「海がきこえる」 氷室冴子 徳間書店
今から35年ほど前に「子どもの本を語る高知大会実行委員会」という有志の会が発足し、15年ほど活動をしていました。これは年に一度、作家や絵本画家、編集者など子どもの本にかかわる方をお招きし、講演会および分科会を開催するというものでした。講師依頼、分科会内容の検討、ポスターや当日資料の作成、会場設営と当日運営…。どれも慣れないことでしたがだからこそ面白く、会の発足した翌年から十数年間、ほぼ毎年実行委員の一人として関わらせていただきました。
径書房の原田編集長さん、デビュー間もない坂東眞砂子さん、画家のスズキコージさん…。
たくさんの方が来高してくださいましたが、その中のお一人が氷室冴子さんです。北海道に生まれ育った氷室さんは高知の夏の暑さ、海や空の青さ、土佐弁の響きにいちいち驚き、興味を持たれ「ここに暮らす学生たちはどんなことを思い、恋愛するのか?」とついに、高知を舞台とした小説を書かれる決心をされたのでした。 そのロケハンに同行し、原稿執筆が始まってからは会話文の土佐弁変換などを手伝わせていただいたことは、今でも自慢です。
まだメールなどない時代でしたから生原稿がファクスで送られてきました。誰よりも早く、大好きな作家の原稿を読むことができるなんて夢のようでした。ファクスがピッと音を立てると胸が高鳴り、拓は?里伽子はどうなった?とノロノロと出てくる原稿にもどかしく思いながら原稿が印刷されるのを見ていました。 読み終わったころを見計らってかかってくる氷室さんからの電話には、毎回ドキドキしたものでした。なんか変なこと言ったらどうしよう、がっかりさせるような感想だったらどうしよう…。
でも氷室さんはこっちの気持ちを知ってか知らずか必ず「古川ちゃんにそういってもらえると嬉しいな~。いつもありがとねぇ。来月もよろしく~!」と機嫌のよい声を返してくれました。 一緒にロケハンにまわった場所のいくつかは、わたしの自宅のそばにあります。
あたたかな一月のある日、散歩がてらその海岸に行ってみました。誰もおらず聞こえてくるのは潮騒ばかり。「ああ、海がきこえる」と思いながらしばらく過ごしたことでした。
古川佳代子