自慢したい思い出
相川尋常小学校三年生の時、父兄の授業参観日がありました。
カカヤンは一回も来たことは無く、オトッチャンの役目でした。
「ニイヤン」は6年生で三学級、私は4年生と同じ級で二学級。25人位だったと思います。
オトッチャンは、私の教室は見向きもせず三学級へ、父の自慢の兄の教室へ。
その日の授業は、何時ものように予告なしの暗算でした。机の上は鉛筆と答案用紙だけ、男の松岡先生でした。
私は学課の中で算術が得意で、1年の時から通知簿も十点でした。目を瞑って計算答を書いて全問正解、自信はありました。
休み時間に先生が調べて二時間目に発表。オトッチャンは後ろに立っていました。
発表します。
胸がドキドキしました。一番は全問正解で百点。「キヨシサン」バンザイ。声には出さず心の中で、バンザイ。
父の拍手が一番大きく聞こえました。それからオトッチャンの自慢が始まりました。道で会った人、家に来た人、皆にきばった。
狭い田舎のこと、評判になっていたのでしょう。
何ときも鬼のような顔が、エビスさんの顔に見えました。
その後、高知市に移住、昭和14年4月、江ノ口小学校を卒業。希望は簿記学校でしたが、貧しい家庭では無理、諦めるしかありませんでした。その後、知り合いの人のお世話で東京へ。他人の家の奉公がどんなことかも知らずに、日支事変の最中でした。