土佐町ストーリーズ

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万次郎だけどジョンじゃない

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「万次郎カボチャを土佐町で作り始めたのは、うちの母やと思うがよー」

とおっしゃったのは土佐町役場に勤務している藤原美穂さん。

 

お母さんは川田慶子さん。

地蔵寺に住んでいる。

 

息子さんのお嫁さんは熊本出身で、お嫁さんのお父さんは種苗業を営んでいる。

25年程前、息子さんが結婚する時、お嫁さんのお父さんが、作っていた万次郎カボチャの苗を譲ってくれたそう。

最初の年は40数個も収穫があって、それがまた美味しい、収穫時期が遅い(霜が降りるまで大丈夫)ということで評判になって『作ってみたい』という人が増えたらしい。

インターネットで検索してみたら、日本では苗を売っているところが高知に一軒しかないんですって。

種間交雑種のせいか雌花しかつかず、種での販売はされていない。高知県の苗物屋さん(片山種苗)で苗が販売されているとのことで、その苗物店が生みの親だそう。

と、いうことは、熊本で作られていた万次郎カボチャも、高知出身ってこと???

 

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編んでる?

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「最近編んでる?」「まぁ、編んでるよ」

 

ふと耳に入ってきた言葉。

この時期編むといったらマフラーかな?セーターかな?

 

これは、集落支援員さんの会話。

下瀬戸・黒丸と南川には、土佐町の中心部から車で1時間かかるのだが、それぞれ集落支援員さんがいる。

集落支援員さんは、地域に入って活動し、地域の現状や課題を把握して、どう対応していくかを役場と一緒に考えてくれる頼もしい存在。

 

そんな集落支援員さんは何を編むのか。

 

「背蓑(せみの)」だ。

 

農作業の時に、日よけや雨よけのために背中に背負う「蓑」。

 

下瀬戸・黒丸、南川地区では以前は背蓑の作り手がたくさんいたけれど、今ではたった一人しか作っていない。

そこで「背みのづくり保存会」というのを作って、その技術を教えてもらっているのだそう。

 

背蓑の原料は「菅(すげ)」という植物。

「良質な菅は寒い高地で霜が降りたやつなんやけど、最近あんまり取れんでね。低地のでも作れるけど、そういうのは何年かしたら萎れる」

とのこと。

 

「最近編んでる?」「編んでる編んでるー」

編んでいるのは、まさかの背蓑。

なんだかちょっぴり かっこいい。

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エンコウ渕(峰石原・東石原)

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峰石原の谷の渕の一つに、昔エンコウが棲んでいたと言われる渕がある。

土地の老婆おりえと言うものの年若い頃生んだ子どもは、生まれるとすぐに立って走りまわり、頭のいただきに皿のようなものがあったので、エンコウ渕のエンコウにみいられたものであろうと評判になって、家族の者が恐れて頭の皿に釘を打ちこんで殺したということじゃ。

また、東石原の惣川(そうかわ)のフクチビというところの渕にもエンコウが、棲んでいて、そこの近くの農家のおさとと言う娘が、そのエンコウにみいられてみごもったので、近所の猟師が鉄砲を持って渕をねらったと。

するとそれだけでエンコウはねらわれたところに弾に打たれた孔(あな)のようなものができて死んでいたと言われ、その後この猟師の一家には不幸がつづき、御祈祷でみてもらうとエンコウをねろうたたたりだと言い伝えられているそうじゃ。

 

町史(桂井和雄 「土佐の伝説」第二巻より)

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遠い日の記憶

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町内にあった保育園が統合して1園となり『みつば保育園』が誕生したのが平成18年のこと。

それまでは土佐町には『田井保育所』『はと保育所』『石原保育所』の3園ありました。

私は『はと保育所』に通っていたのですが、当時は子どもも多く、送迎バスがありました。

相川方面と土居地区方面の2便あったと記憶しています。

 

私が通っていたのはもう30年以上も前。

昭和50年代が終わろうとしている頃です。

 

土居地区方面への帰りのバスは、上ノ土居→土居→大谷と、順番に子どもを降ろしていきます。

私は土居で下車しているのですが、その日は上ノ土居のお友達に「一緒に下りよう」と誘われました。

上ノ土居は1つ手前のバス停で、上ノ土居で下りても、私の家まで徒歩1分程度でしたので、軽い気持ちで下車しました。

 

そして家に向かって歩いていると、向こうから怒りの形相の祖母の姿が・・・。

いつもバス停まで迎えに来ていた祖母は、私がバスから降りてこないので、
運転手さんに「これこれこういう子が乗ってなかったか」と聞いたところ
「上ノ土居で降りましたよ」と言われたらしく、探しにきたのです。

 

「勝手に他の所で降りたらいかん!!」と叱られました。

 

その当時は「別にえいやんか~」と思っていましたが、今思うと、心配しただろうなぁ・・・。

あの時の道の向こうからやってくる祖母の姿は、今でもありありと思い出せます。

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しし汁の約束

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「おーい!」

まだ朝もやが立ちのぼっている中を近所のおじいちゃんが手招きしている。

車を道の脇にとめて窓を開けるとおじいちゃんは近くに来て言った。

「昨日、しし(猪肉)をもらったんよ。今日炊くから、仕事の帰り、来れたらいらっしゃいよ。」

私の息子には「昨日来た時、もう伝えてある。」と言う。

息子は学校帰り、毎日のようにおじいちゃんの家に寄っては、テレビで『はぐれ刑事純情編』を見せてもらうことを楽しみにしている。
昨日の夕方も寄っていたらしい。

「じゃあ、息子と一緒に行きますね。」

 

息子は昨日、おじいちゃんの家にしし汁(猪肉との野菜の味噌汁のこと)を食べに行く約束をしていたのだ。
私も今日、おじいちゃんと同じ約束をした。
それぞれでしていた約束がこんな風につながったりする。
この日は一日中「約束」のことを何度か思い出しては温かい気持ちになった。

でもこの日の夕方、思ったよりも帰りがずっと遅くなってしまった。
申し訳ないと思いながらおじいちゃんの家を訪ねると、おじいちゃんがいつもいる小屋の薪ストーブの上には大きな鍋が置いてあって、その中にはしし汁がたっぷり入っていた。

小屋の中の温かさや鍋のふたの隙間からゆっくりとたちのぼって行く湯気の感じから、ずっと待っていてくれたことが伝わってきて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「遅くなってごめんなさい。」と言うと、おばあちゃんは笑って違うお鍋にしし汁をたっぷり入れてくれた。
「晩ごはんに食べなさいよ。」と言って。

息子が来たのかどうかを聞くと「来んかった」。

そして「このままだとまけるけ(こぼれるから)、トラックで運んじゃお」と言う。
そこまでしてもらっては申し訳ないと言うと「かまわんかまわん。」と軽トラックに乗り込んでしまった。

 

おばあちゃんは私の家までお鍋を運んでくれた。
受け取った鍋はホカホカと温かく、帰ろうとするおばあちゃんの軽トラックのライトがとてもまぶしかった。

私が鍋を抱えて家に入ると、息子が「それ、なあに?」と聞く。
「おばあちゃんがしし汁をくれたよ。」と言うと

「あ、僕、約束忘れてた…。」
しまった、という顔をしていた。
「約束忘れちゃってごめんなさい、って言わんといかんね。」と話すとうなずいていた。
その夜、息子は何杯もしし汁をおかわりした。

次の日の朝、「今日学校の帰りおじいちゃんち行ってくる」と行って息子は学校へ出かけ、夕方遅くに帰ってきた。

 

「おじいちゃんがね、今度柿とりにおいで、って。」

次は柿を取りに行く約束ができた。

 

家の窓から見えるおじいちゃんとおばあちゃんの家。
いつもおじいちゃんとおばあちゃんがあの場所にいてくれて「約束」を楽しみにしてくれていることを本当にありがたいなあと思う。
おふたりに何を返せるのかな…といつも思う。

 

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げに、まっこと

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これぞ土佐弁!という土佐弁を使うことが減ったと思う今日この頃ですが、最近耳にした土佐弁を紹介します。

 

「へらこい」・・・ズルい

「しのべる」・・・しまう、片付ける

「めっそう」・・・さほど、それほど

 

使い方としては「あいつはへらこい」「これ、タンスにしのべちょって」「めっそう残ってない」とか、こんな感じ。

自分より若いおねーちゃんの口から「めっそう」なんていう言葉が飛び出すと面食らいます(笑)

 

 

あと初耳だったのが「てんくろう」。

「あいつは『てんくろう』やき」

使った人にどういう意味か聞いたら「俺の親父みたいなやつのことよ!」とのこと。

全然わからなかったので調べてみたら「知恵が回る、頭の回転が速い」という意味だけれど
どちらかというと「悪知恵が働く」という意味合いが強いみたい。

 

それから、他県の人に説明しづらいけど、使い勝手がいいのが『のうが悪い』。

よく『脳が悪い=頭が悪い』っていうこと?と誤解されるのですが、そうではない。

 

洋服の着心地が悪かったら『のうが悪い』

物の使い勝手が悪かったら『のうが悪い』

 

 

他にも色々面白い土佐弁があるぜよ~。

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娘のおみやげ

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「かーさん、おみやげ!」

保育園にお迎えに行ったら手渡された一枚の葉っぱ。

お庭で見つけたとのこと。

落ちているのを見つけて手にとって、じっと眺めたのだろう。

その姿が目に浮かぶ。

この葉を「おみやげにしよう」と思った娘を、とてもいいなと思う。

春、夏、秋、冬。この町のめぐりめぐってゆく季節が娘の感性を育ててくれている。

 

 

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栗とお天道さま

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「栗いるかね?」

近所のおばあちゃんが栗をくれた。

エプロンのポケットから、これも、これも、と5個ほど手のひらにのせてくれた。

もうそれだけで、手のひらからこぼれそうなほど大きな栗だった。

栗はほんのりと温かかった。

「茹でてあるんですか?」と聞くと

「茹ででないのよ。お天道さまのぬくさよ。」

 

じん、とした。

 

帰り道、お天道さまは山の向こうへ沈み、もう夜を迎えつつあった。

ふと空を見上げると、銀色をしたお月さまが静かに光っている。

まるでひとつのおはなしの中にいるみたい。

栗、お天道さま、月、おばあちゃん。

この地で暮らす人たち、いつもそばにあるものたちが、毎日をちょっと特別な日にしてくれている。

 

 

 

 

 

 

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知らなかった

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今年の夏、相川コミュニティセンターのプールで見つけた蟹。

卵を持っています。

 

どこで産み落とすのかなー、なんてその時は思っていました。

38年間生きてきて、私は知らなかったのです。

蟹が卵をどうするのか。

 

みなさん、知ってます?

 

こうなります。

 

見えますか?

お腹に蟹の赤ちゃんがわんさか・・・。

これは、友達の子どもが川に遊びに行った時に見つけた蟹で、私が見つけた蟹とは別蟹です。

 

 

 

 

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厳島神社と龍神(伊勢川)

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伊勢川から溜井へ通じる林道を登りつめたあたりに谷川があって、その少し上の小高く深い茂みの中に、厳島神社がありその前に田が広がっています。

そこは、昔はずっと池じゃったと言います。

いつのころか知らんが松の木を伐って投げ込んでは土を入れて田にしたそうです。

その昔の池にゃ龍神さんが棲んでおいでると言われていました。

そこの近くに杉囲いの家があったそうです。いつのころか、その家の囲いの杉に蛇がやってきて巣をこしらえたそうな。

子をかえしたら困ったことじゃと言いながら、何日かたって、いよいよ明日は除けようと言うことになった晩のこと、もう一日だけ待ってくれえ言うて、夢の中に蛇が出てきて頼んだそうな。

それを聞かずに、明くる日に囲いの木に火をつけて焼き殺してしもうたと言います。

それから、その家は他所に移っていってしもうたが、その人はあついきに水をかけてくれ、水をかけてくれ言うて死んでいったそうな。

えらい熱病じゃったもんじゃが、あの焼き殺した蛇が、厳島の龍神さんじゃって、そんでその人は焼き殺されるように死んでしもうたと言います。

町史(「土佐町の民話」より)

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