鳥山百合子

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

鳥山百合子

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「サンタクロースの部屋」 松岡享子 こぐま社

クリスマスの準備を始める頃、毎年決まって開きたくなる本、「サンタクロースの部屋」。

子どもは大きくなると、いつの頃からかサンタさんが誰なのかを知ります。

この本の中のこの言葉に出会ったとき、“その時”が来るまでは、サンタさんを信じる気持ちを守ってあげたいなあと思ったのでした。

『心の中に、ひとたびサンタクロースを住まわせた子は、心の中に、サンタクロースを収容する空間をつくりあげている。サンタクロースその人は、いつかその子の心の外へ出ていってしまうだろう。だが、サンタクロースが占めていた心の空間は、その子の心の中に残る。この空間がある限り、人は成長に従って、サンタクロースに代わる新しい住人を、ここに迎えいれることができる。』

『この空間、この収容能力、つまり目に見えないものを信じるという心の働きが、人間の精神生活のあらゆる面で、どんなに重要かはいうまでもない。のちに、いちばん崇高なものを宿すかもしれぬ心の場所が、実は幼い日にサンタクロースを住まわせることによってつくられるのだ。別に、サンタクロースには限らない。魔法使いでも、妖精でも、鬼でも仙人でも、ものいう動物でも、空飛ぶくつでも、打出の小槌でも、岩戸をあげるおまじないでもよい。幼い心に、これらのふしぎの住める空間をたっぷりとってやりたい。』

目に見えない何かや人を信じる信じるちからは、その人の土台をずっと支え続けてくれるものだと思います。

 

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私の一冊

鳥山百合子

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「ヒコリみなみのしまにいく」 いまきみち 福音館書店

先月11月に土佐町に来てくれた西村繁男さんといまきみちさん。お住いの神奈川県に戻ってから、いまきさんは絵本を送ってくださいました。

そのうちの一冊「ヒコリみなみのしまにいく」、この絵本は刺繍でできています。海の波も、ヤシの木の幹も枝も、おじいさんが来ているTシャツも、いまきさんがチクチクと一針ずつ縫ったのだそうです。

すごいなあ!一冊の本になるまで、どれだけの時間がかかっているのでしょう。

この本を開くと、いまきさんの穏やかな声が聞こえてくるようです。

またお会いしたいです。

鳥山百合子

 

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お知らせ

情報求ム!!!

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情報求ム!!!土佐芝刈唄のハッピを探しています!

色: 黒
特徴:前側の衿に白字で「土佐村」「芝刈唄」と入っている

 

土佐町の無形文化財「土佐芝刈唄」。

土佐町の棚田の名所である高須地区に、その唄い手である池添博喜さんという方がいます。
とさちょうものがたり編集部は、土佐町の素晴らしい伝統文化のひとつである芝刈唄を後世に残していきたいと、池添さんが土佐芝刈唄を唄う姿の撮影をしたいとお願いしていました。

池添さんは「それやったら棚田の前で撮影しよう!」と快諾してくれましたが、その後「先代の池添好幸さんから土佐芝刈唄のハッピを受け継ぎ、唄うときにはハッピを着ていたが、そのハッピをどこにしまい込んだかわからなくなってしまった」とのこと。

せっかくの機会、その黒いハッピを探し出し、ぜひともそれを着た池添さんに土佐芝刈唄を唄ってもらいたい!

他にも持っている人はいないのか?何か知っている人はいないか?頭を悩ませた編集部は、相川地区の仁井田作太郎さんを訪ねました。

作太郎さんは、冒頭写真にある一枚のチラシを探し出してくれました。

なんと、以前、作太郎さんが「芝刈唄を保存しよう」と呼びかけ「土佐村土佐芝刈唄保存会」を作り、そのときに何枚かハッピを作ったのだそうです。そのうちの一枚が、博喜さんが好幸さんから引き継いだもの。

他の数枚は、一体どこへ?!

 

土佐町のみなさま、

どなたか、このハッピを持っている方はいませんか?

どなたか、このハッピについて何か知りませんか?

どんなに小さなことでもいいので、心当たりのある方は、ぜひ、とさちょうものがたり編集部まで!

 

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私の一冊

鳥山百合子

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「やかまし村のクリスマス」 アストリッド・リンドグレーン作 ポプラ社

クリスマスが近づいてくると読みたくなるこの本、「やかまし村のクリスマス」。

森へ行ってもみの木を切ってクリスマスツリーに、ジンジャークッキーを焼いてひもをつけてツリーに飾るページは、ろうそくの灯りがぽっと灯るような気持ちがします。

小さな頃、小さなクリスマスツリーを出し、サンタさんへの手紙をツリーの元へ置き、母と弟たちと輪飾りを作って部屋に飾りました。部屋は暖かくて、ガラス窓の内側は白くぼんやりと曇り、そこに指で色々な絵を描きました。次の日、曇りがとれた窓にうっすらと残っている指のあと。

今でも思い出すその風景はなんだか懐かしく、子どもたちにもそんな思い出を残してあげたいなあと思います。

鳥山百合子

 

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西村繁男さん、いまきみちさんが土佐町にやってきた!

 

2018年11月9日絵本作家の西村繁男さんと奥さまのいまきみちさんが土佐町に来てくださいました。

高知県高知市ご出身の西村さん。西村さんのおじいさんが土佐町で暮らしていたので、土佐町に来た時には地蔵寺川で泳いで遊んだそうです。

おじいさんは旧地蔵寺村の村長だった西村繁太郎さん。(今まで土佐町の人から何度も聞いたことがあるお名前だったので、とても驚きました)

 

現在、神奈川県にお住いの西村さんといまきさん。
おふたりが東京にいた頃、高知県の西村さんのご両親から柚子酢(ゆずを絞ったもの)やゼンマイの入ったふるさとの小包が送られてきたことがとても嬉しかったのだそうです。

「西村さんのお母さんがお祝い事の時によく赤飯を炊いてくれたの。それまで私にはそのような習慣がなかったけれど、誕生日などお祝い事があるときは、お赤飯を炊くようになったのよ」。
いまきさんがそう話してくれました。

西村さんのお母さんからいまきさんへ、いまきさんから次の人へ、とその習慣は受け継がれていくのでしょう。

 

土佐町立図書館に絵本を寄贈してくださいました。

 

西村さんは絵本『にちよういち』を制作した時の話をしてくれました。

『にちよういち』を制作した時、西村さんは32歳。この頃は仕事がなくて、高知へ帰るたびに取材していたのだそうです。

 

「どこかに座って行き交う人を人間観察してた。そうしてると見えてくることがあってね。お店の人に袋を売ってる人がいたり、車椅子の人がいたり、誕生日のおんちゃんと言われている人なんだけど、“今日はわしの誕生日じゃきまけちゃお!”っていう名物おじさんがいたり…」。

絵本『にちよういち』の中には、西村さんが登場しています。

「自分だけわかる楽しみ。自分を絵本に入れた。これ僕なんですよ、わかんないでしょ?」とそのページを開いてニコッと笑う西村さんは、いたずらっ子の少年のようでした。

さあ、西村さんはどこにいるのかな?『にちよういち』の絵本を開いてぜひ探してみてください。(ヒント:メガネをかけていて、いまきさんが作ってくれたカバンを肩にかけて立っています。)

 

保育園に入ると、この看板が迎えてくれました。

 

みつば保育園には西村さんの本が何冊もあります。『おばけでんしゃ』『むしむしでんしゃ』『にちよういち』…。テープを貼って直したあとが何箇所もあって、今までたくさんの子どもたちがこの本を楽しんできたことが伝わって来ます。

 

西村さんといまきさんがスライドの準備をしていると、「あ、西村さんや!」と言いながら集まって来た子どもたち。西村さんといまきさんも思わず笑顔になっていました。

 

お話は、いまきさん作『ちびだこたこらす』『とちのき』、西村さん作『おばけでんしゃ』『むしむしでんしゃ』の豪華4本立て!

スライドが始まると、子どもたちは音楽に合わせて体を揺らし、目をキラキラ輝かせていました。

この一体感!

絵本の力はすごいなあ!

 

 

撮影:石川拓也

いまきさんがあとで話してくれました。

「みつば保育園の子たちは繁男さんの本をよく読んでくれているのね。お話の内容がもうわかっているのに、あんなに喜べるのはとても素晴らしいですね」。

 

すぐそばに3歳の子が座っていました。ひとつお話が終わった時にふと目が合って、ニコッと笑ったその子の目は「おもしろいネ」と私に言ってくれているようでした。その子はまた前を向き、西村さんといまきさんを見つめていました。楽しさや嬉しさを子どもはこんな風に表すのだなあと感慨深いものがありました。

 

 

子どもたちからのプレゼントもありました。

 

西村さんといまきさんは、ダンボールに絵本をたくさん詰め込んで持って来てくれていました。

「保育園にない本があったら、遠慮なく選んでくださいね」という言葉に大喜びの園長先生と志保先生。

 

「わあ!これもない。あ、これも!」とたくさんの絵本を手にする先生たち。

 

西村さんは言っていました。

「子どもがいると世の中いいよね」。

 

西村さんの絵本は、子どもたちへの手紙のような存在なのかもしれません。

 

世の中にはいろんな出来事があるんだよ。

たくさんの人がいて、たくさんの場所があって、たくさんの面白いことがあるよ。

それを楽しみに、ゆっくり、ゆっくり、大きくなっておいで。

 

西村さんのまなざしがそう語りかけているようでした。

 

子どもたちが保育園や図書館で西村さんの絵本に出会った時、西村繁男さんといまきみちさんというおふたりが土佐町に来てくれたこの日ことを、ふと思い出してくれたらうれしいなと思います。

西村さんといまきさんとのご縁をこれからも大切にしていきたいです。

 

西村さんといまきさんの絵本は、土佐町立図書館とみつば保育園に並んでいます。ぜひ手にとって楽しんでみてくださいね。

 

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私の一冊

鳥山百合子

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「もりのなか」 マリー・ホール・エッツ 福音館書店

「保育園で “はんかちおとし”、したよ」。
5歳の娘がある日、保育園から帰ってきた時に言いました。

あ、確かこの本にも“はんかちおとし”が出てきたはず。そう思って一緒にページを開きました。

「ぼく」が森へ散歩に行くといろんな動物がついてきて、一緒に歩いて、ひと休みして、誰かがピクニックをしたあとのピーナッツやジャムやアイスクリームを食べたり、かくれんぼしたり…。

そして、

「それから、“はんかちおとし”を ひとまわり しました。」

その文章で「一緒やねえ」と嬉しそうに笑った娘の顔を見たとき、絵本の世界と娘の生活がつながった瞬間に立ち合ったような気がして、何だか感慨深いものがありました。

マリー・ホール・エッツの描く線はとても温かい。もう亡くなっているので会うことはできませんが、エッツの残した作品から本人の人柄や大切にしていたことが伝わってくるようです。

作品を残すことは、私はこのように生きた、というひとつの証でもあるのだと思います。

鳥山百合子

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私の一冊

鳥山百合子

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「ふしぎの国のバード」 佐々木大河 KADOKAWA

友人に勧められて手に取った「ふしぎの国のバード」、今発売されている5巻まで一気に読みました。

イザベラ・バードは、イギリスの女性冒険家。1831年に来日し、通訳の伊藤鶴吉と共に横浜から日光、新潟、北海道へ至る旅をした実在の人物です。

消えていく日本の文化や風習をイギリス人の視点から記した本があるとのこと、今度読んでみたいと思っています。

笠を被り、蓑を着て馬に乗り、虫や蜂、蛇と格闘しながら道を進むバード。

汗だくになりながら人力車を弾き続けた「ヤへーさん」に薬を手渡そうとしますが、ヤへーさんは受け取れないと断ります。

その時にバードは言いました。

「あなたにはわからないでしょう
人力車から降りる時、さしのべてくれた手が
目隠しのかわりにと言って吊るしてくれた蚊帳が
あなたのくれた小さな木苺が 
私をどれほど励ましてくれたか
その優しさに私がどれほど感謝しているか」

毎日のなかにある、一見ささやかなちいさな出来事に私も支えられて生きている。そのことをあらためて思い出させてくれました。

 

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山の手しごと

おもち作り

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11月の最初の日曜日、土佐町の各地区では運動会が開かれます。

その時に盛大に行われる「もちまき」。

土佐町相川地区では、運動会前日に地域の人たちが集まっておもちを作ります。

 

 

前日から水に浸けておいた全部で90キロ(一俵半)のもち米を3回に分けて蒸します。このもち米はもちろん相川地区で収穫したもの。相川地区は土佐町の米どころ。美味しいお米が収穫できることで有名です。

大きな蒸し器にもち米を入れ、その真ん中を掘るようにしてくぼみを作っておきます。

「こうしとくと、火が通りやすいきね!富士山みたいな感じよ。」

蒸し器の口に布をかけ、ひもで結びます。

「あとでぷーっと膨らんでくるきね!それから30分よ!」

 

 

ぷーっと膨らんだ!

 

 

 

30分後、美味しそうに蒸しあがりました。

 

 

 

もち米をもちつき機に入れ、ガタゴトガタゴト、ガタゴトガタゴト…、もちつき機4台がフル稼働。3升のおもちがつける餅つき機は相川地区の人が自宅から持って来たもの。こんな大きなもちつき機がそれぞれの家にあることが驚きです。この地の人たちにとって自分でもち米を育て、おもちをつくことは「日常」なのでしょう。実はそれは、とてもゆたかなことなのだと思うのです。

 

 

 

おもちがつき上がりました。ぴかぴか、つやつやしながら、ホカホカと湯気をあげています。
もちつき機がまだ動いている時におもちを手ですくい上げるように取り上げ、もち取り粉をふった台の上におきます。

つきたてのおもちはまだ熱く「あちっ、あちっ!」と言いながら転がして粉をまぶし、2つに分けます。

 

 

相川地区の上田美和子さんの手さばきは、ほれぼれするほど美しかったです。

美和子さんが、おもちの端を内側へ内側へ小さく折りたたみ、たたんだ先をきゅと握ってできた丸いぷくんとしたおもち。それを「手刀(てがたな)」で切り、ころんと転がす。それを近くの人が受け取って、手のひらの中でなでるようにころころと、まあるいおもちにしていきます。

美和子さんが手刀で切ると、切れ目のないきれいなおもちになるのです。

それはまるで魔法のようでした。

 

 

いろんな世代の人たちがおもちを丸めます。きっと昔から大人たちは、子どもたちに働く姿を見せることで、地域との関わりかたやその季節の仕事を伝えて来たのでしょう。

 

 

 

こちらはお土産用のよもぎもちを作っています。このよもぎは春に新芽を摘み、重曹を加えて茹で、細かく切って冷凍しておいたもの。話に花を咲かせながら、手はいつも動いているお母さんたちです。

 

 

よもぎもちにあんこを包んでいるのは川田絹子さん。おもちにあんこを包み込み、きゅ、と握ってちぎる。おもちを置くときに上から手のひらで優しく抑えると、その時にはもう、まあるいおもちの形になっている!見事!

 

 

 

丸めたおもちを違う部屋へと運び、時々裏返しながら冷めるまで待ちます。

 

 

赤で「祝」と書かれた袋に一つ一つ入れ、口をテープでとめていきます。

 

 

そして次の日…。

 

 

できたおもちは次の日の「もちまき」で、次から次へと空を飛び、あっちへこっちへ転がります。(ちなみに、飛んで来たお餅がおでこに当たるとめっちゃ痛いです!)
子どもたちも大人たちも夢中になって拾い、持参した袋に入れていきます。

 

「拾えたかね?」と小さな子の袋をのぞいて、自分のおもちをいくつか入れてあげるおじいちゃんやおばあちゃんがいます。もちまきの時にはいつもどこかで見られるその光景は、なんだかあたたかい気持ちになります。

このおもちはこれからの季節、お鍋にうどんにお味噌汁に入れたりと大活躍。冷凍しておくと長い間楽しめます。

 

収穫したもち米を蒸し、おもちをつく。みんなと顔を合わせて、つきたてのおもちを頬張ったりしながら笑い合う。
今年の収穫に感謝し、お互いの一年間の農の仕事をねぎらうこのいとなみは、ずっと昔から楽しみのひとつでもあったのだと思います。

 

 

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お母さんの台所

りゅうきゅうの塩漬け

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土佐町では夏から初秋にかけて、畑で収穫できる緑色の野菜が少なくなります。そんな時、畑の片隅で青々と大きな葉を茂らせている「りゅうきゅう」は、毎日のおかず作りを助けてくれる頼もしい存在です。食べるのは茎の部分。みそ汁の具にしたり、柚子酢とお砂糖、じゃことあえて酢の物に。すき焼きに入れても美味しいそうです。

りゅうきゅうは、一年中食べられるように塩漬けして保存することができます。塩漬けしたりゅうきゅうは、コリコリ、シャキッとした歯ごたえで生のままとはまた違った食感です。

塩漬けする方法を土佐町石原地区のお母さん、窪内久代さんに教えてもらいました。

 

 

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土佐町ストーリーズ

台風がきた!

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「台風がきた!」

そう言いながら、ベランダにいた私のところへ飛び込んで来た5歳の娘。

ゴォォォォォー。ゴォォォォォーー。

横なぐりの雨が何百本ものまっ白い線となって、上からも横からもしぶきをあげる。

風に押されて横へ、横へ、横へ。

白い幕をゆっくりと引いていくようにあたりの風景を隠していく。

 

目の前の山の栗の木も柿の木も、杉も桜も竹もなんだかわからない木も、ぼさぼさになりながら枝をわっさわっさと揺らし、葉も草もあっちを向いたりこっちを向いたりひっくり返ったりしながら、なんとかみんな地面とくっついている。

「台風がきた!」

娘が顔を隠す。

ゴォォォォォー。ゴォォォォォー。

風が地面を這うようにうなり声をあげながら、山の向こうから追いかけてくる。

 

 

あの山のあの人たちは、みんなどうしているだろう。

 

 

あとからやって来た息子が外を眺めながら言った。
「明日は栗がいっぱい落ちてそうやな。」

 

息子はこの時期、毎朝、バケツと火ばさみを持って山へ栗を拾いにいく。

「今日は23個やった。」とか「いくつあったと思う?67個!」といつも嬉しそうにバケツの中身を見せてくれる。
明日はもしかして100個以上になるんじゃないだろうか。

 

屋根に叩きつける雨音で長女が「すごい雨やね。」と目を覚ます。
「明日早起きして、栗、拾おう。」そう言いながら眠った息子。
「台風が来た!」と走って来た娘。

子どもたちは、こんな台風の日の風も雨も音も、風に揺れていた栗の木のことも、きっと心のどこかに住まわせながら大きくなっていくのだろう。

 

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