自分達の住む所へ
疲れも取れ気持ち良く目が覚め、親切なおばさん達に見送られて、日本晴れの高知の空、今夜から「寝る所、住む所はどっちか」「何という町か」と何とも言わない父の後に、母兄弟はついて行った。
父の同級生のおじさんが相生町という所の製材の工場で働いていたので、近くで空家を見付けて、相川の家財道具一切運び込んでくれていたのでした。
何町がどっちかも分らぬまま初めて歩く高知の街、一目で田舎者と分っただろうと想像しています。
落ち付いた所は相生町という所で、何と汽車の線路の近くで「シュッシュッポッポ」と煙をはいて通る度に家が揺らぐのです。でも生れて初めて見る汽車、通る度に窓を明けて見たり、手を振ると手を振り返してくれるのが嬉しかったです。特に幼い弟が大喜びでした。
学校は近くの第二小学校へ、ABCの三学級で女子ばかりのB組百田先生。優しい女先生で、一学期通知簿を貰った時「良く頑張ったネ」と誉められた事が忘れられません。
相川小学校の松岡先生の「高知に行っても頑張れよ」の一言のお陰様でした。