笹のいえ

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冬支度

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ある朝、スクールバスがやって来るバス停までの道を、息子と歩く。

落ち葉で縁取られた小道は、すっかり秋の様子だ。

はらはらと落ちてくる葉っぱを見ながら、そろそろ冬支度をしなくてはと考える。

干してある稲の脱穀とハデの片付け、小麦の播種、干柿ゆべし作り、生姜の収穫、農機具などのメンテナンス、細々した改修とDIYなどなど。冬本番前に終わらせておきたい、この時期にしかできない作業が目白押しだ。

落ち葉集めもそのひとつ。

ここ二三年は、この落ち葉を集めて畑に入れてる。畝やその合間を覆うように、堆肥やマルチとして利用するのだ。

白菜やブロッコリーなど冬野菜の苗の間に敷き詰める。そのうち落ち葉が野菜の冬服や布団みたいに見えてきて、幼児を世話するような感覚になって自分でも可笑しいなと思う。

ふと前を歩く息子を見ると、長袖長ズボンを着てる。

ついこの間まで夏服で遊びまわっていた彼もちゃんと冬仕様になっていた。

今日はタンスを衣替えしようかな。

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ご飯当番

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家族は里帰り中。

しばらくの間、長男とふたり暮らししてる。

当然、家事全般僕が切りもり。以前から僕が担当してる洗濯はふたり分しかないので物足りないくらいだし、布団を畳んだり風呂焚きなどは息子が手伝ってくれることがあるので、まあ最低限のことはなんとかやりくりしてる。

家事で一番大きな割合を占めるのは、食事作りだ。

これは結婚してからずっと奥さんに任せっきりだったので、なかなか大変。

今ある食材を把握して、足が早いものなどを考慮して調理する順番が決まり、献立を考える。

最近は数日分のメニューをメモするようにしてる(これは奥さんのアイデア)。そうすると必要な食材や野菜の使い忘れ作り忘れなどが減る。息子の「これ食べたい」に急遽変更することもある。

日常作業の合間に食事を作ると、一汁一菜が関の山。しかしありがたいことに、男ふたり暮らしを知る友人たちから毎日のようにおかずが届くので遠慮なくいただいて、これを一品加えれば豪勢な食卓になる。

平日、僕ひとりで食べる昼ごはんは、残りものが多い。タッパーに入っているおかずをつまみながら、そういえば実家の母親もそんな食べ方をしてたっけなと少年時代を思い返したりしてる。

料理も慣れてくると楽しい。やっぱりたくさん食べてくれると嬉しくて、黙々と食べている彼に「美味しい?」「好きだった?」とつい聞いてしまう。そう言えば、僕は奥さんの料理に「美味しいね」をちゃんと伝えていたっけな。

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秋分の日に

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秋晴れの9月22日の秋分に、やっと最初の秋冬野菜の種を蒔いた。

随分前から「やらなきゃ、やらなきゃ」と気ばかり焦っていたのだが、向き合えずに先延ばしにしていた。このところ最低限の家事や用事だけを済ませるくらいで日々が過ぎていた。何となく心が前に向かず、夜布団に入ると「このままでよいのか」と言う思いに鬱々とする毎日だった。

熱気のなか走り回っていた夏が去り、秋がやって来た。涼しくなって、ふと気持ちが立ち止まったのかもしれない。なんとなく物悲しく、たまに漠然とした不安に襲われる。こんなことじゃいけないと思いつつ、翌日また同じことを繰り返す、自分の中のアンバランスさを感じていた。

秋分の日の朝、SNSのタイムラインに友人が「これからは夜が長くなる、切ない」と書いていた投稿を読んだ。そうかこれは季節のせいなのかと思った。

この言葉で踏ん切りがついた気がして、その日久しぶりに畑に入り、草を刈り畝を整え、去年採った大根と人参の種を蒔いた。

たくさんの日光を浴びていると、モヤモヤしていた心の中にも光が差し込んで来るようだった。相変わらず考え込むことはあるし、向き合うべき事もたくさんある。けれど、抜け出した感は一歩前進と言うべきか。

いま通っている整体の先生が「気持ちと身体は季節とともに変化する。それに応じた運動や飲食をし、精神と肉体を整えていけば良い」というようなことをおっしゃっていたのを思い出した。季節とともに、僕の心と身体も少しずつ秋冬仕様になって来ているのかもしれない。

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稗取り

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少し前の出来事。

出穂した稲穂に少しずつ実が入り頭を垂れはじめたころ、周りと異なる葉っぱと実が付いている株があることに気づいた。近づいてみると、稗だった。

稗は田んぼで出会いたくない草のひとつで、大発生すると、お米の収量が著しく減ると言われる。また、たくさんの種を付け、それが落ちると翌年以降に大量発芽する。雑穀として栽培されているものとは種類が異なり、この稗は美味しくないらしい。

見つけたときは、穂がまだ緑で若かった。種は熟すと色が濃い黄土色になり、遠目でも米と見分けがつきやすいので、普段はもうしばらく経ってから刈り取る。だけどこのときは、数日後に大型の台風10号が近づくと言われていて、強風に煽られ、稗の種が田んぼにばら撒かれてしまったら大事(おおごと)と考え、ぬかるむ田んぼへ稗退治に入って行った。

稗を見つけては、地際から手鎌で刈っていく。少しでも茎が残っていれば、そこから生えてきて再び種を付けてしまう。足元が悪い中、稲を倒したり踏んだりしないように気をつけつつ、稗を刈り取るのは集中力が必要で、終わったときはグッタリと疲れていた。

田んぼによって状況は異なるが、ある田んぼには三抱えくらいもあった。集めた稗は種を落とさないよう慎重に持ち出して、処分した。

さて、この稗はどこから来たのだろう。

去年まで、僕がお借りしている田んぼで稗を見ることはほとんど無かった。あっても稚苗のうちに除草してしまうか、穂を付ける時期まで見逃していても種がこぼれる前に刈ってしまう。それでも、実をつけ種を落とした稗があるかもしれない。落ちた種は土の中で何年も生き延びることが可能で、気候や土の状態などの条件が合ったときに一気に発芽すると言う。

今回、稲株と同じように条に並んで生えていたから、田植えのとき稲と一緒に植えてしまったんだろう、と言うことは想像がつく。苗が小さいと稲も稗もよく似ているから、苗取りで間違えてしまったと言うこともあり得る。しかし、なぜ苗床に稗が生えていたのだろう(今年の苗床はこんな感じでした)。種もみは農家さんから譲っていただいたもので、別の種が入っている可能性はほぼゼロ。もし万が一、稗の種が混じっていたら播種のときに気づいていたはずだ。そして、苗床のあった田んぼには稗が生えていない。

田んぼで起こったミステリー、なのだ。

 

写真:刈り取った稗。ツンツンとした種が特徴だ。

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台風と結

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道に倒れた木や竹を片付け、車が通れるようになった。そして、優先順位の二番目、止まっている山水を復旧させるため、山に入ることにした。台風の間は節水を心がけていたから、水瓶にはまだ数日分の水があった。最悪すぐに復活しなくとも問題ないが、どうせいつものように水の取り口に枯葉などが詰まっただけだからそれを掃除すればいいと思っていた。

取水口まで歩いていく途中、大きな杉の木が三四本倒れていることに気がつく。ある木は中程から折れて沢に落ち、ある木は根っこを剥き出しにして転がり、別の木に引っかかっていた。ここに7年住んでいるが、こんなことははじめてだった。余程強い風がこの沢を走り抜けたに違いない。「爪痕」と言う言葉がぴったりなほどワイルドに倒れている木々は素直に怖かった。普段通っている道が、倒れた木で迂回しなければいけなかったり、崩落している箇所もあった。足を置く場所を間違えれば、土砂とともに落っこちて、木や泥の下敷きになってしまうかもしれない。ひとりで山にいる僕がもしそんなことになっても、しばらくは誰も気がつかないだろう。

一歩一歩慎重に進みながら、取水口に繋がる黒パイプを辿っていくと、一箇所、倒木の下敷きになっていることが分かった。引っ張ってみてもビクともしない。手鎌以外何の道具を持って来なかった僕に、これ以上できることはなかった。急に不安の雲が心を覆いはじめ、「このまま水が復活しなかったら、どうしよう」。少しずつ焦りはじめた頭をリセットしようと、一旦家に戻ることにした。

翌日、飛んで行った支柱や屋根を片付けるため、友人たちが手伝いに来てくれた。彼らに山水のことを相談すると、皆で見に行こうということになった。午前中に片付けを終わらせてから、再び山に入った。

だいたいの位置関係を説明して、それぞれアイデアを出し合う。ああしてみよう、こうしたらどうだ、と動き出した。下敷きになっている部分を切り取り、別のパイプを継ぐことにする。径違うパイプが必要な場所には、その辺の竹を切って応急処置。あれよあれよと作業が進み、自分ひとりでは修復不可能ではないかと思えた山水が、約一時間後にはまた蛇口から出るようになっていた。パイプから勢いよく出てくる水でびしょびしょに濡れながらも嬉々として作業をする彼らの笑顔を見て、持つべきものは友なのだと心の底から思った。

この地域には昔から「結(ゆい)」と呼ばれる風習がある。人と人が繋がる、助け合いというイメージが一番近いだろうか。これまで幾度となく、地域の方たちの結に支えられてきた。今回、友人は皆地域外から来た者たちであるが、相手が誰であれ、僕はまたしてもこの「結」に助けられたのだった。ひとりで悶々と時間を掛けるより、いっそ周りを頼ってしまった方があっさり解決することもある。ひとりでする作業があってもいい、そして皆で助け合いながら進める作業があってもいいのだ。

山から戻り、すっかり気を良くした僕たちは、その勢いのまま、落ち葉と枝が散乱する道の清掃までこなしたのだった。

心の友よ、本当にありがとう!

 

 

この台風の記事はこちら。

台風10号

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台風10号

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9月6日から7日にかけて九州の西を通過した大型の台風10号は、数日前からネットニュースなどで「これまでに経験したことのないような災害が起こる恐れがある」として、繰り返し注意喚起していた。

僕らの住む高知県中央部は予報では暴風域から外れていたものの、発達しながら四国の西側を通ると予測されていて、しっかりとした養生が必要そうだった。

天気が崩れる前日から、家の周りにある飛ばされそうな物を片付け、雨樋や排水口を掃除した。大雨による山水の断水に備えて、お風呂やヤカンなどに水を貯め、普段は外にストックしてある薪と炭を数日分台所に移動させた。

台風が近づくにつれて、雲は吸い込まれるように北方向へ流れていく。雨がパラパラと降りはじめたところで、雨戸を閉めた。高知への影響はこの日の夜から朝に掛けて高まるという予報で、各市町村では避難所が開設され、警報などを発令していた。

寝るころには雨脚が強くなり、外でゴーゴーと鳴る風の音に、息子は少し興奮気味に「すごいね」と話していた。翌日は月曜日だったが、荒天のため、すでに休校が決まっている。

夜のあいだ吹き荒れる嵐に僕は何度も目を覚まし、何かの音を聞いては「あーあれが飛んだか、明日見つけられるかな」とぼんやり考えたりしていた。

翌朝、明るくなってからも相変わらず雨風は激しかった。

窓から外を見ると、いつもの風景とは何かが違う気がした。草木が雨が叩きつけられ風に翻弄されているから、だけではない。景色がなんかスッキリしてるな。それがどうしてかすぐには分からず、数秒考えてやっと気がついた。薪棚やアースキッチンの屋根がないからだ。その隣でチャーテが巻きついているはずの支柱もない。夜のあいだ、暴風で吹き飛んだようだった。

午後になり雨風が弱まってきたので、周りを見て歩いた。

幸い家に被害はなかった。が、飛んでいった屋根やら棚やらは下にある畑にひっくり返り、その一部はもう一段下の田んぼまで転がっていた。稲の倒れている方向を見ると、山から吹き降ろしが強かったみたいだ。今度は軽トラに乗って、散乱する枝を避けながら、集落に続く道をのろのろと進む。途中倒木があり、車ではそれ以上進めなくなっていた。

状況を把握しながら、頭の中で片付けの段取りを考える。必要な道具は、優先順位は、掛かる時間は、、、その一方で、自然の圧倒的な力に、驚きを通り越して「台風すげー」と感動すらしていた。

それにしても、昔の家は大したものだ。築90年の笹のいえは、あれだけの風にも関わらず、瓦の一枚も飛ばなかった。数メートル先にある自作の棚や屋根は見事に飛ばされたというのに。

家の裏は、人ひとりが通れるくらいの空間を残してすぐ山の斜面だ。土砂崩れでもあったらとても危険なのに、どうしてこんなキワに建てたのだろうと引っ越し当初は不思議に思っていた。

しかし住んでみると、斜面の近くにあることで、山からの北風が屋根の上を通り抜け、上手くかわしているようだった。さらには、東西に流れる川ぞいに吹く風の道からも少し奥まったところに位置していて、向かいの山の杉の木が折れそうなくらい揺さぶられていても、こちら側はとても静か、ということがある。ここに住みはじめた人々は、風の通り道も考えて家の場所を決めたに違いない。

先人の知恵と技術に感心するばかりだが、友人が地域の方から聞いた話では、昨今の温暖化の影響か、降雨量や台風進路の変化など気候の変動によって、これまでの経験が通じなくなってきたと言うことだった。

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アウトドアキッチン

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夏、蒸し暑い家の中でかまどに火を入れ調理するのはやっぱり暑くてしんどい(それでも毎日料理してくれる奥さん、ありがとう)。先日大量に手に入れた木炭があるし、最近は外に七輪を置いてうちわでパタパタと火を起こし、煮炊きしてる。アウトドアキッチンと言うと聞こえはいいけど、実際は野外調理場と呼んだ方がイメージに合う。外だから煙は気にならないし、こぼしても掃除の手間がないところがいい。

炭は薪に比べて、長い時間火力が一定で、熾になると煙はほどんど出ない。七輪を二台使うときは、炭の量を調整して、それぞれの料理に適した火加減にする。残った熾は炭壺に入れて、次回使う。炭の良さはなんといっても、遠赤外線効果。焼き魚などするときは、中まで火が入り、ふっくらとして美味しい。

ただ、羽釜でご飯を炊くときなど、高温が必要な調理には、かまどの方が合ってる。

七輪とかまど、使い分けができるだけで料理の幅が広がる。

 

太陽が山に沈むころ、炭を熾しはじめる。日が隠れると気温が下がり、途端に秋の気配が強くなる。

パチパチの木炭が爆ぜる音に混じって、虫の声が聞こえてくる。秋の虫の鳴き声がだいぶ優勢になってきたことに気づく。そよと吹く風が肌に心地いい。ビールをコップに注いで一口飲む。ああもうビールは少し冷たすぎるなあ、お湯割りがおいしい季節になってきたなあ、なんて思いながら、暮れゆく一日に力が抜ける。

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猛暑

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たくさん雨の降った梅雨が終わったら、連日晴天が続く。日中、気温はどんどん上がり、町内の電子温度計が38度を示す日もあった。

草花はしんなりとして頭を下げ、猫や鶏たちは日陰でじっと暑さを凌いでいる。

夏だから暑いのは当たり前なのだけれど、猛暑を超えて酷暑と言える高い気温はやはり身体に堪える。だから、外作業は極力朝夕の涼しい時間帯にしてる。直射日光を避けるため、服装は長袖長ズボン(半ズボンの上にヤッケを履くと動きやすい)が必須。背みのを背負い、タオルを巻いた頭にすげ笠を被る完全防備で臨む。草刈りは小一時間するだけで全身汗びっしょり。Tシャツは休憩ごとに替えるようにして、こまめな水分補給を欠かさないようにする。

最近思いついたのは、作業途中で小さなおむすびを食べること。塩の効いたおむすびを、食べたいと思うタイミングで口に入れると心身のリフレッシュできる。ひと段落着いたら水を浴びて汗を流し、少しでも昼寝をしておくと気分すっきり、午後も動ける。

さて、この猛暑はいつまで続くのかと思うけれど、ここ数日は朝晩が涼しく、明け方肌寒いときもある。山暮らしで「ありがたい」と思える瞬間のひとつだ(その分、冬寒いけど)。日差しがつくる影や雲の形にも秋の足音を感じる。田んぼでは稲の出穂が進み、キュウリやトマトなどの旬が過ぎそろそろ秋冬野菜の準備を考える時期だ。

全国的に暑い日々が続いています。皆さん、どうぞご自愛ください。

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炭焼き 後編

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前編はこちら。

 

火が入っている間、窯の中は見ることができないから、煙の状態によって炭の様子を想像する。最初は真っ白な湿っぽい煙で温度は低い。時間とともに木酢液のような匂いが強くなり、色は段々と薄くなる。最後の方は紫っぽい透明な煙で、手で触れられないほど熱い。この煙が空に棚引く感じで火を止める時期が分かる、らしい。このタイミングについて何度も説明を聞いたが、結局僕にはよく分からなかった。火を止めるのが遅れれば、炭は灰になるし、早すぎれば良質の炭にならない。結局最後は「こんなもんかな」と空気穴を塞ぎ、火を止めた。火を点けてから丸三日間燃え続けたことになる。

炭は、窯の熱が下がったら取り出すことができる。しかし、行こう行こうと思いつつ、時は過ぎ、頭の中からすっかり抜け落ちてしまった。

そして二年以上を経て、炭窯の持ち主さんから連絡をもらい、「あっ」と記憶が蘇った。

季節は梅雨の真っ最中。窯内部は湿気を含み、炭出しするにはあまりよくない時期だが、また忘れてしまったら何年も後になってしまうかも知れない。興味があるという友人に声を掛け、またあの炭窯に向かった。

前のことなどとうに忘れていて、さて、窯の入り口が分からない。持ち主さんに電話で聴きてやっと思い出した。

被せていた土を掘ってみると、ぽっかりと穴があいた。手を入れてみるとひんやりとしてる。さらに周りの土をどけ、人一人がやっと通れる幅になった。土と石でできただけの真っ暗な空間に入るのは少し勇気がいるが、這いずるように中に入った。外は夏のような気温だが、窯内は涼しく、周囲の音も遮断され別の世界に来たみたいだった。暗闇に目を慣らすと、折り重なっている木炭が見える。

懐中電灯の頼りない光を照らし、土囊袋や米袋に炭を詰めては外の友人に渡す。狭い窯の中にいると時間の経過や外様子がよく分からず、奇妙な感覚だが、出入り口から差し込む眩しい光が、外と繋がっている安心感を生んだ。

取り出したのは、軽トラの荷台約二杯分。詰め込んだ木の半分は炭となり、半分は灰になってしまった計算だ。

家に持ち帰って、適当な長さに切り、ありったけの土嚢袋や米袋に詰めて、縁の下の芋室に保管することにした。

早速七輪で餅を焼いてみる。

まだ水分を含んでいるからか、火力は弱い気がするが、ちゃんと乾燥させたら問題ないだろう。

炭は燃やすと温度が一定になるので、揚げ物などは薪よりも調理しやすい、と奥さんが言っていた。

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炭焼き 前編

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数日前、炭焼釜から炭を出した。

二年と五ヶ月前に焼いた木炭だ。

 

2018年三月、名高山に炭窯を持つ方に「焼いてみんかよ」と声を掛けてもらった。それまで別の場所で炭作りの見学はしたことあったけど、実際に手を動かすのははじめてだった。

炭となる雑木を集めるのは、一番手間の掛かる行程のひとつだろう。必要な量は窯の大きさによるが、歩留まりをよくするため、材料となる枝木を窯内にできる限り詰め込まないといけない。今回、周囲の木を切らせてもらい、軽トラ3.5車分くらいになった(これでも少し足りなかった)。集まった木のほとんどは窯主の方に伐採してもらったので、なんだか申し訳ない気持ちだったが、その他の作業はなるべく自分でやるように努めた。木や枝は、窯に入るように適当な長さに切っておく。

狭い入り口から炭窯の中に潜り込んで、外にいる友人に木を放り込んでもらう。出入り口からの光を頼りにして、奥から順番に立てて並べていく。隙間があると木から木へうまく熱が伝わらず、良い炭にならないので、曲がった木や枝をパズルのように組み合わせる。湾曲した天井の空間には木を横にして空間を埋める。焚き口周辺は高温になり、どうしても燃え尽きてしまうから、炭としては使いにくい太い切り株などを置く。より上質でより多くの炭を取るにはいろんなコツがあり、経験と技術が必要だ。行程の最初から最後まで地域の方々にアドバイスをいただいた。なんとか材を入れ終わり、出入り口を石と土で閉じた。

いよいよ炭を焼く。

出入り口の隣にある火口で薪を燃やして、窯の温度を上げていく。火が木に移るまでとにかく薪をどんどん焼べる。焚き口の反対側にある煙突からは最初蒸気が出て、そのうちモクモクと白い煙が排出される。中の材が燃えはじめた合図だ。

家から炭窯まで車で20分ほど離れているが、途中で火が消えないように数時間ごとに往復して見回った。初日の夜は窯の前に車を停めて、夜通し火の番をした。夜の冷え込みはまだ強い三月の山。車内で布団に丸まりながら時折薪を足していく。

約24時間後、窯内の温度が十分高くなったと判断し、小さな空気穴を残して焚き口を塞いだ。

 

後編に続く。

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