2024年5月

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

矢野ゆかり

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「情報資源組織論」 田窪直規 樹村房

お久しぶりです。

めちゃくちゃ久しぶり過ぎて困ってしまいますよね。

体調が悪いので何も出来ないことも多く、落ち込むことばかりです。その中でも父の還暦のお祝いのセッティングや、母の日などを祝いました。他に父や母、家族のみんなや友人が、ささいな幸せをくれます。

正直に言うと、今は体調がめちゃくちゃ悪いです。でもルールを作って何とか生きています。朝はできるだけ朝食をとり、昼間は自由、昼食は食欲がないので食べたくなったら食べる、夜もできるだけ夕食をとり、なるべく入浴し、お肌のケアはほぼ必ずして、あとは自由です。最近は睡眠時間が極端に短くなり、集中力が落ちているのが目下の悩みです。薬を変えてみたところ、精神状態が非常に悪くなり、気分転換に私の一冊を書いてみました。

そして、更に今私は司書資格の勉強中です。集中力が落ちている中、理解がめちゃくちゃ難しい本を読みました。専門用語満載で、とても苦しみました。なんちゅうこっちゃ

タイトルは「情報資源組織論」です。

この本は、図書館における情報という資源をいかに組織化するかという内容です。皆さんご存知無いかもしれませんが、ほぼあらゆる図書館は、所持している書籍をデータ化し、ネットワークで共有しあっています。(独立した図書館もあります)そのデータは著者名や出版社、キーワードなど多岐に渡ります。また、組織化という点で、データを利用するためのシステムがいくつかあります。例えば、図書館の背表紙に貼られている背ラベルには、所在記号と呼ばれる、データを活用するための分類がのっています。他にも日本十進分類法(NDC)などの手法があります。

とまあ、ややこしくて大変なんですよ。司書になるためには。好きなファンタジーとかでは無いし、ワクワクもドキドキもしません。ひたすらにストレスです。こんな本、読んだこともありません。というか、前述の本の内容合ってるんでしょうかね?()私の理解力ではちょっと、出身大学ですらこんな教科書なかったですよ

でも、司書になるためには、このような知識が必須なんですよね。仕方がないですが、自分の興味のない本を読むのは本当に苦痛です。皆さんも、資格を取るために勉強なさることもあるかと思いますが、こんな思いをしながらなさるのでしょうか。そう思うと、仕事に必要だからと、資格を沢山持っている父はすごいと思いますし、医療系の資格を撮った弟も相当苦労したんだなと思いました。

そして私は司書資格をとって、病の身で無事図書館に就職できるのだろうかという不安があります。生きていくのは難しいですね~。はぁ。

何やら尻切れトンボですが、

さて、次にお会いできるのはいつになるでしょうか?

わかりませんが、またお会いできるのを楽しみにしています。

おわり

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くだらな土佐弁辞典

ばら

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ばら

【名詞】とげ

例:しょう、ばらがあってにゃあ

意味:とても、とげがあって(困る)なあ

 

*土佐町の和田豊(みのる)さんが教えてくれた土佐弁です。柚子を収穫する時に、よく使うそうです。

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95年間のキヨ婆さんの思い出

95年間のキヨ婆さんの思い出 29

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土佐町栗木地区に近藤潔さん(95歳)という方がいます。潔さんは書くことがとても好きな方で、今まで、高知新聞の「あけぼの」というコーナーに何度も投稿されてきました。とさちょうものがたりでは、「95年間のキヨ婆さんの思い出」と題し、土佐町で過ごした思い出を綴ってくれます。

(2024年5月27日追記:潔さんは現在98歳。この連載を開始したのが95歳の時だったので、題名はそのままとしています。)

 

せりとり

小学5,6年生の頃だったと思う。高知市の家のすぐ北側から、久万川の堤までずっと田んぼでした。現在は立派な都会になっています。

稲を刈った後は、一面の草で真青で雑草に混ざって大きなセリが生えていて、故郷では、時々食べた美味しかった味を懐かしく、思い出して、地主さんに相談して時々食べた思い出があります。

当時5,6才だった弟がせりに良く似た雑草をひいて、いばったこと。たまにはお白和えにして、美味しかったこと。時期と共に思い出が蘇ってきます。

 

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くだらな土佐弁辞典

しょう

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しょう

【副詞】とっても

 

例:おまん、しょう、背が高いのう

意味:お前、とても背が高いなあ

 

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ほのぼのと

思い出の六年間

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先日、ご近所に住む純ちゃんが「これ、家にある?」と、古い赤茶けた冊子を見せてくれました。

それには「文集  杜の子  卒業特集号  土佐村立森小学校」と、表紙に書いてあります。

私が小学6年生の時に卒業作文を編集したものでした。

おもむろにページをめくっていくと、同級生で近所に住むチィちゃんの作文が出てきました。チィちゃんは、「日曜日の事」という題で、日曜日に裏山で遊んだことを書いていました。

お弁当を作って、お菓子を買って、裏山へ登り、木で囲いを作って、その中でお弁当を食べ、それぞれの家を作って遊んだこと。(当時、私たちは、その遊びを「基地作り」と言ってました。)「そうすると、雪がチラチラ降ってきたので、寒くて家に帰った」との経緯が、丁寧に書かれていました。

面白いのは、その時遊んでいたのはチィちゃんと私と私の妹と、もう一人、近所の咲ちゃんという子の4人だったことでした。

あれから60年。咲ちゃんは高知市の方へ行ってしまわれたので、その後は疎遠になりましたが、チィちゃんと私と私の妹とは、今も近くで遊んでいます。

 

ところで私の作文はというと、「思い出の六年間」という題です。一年生から振り返り、六年生までの思い出を書いてありますが、4年生からが興味深い。

4年生になると勉強がとても難しくなり、5年生になると急に怠けてばかりいた。すると父が机のそばのふすまに紙を貼っていた。

それには「五年生になってから、どうも遊びがすぎるようです。三代さんがその気なら、お父さんにも考えがあります。」と書かれていた。

そして6年生になると、母が二言目には「勉強しなさい!」と言うようになった。しかも、高知の塾へ行かされた。・・・と。

しかし、一回、二回ならいいが、だんだん行くのが嫌になり、足が重たくて塾へ着くのがとても近いように思えた。ついに夏休みには、塾へ行くのはやめた。・・・と。

しかし、私は何事につけても、いっしょうけんめいにやりたいと思う。と書いてある。

その思いとは裏腹に、中学に進む私に、母は「いっしょうけんめい勉強せんといかんぜよ!」と言ったらしい。

でもさすがに三学期になってからは「もう遊ぶばかりはしていられないな。」と思い、勉強の時間も多くし、手伝いもよくするようになった、と書いてあるが、またまた、母やおばあちゃんには「三学期になってあわてたち、いかなあね!」と言われたらしい。

それでも、最後に「これからは、母たちにそんなことを言われないように、だんだんとわたしの悪い点をなおしていきたいと思う。」と締めくくっている。

なんだか、けなげやと思いませんか?それにしても、これ程までに勉強嫌いな私やったとは!

今更ながら、納得です。

 

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笹のいえ

次女の一言

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ある日のこと。

保育園から帰ってきた次女が「とうちゃん、あそぼ!」と声をかけてきた。倉庫で何かの作業をしていた僕は、いつものように「これが終わったらね」と答えた。しかし、同時に「これ」が今日中に終わらないことを知っていた。

それを聞いた次女は僕の方をじっと見つめて、はっきりとこう言った。

「とうちゃんとあそんでもらったことない!」

驚いて振り返った僕の頭は真っ白で、言葉が出てこなかった。彼女がそう言うなんて、思ってもみなかった。

遊んでもらったことがないなんて、そんなことはないだろう。時間があるときには遊んで「あげている」じゃないか。あのときも、このときも。反論の言葉が喉まで出かかった。

しかし、ともうひとりの僕が疑問を投げかける。

本当にそうか?

もっと彼女との時間を捻出することはできなかったか?

「あとでね」と言いながら、次の瞬間スマホでどうでもいい投稿をスクロールしていたことは一度や二度ではなかったはずだ。そんな僕の様子を彼女は観察していて、だからこそ、口を突いて出てきたのが冒頭の言葉だったのではないか。

その考えが心に広がったとき、なんだかとても恥ずかしくて、気持ちがソワソワした。忙しい毎日に流され、いつも何かに追われているように感じていた僕は、彼女の一言で、子どもと遊ぶ時間さえ惜しいと思っている自分に気づかされたのだ。

僕は家の周りで仕事をすることが多い。それは、子どもたちに親の働く姿を見てほしかったからだし、親としても子どもたちの成長を身近に感じたかったからだ。しかし、その環境に慣れてしまうと、いまの僕のように時間の使い方を勘違いしてしまう。

たとえば、農作業をしているとき。子どもたちが遊びたがっているのに、「いまは忙しい」と言ってしまうことが何度もあった。その度に子どもたちは残念そうな顔をしながら去っていく。しかし、彼らが僕のそばで遊びたがっている理由は単純で明快だ。今日あった嬉しかったこと悔しかったことを聴いてもらい、今日初めてできた何かを見てほしいのだ。

そんな大切なことを、忙しさにかまけて見過ごしてしまう自分がいた。自分が何をしているのか、何が本当に大切なのかを自覚しなければ、家族との大事な時間を見過ごしてしまう。次女の一言は、そんなことに気づかせてくれたのだった。

 

写真:次女と三女。こんな表情もいまだから見られるのかもしれない。心身の成長とともに変化して、記憶はどんどん過去になっていく。

 

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くだらな土佐弁辞典

なま

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なま

【名詞】刺身

 

例:カツオのなまがあるけ、来るかよ?

意味:カツオの刺身があるから、食べに来るか?

 

*土佐町の和田幹男さんが教えてくれた土佐弁です。

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4001プロジェクト

筒井敦子 (地蔵寺)

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四万十町生まれ、佐川町の高校を出て、神奈川の短大に通った敦子さん。お父様のお仕事の関係で転勤が多かったそうです。

ご結婚を機に地蔵寺で住み始めたということでした。

 

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読んでほしい

ハクビシン

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先日、近所のおんちゃんと夕ごはんを食べた。
仕事の帰り道、偶然会って話していたら「今日ごはん食べに行ってもいいか?」と聞かれ、「どうぞ!」ということに。

おんちゃんは一旦家に帰り、お刺身やらおかずやらお酒やらを持ってきてくれた。美味しく食べ、楽しく飲みながら話していると「ハクビシン、食べたことあるか?」と聞かれた。

ハクビシンの噂は聞いていた。おんちゃんによると「肉の中で一番うまい」と言う。
「食べたことないです。めっちゃ食べたいです!」
おんちゃんは目を細め、「うんうん、今度すき焼きにして食おうや」と言ってくれた。

ここまでが、おんちゃんとの夕ごはん1日目のお話。

 

夕ごはん2日目

その2~3日後。
おんちゃんはハクビシンを持って現れた。
友達が捕らえてさばいたというハクビシンの肉を持ってきてくれた。鮮やかな紅色で、5mmから1cm位の脂身がある。おんちゃんはネギや豆腐、エノキや白菜やすき焼きのタレも持参。私はカセットコンロと鍋を用意しただけだった。

ぐつぐつ、ぐつぐつ。
満ちてくる甘辛い香り。野菜を煮、少ししてからハクビシンの肉を投入する。じっと様子を観察し、紅色が変わった瞬間を見計ってパクリ。

なんという歯ごたえ!コリコリしていて、噛めば噛むほど味が滲み出てくる。これはもう、これまで最高に美味しいと思っていたシシ肉を上回るかもしれない。もう、夢中になって食べた、食べた。

おんちゃんによると、ハクビシンは別名チョウセンネコというらしい。私は実物を見たことはないが、体長は40cm程、秋には好物の柿を食べにくるそうだ。
血抜きいかんによって上手くも不味くもなる。友達がどんなにさばくのが上手か、おんちゃんは熱く語ってくれた。

人生初のハクビシンは本当に美味しかった。おんちゃん、ありがとう。もう一度と言わず、何度でも食べたい。

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4001プロジェクト

西村章 (地蔵寺)

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昭和23年生まれ。平石に育った章さん。地蔵寺にご自宅があるそうですが、現在は田井の町営住宅にお住まいです。

 

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