がり、羨ましがる兄弟の視線の中、ドヤ顔で栗を一個食べた長男なのであった。(写真は、その栗が茹で上がるのをなぜか待っている長女)

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子だくさん

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四人目の誕生で、6人家族となった我が家。

子どもの数が二人三人は珍しくないこの地域でも、四人となると「子だくさん」と言ってもいいかもしれない。

うちの奥さんは5人兄弟の一番上で、結婚当初から「子どもはたくさんほしい」と言っていた。一方、僕は妹がひとりと両親の間で育ったので、「家庭に子どもがたくさんいる」状況がピンとこなかった。家族が多くなれば、子ども一人ひとりに掛ける時間が少なくなるし、経済的な負担も大きくなるだろう。そもそも、世の中にこれだけ人が溢れて、環境問題やら自然破壊やら言われているのに、僕らがこれ以上人口を増やさなくても良いんじゃない?なんて考えもあった。

それでも、田舎で暮らすようになって、子どもたちが伸び伸び成長できる環境ならと、ひとり、もうひとりと家族が増えていった。

ある時、奥さんにふと「どうして子どもがたくさんほしいの?」とたずねたことがある。

彼女はうーんと考え、自分は弟妹が多くて楽しいからとか、年老いたとき寂しくなさそうとか話した後、

「それから、全員無事に育つか分からないじゃない?」

と言った。

あまりにも自然に口から出た言葉だったので、ふーんっと相槌を打った僕だが、頭の中で反芻して、え?と彼女の顔をもう一度見た。

自分の子どもが無事に育たないかも、なんて想像したこともなかった僕にとって、結構衝撃的な言葉だった。でもそのあと、いつか話した彼女との会話が頭に蘇ってきた。そうだ、彼女は親しくしていた身近な親類を亡くした経験があるんだ。

昨日あった命が今日無くなるという出来事は、時に大人でも受け容れ難い。でも、考えてみれば、これだけ医療が進んだ現代でも生まれてこない命があり、事故や病気で亡くなる命もある。近しいひと、それが自分の子どもであれば、その悲しみは壮絶だろう。だからと言って、子どもが何人もいれば安心だ、ということにはならないが、彼女の気持ちは理解できる。

子どもが多いと、洗濯物は増えるし、部屋は散らかるし、布団は狭くなる。けど、子だくさんとなった渡貫家の理由のひとつは、そんなところにある。

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養生

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少し前の話だけれど、7月はじめの長雨のころ、体調を崩した。

夜中耳に激痛があり発熱。朝になっても回復しなかったので、耳鼻科で診てもらうことにした。「耳にウイルス性の炎症あり」との診断だった。数週間前うちの子が立て続けに中耳炎を患ったので、それがうつったのかもしれなかった。

風邪など病気をするときは、高熱が出て一晩汗をかき、翌朝にはスッキリ平熱というのが、僕のいつものパターン。だけど、この時は38度台から下がらず大量の汗もかけず、布団の中でひたすらゴロゴロとしていた。熱が下がりはじめるまで一週間ほど、全治には一ヶ月以上掛かった。

免疫が弱っていると、健康なときには平気だったことに身体が反応することがあって、自分を観察してみると面白い。

ノートパソコンに手を置いたり、Wifi機器に近づくと冷たい嫌な感覚があるのは、発している強い電磁波のせいだろう。極力触らず、不要なときはスイッチを切っていた。香料にも敏感になっていて、特に洗濯洗剤など人工的な匂いには頭痛がした。意外だったのは、毎日嗅いでいたかまどの煙を苦しく感じたこと。煙は不完全燃料の印だからそもそも吸い込むのは身体に良くないが、普段は毎日嗅いでいるものが我慢できなかったのは意外だった。

体調が回復に向かってからも、しばらくは嗜好さえ変化していた。いつもはあまり食べない甘いもの、パンや焼き菓子などの小麦粉を以前より欲するようになっていた。驚いたことに、大好きなお酒は一滴も飲まなかった。こんなに長い間断酒をしたのは、生まれてはじめてかもしれない。自分に拍手を送りたい。

病気になった原因は、心当たりがたくさんある。日々の食べ過ぎ飲み過ぎ、疲れや寝不足など。台風が近づいていたので、急激な気圧の変化もあったと思う。野良仕事ややるべき作業を考えると、数日間動けないのは辛かったが、身体を休める良い機会だと言い聞かせて、養生した。不調の父ちゃんを気遣って、休める環境を作ってくれた家族にも感謝。

 

写真は本文と全然関係ない、先日8歳になった長女の誕生日会での一枚。

リクエストした大好物と仲良しの友だちに囲まれて、大満足な一日だった。

 

写真提供:Kiomi Maeda

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呼び名

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土佐町に暮らしはじめ、地域の人たちとお付き合いするようになって驚いたことのひとつに、「年齢に関係なく、愛称で呼ぶ」ことがある。

小さい子が年配者をあだ名で呼ぶのは、可愛らしいし、よくあること。加えてここでは、年の離れた大人同士でも愛称で呼ぶことが珍しくない。例えば二十代の人が、30歳年上の先輩を「ちゃん付け」で呼ぶこともある。

この慣習が地域独特のものなのか分からないが、住んでみて納得した。

集落に暮らす人たちが、家族のような付き合いをしてるのだ。

たくさん採れた畑の野菜をお裾分けしあったり、近くを通れば「元気かよ?」と立ち話したり、困ったことがあれば手を貸したり。きっと何代も続いている関係が、親しみを込めてお互いを呼び合うことに繋がっているのだと思う。その会話は相手への信頼を感じさせ、聞いていて安心感がある。ある人との何気ないおしゃべりで、僕の名が「渡貫さん」から「洋介くん」に変わった時は、地域の一員になったような気がして嬉しかったのを覚えてる。

僕ら家族が土佐町にやって来て六年目。仲良くさせてもらっている人が増えるにつれ、その人をあだ名で呼ぶことがある。

けれど、年上の方々を愛称で呼ぶことに、僕は未だ少し抵抗がある。

親の年齢ほどの方に対して「〇〇ちゃん」と声を掛けるのは、やっぱりどこか照れがあり、声が若干小さくなってしまうのだった。

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主夫ニ美学アリ

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日々の洗濯と食器洗いは、なんとなく僕がすることになってる。

どちらも嫌いではないし、場が片付くのは気持ちがいい。

洗濯は特に干すのが好きだ。

好きなのを通り越して、こだわりというか、自分で決めたルールがある。

まず、カゴに入った洗濯済みの服などを素早くチェックし、頭の中でカテゴリー分けする。

そのカテゴリーに、干し場(物干し竿やハンガー、ピンチハンガー*など)の広さや数量が対応しているかを計算する。前日に洗濯したものがまだ乾いていないようであれば、その分を差し引いておかなければならない。

そして「布おむつ」とか「お兄ちゃんのズボン」とか、同カテゴリーを隣り合わせで干していく。取り込んだ時に畳やすく、タンスに片付けやすいからだ。

ピンチハンガーを利用するときは、干し物の重さのバランスが取れ、最終的に左右釣り合っているようにする(これが気持ちいい)。また、生地の厚いものは陽の当たる外側に干すなどの気遣いが必要だ。

作業スピードから乾きやすさ、収納までを考えて、自分ルールが成り立っている。「乾けばいーじゃん」と言われればまあその通りなのだが、「主夫にも美学あり」なのである。

他にも「子ども服には小さめのハンガーを使用」「複数のハンガーを干すときは間隔を等しく」「部屋干しで乾いていても、一度は天日に当てる」など語りはじめるとキリがないのでこの辺にしておきます。

ちなみに、うちの奥さんは干し方を全く気にしない。僕としては指導したいところではあるが、家庭が円満に過ごせるよう、黙ってる。それでも、気になる干し方を見つけると、コッソリ直してるのは秘密です。

 

*洗濯バサミのたくさんついたアレです。

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笹の夏休み ーうちの子らの場合ー

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「笹の夏休み2018」はこちらから。

 

うちの子たちも「笹の夏休み」に参加する。

でも、彼らに参加するという意識はないだろう。ある日、自分たちの家に小学生たちがやってきて、一緒にいつもの暮らしをする。この状況をどう理解しているのだろう。「毎年夏に数日間家にやって来る友達のような親戚のようなお兄ちゃんお姉ちゃん」という感覚だろうか。ともあれ、賑やかな夏休みの出会いを毎回とても楽しみにしている。

参加条件が小学校三年生から。四人いるうちの子の一番上の子が小二なので、参加者は皆先輩だ。滞在中、調理や掃除を子どもたちでやってもらうことになるが、文字通り「ホーム」となる我が子たち。ここぞとばかり、笹のいえ流・野菜の切り方を説明したり、コンポストトイレ使い方を教えたりする。その口調や身振りが両親(僕と奥さんのことですね)に似てて、微笑ましい、と言うより、自分を見てるようで気恥ずかしい。

ラフティングや川遊びなどのアクティビティにもできるだけ同行する。年上の参加者に比べると体力面で不安があったが、どっこい負けじとついて行っていた。去年できなかったことが今年できたりして、一年間の成長を感じるときだ。

夜は夜で嬉しくてしょうがない。男子や女子の布団に転がり込んで「一緒に寝る!」と宣言した。優しいお兄ちゃんお姉ちゃんは、快く娘と息子たちを受け入れてくれた。普段とっくに寝てるはずの時間になってもおしゃべりは続き、なかなか寝付けないようだったが、皆が寝てしまうと寂しくなるのか父母の部屋に戻ってきた夜もあった。一日中テンション高めなので、さすがに疲れたようだ。横になるとすぐに寝息を立てていた。

こんな感じで、イベント二回合計九日間を過ごした。

参加者との日々を過ごした後は、特に精神的な前進がある。行動に変化があったり、口調が大人びたり(つまり、生意気になったり)もする。イベント後、家事も積極的にお手伝いしてくれた。が、あまり長く続かなかった。

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笹の夏休み2018

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笹のいえに泊まりながら、日中は自然の中で遊び、食事作りから掃除洗濯など、ここでの暮らしを体験するイベント「笹の夏休み」が今年も無事終了した。台風の影響で帰りの飛行機便を変更したりなど多少のハプニングもあったが、大きな怪我や病気もなく、参加者全員をご家族の元へ送り出せてホッとしてる。

かまどで料理して、五右衛門風呂を沸かし、コンポストトイレを使う。笹の「むかし暮らし」は子どもたちにとって、いろんな刺激があったようだ。心配していた天候にも概ね恵まれ、よく遊び、よく食べた毎日だった。

四年目の開催となるこのイベントで、これまでは関東からのリピータが半数以上だったのだが、今年は四国や関西圏からの参加が増えた。初めて高知県内から参加があったことも、地元への広がりが感じられて嬉しい。

兄弟や友達同士で来た子もいたが、ほとんどの参加者は、ここで初めて顔を合わせた。

イベント初日、笹に到着した彼らは一様に緊張気味で、「山奥の古い家に連れて来られて、しかも知らない人たちだらけで、どうなっちゃうんだろう」と顔に書いてある。

それでも、自己紹介やスケジュール、班などを決めていく中で、場と仲間たちにすぐ慣れていった。日を追うごとに(本人たちは無意識なのだろうが)、それぞれのキャラクターを理解し、自分を出していく。頭で考えるよりも先に他者を受け入れ、グループを形作っていく。隣で彼らを観ていて、その柔軟性とスピードには毎回驚かされる。

参加者とスタッフ、そしてうちの子たち、総勢15名。ひとつ屋根の下、寝食を共にしていると面白いことが見えてくる。

虫が嫌いな子がいれば、暇さえあれば虫網片手に生き物を探してる子がいる。

かまどで火起こしするのが得意な子がいれば、煙が苦手な子がいる。

調理が楽しくてしょうがない子がいれば、恐る恐る包丁を扱う子がいる。

滞在中、自分と反りが合う子、合わない子がいただろう。

数年前まで、参加者には同じように体験させなければいけないと考えていた。苦手なことも頑張らせて、「皆がやっているのだから、一緒にやろうよ」と伝えていた。が、最近はそうでなくともいいと思うようになった。得意なことやりたいことはそれぞれ違う。スタッフは子どもたちとコミュニケーションを取り、その子からのメッセージを受け取る。必ずしも全員同じことをしなくてもいい。作業が終わって手が空いたのなら、他の子を手伝ってもいいし、遊んでもいい。ひとり息抜きが必要なときもあるだろう。皆違う、それでいいと思う。スケジュールや時間的に多少の促しが必要なときは、スタッフは最小限のフォローでサポートするように心掛けている。

今年は二回開催し、合計14名の子どもたちとの出会いがあった。

参加してくれた子どもたちにはもちろん、可愛い我が子に旅をさせてくれた親御さんにも感謝したい。

 

写真提供:川原将太

 

去年のイベントの様子は、こちらからどうぞ。

笹の夏休み(前編)

笹の夏休み(後編)

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