「家守綺譚 」 梨木香歩 新潮文庫
「影との戦い」(アーシュラ・K. ル=グィン)のゲドに出会ってから今に至るまで、私の理想はゲドですが、もう一人愛してやまない男性が綿貫征四郎さん。不慮の事故で亡くなった大学時代の友人・高堂の家を守りながら、文筆業で何とか糊口をしのいでいる、新米のちょっと頼りない精神労働者です。
本書では、100年ほど昔の“あわい”に生きるものと征四郎の生活が少しだけ重なったときにおこる出来事が端正な日本語で綴られています。 庭のサルスベリに恋心を抱かれてしまいからかわれると「木に惚れられたときにどうするべきか、またどうしたいのか、まるで思いもしないことだった」と真剣に考え込む征四郎さん。
けれども黄泉の人々に何も思い悩むことのない理想の生活に誘われた際には「そういう生活は、私の精神を養わない」とキッパリ断ります。
世間と少しずれてはいても、人間としては決してぶれない自分がある綿貫征四郎さんは、ゲドに負けず劣らず素敵です。
古川佳代子