むかしむかしあったげな。
樫山の小栗さまと言うてのう。そばじり谷から水を引いて、田を掘ったり、むらづくりに、しっかりやって下さったえらいお方じゃったげな。
この小栗さまにお姫さまがありなされた。ある時わらびを取りに山に登らしゃったが、その晩から熱を出して寝込んでしまわれた。
夜中になると、笑ったりこそばがったり、うれしがったり、ボソボソ独り言を言うようになった。どういうものかと、かもんさま(お父さん)もおなんさま(お母さん)もえろう心配、年ごろの娘が夜中に、寝床で独り笑いしだいた言うて人にも話せん。よわっておいでたら、ちょうど、大峰山で修行されて高知へ帰る真如寺のお坊さんがお泊まりなされた。ご相談なさると、お坊さんが祈っておいでて、さて、寝床をのぞくと、誰の目にも見えざったのに、赤い錦のふとんの上に、金色の小んまい蛇が、トグロまいて、お姫さんの顔の方へ、ペロペロ、ペロペロ舌を出していると。お姫さんはそれと話でもしよるかのように、うれしがっていたそうな。
坊さんは、この札を貼っちょきなされと、おまじないの札をくれなさったそうな。そこで次の日、それを日のあるうちに門に貼っちょいた。
それからお姫さんの夜中の独り物語はぴったりやまったが、その次の晩から、夜半に、お姫さんが出かけるようになった。後をつけても、じきに、スーッと消えてしまうようで、さっぱり見定めがつかん。朝は着物のスソがべったりぬれちょったとぉ。
そこでおなんさんが、こっそり、着て行かっしゃるお姫さんの着物のタモトの底に、ハタおりのカセ糸をしっかりぬいつけておいたと。
夜半にそっとぬけ出すお姫さまに、おなんさまがカセ糸玉のおゴケ(糸を入れる物)を持ってついて行かしゃった。
ところが一うね超えて、引地の弁才天さまの池の方へぬけちょったげな。
やんがて大きなとちの木にかこまれた黒い穴のように見える池の端が、ボーっと明るく、そこにお姫さまがしゃがんでのう、じいっと池を見つめて、話しておられるそうな。
おんなさまが「姫おまんは、」と言うと、なんとお姫さまが、すっと立てって、両手を合わせて、おなんさまの方をおがむと、池にひょいっと入り、水の上をすうっと、とっとの奥の方へ、ボーッとうす明かり持って消えてしもうた。
さあ、おなんさまはびっくりおくれなされてすぐひっかえして、ゼエゼエ山を登って帰られたそうなが途中、山の神の森の所で目がまわって、とうとう亡くなられたそうな。
昔、血おり場というたが、けがれを忌む(きらう)と言うことで、このはえを「しおればえ」と言い、池は「住吉池」という。
小栗さまの家のあった所が「かもんの屋敷」谷から用水を取ったのを「小栗ゆ」と今に名前が残っているんじゃと。
むかしまっこうたきまったこう、サルのつべきんがり
和田久勝(町史)