山の村で、雨の日に風が強くなると、大人たちから
「ヤリカタギが走りはじめた」
という言葉が出た。ヤリカタギは、「槍担ぎ」の方言である。
見ると、雨が風のぐあいで柱のようになり、それが何十本も連なっている。その柱の高さは何十メートルもあり、それが風に流され、山に沿ってすべるように動いている。相当な速さである。
小学校の高学年になると、「槍担ぎ」のことを言っているんだということが判り、色んな想像を当てはめて見た。
柱の集団が、槍を担いで戦場に駈ける武士の大軍のように見えた。だからいつ頃かは判らないが、ヤリカタギという言葉が出たのだろうと思った。
テレビもない時代だったので、当時の子供たちは、本や新聞の連載時代小説をよく読んだ。特に「立川文庫」は歴史上の豪傑を主人公とした小説シリーズで、みんなで回し読みをしたものである。
共にヤリカタギを見ながら、
「あれは関ヶ原の合戦に行く東軍じゃろか、西軍じゃろか」
とか、
「豊後戸次川の合戦で、薩摩軍と戦って討ち死にした長宗我部信親の軍が突撃しよるところじゃろ」
などと、想像を楽しんだ。
ヤリカタギが通りすぎると、裏の白い木の葉が風に揉まれて裏返しになり、山のあちこちで白い大きな固まりになって揺れた。何かが爆発したような様相であった。
それを見て、
「そりゃあ、撃ち合いが始まったぞ」
などと、また勝手な想像をこじつけて、大声ではしゃぎ合ったこともしばしばであった。
裏返しになった葉の白い集団は、さまざまに形を変えた。
風に流されて大きく波打つように見えたり、2本の木が風に揉まれた時は、まるで大きな白熊がじゃれ合ったり、取っ組み合いをしたり、風船がふくれたりしぼんだり、色んな連想を呼ぶ形になった。
こういう情景は、山育ちの友人たちと、今もよく話し合う。