2020年6月

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

川村房子

「コーヒーが冷めないうちに」 川口俊和 サンマーク出版

最近なくなった人に会えたり、戻ってきたり、という小説に縁がある。

この小説は、コーヒーが冷めないうちに、過去に戻ったり未来に行ったりするという、不思議な噂のある喫茶店「フニクリフニクラ」でおこる物語です。

過去に行けてもその未来が変えられるわけじゃない等、非常にめんどくさいルールがある。

4人の女性たちが紡ぐ家族と愛と後悔との物語。それぞれが体験した後も、お互いがつながっていく優しくて心あたたまる物語。

20万部を突破したベストセラーで、帯に読者からのお便りがのせられている。

「心の病気を患って仕事をやめた今、涙を流しながら読みました。過去に戻って相手の心を確認してこなくても、もう私は大丈夫。そう思えました。また外に出て行く勇気をもらいました」と。

なんだか心が悲しい人に読んでもらいたい作品です。

 

4001プロジェクト

近藤雅伸 (栗木)

 

栗木地区の近藤雅伸さん。

とさちょうものがたりがとてもお世話になっている、「山の先生」と呼ぶ方です。

過去、「シシ肉をいただく」という記事では近藤さんの山の世界をおすそ分けしていただきました。

昨日公開したエッセイ「竹馬・缶馬・孟宗竹馬(窪内隆起)」に、孟宗竹で作った缶馬の話が出てくるのですが、その撮影用に編集部は実物を探していました。

するとある朝「作ったから持っていきや」と声をかけてくれたのが近藤さん。ちゃちゃっと作って持たせてくれて、私たちがみつば保育園に持って行って撮影することを知るとさらに追加で作って翌日届けてくれました。

地域の方々のこういう気持ち、こういう行動がこれまでの土佐町という場所を作ってきたのだなと実感した経験でありました。山の先生です。

 

私の一冊

矢野信子

「ほたる」 神沢利子 文, 栗林慧 写真 福音館書店

土佐町では、田んぼに水が張られ、田植えが終わった所も見られるようになりました。

この頃になると、我が家の回りでは蛍が見られるようになります。

今年も最近、飛び始めたところです。田んぼの水面に映る蛍の光、空高く飛んでゆき、やがて瞬く星に届くかと思うような蛍の光、本当に私の大好きな光景です。

子どもが小さいときに出会ったのがこの絵本。毎年繰り返される光景の間に水辺で起こっている知らない世界。子ども達と「卵が光るってどんなんだろうね。」「幼虫も光るんだ。」と語り合いながら読んだものでした。

勿論、この時期には毎晩のように蛍を見に出かけ、そのときの気温、風の具合で蛍が草陰にじっとしているときもあれば、盛んに飛び交うことがあることを知りました。

また、この場所は近所の方々と「今年は○日頃飛び始めたよ」「今年は蛍が多いねえ」などなど情報交換の場でもあります。

忘れてはならないのは、土佐酒造さん(桂月)の先代社長さん。蛍に詳しい方で、会うと毎年飛び始めた日を記録しているとか話されて、生態についてもお話をよくして下さいました。懐かしい思い出です。

見に来られるならば、一応畦は草刈りをしていますが、ひょっこり蛇が現れる場合がありますので、足元にはくれぐれもご注意を。

 

2020 June

山峡のおぼろ

竹馬・缶馬・孟宗竹馬

 

同窓会などに出ると、在校当時の思い出話に花が咲くのは当然である。それと共に、育った環境が同じ者同士で、遊んだ方法などを語り合うのも楽しい。

山育ちの友と合槌を打ち合いながら、

「そうや、そうや、俺もそれをしたよ」

と話に興じる。時には女の同窓生も、

「私も、遊び道具は鎌やナイフや鋸やった」

と言って割り込んでくる。

春はアメゴ釣り、夏は潜ってアメゴ突き、冬は小鳥とりと、みんな似たようなことをして育ってきた。

家での遊びでは、竹馬、缶馬、孟宗竹馬の話題がよく出る。

竹馬と缶馬はみんなが作っていた。缶馬は缶詰の空いたのを逆さまにして、上部の両脇に紐を付けて手綱のようにし、2つの缶に乘って歩く。

竹馬では坂道はもちろん、冬の冷い川を渡るのが面白かった。入って渡るには水が身を切るように冷いので、竹馬は最適の道具である。と、誰もがそう思って誘い合い川に行った。しかしそれは甘い考えであった。

うまく渡れることもあったが、水底の石で竹馬がすべって、横倒しに落ちる。また、砂にめり込んで竹馬を引き抜くことができず、焦ってもがいているうちにバランスを失ってドブン。こんなことの方が多かった。それにもこりずに、川へ行き続けた。

缶馬の方は竹馬ほど頑丈ではない。空き缶であるだけに、時には体重のかかりぐあいによって、ぐしゃりとつぶれることがあったり、錆びて使えないこともあった。

戦時中であり、物資は配給制で、缶詰は少なかったので、缶馬作りはすたれていった。

ある時、子供たちの間で誰言うとなく、

「孟宗竹が缶の代りになる」

と言い出すと、

「そりゃあ、ええ。やろう」

と忽ち衆議一決、鋸を持って竹林へ走った。そして缶詰ぐらいの大きさの孟宗竹を切り出すと、節が缶詰の底に見合うようにうまく切り、それこそあれよあれよという間に、缶馬ならぬ孟宗竹馬を作り上げた。

これは缶よりも強く、安定もよかった。

それに乘って遊ぶうちに、はじめは缶詰と同じような高さにしていたのが、次第に高くなっていった。高い方が竹馬感覚になり、歩くにも工夫が要って面白かった。

こんな体験は同窓生の多くに共通のことだが、その内の1人が、

「こんな話、孫たちにはもう通じんわ」

と言った言葉に、みんな黙って、うなずいていた。

 

編集部注:写真の孟宗竹馬は、栗木地区の近藤雅伸さんが作ってくれたものです。みつば保育園のご協力のもと撮影させていただきました。ありがとうございました。

 

私の一冊

石川拓也

「ボッティチェリ 疫病の時代の寓話」 著:バリー・ユアグロー 訳:柴田元幸  ignition gallery

 

衝撃。この文章を書いているのは2020年6月4日の午後です。

今日、私に宛てて届いた封筒の中から、この小さな本が出てきました。

差出人は愛知のignition gallery。中から出てきた本の表紙には私が親交もあり尊敬してやまない英米文学翻訳者の柴田元幸先生のお名前がありました。

著者はアメリカ・ニューヨーク在住の作家、バリー・ユアグロー。翻訳はもちろん柴田元幸。「★この本について」と題された柴田先生のあとがきによると、この物語は現在の都市封鎖状態の続くニューヨークにいるユアグローから柴田先生のもとにメールで届いたとのこと。

届いたのは2020年4月5日から5月11日にかけてのことだそうです。

一本目の「ボッティチェリ」が添付されていたメールには、「正気を保つため」に書いた、とあった。少しあいだが空いてから、二本目以降の作品が続々送られてくるなかで、どうやらこの非常事態が契機となって、作者が自分の中の深い部分に降り立っていることが伝わってきた。もちろん日本で翻訳が出れば喜んでくれただろうが、出版したいからというより、ただただ書かずにいられないから書いていることがよくわかった。

「★この本について」 柴田元幸 より引用

「正気を保つため」。物を作る理由や動機として、これほど切実なものが他にあるでしょうか。そして「自分の中の深い部分に降り立って」、そこから拾い上げたものを12の寓話に変換し、この時代のこの空気を封じ込めるという作業をこのスピードでやる(もしくはやらざるをえなかった)という作者ユアグローの力業。

それを受け取った柴田先生の翻訳、ignition galleryのデザイン・装丁・製本のこのスピード感。

この一冊はもう完全に(良い意味で)野蛮人どものしわざだなと、封筒から取り出した瞬間に大きな衝撃を受けるのと同時に、「自分の『作る』という行為は、そこまで切実な理由を持ってやれているだろうか」という少し焦りにも似た、小さな棘のような感情を持ってしまったのも、実は正直なところです。

 

コロナに負けるな

【なんてんを応援!】ありがとうございました!

なんてんのエイちゃん

 

【なんてんを応援!】未来の約束チケット¥2,000分

ありがとうございました!

土佐町のスナックなんてんを、このコロナ禍の時期を乗り越えるために応援しよう!というこの企画。

おかげさまで5月31日をもって販売終了とさせていただきました。

実際に購入していただいた方々、本当にありがとうございました。みなさまの応援の気持ちはすべてエイちゃんに届いております。

今後はご購入の電子チケットを片手になんてんに飲みに行きましょう!

 

販売40枚

実際に40枚の電子チケットが販売できました。売上金額はちょうど10万円です。

そのうちの3.6%がネットショップのシステム使用料です。残りの全額(¥96,400-)を先日エイちゃんにお渡ししてきました。

 

6月1日から再開

なんてんは6月1日から営業を再開しています。電子チケットは現在使用可能となっています。

チケットの使用可能期間は6月1日からの1年間となっておりますので、2021年の5月31日までにはぜひなんてんに飲みにきてチケットを使ってくださいね。

 

みんなで乗り越える

予断を許さない状況ではありますが緊急事態宣言も解除され、少しずつ社会が以前の状態に戻りつつあるように感じます。
5月中は土佐町の多くの飲食店も営業自粛を余儀なくされる状況が続きました。
そのような状況で、「応援する」「みんなで乗り越える」という気持ちが少しでも伝われば、と始めたこの企画ですが、実際に購入していただいた方々のその気持ちが、確実にエイちゃんに届いていることを感じます。
これは「みどりさんの金魚草」の販売でも同様に感じたことです。

もちろん集まるお金のことも重要ではありますが、その「購入する」という行動を通して応援の気持ちを伝え合うということは、こういった困難や危機を乗り越える際にとても大きな威力を発揮するのだと思います。

困難が生じて始めたことではありますが、やっていく過程で人と人とのつながりを再確認できるような、編集部にとってもなんとなく楽しげな取り組みになったということは非常に大きな学びでもありました。

それもひとえに実際に購入していただいた方々や、SNSなどでシェアや拡散を進んでしていただいた方々のおかげです。

 

 

 

なんてん
〒781-3521 高知県土佐郡土佐町田井1488-4
電話: 0887-82-0905

私の一冊

鳥山百合子

「お蚕さんから糸と綿と」 大西暢夫 アリス館

土佐町の和田地区を訪れた時のこと。和田地区の方から、昔は土佐町でも養蚕が盛んだったと聞きました。その方の母屋の隣には平屋建ての長い小屋があって、昔の農機具などがたくさんしまってありました。

「昔、ここでお蚕さんを飼ってたのよ」

家の周りに桑の木がところどころ生えているのは、蚕を飼っていた名残だと教えてくれました。

「蚕さんが葉を食べる音が夜の間も聞こえてきたのよ」と懐かしそうに話してくれたことを思い出します。

その方が「お蚕さん」と話していたことがとても印象的だったのですが、そう呼ぶ意味がこの本を読んでわかりました。

『「お蚕さん」や「お蚕様」と大切に呼んでいることや、牛や馬と同じように「一頭」と数えることなどから、人びとにとって、大切な存在だったことがわかった』。

このお蚕さんを中心に、人の行き来もたくさんあったことでしょう。

この本の舞台である滋賀と岐阜県にまたがる地域は、以前有数の養蚕の地だったそうですが、今では蚕を育てているのは、表紙の写真の西村さんご家族だけとなってしまったとのこと。土佐町で蚕のお話を聞かせてくれた方も、2年ほど前に山をおりました。

蚕は約5000年前に中国で飼われ始めたそうですが、時を経てその文化が日本へ伝わり、高知県の土佐町までたどり着いたのかと思うと感慨深いものがあります。

 

土佐町のものさし

天空の小学校

 

※この記事は2019年12月に発行した雑誌「とさちょうものがたり zine 05」にて掲載したものをウェブ上にて再掲載したものです。「幸福度」による国作りを行う先輩としてのブータンの、価値観や文化を少しでも伝えるために執筆したものを、ウェブサイト上で公開します。

 

シュラブッチェ大学からほど近い場所にあるカンルン小学校。

機会があり子供たちの学びの場を見学させていただきました。

まず朝の登校時。朝礼前に校庭でサッカーや鬼ごっこに興じる子供たち。カンルン小学校は別名「天空の小学校」と呼ばれているそうですが、それは校庭からのこの眺望が理由です。

ブータンの小学生は基本的にゴ(男性用)・キラ(女性用)という名の民族衣装が制服です。

見学した朝イチの授業は英語でした。ブータンは徹底した実践的な英語教育を行なっている国で、小学生からとてもキレイなクセのない英語を話します。

 

 

GNHもこの年代の教育に必須となっており、外壁に大きくGNHの指標(国としての指標とは少々異なりますが)が貼られているのが印象的でした。

私の一冊

古川佳代子

「スィート・メモリーズ」 ナタリー・キンシ―=ワーノック作, 金原瑞人訳 金の星社

だれもが忘れられない“美しい素敵な思い出”を持っていると思います。 わたしの思い出は、体が大きくて無口で少し怖い祖父と、どうしてだか家の周りのウバメガシを一緒に剪定することになってしまった時のこと。

切る枝選び方とどのように鋏を入れるのか。簡単に習った後はただひたすら、ちょきちょきちょき…。気づまりで緊張していたのが少しずつ平気になって、祖父と鋏の音で会話している心持になった時間が、今は大事な思い出です。

20年ほど前、この本を初めて読んだとき、鋏の音が通奏低音のようにちいさく聞こえてきました。楽しみにしていたことが流れてしまった残念さ。好きと嫌いの狭間を行ったり来たりする女の子。なにげないエピソードの積み重ねから生まれる幸福な読後感。

久しぶりに読み返したら「佳代ちゃんの切ったところがいちばんきれいじゃねぇ」と言ってくれた祖父の声がして、しばらく余韻に浸ったことでした。

山の手しごと

へびいちごの薬

5月から6月にかけて、道端の草むらの中に小さな赤い実を見つけることができます。
それは、へびいちご。

このへびいちごが薬になることを知っていますか?

以前、近所の方に「へびいちごの薬だよ。虫刺されに効くよ」と瓶に入った茶色の液体をいただいたことがありました。

「これを湿布するとかゆみが治まるから」

蚊に刺された時に半信半疑で試してみると、みるみるうちにかゆみが治まっていくことに驚きました。何の虫に刺されたかわからないけどかゆい、という時にもよく効きます。

 

それから毎年、へびイチゴを見かけると思うようになりました。

「そろそろ薬を作らなければ!」

作り方は簡単です。

へびいちごの薬の作り方

①へびいちごを集めて、瓶の半分くらいまで入れる。(へびいちごは洗わなくても大丈夫です。洗う場合は水気をよく取ってください)

②ホワイトリカー(焼酎)を瓶いっぱいに注ぐ。

③3週間目くらいから使える。

 

ホワイトリカーを注いだばかりの状態

透明だったホワイトリカーは、次の日にはもう茶色になり、時間が経つにつれて琥珀色になっていきます。

次の日の朝には、もう茶色になっています

漉して使ってもいいですし、直接塗ったり、そのまま脱脂綿などにひたしてかゆいところに湿布します。

虫の出る夏の間、とても重宝します。

へびいちごが実る季節だけに作れる薬です。ぜひ試してみてください。

 

*効果には個人差があります。肌が弱い方や小さなお子さんは、少し水で薄めて使ってみてください。