土佐町ストーリーズ

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稲叢山(黒丸)

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稲叢山には稲ににた草がはえるのでその名がついたと言われる。

この草は神々の食物で、一般の人々が刈り取ることをきらっていた。

ある年のこと、栗ノ木村(現在の栗木)の太郎平と言う人が、稲叢山のこの草を刈り取ろうと山に入り鎌をかけようとした。

するとすぐに、地響きがし、暗闇となって、大きな老翁(年とった男)が現れ、太郎平の鎌を取りあげ

「これは神々のお食べになるもので、お前たちの食べるものではない。もう決してこの山に来るでないぞ。」

と言って去って行った。

太郎平はやっとの思いで家に逃げ帰った。帰ったものの大事な鎌を取られて、百姓仕事もできない。

困り果てた太郎平は山の神にお願いしたところ、大杉の上にあの老翁が現れ鎌を落としてくれた。

それからこの山を鎌取山と名づけて、祭り始めたと言う。

この話は、山の神が老翁になって現れたと言う伝説である。

 

稲叢山を含めた山は”一の谷山”と呼ばれ、古来七里回りの大深山とされ、不入山(いらずやま)の霊山であった。

もし山に入る時には、三日七日の精進(修行にはげむ)で身を清めなければならなかった。

殺生人(狩りをする人)も精進せずに踏み入ると、昼間と言えどもたちまち暗雲垂れ、風雨が激しくなり猟ができない。

それで山を出ると、一瞬にして晴天白日になると言うような、さまざまな怪異が生じたと言われている。

また、土佐町の山々では、まずこの山から日が当り始めるので、「日の出山」、「朝日山」とも呼ぶことがあると言い伝えられている。

 

町史(「土佐町の民話」より)

絵:川原将太

 

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オハル淵とモチガ淵

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昔、自分が子どもだった頃は、友達と連れ立って川へ遊びにいったものだけど、

今自分が親になってみると、子どもだけで川へ行かせるのはとても不安。

そんな話をしていたら、町長登場。

土佐町長 和田 守也。昭和31年生まれ。

 

 

『相川には“オハル淵”っちゅうところがあってにゃあ、そこでは泳がれんと

親からキツう言われちょったんじゃ。』

 

『相川口からアラカシの坂を少し上ったら左手の川に大きな岩があるがにゃあ、

その辺を“オハル淵”っていうがよ』

 

『“オハル”という人が溺れて亡くなったき、泳がれんと言われよったがにゃあ。

本当かどうか知らんけど。』

 

『床鍋のカーブの辺も、“モチガ淵”とゆうて、泳がれんと言われよった。

こっちは餅を背負うて歩きよって、足を滑らせて亡くなった人がおるき

“モチガ淵”とゆうらしいけど、そんな話あるかにゃあ(笑)』

 

適当か!

 

でも、昔の人達は、そうやって子ども達を危険なところに行かせないように

していたんだろうなぁ。

そういう言い伝えをたくさん教えてくれる。

町長の話は尽きない。

 

文:和田亜美 絵:川原将太

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きのこ雲の記憶

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澤田千恵野さん(昭和2年生まれ。91歳)の話

 

まあけんどね、人生というものはね、いろいろありましたぞね。わたしたちの人生は。

18歳の時から2年間、挺身隊で、長崎の川棚(かわたな)海軍工廠へ行っとったが。

大川村から6名呼び出されて、6人一緒に行った。男の人は徴用で、女は挺身隊。

 

私は、魚雷よね、後方魚雷を組み立てたりね。魚雷のいろいろな部品を組み立てる。

その工場で組み立てて仕上がったものは、試験場で試験しよりました。

大きな建物の中からその航空魚雷を飛行機に積んでいって、落とすがですよね。

試験に行ったこともあります。

敵の軍艦を目指して落とすような兵器でした。

仕上げ工場の最後のはしの方で、航空魚雷の心臓部を私は受け持ってね。それが私の仕事。

航空魚雷の心臓部の「しんどき」という、人間でいうと心臓のところ。

 

原子爆弾も見たしね、この目で。

私がいたのは長崎の市内でなかったですけどね、長崎の原爆が落ちた時は、この目ではっきり見てね。

 

「空襲警報ーー!総員退避ーー!!」と言ってね、みんな防空壕に入ったの。

私がおった工場は海岸ぶちで、離れたところに防空壕があったき、防空壕へ入ることができなくって、原子爆弾が見えた。

 

まっ黄色い、黄色い、黄色い玉が一番はじめですわね、火の玉。

そして黄色からね、赤い、赤い火の玉になる。

それからきのこ雲、もくもくもく…。
音がしました。むろんね。

一瞬。
一瞬のこと。

 

 

空襲にもおうたぞね、毎日、ほんとね。

爆弾が落ちたところをあくる日に見に行ったりしました。すごい穴になってました。

あっちもこっちも、馬がいっぱい死んでました。馬がおりましたね、あの時。

川棚はちょっと山でしたきね、兵隊さんが馬を飼ってたんじゃないでしょうかね。

馬が何頭も爆弾の破片でやられてね。

 

(地元に)帰ってくるのは帰ってきたんですけど、原爆症ではないと思うけど、みんな年がいってほとんどの人たちが亡くなってね。残っているのは私ぐらい。

 

魚雷をつくっている時、もうそれこそ18歳、19歳くらいの娘ですきね、まだほんとね、こどものように思ったけどね。

いろいろあったんです。今考えてみたらね。

話:澤田千恵野 文:鳥山百合子 絵:川原将太

 

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夏の思い出

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30年くらい前、保健福祉センターが建っているところには公民館がありました。

当時小学生だった私。

ある夏のこと。

公民館の横の木だったか、電柱だったかにとまっているセミを見つけたのです。

虫取り網を持っていなかった私は、何を思ったのでしょう、

石をぶん投げてセミを捕ろうとしたのです。

石はセミから大きく外れて、公民館の窓ガラスをぶち破りました。

(いかん!逃げようか・・・)

と思ったものの、足は動かず。

そうこうしているうちに中からおんちゃんが出てきました。

『この石、投げたのあんたかね?』

『はい・・・』

怒られるー!と思ったけれど、そのおんちゃんは

『よく正直に言うた、窓ガラスはかまんき』

と許してくれたのです。

その時の私がどれほどホッとしたか。

 

あれから30年。

あの時のおんちゃんは、町長になりました。

 

 

文:和田 亜美  絵:川原将太

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かくれんぼ

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子どもたちとかくれんぼをした。

じゃんけんですえっこが負けて鬼になった。さあ、どこへかくれよう?

 

「いーちー、にーい、しゃーん、しーい、ごーー・・・。」

遠くから数を数える声が聞こえ始める。

「もーいーかーーい?」。

 

 

私は薪ストーブのある部屋の窓を開けた。開けるとそこはもう外で、足元には薪棚がある。薪棚の上には割った竹を並べて屋根のようにしてあるからその上に乗れるのだ。

うん、ここがいい。

私はそこにそっと乗って、しゃがんで隠れた。ちょっとぎしぎしいっているけど、まあ大丈夫だろう。
窓を閉めると、すえっこの声は聞こえなくなった。

いい場所を見つけた。

 

きっとなかなか見つけられないだろうなと思いながらしゃがんでいると、風が吹いてきた。
思わず顔をあげると、目の前には今年の新しい葉をつけたイチョウの木が枝を揺らしていた。
鶏小屋の隣に植えたイチジクの木は、いつのまにか大きくなっていた葉がわさわさと揺れ、今年の実までつけていた。
目の前には雑草がぐんと伸びている。草刈りをしないといけない。

新緑の季節を迎え、半袖でもいい日が増えてきたなあと思ってはいたけれど、もうこんなに季節が移り変わっていたのか、としばらくぼんやりと目の前の風景を眺めていた。

すると遠くに見える山々の向こうから、むん、としたにおいが運ばれてきた。
あ、これはどんぐりの木の花のにおい。

土佐町のカフェ「かのん」のお父さんがこの前教えてくれた。この風のことを「薫風(くんぷう)」というんだよ、と。

「五月の風は季節のかおりを運んで来るんだ」。
その言葉はとても心に残っていた。

現実の世界と言葉が結びつくというのは、きっとこういうことをいうのだろう。

 

「どこにいるのーー?!」

すえっこの声が家の中から聞こえてきて我に返った。近くにいる。
そうやった、かくれんぼをしてたんやった。

そろそろ姿を現してあげようかなと、ドンドンドン!と外から窓をたたくと、「え?どこ?どこ?」と驚いている声がして笑ってしまう。

「え?ここ?こんなとこ?」と息子の声もする。
きっと長い間私が見つからないのを見て、一緒に探し始めたのだろう。ふたりが窓の方を見ている感じが伝わって来る。

私も外からガラス越しに中をのぞき込む。ふたりと目が合った。
ふたりの顔が何だか引きつっている。

ガラガラと窓を開けてあらためてふたりを見ると、ぱああっと笑顔になった。

「なんだ!母さんか!どっかのおっさんかと思ったよ!!」と息子。

窓ガラスの向こうに見えた私の顔は「おっさん」だったらしい。

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レモンとさくらんぼとびわ

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「宅急便ですー。」

職場に小包が届いた。今まで職場に届いたことがなかったから、誰からやろう?と思いながら受け取った。
先日愛媛県に引越しをした友人からだった。

開けてみると、箱いっぱいのレモン!大きいのも小さいのもごろごろとたくさん。

わあ!これで何を作ろうか?
まずレモンピール。塩レモン。レモンチーズケーキもレモンのマフィンもいいな。
その場にいた友人たちにおすそ分けした。

 

しばらくすると、土佐町の友人から電話がかかってきた。「川田ストアにさくらんぼが届いているはずだから、寄って分けてもらってね。」
そのさくらんぼは、この前土佐町に来た山形県出身の人から送られてきたのだという。

今度はさくらんぼ!

 

川田ストアに行くとお母さんが、冷蔵庫からさくらんぼの箱を出してくれて分けてくれた。お礼にレモンをいくつかおすそ分け。

お母さんが言った。

「レモン!ちょうど買いに行こうかと思ってたところ。びわがたくさんあるから、ジャムを作ろうと思ってたの。」

びわのジャム!
私の家にも近所のおじいちゃんからいただいたびわがたくさんある。私もジャムを作ろう。

お母さんに作り方を聞いた。
「皮をむいて、中の種をとって、小さく切って、砂糖とレモンを入れる。」

 

夕ごはんの片付けの合間にジャムを作った。
レモンを半分に切って絞ると、本当にいい香り。

何度もくんくん鼻を近づけたら鼻にくっついちゃって、それからしばらくずっとレモンの香りが近くにあって何だかうれしかった。

 

ホーローの鍋にびわと砂糖とレモン汁を入れコトコト煮始めると甘ずっぱい香りでいっぱいに。

子どもたちが「いい匂いやね〜。ちょっと食べさせて」と味見。

ビンに4つ分できた。

近所のおじいちゃんにおすそ分けしよう。お友達にもあげよう。

 

なんだか全部つながっている。
めぐりめぐるおもしろさ。どの出来事も愛おしい。

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桜蘂

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5月のある日、今日の夕ごはんのおかずの一品にと近所の産直市で買った切り干し大根を水につけて出かけた。しばらくしてから帰ってくると、切り干し大根はふっくらと水を含んでボウルからはみ出しそうになっていた。

その時、ボウルの中に赤むらさき色をした細い茎のようなものがいくつも一緒に入っていることに気づいた。

何かな?と、切り干し大根を指先でかき分けながらよく見てみると、その細い茎の先には小さな花のようなものがついていた。

 

ああ、そうやったのか。
これは、いつも桜が散った後に落ちてくる。

新緑の季節から桜の季節へと、頭の中が一気に巻き戻された。

 

この大根は冬に作られたものではなく春大根で、春の太陽の下で干されたものやった。
きっとこの大根を干した場所のそばには桜の木があったんや。
春の光のなかで風に吹かれながら桜の花びらがちらちらと散り落ちた場所に、千切りされた大根が干されている情景が目の前に見えるようだった。

 

調べてみると、そのものにはちゃんと名前があった。

「桜蘂(さくらしべ)」。

桜の花が散ったあと、萼(がく)に残った蘂(しべ)が散って落ちることを「桜蘂降る(さくらしべふる)」というのだそうだ。俳句の季語にもなっていた。
桜の花が散ったあとに葉桜の季節が始まると思っていたが、その間にもうひとつ「桜蘂降る」季節があったのだ。

 

この切り干し大根を作った人に会いたい。
もしその人に会えたら、言いたいことがある。

ひとつ目。「あなたが作った切り干し大根はとても美味しかったです。」

ふたつ目。「あなたの家のそばに桜の木はありますか?」

 

 

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ぽん太

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夜、電話がかかってきた。
電話は土佐町黒丸に住む仁井田さんからで「金曜日にパンを焼くけど今回はどうする?」
パンの注文の確認だった。
前回と同じくるみレーズンパンと、楽しみにしていたアップルパイがあると言うからそれもお願いした。

 

その時、私は外のベランダで電話をしていた。
電話口の向こうで仁井田さんが言った。

「犬の声がするね。犬がいるの?」
うちで飼っている犬のぽん太が、何か獣の気配を感じたのだろう、暗闇に向かってわんわん!と吠えていて、その声が電話の向こうまで聞こえたのだ。

「何年くらい前から飼ってるの?」と聞かれ、「4年前かな・・。土佐町に住んでいた氏次さんというお友達の犬に赤ちゃんが生まれた時、分けてもらったんです」と言うと、「え!じゃあ、ぽん太はうちの犬と親戚や!」とびっくりした声が聞こえてきた。

「氏次くんの犬、ゆらは、うちの犬のこどもなんよ。ゆらのお母さんの『じり』は今、僕の足元にいてあっためてくれてるよ。お父さんの『ムッチー』は、去年死んじゃった。じりとムッチーには2匹こどもがいて、そのうちの1匹がゆら、もう1匹がそら」。

 

ゆらは、ぽん太のお母さん。
つまり、仁井田さんのところの「じり」は、ぽん太のおばあちゃんなのだった。

「そらは今、どこにいるんですか?」と聞くと、「そらも、今、僕の足元に寝そべっているよ」と教えてくれた。

「そら」はぽん太のおばさん。
ぽん太のおばあちゃんとおばさんは、同じ土佐町にいたのだ!

仁井田さんと私はある意味、4年前から「親戚関係」だったのだ。
ぽん太の鳴き声が、今まで知ることのなかった家族を見つけた。

 

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