笹のいえ

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苗床つくり

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レンゲが満開の田んぼから、コロコロコロとアマガエルの声が聞こえはじめた。

周りの田では着々と田植えの準備が進んでいて、まだ何もはじまっていない自分の田んぼの横を歩くたびに「そろそろやらなければ」と気ばかり焦る。

ほころびはじめた八重桜の蕾を友人が摘みに来たこの日、お米つくりの第一歩である苗床をこしらえた。

苗床(地元では「のうどこ」と呼ばれる)は、お米の苗を育てる場所のこと。この地域では田んぼの一部を仕切って作るのがほとんどで、種籾を蒔いた専用の箱を並べ、発芽から田植えできる大きさになるまでここで管理する。お米にしろ野菜にしろ、「苗半作」と言われるくらい大事な時期。苗のできばえで、その後の成長や収穫を左右するからだ。一箇所でたくさんの苗を作る稲作では、それ故に病気などが発生しやすいが、いかに良好な苗を田に植えられるか、その基盤となる苗床はとても重要だ。

前の日に雨が降ったので、田の土は重く、足元がぬかるむ。

それでも、春の陽気の下、冬の間なまった身体を動かすのは気持ちがいい。一年前を思い出し、「今年はこうしてみよう」「うまくいくかな」なんて考えながら、自分のペースで進めるのはとても贅沢な時間だ。

はじめるまでは「めんどくさいなあ」とまで思っていた作業だが、時期がくればちゃんとスイッチが入る。頭と身体と季節は繋がっているのだと実感する。

毎年やり方を模索している稲作だが、今年は二反半全ての田んぼで手植えしようと思ってる。苗床に直接種を蒔き、苗を大きく育て、間隔を広くして植える。去年は機械植えと手植えをやったが、どちらの方法でも収量は変わらなかった。田植え機を使うと作業はあっという間に終わるけれど、苗の大きさや植える時期などいろいろと制限があったり、機械のスピードに振り回されたりして、どっと疲れる。機械作業と手作業、それぞれ一長一短があるから、これもまた模索を続け、自分の身体とも相談しながら、そのときにベターな方法を選びたい。

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天日のチカラ

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周囲を山々に囲まれているが、笹のいえは日当たり抜群だ。太陽は南側にある山の尾根をなぞるように、冬でも隠れることなく惜しみなくそのエネルギーを注いでくれる。

洗濯物はよく乾くし、お米や野菜がよく育ち、なにより気持ちが晴れ晴れとする。

数日間雨続きでジメっとした後に、日を見ると思わず拝んでしまう。人間が健康に生き延びるのに日を浴びることは不可欠だと実感する。

笹の暮らしは、お天道様に依存してる。

田んぼで収穫したお米は、はでに干し、天日で乾かす。藁に残った水分が穂についている米一粒一粒にまで行き渡り、甘みを増すと言われる。時間を掛けてじっくりと乾燥させたお米には愛着が生まれ、大切にいただく。天日干しでは乾燥具合にムラが出るため、仕上げに乾燥機にかける。干すことにより含有水分が少ないので、乾燥が短時間で済み、電気や灯油の節約になる。

秋に採れる柿も軒下に吊るして、干柿にする。水分が抜けて、柿の甘みがギュッと濃厚になり、おやつにも料理にも大活躍する。生では食べられない渋柿も天日に当てると甘くなるから不思議だ。長雨だったある年に渋柿をスライスして、薪ストーブで乾燥させたが、渋くてとても食べられなかった。「乾かせば甘くなるだろう」と考えていた僕は、太陽のチカラに驚いたのだった。

春と秋にたくさん採れる椎茸も干す。乾燥させてない椎茸を食べると身体が冷える感覚があるが、干したものは陽性に傾くため食べやすい。生のときとは違った滋味深い出汁が出るし、袋に入れて長期保存も可能だ。

その他にも、千切りした大根、茹でたサツマイモ、海で採ってきたヒジキやワカメ。洗濯物や布団座布団など、とにかくなんでも干してしまう。

これだけ利用してもお金が掛からないなんて、本当に拝まずにはいられない。

天候によって乾燥させきるのが難しいときもあるが、ストーブが稼働していればその熱を利用して、最後の水分を飛ばす。保存はファスナー付きの保存袋に入れて、ネズミが入れない場所に保管したり、冷凍庫に入れたりする。風味が保たれ、カビにくく、長い間楽しむことができる。

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小屋を建てる

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僕が千葉に住んでいたときにお付き合いがはじまり、勝手に「人生の師匠」と思い続けている佐野さんという方がいる。

佐野さんは、奥さんと農を中心とした暮らしを営んでいる木工作家。古希を迎えたばかりの彼はともかくなんでも自分で作ってしまうスーパー百姓だ。米や野菜を無農薬で育て、カトラリーや茶碗などの食器を手彫りする。丁寧な手仕事はどれも温かみがあり、彼の人柄を表すようだ。大工としての技術も高く、自宅を建てたときは、自分で山から木を切り出し、製材するところからはじまった。住めるようになるまで数年掛かったそうだが、細部は未だ未完成だとか。最後まで妥協しない彼らしい住まいだ。

そんな佐野さんが、僕の古巣であるブラウンズフィールドで、小屋を建てるワークショップをするという。第一子が誕生して以来、イベント参加から足が遠のいていたが、これはぜひ参加したいと思い、高知駅から深夜バスに乗り込んだ。

工程は三部に分かれていて、土盛り〜基礎工事、材の刻み、建前。

僕は、基礎工事と建前作業に参加させてもらった。

在来工法の良いところは、建てた後に増築や改修が比較的容易であること。のちに解体した材を再利用しやすいことだ。実際、このワークショップで使われた木材の半分以上は、別の建物を解体したときに出たものだった。

「自分で家を建てるなんて、夢のまた夢」と思っていたが、指導を受けながら手を動かしていると、なんとなく自分でもできる気持ちになってくる。作業をしながら、「僕ならここをこうして、あんなこともできる」と妄想も楽しい。最終日に棟上げをし、ちゃんと家が組み上がったときはちょっとした感動だった。

今回は会場が千葉という遠方にも関わらず、どうしても参加したかった。それは長年交流を続けている佐野さんたちの「暮らし」を知っていたからだ。里山に居を構え、周囲の環境や地域と循環できる暮らしを、常に考え実践している。「農は環境保全だ」と言う彼の信念を表すように、田畑はいつも整備され、美しい。鶏を飼い、炭を焼き、稲藁を編む。その日その日を丁寧に生きるうちに、また季節が巡る。

講習やワークショップに参加するとき、その内容はもちろんだが、講師がどんな暮らしをしているのかにも注目する。その人の生き方や暮らしぶりが、自分のそれと重なる部分が多いほど、有意義な時間になると考えるからだ。

佐野さんと一緒に過ごした数日間は、案の定、とても濃い、学び多き時間だった。他の参加者とも新しい繋がりができた。密かに驚きだったのは、イベント中、ゴミがほとんど出なかったこと。お昼ご飯は奥さんの美味しい手作り料理、おやつは敷地に生るみかん(見た目は悪いが、味が濃い!)と朝煎れたお茶だった。木っ端は集めて焚き火をし、みかんの皮はコンポストへ。空き缶ひとつも見ることはなかったが、「そんなことは当たり前」とでも言うように、着々と作業を進めていく佐野さんの姿勢に益々惚れ込んでしまう。

僕が家を建てる予定はまだ無いが、今回の体験で、その夢が現実にぐっと近づいたのは大きな実りだ。

 

写真:棟上げのとき、屋根に登る佐野さん(右)と参加者。みな楽しそう。

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目覚めて見る顔

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小学校高学年のころだっただろうか。家で昼寝から目が覚めると、いるはずの母親の姿が見えず(たぶん近所に買い物にでも行っていたのだと思う)、それに気づいた妹が隣で泣いている。僕はぼんやりした頭で、この状況を兄として理解しようとしていた。強い西日の眩しさが切なかった思い出がある。

そんな体験をしているからか、自分の子どもたちが目覚めたとき、顔が見えるところにいて声を掛けてあげたいと思ってる。朝一番に起きるのは大抵僕だから、目を擦りながら布団から出てくる彼らに「おはよう」と挨拶する。返ってくる返事で一番好きなのは「お腹空いた」。僕は「はいはい」と味噌汁を温めなおす。次々起きてくる家族の表情を見、会話しながら、体調はどうか、気分はどうかとチェックする。

僕は、たまに夜中に目が覚めて、そのまま眠れなくなることがある。そんなときは無理に寝ようとせず、起きたままでいることも多い。家族の寝息を聞きつつ、彼らの顔をまじまじと観察する。天使の寝顔、とまではいかないけれど、どの顔も愛おしいく抱きしめたい表情をしてる。冒頭の場面が頭に過ぎり、ずっと側に居てやるからな、と思う。子どもたちは、いずれ親の元を離れてしまう。その日までに僕は彼らに何ができるだろうか、と考えるとますます目が冴えるのだった。

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いねお

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このブログでも紹介した飼い猫おこめが、去年のゴールデンウイーク前に旅立った。一週間ほど食欲がなく、様子を見ていたが、体調が急変し、動物病院に連れて行ったけれど間に合わなかった。推定年齢8歳。まだまだ生きられたはずなのに。僕は、冷たくなった彼女の身体をさすりながら「ごめんな」と繰り返していた。

その後しばらく僕は、なんとなく心がポッカリと穴の空いた状態だった。気持ち的にはまだ喪に服していた数ヶ月後、友人から「友達が実家に戻らないといけなくなったので、猫の引き取り先を探している」と連絡が入った。最初は断ったが、飼い主さんと共通の友人知人が多いらしく、別ルートで数名からも声が掛かった。

SNSで猫の写真を送ってもらってビックリ。身体の模様や体型がおこめにとてもよく似ていた。

「これはもうご縁だな」と思ったし、子どもたちも新しい家族に大賛成。猫を受け入れることにした。

うちに来る前は「まるちゃん」という可愛い名前だったが、長女が「いねお」(漢字にするとたぶん「稲雄」)と呼びはじめたことから、急に硬派なイメージになってしまった。

名前が男らしくなっても、彼はとっても甘えん坊だ。

人を見つけると、「にゃーん」と近づいてきては足元にじゃれつく。あまりに足に絡まってくるので、よく踏まれたり蹴られたりしてる。そのうちに距離を置くのかと思いきや、今でも相変わらず身体を擦り付けに来る。

そして、食いしん坊。

朝はまだ暗いうちから「そろそろ、ご飯の時間だよ」と僕に話しかけてくる。ある朝のこと、時計を見ると4時過ぎ。流石にまだ早いと再び寝ようとすると、僕の頭を舐めてきた。猫特有のあのザラザラした舌で、僕の坊主頭を「ザリッザリッ」と舐めて僕を起こそうとする。同じ場所を何度も舐められると痛い。頭皮にも悪い気がする。

布団を頭から被ると、今度は障子に爪を立てる。障子紙を破られては堪らないと、渋々起床する僕。

「にゃ〜ん」と勝利の鳴き声をあげて、いねおは嬉しそうにご飯を頬張るのであった。

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ピザ屋さんがやって来た。

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宿をやっているといろんな人がやって来る。

農的自給的な暮らしを実践している人、移住先を探している人、環境への負担を考え、オフグリッドな旅をしている人などなど。県外はもちろん、海外からも笹に遊びに来てくれる。

彼らに会おうと思ったら、時間的にも金銭的にも膨大な量が必要だけど、自分の場所をオープンにすると、向こうから来てくれるのだから、これはお得すぎる。

この日は、ピザ屋さんが来てくれた。

香川県のイベントでヒトシくんと初めて会い、しばらく四国を旅すると言うので、笹にもぜひ寄って行ってよと話をしたら、翌日に来てくれた。

彼は軽トラを改造し、故郷北海道を出発。日本を旅している。荷台には小さな家が載っかっていて、自作したロケットストーブ型のオーブンとソーラーパネルで稼働する冷蔵庫がある。さらにシンクや手動で動く洗濯機、移動式のコンポストトイレまであるから暮らすように旅をすることができる。

笹に到着すると、早速オーブンに木をくべて、ピザを焼いてくれることになった。

突然現れた車に、子どもたちは大興奮。だって、詳しいことはよく分かんないけど、ヘンテコな車から大好物のピザが焼きあがって出てくるなんて、なんだかおとぎ話のようだもの。

ピザはどんどん出来上がるのだが、それ以上のスピードで僕らのお腹の中に消えていった。オーガニックにこだわるヒトシくんの作るピザは、古代小麦粉にグラスフェッドチーズ。しかも焼きたて。美味しくないわけがないのである。

気の向く場所を訪ねながら、お世話になった人にピザを振る舞ったり、必要なものを物々交換し、また次の目的に移動するのがこの旅のスタイル。彼が出会った人とのご縁は、きっと彼の一生の宝物になるのだろう。

今回のピザは、薪とビールそして一晩の寝場所と交換となった。渡した薪は誰かのピザを焼くことになる。受けた恩をその人に返すだけでなく、次の人に渡す「恩送り」。笹の暮らしとも重なる部分がたくさんありそうだ、ヒトシくんと夜遅くまでおしゃべりをしながらぼんやり考えた。

四国の後は九州に渡り、そして沖縄へと旅は続くそうだ。

この軽トラを見かけたら声をぜひ声を掛けてみてほしい。車の中から、魔法のように美味しいピザが出てくるかもしれない。

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落ち葉集め

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生ゴミ、畑の残渣、自分たちのおしっことうんち、ストーブやかまどの灰。

土に還るものは全て還してしまおうと思っている僕のリストには、当然、落ち葉も入っている。

しかも、一二年後には堆肥として利用できるのだから、これはもう考えただけでワクワクする。落ち葉を履けば、道路や側溝が綺麗になり、一石二鳥だ。

枯葉が道に降り積もっているのを見かけると、横を通るたび、もったいないなあ、誰か集めないのかなあと思う。そして、自分ちの周りの落ち葉を思い出し、早く集めなきゃと焦る。

放っておくと、落ち葉はそのうち消えてしまう(実際には腐葉土、つまり土に分解される)ので、時間を作っては、箒を持ち出して作業する。

どんなことでもそうだけど、やってみるといろんなことに気づく。

葉は乾燥しているより、少し濡れていた方がまとまり易く、風にも飛びにくいので、都合が良い、とか。すくうときは、雪かき用のスコップが便利で、小さな穴が空いているタイプならそこから小石が落ちてくれる、とか。

軽トラの荷台に積んで、堆肥置き場に積んだり、畑に入れる。

そこここに落ち積もっている枯れ葉だが、場所には気をつけないといけない。以前から集めている方がいらしたりするので、前シーズンから観察しておく必要がある。と言っても、笹に続く道の落ち葉を集めるだけで精一杯だけど。

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年末年始帰省旅

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高知に来てほぼ毎年、年末に帰省してる。

(今のところ、至って元気だけれど)もう何があってもおかしくない年齢に達した僕の両親に子どもの成長を見せたり、奥さんの実家や親類の家に顔を出すためだ。

それぞれの実家は東京と千葉にあるので、徳島東京間を運行するフェリーに車ごと乗るのが常套手段。東京に着いたら、目当ての家を訪ね、年末と年始の挨拶をしていた。

折角の家族旅行、毎年同じ場所にだけ寄るのは勿体無い、という奥さんの提案で、今回は陸路で移動しながら、数年ぶりの再会となる友人親戚たちを訪ねて回ろうというになった。

あの人にも会いたいね、ここに行くならこっちも寄ろうよ、この宿にも泊まってみたい!と立てた「年末年始帰省旅計画」は、土佐町→岡山→鳥取→京都→名古屋→静岡→東京→千葉→東京→徳島→土佐町と、二週間で往復約2,200kmの大移動。

6人分の着替えや食料お土産。そしてこの車の燃料である、濾過済みの天ぷら油をタンクにありったけ入れて積んだので、車の中は荷物でいっぱい。

移動中、長時間車内で過ごすので、一二時間ごとに場所を見つけては、休憩した。外の空気を吸い、体を動かし、廃油を給油する。特に子どもは狭い車内でじっと過ごすのはストレスなので、すぐ喧嘩したり、暇に任せて食べ過ぎたりする。なだめたりすかしたりしながら、それでもなんとか折り返し地点の東京千葉に辿り着いた。実家のおじいちゃんと映画を観たり、おばあちゃんと水族館に行ったりして楽しく過ごした。特に、下の子たちは生まれて初めて電車に乗って大興奮。混み合う車内で、静かにさせるのが一苦労だった。一方、親たちは、慣れない都会の移動と人混みで、ぐったり。早くも土佐町が恋しくなっていた。

それでも、訪ねる先々で、元気な友人たちの顔を見て、多様な暮らしに触れ、新しいご縁も広がったのはリフレッシュになったし、僕らのこれからの暮らしのヒントをたくさん学んだ。たくさんお世話になりました。ありがとう。いよいよそこを離れるとき、見送ってくれる人たちに「今度は高知に遊びに来てよ」と言いながら手を振った。

 

写真は、毎年帰省している千葉県のブラウンズフィールドにて撮影。このときは、傘を広げて家を作り、中でおやつを食べていた。

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麦踏み

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今シーズンは、暖かい冬のスタートとなった。

寒さが苦手な僕にとって、この気候は身体的にも気持ち的にも楽だけど、田畑をやっていると具合が良くないこともある。

畑の葉物野菜は朝晩の冷え込みによって甘さを増すし、乾いた風が軒先の干柿を美味しくし、雪が降れば子どもたちが喜ぶ。寒くなる時期には、きっちり冷えてもらわないといけないのだ。

麦踏みは、この時期に行う大事な仕事のひとつだ。小麦の芽を踏むことによって、根張りをよくしたり分けつを促したりする効果がある。

霜によって土ととも浮き上がった麦を押し戻すためでもあるが、この記事を書いている12月中旬現在、例年なら毎朝のように降りる霜が、まだ一二回しかない。だから急がなくても良い気がしたのだけど、年末年始は帰省のため作業ができないので、この日麦踏みをすることにした。

肩幅ほどにひらいた小麦の列を、両足を使って、二列ずつ踏んでいく。

ついてきた次男も面白がって真似をしている。彼の短い脚を目一杯広げて、ペンギンのように歩いている。今度は僕が息子の真似をして、ふざけ合った。

途中、パラパラと雨が降ってきた。

濡れた土を踏んでいたら、足袋の裏に土がくっ付く。畑を一周したころには、厚底靴みたいになっていた。

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ZINE 03発刊のあとに

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先日、土佐町のウエブサイト「とさちょうものがたり」の雑誌版とも言うべき、ZINEの第3号が発刊された。

なんと、まるっと一冊、笹のいえ特集だ。

このサイトに連載している記事から選んだ文章を少し手直しして、写真は新たに数枚追加し掲載した。

記事を改めて読んでみて、ふと「土佐町の人たちは皆、こんな暮らしをしているのか」と誤解されるのではないか、と思った。

以前、笹のいえを見学しにきたある移住希望者が、

「土佐町の移住者って、皆さん、こんな暮らしをしているんですか?私にはちょっと無理ですー」

と、冗談とも本気ともとれる感想を話してくれた。

いえいえいえ。僕らの暮らしは、だいぶ変わっているけれど、ほとんどの町民の皆さんは普通に現代的な生活を営んでいますよ。と焦りつつ答えた覚えがある。

この本は確かに「渡貫家の暮らし」を紹介しているが、世界中に多種多様な生き方がある中で、この4,000人ほどの町にもそれぞれの暮らし方がある。そして、僕らの生活もその中のひとつに過ぎない。

読者が、僕らの日常を読み終えたとき、どう感じるだろうか。

ある人は、この町に興味を持ってくれるかもしれない。

ある人は、「懐かしい」と言う思いを抱くかもしれない。

またある人は、その人にとっての大切な部分に触れたと感じるかもしれない。

どう受け取るのかはもちろん異なるし、それが肯定的でも否定的でも、反応があるならとても嬉しい。

 

話は変わるが、表紙の家族写真は、秋深まるある日に拓ちゃんが撮ってくれた。

撮影前、カメラが子どもたち四人の目線を捉えるのは至難の技だろうと予想され、「今回ダメでも何度か挑戦しよう」と言う話だった。子どもらが落ち着くまでに時間が掛かったし、何度もシャッターを押すことになったけれど、さすがプロカメラマン、見事全員の笑顔を収めていた。拓ちゃんの技術もさることながら、これまで、何度も笹のいえに遊びに来てくれていたので、子どもたちが彼を信頼していることがリラックスした表情に現れている。

結局、撮影したのはこの時だけで、そのまま表紙に採用された。

この記事の写真は、何十枚も撮影したうちの一枚。ふざけたり、アクビをしたり。採用されなかったけれど、子どもたちの性格が出てる。こっちの方が僕たちらしいかな。

 

写真撮影:石川拓也

 

Zine 03号、発刊です!

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