土佐町のものさし

土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.7 | タラヤナ財団

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

6.  タラヤナ財団(続き)

前回の記事はこちら

タラヤナ財団は、2003年に発足した 公益法人(Public Benefit Organization)。設立者は王女の母であるアシ・ドルジ・ワンモ・ワンチュク。その運営にはブータンの王族が深く関わっています。日本語では「タラヤナ財団」と呼ばれることが多いようです。

タラヤナ財団ウェブサイト

 

前回に続いてタラヤナ財団の活動の話です。

説明してくれたのはタラヤナ財団のタシさん(Tashi Dolma)とツェリンさん( Tshering Yuden)

 

 グリーン・テクノロジー(Green technologies)

車が通れる道から歩いて6時間。そんな立地の隔絶された村は、ブータンでは珍しくないそうです。モンスーンの時期には特に、完全に周囲から孤立し外部からアクセスできなくなるような山間の小さな集落。

そういった場所に住む人々の環境を改善することも、タラヤナ財団の大きなミッションの一つです。そのための手段が「グリーン・テクノロジー」。

環境に負荷をかける発展は、「国民幸福度」の観点から持続可能性が十分とは判断されず、そのために環境に負荷をかけないグリーン・テクノロジーの様々な技術が期待され使用されています。

具体的には、マイクロ水力発電、ソーラードライヤー、エコサントイレ(Eco-san toilets)などなど。環境に優しく維持費もかからず、なおかつ人々の生活環境を改善するための技術を普及する活動を行なっています。

 

 コミュニティ・ラジオ(Community Radio)

「健全なコミュニティにとって、「正確な情報」はきれいな水と同じくらい重要なものである」

この言葉に表されるように、タラヤナ財団はブータン国内の情報格差を解消しようとしています。具体的な手段としては、ラジオを国内の隅々に普及させること。

正確な情報へのアクセスを平等にすることで、特に貧困層と社会的少数派の人々が、政治の意思決定のプロセスから除外されないようになるのが最終的な目的です。

 

 タラヤナ・クラフト (Tarayana Rural Craft Outlets)

 

最後になりましたが、これがタラヤナ財団の活動の中でも、個人的に一番紹介したいものです。

前回の記事にタラヤナ財団オフィスの外観の写真を掲載しましたが、その右手にはタラヤナ・クラフトという財団が運営するクラフトショップがあります。

ここで販売しているものは、タラヤナ財団が企画開発したオリジナルの雑貨。その材料の多くを、ブータンの貧しい地域の人々から仕入れることで、少しでも経済的格差を解消しようというものです。

例えばイラクサを使用したバッグやテーブルクロスなどを販売していますが、このイラクサを織って布にするところまでが貧しい地域の人々の仕事。そしてその後のデザインや縫製をタラヤナ・クラフトのメンバーが行うという仕組みです。

ショップの裏手では、グッズの制作が行われています。右手の女性がアイロンをかけているバッグは、イラクサを編んだ布を材料にしたもの。農村地帯の人々が現地で編んだ布がここに送られてきます。デザインや縫製はここでの仕事。

この女性が作っているのはヤクの毛で作った動物のぬいぐるみ。ブータンに実際にいる動物たち、ヤクや鶴、犬などがモチーフになっています。

ひとつずつチクチク作る作業は気が遠くなります。

 

ここにGNHの大きなポイントがあると個人的には思いました。つまり、具体的な活動や物品などがあってこその「幸福度」。「幸せになりましょう」という言葉は、もちろん真理であり最終的な目標でもあるのでしょうが、手段の伴わない目的は、ただの空虚な言葉になってしまいます。

例えばタラヤナのこのショップに並べられた商品ひとつひとつの後ろには、GNHの理念が背骨となってその成立を支えているわけです。ですがGNHになんの興味がない観光客が「これいいね!」と言って買っていってもいいわけです。ここで大事なことは「これいいね!」と手に取ってもらえるようなモノを作れるかどうか。

そして全ての人にわかってもらえなくても、仕組みとしてGNHの理念がそのモノやコトの成立のためにエンジンとして動いていることではないでしょうか。

 

 

 

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.6 | タラヤナ財団

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

6.  タラヤナ財団

 

タラヤナ財団は、2003年に発足した 公益法人(Public Benefit Organization)。設立者は王女の母であるアシ・ドルジ・ワンモ・ワンチュク。その運営にはブータンの王族が深く関わっています。正式名はタラヤナ・ファウンデーション(Tarayana Foundation)ですが、日本では「タラヤナ財団」と呼ばれることが多いようです。

タラヤナ財団ウェブサイト

 

首都ティンプーにあるタラヤナ財団の本拠地

 

タラヤナ財団の活動は驚くほど多岐に渡りますが、その全ての活動の根本にある考え方は「国民総幸福度」。

経済的・物質的な豊かさを闇雲に追いかけることを目的にしない「幸福度」による社会、つまり国民総幸福社会(GNH:Gross National Happiness Society)の実現がタラヤナ財団の大きな目的であり、そのための実践の機関なのです。

*念のために付け加えておくと、国民総幸福度は「経済的・物質的な豊かさは必要ない」という考え方ではありません。むしろその逆で、「経済的な発展」を成し遂げながら、全体として国民の幸福度を上げていく。経済的な価値を優先し過ぎて、コミュニティや環境など人間の幸福のために必要な要素を壊すことがあってはならないという考え方です。

 

その理念は一旦横に置いておいて、タラヤナ財団の具体的な活動の内容を聞きました。

 

タラヤナ財団のミーティングルーム

 

 

 マイクロ・ファイナンス(Micro Finance)

「貧者の銀行」と呼ばれるマイクロ・ファイナンス。バングラデシュのグラミン銀行とムハマド・ユヌスが2006年にノーベル平和賞を受賞したことで世界的な注目を集めましたが、タラヤナ財団も2008年よりマイクロ・ファイナンスを行なっています。

マイクロ・ファイナンスの特徴は、特に貧困層の小さなビジネスを対象にしていること。仕事をする意欲があるにも関わらず何らかの問題があり貧困に苦しむ個人に対して、年率7%の条件で小口融資を行なっています。

これにより通常の銀行では借り入れができなかった小規模農家や職人などが、小規模ビジネスをスタートして維持できるようになりました。貧困層に向けて補助金などを「与える」のではなく、彼らが自活しビジネスを回していけるような手助けをするという意味で、マイクロ・ファイナンスは本来の意味での「貧困の解決」に近い手段として期待されています。

蛇足ですが、マイクロ・ファイナンスは通常の銀行の借り入れと比較して、返済率が圧倒的に高いそうです。理屈はわからないのですが、感覚的には理解できるような気がします。

 

 家の建設 (Housing Improvement)

「家屋が最も重要な生活の基盤である」という考えのもと、タラヤナ財団は貧困地区の住環境を改善するプロジェクトを継続して行なっています。

現地調査を行い地域住民と財団本部をつなぐ橋渡し役として、現在13人の現地調査員(Field Officer)が現場で働いています。(その人数は全く足りていないので、近い将来には一県に一人の調査員がいることになるそうです)

その調査員が現地で聞き取り調査を行なった上で、家屋の状況に深刻な問題がある家庭を優先しながら、新たな家屋を建設するというもの。

その資金はタラヤナ財団が海外のファンドから調達しているそうです。タラヤナ財団とファンドが信頼関係を結び、長期的な視点に立ってタッグを組み進めているプロジェクト。

僕がタラヤナ財団を訪問した2019年2月は、2018年度のプロジェクトが完了し、資金提供者であるファンドに対してレポートを作成中というタイミングでした。

2018年度にはブータン全土で500軒の家を建設し、詳細な資金の使途をファンドにレポートする。その上でファンドから「公正で効果的なプロジェクト」と承認されれば、また来年度も500軒の家を建設するということです。

別の機会に、ブータンの家の建設現場を見ることがあったのですが、ブータンでは家の建設は親戚や隣近所が集まって行うのが一般的。

もちろんそこには指導的な立場で大工さんがいます。その現場には、土壁の専門家と木材の専門家の二人がいて、その二人が施主本人とその家族親戚を指導しながら建設していました。

その際、専門家以外のメンバーは、報酬の出る仕事というよりも「お互い様」といった感じで手伝いにきている。あっちの家を今年建てたので、来年はそっちの家を建てる、という順番でやっているという話を聞きました。

ですので、これは推測ですが建築資金というものはそれほど莫大なものではない。土壁の材料である土も現場の土を掘ってました。しかしそれも難しい貧困地帯に、きっかけとなる資金を提供して、現場では村の衆が集まりみんなで作っていくというやり方のようです。

基本的には財団やファンドから全てを与えるのではなく、「できることは自分たちで」。そしてそのきっかけとしての資金や人材を提供するという形です。

 

現在、現地調査員(Field Officer)が常駐している地域を指し示し説明してくれました。首都ティンプーのヘッドオフィスには  人のスタッフが働いており、加えて13人の現地調査員が地域で働いているのだそう。

「まだまだ人数が足りないので、特に地域調査員の増員に注力しています」

タラヤナ財団の話は少し長くなりそうなので、次回に続きます。

 

 

 

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土佐町のものさし

幸福度調査:長野静代さんに聞きました。

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土佐町役場の職員が町の皆さんに届けた幸福度調査の回答用紙やインターネットでの回答が、続々と返ってきています。

「私のところにも来たし、娘のところにも来た」「私のところには来んかった。答えたかったのに〜」などなど、色々な感想をいただいています。

 

町の皆さんは幸福度調査の質問をどんな風に考え、答えたのでしょうか?

とさちょうものがたり編集部は、以前皿鉢料理の作り方を教えていただいた土佐町地蔵寺地区の長野静代さんにお願いをして、土佐町ならではの質問にいくつか答えていただきました。ご本人の了解を得て、長野さんがどんな風に答えたのか、ここで紹介したいと思います。

長野さんは、質問文を読み、じっくり考えて答えてくれました。

 

 

これはブータンの幸福度調査を元に作られた質問です。土佐町で昔から引き継がれてきた技や手仕事の数々が並びます。

「地元料理…、うーん、“少しできる”、かねえ」
「え?長野さん、“少し”ではないでしょう?」と思わず言ってしまった編集部。

長野さんの作る「さば寿司」は本当に美味しいと、土佐町の多くの人が知っています。他にもゼンマイの煮物や季節の野菜の天ぷら…。40年以上、地元の食材を使って美味しいものを作り続けてきた長野さんの技は「少しできる」どころではありませんが、このような質問の形になると謙遜して答えてしまうのかもしれません。

 

「米作り…、昔、私一人で6反(約60a)作っちょったよ。草刈りするのが大変でねえ」

「野菜作り…、私は野菜づくりが大好きでね。間があったら畑するの好き。畑がすいちょったら植えたいしね」

「縄ない・わらじ作り…、わらじは子どもの頃からよく作ったねえ。昔は今みたいに何でも買えなかったから、何でも作ったよ」

出てくる数々のエピソード。項目のひとつひとつがゆっくりと長野さんの持っている引き出しを開いていくようでした。重ねてきた記憶がしまわれているその引き出しは実に深く、ゆたかです。

 

 

長野さんの答えは「3」。長野さんのお母さんも色々作る方だったそうです。その背中を見て育った長野さんは、8歳の頃から自分のお弁当を作ったり家のお手伝いは何でもしていたそうです。「粟や稗、麦を育てて、ひえばっかりのご飯を炊いてね、お弁当箱からボロボロこぼれてね…」と長野さん。

 

 

こちらもブータンの質問を元に作られています。

「幸せよねえ、今は本当に。自分は自然の一部だなあと思う。そうねえ、今は豊富に何でもあるから、幸せに生活させてもらいゆうと思います」

長野さんのその言葉には、言葉として語られないこと、長野さんが重ねてきただろう実感が込められていました。

 

 

 

「イノシシ、シカ、アメゴ、アユ…、ハエ、イタドリ、タケノコ、ゼンマイ、ワラビ、ふきのとう(以前長野さんは皿鉢料理の一品として、ふきのとうの天ぷらの作り方を教えてくれました)。ふき、コシアブラ、しおり、せり、クレソン、よもぎ、アケビ、キイチゴ、ヤマモモ、山栗。クワノミは最近は食べんねえ。」

 

 

「山のごちそう」にたくさんの丸がつきました。

 

 

 

長野さんは「5」に丸をつけました。

「毎日ばあ、家で作ったものを食べゆう。野菜も全部作ってるからね。間があったら畑するの好き。畑がすいちょったら植えたいしね。今はジャガイモもどっさりあるし、ニンニクも太い玉になっちゅう。玉ねぎも作っちゅうしね。夏野菜のなす、かぼちゃ、トマトも植えちゅう。ナスは家で作ったのを焼いて食べたら美味しいがね。次に何を植えようかなあって考えるのが楽しみ。」

 

長野さんは裏の畑を案内してくれました。

じゃがいもの花が咲いていました。「もう食べられるよ」と長野さん。

 

 

ねぎ、キャベツ、ニンニク、玉ねぎ、赤玉ねぎ、夏大根…。長野さんの毎日の食卓はこの畑からうまれます。

「持っていきや」と畑から抜いてくれた玉ねぎとにんにく。

 

土が近くにあり、自分で作ったお米や野菜を自分で料理して食べる。そのことをあたりまえのように感じる人は土佐町では多いかもしれません。でもそれは本当に「あたりまえ」なのでしょうか?

 

「本物の幸福…。そうねえ、健康で美味しいものをずっと作れるのが一番しあわせ。健康が第一。美味しいものを作ってみんなに喜んでもらうのが、私はしあわせ。」

長野さんはこう言って、そっと笑いました。

 

月に2回、土佐町社会福祉協議会が毎月各地域で開いている「あったかふれあいセンター」へ、長野さんは料理を作りに行っているそうです。みんなで「来月は何にしようか?」と食事のメニューやおやつを考えるのが楽しみなのだそう。

「いつまでできるかなあと、そればかり考えてる」と長野さんは言います。

「仕事はすればなんぼでもありますね。果てがない。それが生きがい。」

 

長野さんのお店には毎日のように色々な人が集います。田んぼの仕事が終わって午後から来る人。コーヒーを飲みに来る人…。そのことを長野さんはとてもうれしそうに話してくれました。長野さんの心に浮かぶ人たちの姿がすぐそばに見えるようでした。

 

 

 


 

 

土佐町の人たちの幸福度調査アンケートは、これから高知大学の協力も得て集計に入ります。

アンケートの結果は「土佐町のものさし」でまたご報告します!

 

 

*長野さんのことを書いた記事はこちらです。

40年目の扉

*長野さんに教えていただいた「さば寿司」「皿鉢料理」の作り方はこちらです。

皿鉢料理 その2 さば寿司

皿鉢料理 その10 盛りつけ

 

 

*アンケート内容に興味のある方は、ぜひこちらからご覧ください。

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.5

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

5.  シュラブッチェ大学

 

シュラブッチェ大学は、ブータンの東端にある総合大学です。

シュラブッチェ大学

ご存知の方は多いと思いますが、ブータンは自由旅行が基本的に制限されています。他の国のようにふらっと訪れて、行きたいところに気ままに赴くという旅行は現実的にはできません。

また、ブータンという国は空の玄関であるパロ国際空港と首都のティンプーが西側に位置するため、その周辺は比較的移動しやすいのですが、そこから国を横断する形で東側に渡ることは、なんらかの公式な名目や招待が必要になります。

幹線道路(と言っても相当な山道ですが)に幾つもある検問で、正式な通行許可証を提示しながら西から東へ行くことになります。

今回の大きな目的地であったシュラブッチェ大学は、京都大学東南アジア地域研究研究所が長い時間をかけて培った信頼関係のもと、お互いの人的交流を定期的に維持していく体勢が整っているためこの訪問が実現しています。

シュラブッチェ大学学長(左)が歓迎してくれました

 硬い話になりましたが、大学の話。

シュラブッチェ大学の学生たちが、京大の学生の訪問を歓迎してくれました。ホールに集まり、お互いの国のことを紹介するプレゼンをします。

ブータンの大学生に京大の学生がプレゼン中

最後はヨサコイで締める

ブータンの学生も最後は踊りで締める

現在の生徒会長。初の女性会長だそうです。

図書館

図書館にも行きました。とさちょうものがたりZINEがシェラブッチェ大学図書館の蔵書に加わりました。

 90分の講義

僕がカメラマンだと知ったシェラブッチェ大学の学長さんが「うちはメディア学部があるから、学生と話してみてほしい」と言われました。そんな楽しそうなことはぜひ!ということで、時間を作ってもらいました。

勝手なイメージでは学生5,6人を相手にiPadでも囲みながら、なんて考えていたのですが、実際にはメディア学部の3,4年生全員の50人ほどでした。この人数だと講義みたいになりますね。

左下の撮影しているのはメディア学部4年キンガ・プンツォくん

「キネマ土佐町」全4篇を観てもらいました。静かに喰い入るように観てくれました。土佐町の自然がブータンに似ている、とは多くのブータン人が同意するところ。

撮影:赤松芳郎さん(東南アジア地域研究研究所)

大筋では土佐町の仕事を紹介しながら、「機材や印刷技術や情報が(おそらく日本よりは)乏しいであろうブータンでも、工夫次第でアイデア次第で、手作りで作りたいものを作れるんだよ」ということを伝えたかったのです。

彼らが使っているカメラも日本製がほとんどですが、「日本の技術すごいでしょ」ではなく、「ブータンで彼らが映像を手作りして発信するということがどれほど可能性のあることか」ということを伝えたいと考え、気がついたら90分があっという間に経っていました。

 ブータンのおおらかさ

もう一つ印象に残ったことは、ブータンの人々のおおらかさ。

「キネマ土佐町」をプロジェクターで流すため、大学のパソコンを使ったのですが、これがなかなか上手くいかないのです。

上映を開始した途端に止まってしまったり、やり直したけれど今度は映像がカクカクして観れるレベルではなかったり。

集まった学生と先生の方からすると、モタモタしている時間だったかもしれません。

僕も日本で同じことが起こったら、確実に焦る状況だったかと思いますが、自分でも不思議なくらい焦ることなく上映を終えました。

その理由を後になって考えてみたのですが、きっとこれはブータンの人々の醸し出すおおらかな空気のおかげと思います。

なんとなく、何が起こっても大丈夫、というような雰囲気が、その場に充満していたことが理由だと思います。

翻って考えてみれば、なんでもカチカチきっちりとやろうとする日本の空気も、もちろん悪いことではないと思うのですが、行き過ぎるとそこに生きる人間を息苦しくさせてしまうということも、昨今の日本に関しては言えるのではないでしょうか。

 エンペラーを撮影したことありますか?

質問タイムでは、技術的なこと(例:星にピントを合わせる方法は?)とか、もう少し精神的なこと(例:テーマを決める時にどんな風に考えますか?)とか、様々な質問が出ました。

面白かったのは、「日本の天皇陛下(エンペラー)を撮影したことありますか?」という質問。

その時は意図が十分わからなかったのですが、後から考えてみたところ、この質問の背景にはブータンの写真産業の現状がよく表れているのではないかと想像します。

ブータンはどんな田舎の町に行っても、王様の写真をよく見ます。国民が王様を心から敬愛しているのを目の当たりにするのですが、おそらく現在のブータンの写真・映像産業の中で、最高のステータスがある仕事が、「王様を撮る」ものなのではないでしょうか。ブータンの人から見ると「天皇=日本の王様」ということでこの質問が来たのではないかと思っています。

ここにも国民性が現れて面白いですね。

記念撮影  撮影:竜野真維さん

冒頭で書いたように、京大とシュラブッチェ大学の交流は今後も続いていきます。今回とは逆に、夏には京大の招きでシュラブッチェ大学の学生が2人、日本を訪問するそうです。その時にはもしかしたら、土佐町にも足を伸ばしてくれるかもしれません。

土佐町とブータンの縁も、ゆっくりと繋がっていけるとうれしく思います。

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土佐町のものさし

⑥ 「土佐町幸福度調査アンケート」ついに完成です!!

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この連載「土佐町のものさし」は、現在進行形の旅の記録。
時代とともに変化していく世界の価値観(=ものさし)の大きな流れの中で、土佐町の人々が、土佐町のためにこれから作っていく「土佐町のものさし」を探し求めて歩く旅の記録です。

 

完成した「土佐町幸福度調査アンケート2019」2ページ目

 

 土佐町の現在

 

しばらくブータンのことが続いていましたが、土佐町の現状に戻りたいと思います。

(ブータンのことはまだ書くことがあるので、今後まぜまぜにいきます。)

アンケートの内容作りが続いていた土佐町役場。高知大学地域協働学部の協力も得て、ああでもないこうでもないと議論を重ねてきました。

昨年12月には土佐町役場職員を対象にした検討会。各課・社協から数名ずつの職員に出席してもらい、ここでも議論が進みました。

 

課が変わると目線も変わる。実行委員会が想像もしなかったような角度からの意見が出てきたり、これで一段と土佐町の地に足の着いたものになったと感じます。

 

 佐川町へ

 

12月末には、高知県佐川町へ視察へ。役場職員、地域住民が一体となって総合計画を作り実施している佐川町。

さまざまな取り組みの話から、自分の町の現在、過去、未来を見つめ、目の前の現実を少しずつでも動かしていこうという佐川町の職員さんの熱意がひしひしと伝わってきました。

佐川町は総合計画を作る過程で幸福度調査をしています。そしてその結果を佐川町の10カ年総合計画の骨子作りに反映しています。

2年間に渡る住民参加での総合計画作りは、書籍みんなでつくる総合計画 : 高知県佐川町流ソーシャルデザイン」にわかりやすくまとめられています。

 

石川拓也

 

ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。佐川町役場の職員の皆様、お忙しいところ詳しいお話を聞かせていただきありがとうございました!

 

 住民検討会

 

4月5日には、土佐町の住民から6名の方々に出席いただき、住民検討会を開催しました。

出席者は様々な年代、仕事、立場の方たち。あかうしを育てている方、林業に携わっている方、県外から引越して来た方、自営業の方、集落活動センターの代表の方、社会福祉協議会職員、県庁の職員の方。

ここでもまた住民目線の、暮らしに根付いた視点から「土佐町の幸せとは何か?」「それを形にするためのアンケートとは何か?」という議論が進みます。

例えばこんな意見。

道つくりや農作業など地域の人と協力して行う仕事は「ボランティア活動」ではなく「ここで暮らすため、生きるための取り組み」。

このアンケートを読む時、町の人たちが「自分ごと」として考えられるものにしたい。誰かの顔が思い浮かぶような質問の仕方が大事なのではないだろうか?

アンケートは町の職員が直接手渡すことになっているが、職員みんなが一律の熱意を持ってこのアンケートをする意味を伝えられるのか?どうしてこのアンケートを行うのか、町の人にきちんと理解してもらわないといけない。

アンケート結果を、町の人たちにどう還元するのか?

土佐町で暮らす多くの人にとって「あたりまえ」のことは、実は決して当たり前ではない。

 

住民検討会に出席いただいた皆様、お忙しい中大変ありがとうございました!

 

 ついに完成!!

 

そしてその後はさらなるブラッシュアップと高知大教授との議論を重ね、ギリギリのタイミングではありますが、「土佐町幸福度調査アンケート2019」がついに完成となりました!

 

2019年4月23日から、アンケートの実施が決定しています。土佐町の全住民から、無作為で抽出された方々を対象としておりますので、今これをお読みのあなたの元にも届くかもしれません。その時はぜひご協力のほどよろしくお願い致します。

またこれは町内外関わらず、多くの方々にぜひ読んでいただきたいアンケートです。

ご興味のある方はぜひ以下のリンクからダウンロードしてみてください!

 

ちなみに、このアンケートには、別紙でこのような紙が添えられています。

このアンケートによる「幸福度によるまちづくり」と、国連が提唱する未来作りの指標である「SDGs」。

この二つは表現の仕方が違えども、根本の考え方は同じものと土佐町役場は考えています。

ですので、今回の「幸福度調査アンケート」には、一つの項目につき対応するSDGsの項目のロゴを配置しています。

具体的には、ぜひアンケート票をダウンロードして確認してみてください。

 

 今後のスケジュール

 

「土佐町幸福度調査アンケート」にまつわる今後のスケジュールは以下のようになっています。

 4月23日 土佐町役場職員勉強会 

高知大学地域協働学部の梶先生がアンケート内容の意味や配布訪問時の留意事項などを実際に配布に当たる役場職員全員に説明をする日です。

 4月24日〜5月20日 アンケート実施 

 5月20日 アンケート回収終了    

アンケート集計結果の概要(速報値)を提出、その後高知大学が本格的なデータ解析作業に入ります。

 7月 第2回土佐町幸福度調査住民検討会

 

そしてさらに俯瞰で見た全体的な計画(大ざっぱですが‥)は以下の通り。

 

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.4

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

4.  ブータンの食事

 

ブータン料理って、日本ではなかなか馴染みのないものですよね?

チベットとインドに色濃く影響を受けながら、ブータンも独特の食文化を育んできました。

今回は、ブータンの人々が普段食べている食事を紹介したいと思います。

 モモ

上の写真は「モモ」と呼ばれる「チベット餃子」です。

たいていのお店にはミート(豚)とチーズの2種類があり、ブータンの人にとってはファーストフード的に気軽に寄って食べていくスタイルです。

皮は厚めでもちもち、美味しいです。


上の写真はブータンの典型的な食事です。

ブータンでは大抵このようにご飯とおかずがドドドン!と置かれていて、脇に置かれた食器を各自が持って自分の皿に好きな量を取っていく形です。

ブータン料理はトウガラシが大量に使われるのが特徴です。僕自身は辛いのがあまり得意でないので、トウガラシの塊はできるだけ出会わないように気をつけていました。

がさつな人が盛り付けたがさつな皿。

ブータン料理のイメージを傷つけてしまってないか心配です‥。

先に書いたように、ブータン料理は各自が皿を持ち盛り付けていくスタイル。

どうあっても繊細な盛り付けができないこの皿の主は、ご想像の通りわたしです。。。ブータンの人々すみません。

左上に見えてるのは「ダル」というスープ。インド料理でもありますが、ブータンのダルはまろやかで美味しいです。

上はブータン西部にあるシュラブッチェ大学を訪れた際に食べさせていただいたランチ。

盛り付けはさっきのよりかは、こっちのほうがマシでしょうか。ここで食べたランチは非常においしいものでした。

 

 チュルカム(乾燥チーズ)

上の写真は「チュルカム」という乾燥したチーズ。乾燥してるだけあってかなり固いです。

移動の道中、田舎の峠にあった小さな商店で店先にたくさん吊るされて売られていました。

これはブータンの伝統的なおやつ。ブータンの人はみんなチュルカムを口の中でコロコロ転がしながら1、2時間楽しむようです。

 

店頭にチュルカムが干されている、の図。ちょっと干し柿みたいですね。
味はあんまりしないです笑

ブータンに滞在中は、ほんとに大量のお茶を毎日飲みました。

空気が乾燥していることもあり、そして高度に順応するための水分補給ということもあり、食事時には何杯ものお茶を飲み、食事時でなくてもチャンスがあれば何杯ものお茶を飲み。

おそらく2019年2月前半の「ブータンお茶摂取量(個人の部)」では相当イイ線行ってるはずです。誰か集計してくれないかな。

写真はふつうの紅茶ですが、ダントツで一番よく飲んだのはミルクティー。ブータンのミルクティーはミルク多めのコク強めです。インドのチャイに近い印象です。

 

食事をしている最中に周りをウロウロしていたブータンの猫

 

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.3

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

3.  インスティチュート・オブ・ウェルビーイング Institute of wellbeing

 

 良くあること学院

 

ウェルビーイング(wellbeing)という語は、日本語でぴったりな言葉を見つけるのがなかなか難しいのですが、「良くあること」「健康で安心な状態」を指します。

なので「福祉」や「幸福」と訳す場合もあるようです。

ここではあえて強引に「良くあること学院」とでも訳しましょうか。「いや、それムリ‥」というブータンからの声が聞こえてきそうです。やっぱりそのまま「インスティテュート・オブ・ウェルビーイング」でいきましょう。

 

 

 ミッション

インスティテュート・オブ・ウェルビーイングは、ブータンの首都ティンプーから車で40分ほどの、山間地帯にあります。

周囲は瓜二つと言えるほど土佐町の自然にそっくり。ブータンをもう少し水っぽくして苔っぽくしたら土佐町の風景になりそうです。

土佐町の風景に似ていませんか?

インスティテュート・オブ・ウェルビーイングは、ブータンの国策であるGNH(国民総幸福度)の思想に則って、青少年の育成に努めている機関です。

さらに具体的に言えば、薬物やアルコール依存に陥った青少年を更生させることがミッションの大きな部分を占めています。

そのため、ここに一定期間居住できる居住棟があり、私たちが訪問した日にも数十人の若者が共同生活を送っていました。この日はちょうど家族デーに当たり、遠方の家族がここに住む方々を訪れていた1日でした。

 

奥の建物が居住棟

 

 

 ダショー・ペマ・ティンレイ

 

ここの学院長は、写真にも写っているダショー・ペマ・ティンレイ氏。

「ダショー」というのはブータンにおける尊称で、国王から授与されるものです。「最高に優れた人」を意味します。なのでファースト・ネームではありません。イギリスでいうところの「ナイト」みたいなものでしょうか。

ペマ・ティンレイ氏はブータンの最高学府であるブータン王立大学の学長を務めていた人物で、退官したのち請われてインスティテュート・オブ・ウェルビーイングの学院長をされています。

ダショー・ペマ・ティンレイ氏

ちなみにティンレイ氏が着ているこの着物に似た民族衣装、男性は「ゴ」女性は「キラ」と呼ばれ、ブータンでは日常の普段着として町でもよく見かけます。

正確に言えば、よく見かけますというレベルではなく、ほぼ皆さん民族衣装を着て町を歩いてます。特にブータンの公務員は、就業中の民族衣装の着用を義務付けられているということです。

 

話を戻します。

インスティチュート・オブ・ウェルビーイングのミーティングルームで、ダショー・ペマ・ティンレイ氏にGNHについてお話を伺いました。

左:ダショー・ペマ・ティンレイ氏 右:京大東南アジア地域研究研究所・安藤和雄氏

 

 人間を理解する

以下はダショー・ペマ・ティンレイ氏のお話から。

GNH(国民総幸福度)の本質とは、言い換えれば「人間を理解する」ことです。

自己を見つめ、人間を理解し、より良い人間になること。より良い人間になろうとすること。それがより良い家族を作ることにつながります。そしてそれがより強いコミュニティーを作ることになり、それは国の繁栄と平和で安定した国際社会を作ることになるのです。

その全ての始まりは、一個人が、自分自身に対してリーダーシップを持つことから始まると考えます。

ブータンは仏教国だからGNHが可能なんだという指摘がありますが、それは誤りです。

実際にはどんな宗教であれ、宗教に関連がなかろうが、人間が生きていく上で「人間を理解する」ことは大変重要なことなのです。

 

先ほども書いたように、インスティテュート・オブ・ウェルビーイングの大きなミッションは、薬物やアルコール依存を患う若者たちの更正にあります。

現在ブータンでは、主に外国から入ってくる薬物に依存する若者の数が急増し、社会問題となっています。

インスティテュート・オブ・ウェルビーイングは、そういった問題を抱えた若者たちを一定期間ここで共同生活させ、運動や畑仕事を含む規則正しい生活を送ることによって薬物依存を断ち切り、再び社会に戻すことを活動の目的としています。

仏教国のブータンらしいのは、そこに「自己を見つめなおすため」の瞑想の時間があること。

これはGNHの目的とも深く関連することだと思うのですが、「自己を見つめなおす」「人間(=自己)を理解する」ということは、個人レベルから世界規模の視点まで含めた全ての基本である、というのがGNH・ブータン政府・仏教などに共通した姿勢であるでしょう。

そこに「仏教」はブータンの場合、とても大きな要素として機能しているのですが、この【「自己を見つめなおす」ということが全ての基本である】という考えは、仏教に限った話では決してないことですし、さらに言えばティンレイ氏の言葉にもあるように宗教に限ったことでもないと思います。

ブータンと違い、政教分離の原則のある日本では、施策の根本に宗教的な考え方を置くことはありません。

なので一つの具体的な施策が、「人間を理解する」という深い階層からスタートすることは、実はあまりないんじゃないかというのが、日本に育ち生きてきた個人として思うところです。

ただやはり、大小問わず全ての自治体や政府の目的には「人間のため」という根本があるはずで、だとすれば「人間を理解する」ということはそのスタート地点で実は必須なことなのではないでしょうか。

 

僕自身、個人的にも「人間を理解しているか」と問われれば、そんなに立派な答えを返せる自信があるわけでもないのですが、それでも可能な限り根本的なところから自己や自分の人生や仕事を問い続ける、ということはやっていきたいと考えています。

 

パロで出会った少年僧

 

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.2

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

2.  ブータンの峠

 

幸福度やGNHの固い話を少し離れて、ブータンの旅の話をしたいと思います。

今回、ブータンの東西を縦断するような形で旅をしました。国際空港のある町・パロを始点に、首都ティンプーを通り東端のシュラブッチェ大学まで行く旅です。

 

 

 ブータンの面積は九州と同じくらい。でも‥‥

 

地図で見ると、ブータンってそんなに大きくない。面積を調べると九州と同じくらい。

でも‥でも‥ブータンって高低差がハンパない。西側から東側へたどり着くまでに、3000m級の峠をいくつも超えることになります。

そのうちのもっとも高いトゥムシンラ峠(Thrumshing La)は標高3,700m。ちょうど富士山と同じ高度を車で越えていくわけです。

トゥムシンラ 空気が薄い…

 

 

こういう峠をいくつも越えてブータン西部から東部へ行ったわけです。

例えれば石原から黒丸への山道を、高低差3倍ぐらいにしたような濃度で越えていきます。根曳峠がかわいく見えてきます。

当然、九州を横断するより時間もかかる。
西から東へ、だいたい2,3日かけて行くのが一般的なようです。

トンサという町のマンディチュ・ダム

高度の高い峠や山道を通っている時は、川や谷がはるか彼方の下方に見えます。

こうして峠と谷をいくつも越えて西の玄関であるパロから、東の目的地であるシュラブッチェ大学(Sherubtse College)のあるタシガン(Trashigang)まで、途中で宿泊しながらの往復をしました。

短時間での高度差と温度差、空気の薄さと乾燥、体にはなかなかこたえる旅程。

ただこうやって地べたを走ることで、地図で見ても決して感じることのできないブータンの壮大さを身をもって感じることができたと思います。

裏を返せば、それは人間という存在の小ささ、脆さ、たくましさ。

地球という惑星の表面にできた壮大な突起物の、ほんの一端にしがみついて綿々と暮らしを続けてきたという事実を身をもって感じた気がします。

 

もみの木の山。これを通称ブラック・マウンテンと呼ぶのだそう。

世界の車窓から

谷はこんな感じ

この橋は日本の協力のもと架けられたそう

橋の袂にはこんな碑が掲げてありました。

これは日本とブータンとの友好と協力の証。

ブータンの山奥の小さな川に小さな橋を架けることは、地球という単位から見ると本当に取るに足らないことかも知れません。

でもこうして両国の先人たちが小さな行動を積み重ねて、世界が少しずつ良くなってきたことを実感します。

自分とか自国のみが裕福になることを目指すのではなく、足りないところに足りないものを少しずつ補っていく。

そういう行動が積み重なった上に現在の世界が成り立っているのだと思います。

実際に、現在の地球上で極度の貧困にある人間の数は徐々に減少傾向にあるということです。(国連のデータによる)

例えば中央アフリカの諸国は、貧しいイメージがあり実際に貧しいところも多いのですが、それでも過去に比べて状況は飛躍的に改善している。(現時点で、良い状態であると言っているワケではなく、過去よりは良くなってきているという意味です。)

そしてそういった改善は、上の写真の碑に見られるような、大きなニュースになることもない小さな行動の積み重ねによるものだと思います。

自分自身がしてきた、もしくはこれからするであろう小さな仕事のひとつひとつも、そういう「少しだけでも世界を良くする」仕事でありたいと、でこぼこの山道に揺られながら、高地の薄い空気のぼーっとした頭で考えたのでした。

 

 

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.1

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

1.  GNHコミッション

 

さあ、ここからはGNH関連の人物や取り組みなどを、ブータンの風景などとともに紹介していきます。

順不同で、独断と偏見により石川が紹介したい順に書いていきます。

まずはGNHコミッション(GNHC)

これがティンプーの中心にほど近い、GNHコミッションの建物。

いきなりGNHの総本山のようなところに来てしまいました。

GNHコミッション」はブータン政府の政策が、GNHに基づいた策定がなされているかというチェック機能を持った国権の最高機関です。

GNHの哲学に則した、ブータン全国民にとっての「幸福度の促進」を目指す公的な機関なのです。

 

GNHコミッション入り口。ちなみにブータンの建築物は全て伝統的な外観を保つように義務付けられています。

GNHコミッションのデチェン・ペルモ(Dechen Pelmo)さん。

 5ヶ年計画とブータン・ビジョン2020

 

ブータン政府は、1961年より5年毎に 「5カ年計画」(“The 5 Year plans of Bhutan”) を作成し、それを指針にして国を運営しています。

2018年にその11番目の計画が終了し、2019年度から新たに12番目の「5カ年計画」が始まります。

その5ヶ年計画ももちろんGNHに則ったものであり、それぞれがGNHの理念をどう具体化するかという指標です。
またブータンには1999年に策定した長期ビジョン、通称「ブータン・ビジョン2020」があり、これには都市部と地方部の格差是正、貧困削減、産業振興等が大きな目標として設定されています。

2020年までの目標設定ですね。

 

そういった5年ごと、20年ごとの大きな流れの中で、GNHコミッションは特にGNH(国民総幸福度)をどのようにブータンに浸透させていくか、またはどうGNHの理念と現実を噛み合わせていくかという観点で仕事をしている機関です。

いわばGNHの運用面と言ってもいいかもしれません。

 

第12回5カ年計画 12 FIVE YEAR PLAN 1 NOVEMBER, 2018 – 31 OCTOBER, 2023

Bhutan 2020 : A Vision for Peace, Prosperity and Happiness  Part 1

Bhutan 2020 : A Vision for Peace, Prosperity and Happiness  Part 2

 

  GNHインデックス

 

ブータンのGNHは、GNHインデックスという指標を使い、GNHアンケート調査(前回は2015年に実施)の結果をこれにより分析発表しています。(Center for Bhutan Studies & GNH

GNHインデックスによると、前々回のアンケート調査に比較して、前回のものは例えば‥

  • 身体的な健康は上昇⤴︎
  • 精神的な健康は下降⤵︎
  • コミュニティへの所属意識は下降⤵︎

というような結果が出ているので、この結果に沿った現実的な施策やプロジェクトを行っていくという考え方です。

 

2015年ブータン幸福度調査報告書 A COMPASS TOWARDS A JUST AND HARMONIOUS SOCIETY | 2015 GNH Survey Report 

 

  政策のチェック機能 ポリシー・スクリーニング・ツール

 

またGNHコミッションは幸福度の観点から見た政策それぞれのチェック機能も担っています。

ポリシー・スクリーニング・ツール(Policy Screening Tool)というのがそれにあたり、22種類のチェック項目が、各4点満点で設問されています。

 

上の図のように、1. ストレス 2. 文化 3. 身体的運動‥‥とチェック項目が22個あり、それぞれ4点満点で採点する

 

つまり全てにおいて4をもらえれば、88点満点になります。これを閣僚とGNHコミッションのメンバーの15人〜20人で検討し、66点以上取れればその政策はオッケー!ということになります。

66点以下の場合は策定者に差し戻され、修正のうえ再度のチェックになります。

これはGNHがどうしても「理念」の話であるが故に、どうやって現実的に効力を持たせるかという点においてとても大切なことだと、個人的には思います。

正直に言えば、今回ブータンにはるばる来た理由もそこにあります。

「幸福になった方がいいよね〜」というようなことは、誰でも口で言うことはとても簡単なことな訳です。

「より幸福になりたい」という思いも全人類で共有できるものでしょうし、言えばある程度の共感は得られる。

ただそのために、じゃあ何をどうやっていくのか、が難しい。現実とどのようにぶつかっていくのか、どうしたら言いっ放しにならないで現実的な行動に繋げられるのか、そういった観点からGNHの運用面を知るためにブータンまで来たのです。

そしてこのポリシー・スクリーニング・ツールも、現実とGNHを噛み合わせるための仕組みのひとつと言えるでしょう。

 

 政策(ポリシー)のチェックとプロジェクトのチェック

 

GNHコミッションのデチェン・ペルモさんによれば、政策(ポリシー)のスクリーニングは上記のような仕組みで行っているのですが、その政策に付随する形となる具体的なプロジェクトまではスクリーニングを行っていないということ。

「そうね、プロジェクト単位でもスクリーニングはすべきだと私も思います」

そうデチェン・ペルモさんは話していました。

今後のGNHコミッションの動きとして実現するかもしれません。

 

 

 GNHとビジネス

現在、新たな動きとしてGNHコミッションが取り組んでいるのが「GNH サーティフィケーション (GNH Certification)」と呼ばれる、ビジネスにおいてGNHの観点を当てはめていく仕組み。

これは2018年より稼働し始めた新しい取り組みということです。

ブータンで新たなビジネスを始める際にこの認証を受ける必要があり、この認証はGNHの価値観にそのビジネスが沿っていることを証明するものだそうです。

 

 いきなり堅い話になった!

このブータン・GNHリポート、第一回からいきなり堅い話になりました。

書いている当人もちょっとツライ。。。頭がついていかない。。。

ブータンのGNHのことを見聞きするためのブータン行なので、これはこれで必要なのですが、ずーっとこんな調子でいったらぼくの頭が爆発してしまう。。。

次回は、もう少し柔らかい記事にすることを誓います!!

 

パロ近郊の村での1枚。女の子は「キラ」と呼ばれる民族衣装を日常的に着ています。

 

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.0

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

ドゥルク・エアー バンコク発パロ行きKB153便の畿内から。雲よりも高くヒマラヤがそびえる。

 

 

 GNHの産みの親・ブータンってどんな国?

ブータンに行ってきました。

この連載でも度々お伝えしてきましたが、GNH(Gross Nasional Happiness = 国民総幸福度)の産みの親、それがブータンという国です。

もう少し詳しく説明すると、GNHが産声をあげたのは、時は1972年、所はインドのボンベイ空港。

当時の第4代国王が、ある国際会議の帰り道、ファイナンシャル・タイムズの英国人記者のインタビューを受けた際に、初めてGNHという言葉を公に使用したと伝えられています。

「GNHはGNPよりも重要である 国王は記者に対してそう言いました。

それは、貧しく小さいブータンという国の国王に対して、多少バカにした態度で接してきた記者に対する反骨心の表れでもあったといわれています。

ブータンなめんなよ!という気持ちが、「GNPで計る豊かさよりも大事なものがブータンにはあります」という言葉になって出たのでしょう。

それ以来、ブータンはGNPによる物質的な豊かさの比較の中で競争するよりも、「幸福度」という尺度による国づくりを行おうとしています。

※ ”Gross National Happiness is more important than Gross National Product.” –  by the king of Bhutan, Jigme Singye Wangchuck,

山肌を縫うように細い道が通る。

山がち。というか山ばかりっ!

 

 大きさは九州ぐらい。人口は山梨県ぐらい。

ブータンの国土は38,390㎢で、九州(36,750㎢)とほぼ同じ。2018年の人口は801,256人。これは山梨県と近い人数です。

ちなみに以下のグラフはブータンの世代別人口分布図。日本と比べると20代、30代の人口が突出しているのがわかると思います。

上:ブータンの世代別人口分布図

こちらが日本。 団塊の世代と団塊ジュニアが突出しています。

 

 

 能書きはこれぐらいにして。

話を前に進めましょう。「ぼくが見たGNHの現場ーブータン編」です!

2019年2月20日〜3月7日の日程で、京都大学ILASセミナー「ブータンの農村に学ぶ発展のあり方」のチームに混ぜていただきました。教職員スタッフ4名、学部生院生8名、僕を合わせて計13名。

リーダーである安藤和雄先生京都大学東南アジア地域研究研究所でブータンやバングラデシュ、ミャンマーなどで熱帯農学、農村生態を研究されている方。東南アジア研究におけるエキスパート。

もう一人のリーダーである坂本龍太先生はやはり東南アジア地域研究所にてフィールド医学を専門に研究されています。土佐町の方で「あ!」と思った方は多いかもしれません。そう、坂本先生はフィールド医学の関係で、土佐町にも度々来られています。

 

パロ空港へ到着時の一枚

 

1.  GNHコミッション

 

さあ、ここからはGNH関連の人物や取り組みなどを中心に紹介していきます。

順不同で、独断と偏見により石川が紹介したい順に書いていきます。

まずはGNHコミッション(GNHC)

これがティンプーの中心にほど近い、GNHコミッションの建物。

いきなりGNHの総本山のようなところに来てしまいました。

GNHコミッション」はブータン政府の政策が、GNHに基づいた策定がなされているかというチェック機能を持った国権の最高機関です。

GNHの哲学に則した、ブータン全国民にとっての「幸福度の促進」を目指す公的な機関です。

The Gross National Happiness Commission is the highest government body mandated to formulate and monitor policies. It is “an Institution that promotes an enabling environment for all Bhutanese to be happy and steer national development towards promotion of happiness for all Bhutanese guided by the philosophy of GNH. - Center of GNH

 

話はこれから‥‥というちょっと中途半端なところですが、長くなったので今回はこれまで。次回に続きます!

 

パロで道を教えてくれた少年。どことなく郷愁を感じます。

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