とさちょうものがたり

コロナに負けるな

トルコキキョウ、限定販売します!

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

トルコキキョウ、限定販売します!

 

とさちょうものがたりのネットショップでトルコキキョウを限定販売します。

発送は2021年11月16日と30日の2回。今回は、11月16日発送分販売のお知らせです。

5個限定での販売ですので、お早めにどうぞ!

 

 

澤田農園さん

トルコキキョウを育てているのは、標高550メートル、棚田広がる土佐町の高須地区で花やお米を育てる花き農家・澤田農園さん。澤田順一さん、みどりさん、息子の光さん一家です。

 

左から 澤田みどりさん, 順一さん, 光さん

 

代々この地で農家さんだった順一さんがハウスでの花栽培をスタート、トルコキキョウをはじめアネモネなど、季節の花を育て続けてきました。現在は2代目である息子の光さんも後継者として仕事をしています。

2020年春、コロナ禍のため花の売り上げが激減。「花を売る場所がほしい」というみどりさんの声があり、澤田農園さんが育てた金魚草を「とさちょうものがたりのネットショップ」で販売しました。多くの方が購入してくださり金魚草は完売、購入してくださった方からも喜びの声がたくさん届きました。

↓その時の記事はこちら

お花を買ってください!みどりさんの金魚草

 

澤田農園さんがトルコキキョウを育て始めたのは今から約30年前。それから毎年7月〜12月頃に出荷しています。

 

 

「トルコキキョウってどんな花だろう?」
そう思った方は、今年の夏、開催された東京オリンピックを思い出してみてください。メダリストが表彰式で手にしていたブーケ、そのブーケにトルコキキョウが使われていました。

 

販売のきっかけ

コロナ禍のある日、みどりさんがとさちょうものがたり編集部にトルコキキョウを届けに来てくれました。
思うように外出できない、会いたい人に会えない状態が続くなか、トルコキキョウの柔らかな姿にふっと肩の力が抜け、思わず笑顔になったことを覚えています。それはちょっとした救いでもありました。

その時、ふと頭に浮かんだのは「この花を手にしたら笑顔になれる人がいるのではないだろうか」という思いでした。

今、多くの人たちがどこかしんどさも抱えながら、何とか一日一日を送っているのではないでしょうか。

もし必要としている人がいるのであれば、その人にみどりさんの花を届けたい。その考えを話すと、みどりさんは「やってみよう」と言ってくれました。それが今回の企画です。

みどりさんのトルコキキョウが、誰かの心を少しでもほっとさせてくれますように。そう願いながら、トルコキキョウをお届けしたいと思います。

トルコキキョウの売上は、手数料を除き、澤田農園さんへ支払われます。

 

産地直送します!
11月の発送は、

・11月16日 (←こちらが今、販売中です)
・11月30日 ( 11月19日より販売開始)

の合計2回です。(12月にも販売する予定です。)

トルコキキョウ 15~20本セット 3,500円(税込)

郵送の場合は、箱に入って届きます。

【色・本数】

・グリーン
・ホワイト
・ピンク
・イエロー
・パープル
1束は15~20本。収穫時期や花の成長具合によって、入る花の色や本数は変わります。(色・本数の指定はできません)。毎日水を替えながら、約一ヶ月ほど楽しめます。

 

【お届けについて】

11月16日(火)発送 限定5個

*郵送…到着は次の日の予定です。北海道、東北、沖縄は翌々日の予定となります。天候や運送状況により、変更になる場合があります。
*現地手渡し…11月16日(火)9〜17時の間に、澤田農園で受け渡しとなります。希望時間をネットショップ注文ページの備考欄にご記入ください。

 

①郵送(ゆうパック・140サイズ 箱に入って届きます)
*到着は次の日の予定です。北海道、東北、沖縄は翌々日の予定となります。天候や運送状況により、変更になる場合があります。

(クリックするとネットショップの商品ページに飛びます)

 

②現地手渡し (高知県嶺北地域在住の方、澤田農園に直接取りに行ける方限定。セロファンでラッピングした花束になります)
*11月16日(火)9〜17時の間に、澤田農園で受け渡しとなります。希望時間をネットショップ注文ページの備考欄にご記入ください。

 

澤田農園さんのトルコキキョウが、多くの方に届きますようにと願っています。

11月30日発送分は、「11月19日から」販売します。こちらもどうぞお楽しみに!

 

 

 

澤田農園  〒781-3406 高知県土佐郡土佐町高須1301
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

「地域再生大賞」は、北海道から沖縄まで全国の地方新聞46紙と共同通信社が、地元に活気をもたらし、全国のモデルとなる活動や団体を年に一度表彰している賞です。

第12回目を迎える今年は、「とさちょうものがたり」が高知新聞の推薦を受け、高知県の代表となりました。

 

↓「地域再生大賞」のフェイスブックより

とさちょうものがたりの取り組みは、① ウェブサイト「とさちょうものがたり」での情報発信、②「シルクスクリーン事業」やカレンダー制作といった障がい者支援や、③「土佐町ベンチプロジェクト」や「とさちょうものがたりzine」などのものづくり、④ 講演会や展覧会などのイベント開催など、種類は多いものの、その全てが根底で繋がっています。

 

その根底を理解した上で、今までの取り組みを丁寧に見ていてくださった高知新聞社の方々に心から感謝しています。

このことが高知新聞に掲載されてから、たくさんの土佐町の方たちに「よかったね!」と声をかけていただきました。
喜んでくださっている人がいることが何よりうれしいです。土佐町や嶺北の方々と一緒に作り上げてきたものが評価されてのことだと考えています。皆さま、いつもありがとうございます!
結果発表は来年1月末とのこと。
それまで楽しみな時間が続きそうです。

 

 

これまでの受賞団体を紹介した「まちづくりチャレンジ550」も公開されています。興味のある方はぜひ!

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

2021年10月30日、とさちょうものがたりは、日曜市に出店しました。

300年以上の歴史を持ち、高知の生活市として多くの人に愛され続けている日曜市。買ったネギや大根の葉をカゴからのぞかせて自転車を走らせている人、今が旬の新高梨を25個も買っている人、子ども3人を連れているお父さん、久しぶりに会ったというお母さんと娘さん。色々な年代の色々な人たちが行き交っていました。

 

しょうがや直七、リュウキュウなど高知ならではの食材もたくさん。お母さんが作ったぬか漬けやキムチ、梅干しも。花や玉ねぎの苗も。畑から収穫されたばかりのみずみずしい野菜たち。お店に来てくださったお客さまが「日曜市は皿鉢だから」と話してくれましたが、納得です。買う人と売る人が集う場所。ここはみんなの台所、みんなの市なのです。

 

高知市出身の絵本作家、西村繁男さんが描いた絵本「にちよういち」を読んでから憧れ続けてきた日曜市。初めて高知を訪れて一番先に足を運んだ日曜市。そんな日曜市に出店者として参加させていただいて感無量でした。

 

とさちょうものがたりは、「鹿の角ガチャ」「とさちょうものがたりZINE」「とさちょうオリジナルTシャツ」を販売しました。

鹿の角ガチャは大人気!子どもから大人まで、たくさんの人たちがガチャガチャ回してくれました!

 

兄弟で回してくれました!

写真奥の男性は、日曜市に出店されているお花屋さん。鹿の角の先の部分がほしい、と2回も回してくれました。帰り際、カーネーションをくださいました。

 

お父さんと3人兄妹。一番下の妹さんが百円玉を一枚ずつ入れるのをお兄ちゃんとお姉ちゃんがサポート。3人のお子さんを見守るお父さんの優しいまなざしが素敵でした。3人お揃いの御守り!楽しいことがいっぱいありますように!

 

日曜市には、高知県内の市町村が輪番で出店できる「れんけいこうち」という取り組みがあり、今回はその一環で出店させていただきました。

 

お隣で出店されていた梨屋さんのお母さんが新高梨をくださいました。こちらもお礼に「とさちょうものがたりZINE」を。こんなやり取りができることも出店の魅力です。またお会いできたら嬉しいです!

次回は11月14日(日)に出店します。ぜひ遊びにきてくださいね!

 

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
とさちょうものづくり

土佐町の看板を考える

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

住民課の相談

 

ある日、とさちょうものがたり編集部に土佐町役場住民課からひとつの相談がありました。「森の町営住宅地に車が通り抜けをするので、『車通り抜け禁止』の看板を作れないだろうか?」といったものでした。

実は編集部、「町の看板」(特に役場が出す看板)のことについて数年前から少し思っていたこともあり、住民課とともにひとつの試みをすることにしました。

今回の記事は、その試みの内容と意図についてのお話です。

 

土佐町の看板を考える

まず単純な疑問として。

こんなに木材の豊富な町だからこそ、木材で看板を作れないか?

町役場が作る看板は、今回の「車通り抜け禁止」に限らず、意外といろいろな場面で必要とされています。詳しく調べたわけではないですが、おそらくその大半が金属またはコンクリートによるもの。

その理由としては、まず第一に「耐用年数が長い」ことがあると思います。また「耐用年数が長い(壊れない)」ということは、「安全性が高い」ということでもあるかと思います。

では、木材は「耐用年数が短い」のか? 一度考えてみましょうか?

ということで、せっかく編集部に来た相談、とさちょうものがたり流の回答を導き出してみました。

 

 

木材 x シルクスクリーン = 地元の仕事

 

まず前提として、「町の住民が作る」「町の材を使う」「町の技を使う」。

ひと言でいえば「町で作ろうよ」ということなのですが、具体的にどうするか?

まず材はもちろん土佐町産の木材。できるだけ丈夫で耐用年数の高いもの。加工するのは町の大工さん。

そして印刷はシルクスクリーンで、どんぐりのメンバーさんが。普段からTシャツ作りに励む彼らが印刷工程を担当します。

最後の設置。これはまた大工さんの手に戻って、プロの手で頑丈に設置してもらいます。

おお!全工程が町の住民の手によって、看板ができるじゃないですか!

 

木材は作り直せる

ではそもそも金属の看板を作る大きな理由である「耐用年数」。これを木材にするとどうなるのか?

短期間でボロボロになって、朽ちた木材が垂れ下がるような結果になってしまうのか?

実際にやってみて実証してみましょう、というのが今回の「とさちょう看板計画」の趣旨なのですが、とさちょうものがたりはそのような結果になるとは予想していません。

その理由は、

① 大工さんなど町の住民の手によって作ることで、目が届きやすくなる。

② 表面が汚れた木材はカンナで削ってまた使える。

です。

特に大工さんは自身が製作したものをずっと気にして、たびたび確認に訪れたりするそうです。近所に散歩する距離に住んでいる大工さんなら尚更ですよね。

②はとても大きなポイントです。表面が汚れてきた時点で、看板そのものを大工さんの元に戻し、カンナをかけてもらう。すると再びピカピカな木材に生まれ変わります。

そしてそのあとは再びどんぐりがシルクスクリーンで印刷、という同様の工程を踏んで、新品同様の看板に作り替えることが可能なのです。

もし今回のこの「車両通行止め」の看板が役割を終え、必要となくなった場合にも、違う場所で違う看板に作り替えることも可能です。

 

というわけで、実際の製作の模様です。

 

今回、まずは地元の大工さんに相談しました。上ノ土居にお住まいの森岡拓実さん。

写真のヒノキの材2枚を2分割し、4枚の看板を作ります。もちろんこの材は土佐町の山で取れたもの。森の良い匂いがします。

この材の厚さは約4cmあります。「古くなったらカンナで表面を削って新しいものに生まれ変わる」ために必要な厚さです。

 

 

切った木材の表面にカンナをかけます。ツルッツルの新しい表面になりました。

 

場面変わって‥

 

ここからはどんぐりのシルクスクリーン・チームの出番です。

普段はTシャツを作っている彼らが、今回は木材に印刷します。

 

印刷準備中。板の上に置いてあるのは透明なシートに印刷した製版用のものです。

 

位置を合わせて‥

Tシャツとはひと味違う印刷風景。場所はとさちょうものがたり編集部の玄関で行いました。

 

一枚できました!

これを4枚作り、保護用にウレタン塗料を繰り返し吹いたあと、設置の工程に進みました。

 

設置する

2021年10月28日、夕暮れ時。準備のできた4枚を携えて、大工の森岡拓実さんと現場へ。

木材の裏面には、設置のために穴を開ける必要がないように、拓実さんが事前に金具をつけてくれています。

なので現場では微調整とボルトを閉める作業です。

 

 

作業中の模様。木材の看板、どうですか?

 

そして4箇所に4枚の看板の設置が完了! みなさんどう思いますか?

あとは経年による変化がどう出るか。これは長期間の目線を持って、丁寧に観察していこうと思います。

林業が盛んな土佐町で、町産の木材を使ってみんなで暮らしを作っていく。そんなことの小さな一歩、のお話でした!

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

「いしはらキッチン」は、2020年の春から活動している土佐町石原地区のグループです。

石原地区の食文化を守ってきたお母さんや県外から嫁いできた方、移住してきた家族や学生さんが、「地元の美味しい食材を使いこだわりの商品を作りたい!」「石原や土佐町、嶺北地域の魅力を伝えたい!」という思いを胸に活動しています。

とさちょうものがたりで記事を書いてくださっている「sanchikara」の上堂薗純高さん、釜付幸太郎さんもメンバーです。

 


2021年6月から販売を開始した「山の辣油」が大人気!
化学調味料は使わず、みょうがやイタドリ、ねぎ、にんにく、玉ねぎなど土佐町の食材と、高知県産のカツオの旨味がたっぷり入った「食べるおかずラー油」です。餃子はもちろん、ごはんに載せたり、いろいろな食べ方が楽しめます。

土佐町では石原地区の「さとのみせ」、「道の駅土佐さめうら」「末広ショッピングセンター」で販売しています。

 

 

その「いしはらキッチン」の皆さんから、ポロシャツのご注文をいただきました。

 

大豊町の障がい者支援施設ファーストの剛さんと小笠原さんがプリントしました

 

 

イベントの写真を送ってくださいました

 

10月17日、とさのさとで行われたイベントで初お披露目!楽しんで着てくださったとのこと、とてもうれしいです!

 

今年、地域のグループの方から「オリジナルポロシャツ・Tシャツを作りたい」という声を多くいただいています。

地域の人たちが作りたいものを、地域の人たちで作り、地域内でお金を回す。今まで都会に流れていた経済を、地域の内側に取り戻す。小さな経済かもしれませんが、今できることの一つであると考えています。

「いしはらキッチン」の皆さん、ありがとうございました!

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
みんなのアルバム

軍需工場へ

  • 日時1944年(昭和19年)

  • 場所広島県呉市

  • 撮影者広島県呉市の写真館

  • 投稿者

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

土佐町地蔵寺地区に住んでいる筒井重子さん、現在93歳。

重子さんは土佐町栗木地区出身。終戦の2年ほど前、当時16歳だった重子さんは志願して広島県呉市の軍需工場へ赴きました。きっかけは高知県から届いた軍需工場で働く人を募集する案内。父親に行きなさいと言われたこともあり、「行かないかん」と思った重子さんは手を挙げました。この時、高知県からは重子さんの他に30人ほど軍需工場へ向かったそうです。

この写真は、軍需工場の寄宿舎で一緒だった友人たちとの1枚。真ん中が重子さん。軍需工場の制服を着ています。寄宿舎から歩いて30分ほどの場所にあった写真館で撮影したそうです。

軍需工場で重子さんは特攻機や魚雷艇の組み立てを担っていました。夜、空襲警報が聞こえるたび山の防空壕へ避難。入口は一つ、奥に向かって長く掘られた防空壕の中に100人以上の人が逃げ込んだそう。入口を閉め、息を潜めていると酸素が薄くなって苦しくなってくる。たまらず外へ飛び出して、土橋の下へ隠れた時、降り注ぐように落ちてきた焼夷弾が橋を貫通したこともあったそうです。一面焼け野原にする焼夷弾。毎日「もう今日が最後かなあ」と思っていたといいます。

米軍が沖縄へ上陸した際、友人と「戦争は負けるわね」と話していた時のこと。それを耳にした将校が「負けるもんか!戦争は勝つんだ!お前はどこの部隊の誰だ!!」と激怒。他の将校がかばってくれたこともあったそう。

重子さんのご主人である筒井政利さんも、そばでこの話を聞いていました。政利さんも海軍の兵隊として従軍しました。

「わしらは難儀しゆうぜよ」

ふとつぶやいたその言葉に、もう二度と戦争を繰り返してはならぬという思いを新たにしました。

 

 

筒井政利・重子 (地蔵寺)

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

2022年のカレンダー製作・本山町りんどうの巻

 

↓これは昨年度のカレンダー

2021年カレンダーTOKUBETUHEN販売開始!!

 

今回の記事は本山町のりんどうでの作業の模様です。

 

りんどうは諸般の事情により、とさちょうものがたり編集部は立ち入りできないので、りんどうの職員さんが作業の模様を撮影して送ってくれました。

 

 

上は製作風景の一コマ。撮影はりんどうの田岡香織さんです。

 

上の写真はヒモで作った数字。

 

こちら、上段は枝で作った「二」と「九」です。他にももちろんマジックで描いたものもたくさんあります。そういった「原稿」もまた今後ご紹介していこうと思っています。

さあこうして出揃った3施設からの数字の原稿。「2022年カレンダー」は、現在印刷の工程に入っています。

 

現物ができあがるまで仕上がりはもったいぶって秘密にしておこうと思います。完成したらまたお知らせしますので、「2022年カレンダー」楽しみしていてくださいね!

 

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

目の敵!

家の前の県道の法面は庭の一部みたいなもので、アジサイやコムラサキに雑じってセイタカアワダチソウも咲きます。今年も5~6本残して楽しんでいたのですが、ある日突然荒々しく手折られてしまいました。やっぱり嫌われ者なのかと、ちょっとがっかりしています。

 

花粉症!

花粉症はスギやイネなどのように風で花粉を飛ばす風媒花によってもたらされます。セイタカアワダチソウが花粉症を引き起こすと思っている人がまだまだ沢山いるようですが、虫媒花(*ちゅうばいか)のセイタカアワダチソウにとってはまったくの濡れ衣です。この時期の花粉症の原因となるブタクサと間違われてアレルギーやぜんそくをひき起すのではないかと誤解されているのです。

 

自家中毒!

セイタカアワダチソウは特殊な物質を分泌してほかの植物の発芽を抑えたり、根の成長を妨げたりします。この作用によって繁殖を始めた場所では何年もしないうちに在来植物の姿がほとんど見えなくなるほど繁茂するのです。ところがやがて自分が出す物質で自家中毒を起こし、自身の成長が阻害される結果となります。こういった性質はヨモギやヒメジョオンなど他の植物にもあります。

セイタカアワダチソウが小型化しているとか、目にする群落が減ってきたとか、近頃感じませんか。

 

秋の麒麟草!

アキノキリンソウは草丈30~80㎝で秋の野山を代表する草花のひとつです。

別名をアワダチソウといい、存在感抜群のセイタカアワダチソウと同属で時に混同されがちですが、私には「日本の原風景に咲く花」という印象の花です。もしかしたら皆さんも可愛い黄色の花に心が癒されるかもしれません。

 

※虫媒花…花粉が昆虫などによって雌しべの柱頭に運ばれる花をいう。昆虫を誘引するために花は美しくなり、強い芳香を出すものが多い。

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

2022年のカレンダー製作・土佐町どんぐりの巻

 

↓これは昨年度のカレンダー

2021年カレンダーTOKUBETUHEN販売開始!!

 

今回の記事は土佐町のどんぐりで行った作業の模様です。

2021年10月12日(火)、どんぐりからは7人がカレンダー製作に参加。午後の数時間を使って各々が伸び伸びと数字や文字を作りました。

 

 

上は製作風景の一コマ。真ん中に置かれたカゴは、大豊町ファーストの回でもご紹介した今回新たに挑戦した葉っぱや枝などの植物です。

 

 

上の写真は葉っぱで作った7と10。他にもおもしろい使い方をした数字や文字をたくさん作りました。

 

 

こんな使い方も。これは「18」ですね。

 

もちろん、昨年もやったマジックや絵の具で描いた数字もたくさん作りました。見てるだけでちょっと楽しくなる「22」。カレンダーではこの色が再現できないのが少し残念です。(フルカラーのカレンダーをいつか作ってみようかと、ふと思っています)

 

現時点(10月20日)での予定では、11月半ばには印刷が完了、そして随時販売開始となります。

ひとつとして同じもののない365個の数字で作った2022年カレンダー、楽しみにしていてくださいね。

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

1991年から、高知県嶺北地域で活動している「嶺北こども劇場」。

「こどもたちに夢を!こどもたちに感動を!こどもたちに生の舞台を!」という言葉をキャッチフレーズに、年に数回、劇団などを嶺北地域に招き、嶺北の子どもたちに生の舞台を届け続けています。その会の回数は、88回にのぼります。

劇や人形劇、音楽会など内容は多岐に渡り、嶺北地域という山間地域にいながら、生の舞台に触れられることは子どもたちにとって、とても貴重な体験となっています。会がある日は、朝から何だかウキウキ、舞台を楽しみにしている子どもたちも多いのではないでしょうか。

その「嶺北子ども劇場」のスタッフの方から、30周年記念Tシャツを作ってほしいという依頼をいただきました。

 

大豊町の障がい者支援施設のファースト、土佐町のどんぐりのメンバーさんが印刷しました。写真に写っているのは、ファーストの剛さん。一枚ずつ、丁寧にプリントしていきます。

 

デザインは隣町、本山町の本山保育所の方が描いたそうです

 

胸のデザインはこちら

 

嶺北こども劇場の皆さん、30周年おめでとうございます!

 

こども劇場のスタッフの皆さんが写真を送ってくれました!

高知県各地にあったこども劇場は、現在県内3箇所のみになっています。高知市こども劇場、中村こども劇場、そして嶺北こども劇場です。子どもの人数が少なくなるなか、スタッフの方たちの熱い思いがあるからこそ、活動が続けられています。

嶺北こども劇場代表の澤田美恵さんに「30周年のあゆみ」という冊子をいただきました。その冊子に記されていた言葉です。

「嶺北こども劇場はこれからも、地域の人々に、未来の宝であるこどもたちに、人が生み出す芸術の素晴らしさを伝え続けていく事ができるように歩んでいきたいと思います」

30年という時を重ねてこられた嶺北こども劇場のスタッフの皆さんが、記念Tシャツを作りたいと声をかけてくださったのはとても光栄なことでした。ありがとうございます!

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone