「子どもの頃は台風が来るのが待ち遠しくてねぇ。」
土佐町の元健康福祉課課長だった上村さんが僕に言った。休みのたびにひと気のない山や川に入っていく「遊びの名人」だ。
どうして?と僕が尋ねると、不思議そうに僕の顔をのぞきこんで、「泳ぐからよ」と答えた。泳ぎ自慢の子どもたちが川岸に集まって、誰が一番で対岸に泳ぎつくか競争していたのだと言う。
僕は驚いて、その話を「みっきー」にしてみた。僕がなにかとお世話になっている近所のおんちゃんだ。すると、「うんうん」と頷き、「自分らは台風が来たら川くだりしよったよ」、と教えてくれた。いつもだったら浅すぎて泳げない川に行き、車のタイヤのチューブに空気をつめて、2、3キロの川くだりを楽しんでいたという。
靴を履いて川をくだるんやけど、どうしてかわかるか?とみっきーは僕にきいた。僕は見当もつかない。
するとみっきーは、川底の石で足を切らないようにするためよ、と少し自慢げに教えてくれた。
「親は心配しなかったの?」と僕が尋ねると、今度は横にいたタクジさんが、「親はみんなぁ生活を支えるのに精一杯で、子どもはほっちょかれたき」、と教えてくれた。
おんちゃんたちのそんな話を聞いていたら、「台風が来たら川には近づくな!」という今日の「常識」が、急にこっけいに思えてきた。
最近は「ハザードマップ」なんて言葉もよく聞くが、それもどうやら近年の概念らしい。
川のハザードマップの必要性を町民が訴えた時、町長の和田守也さんが、どこかさみしそうにこう言ったのを僕は覚えている。
「昔の子らはみんなぁ、どこで泳いで良くてどこで泳いじゃいけないか知っちょったけどねぇ。」
(つづく)