石川拓也

“4,001”

土佐町の現在の人口です。(2017年6月末時点・土佐町公式サイトによる)

注:土佐町の総人口が3,997人(2017年4月末時点)から4,001人(6月末時点)に増加したことに伴い、当プロジェクト名も「4,001プロジェクト」に変更になりました。

“4,001プロジェクト”は土佐町に住む人々を、全員もれなく、写真家の石川拓也が撮影する計画。

念のため書いておくと、「全員もれなく」…あくまで目標です。

土佐町の人口の増減によって、タイトルもたまに変わります。  (敬称略・撮れたときに不定期更新)

4001プロジェクト

高石清賢・美和・和佳・昌悟 (上ノ土居)

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上ノ土居の高石清賢さんとご家族です。

撮影したこの日は記念日。2月23日に、上ノ土居の集会所で清賢さんの還暦のお祝いをしました。町の内外からすごい人数が集まってワイワイと盛り上がっていました。会の合間にご家族に出てきていただいて撮影した一枚です。

清賢さんがこれまで歩んできた道が垣間見えた会でもありました。

 

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私の一冊

石川拓也

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「ネパール・インドの聖なる植物」 著者:T.C マジュプリア 訳者 西岡直樹 八坂書房

 

土佐町に移ってくる少し前の数年間、インドに頻繁に行っていた時期がありました。

グジャラート州というインド北西部の、友人となったあるインド人家族を訪れるため、年に2、3回は飛行機を乗り継ぎ訪問していました。

ラオさんというその友人の家に寝泊まりさせてもらい、長い時には1ヶ月や2ヶ月インドで過ごしていたので、これは旅というよりかはホームステイに近いものだったかもしれません。

お父さんのバーラット、お母さんのプラティマ、姉のクルッティ、弟のダムルー。

とても仲の良い家族の中で、僕も家族の一員として暖かく遇してもらい、クルッティの結婚式があった際には弟のダムルーと共に「新婦の兄弟」として出席しました。

そんな訪問を繰り返していた最中、別れ際にお母さんのプラティマが手渡してくれたのがルドラークシャという木の実をつなげた数珠。

「これはあなたを守ってくれるから」と言いながらぼくの手首に巻いてくれたのです。

帰国後、ルドラークシャが一体なんなのか知りたくて読んだのがこの本。

ヒンドゥー文化が数千年の間、大切に紡いできた植物への考え方がとても詳しく解説されています。

ルドラークシャの項によると、ルドラークシャ(ジュズボダイジュ)はヒンドゥ文化の中で非常に重要な植物であるとのこと。

古伝説を紐解くと、ルドラークシャは主神シヴァ自身である。シヴァ神は別名ルドラという。数珠に使われる種子は神聖で、縁起がよく、それを見ただけでもたいへんなご利益があるという。

お母さんのプラティマは「これを身につけていたら健康になる。高血圧も治る!」と力説していましたが、ヒンドゥの伝説の熱量からするとそれもどうやら真実であり、なによりもプラティマのその気持ちをうれしく感じたのでした。

 

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私の一冊

石川拓也

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「SLEEPING BY THE MISSISSIPPI」 著者:Alec Soth   発行:Steidl

アメリカ人写真家アレック・ソス(Alec Soth)の写真集です。

アメリカのミシシッピ川流域の、そこに住む人々や風景を大判カメラで撮影した一冊です。

異論もあるかもしれませんが、僕はアレック・ソスの肩の力が抜けたやる気のなさが好きです。やる気のなさと言うと語弊があるかもしれませんが、強い感情や緊張感や超絶技法とか計算され尽くした構図とか、そういうのナシで、「そのまま撮りました〜」みたいな感じ。

これを自分に置き換えると、できそうな気がしてできないので好きなのです。

ゆるいリズムと低いトーンで心地よい音楽が流れているような写真集です。

 

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土佐町ポストカードプロジェクト

2020 Jan. さめうら湖

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さめうら湖 | Lajos Gyokos, Zorka Gyokos

 

さめうら湖にできたカヌーのコース。

とても良い光が差すある昼下がり、レンズを向けて「ここでカヌーが来てくれたら最高なんだけど」と思っていた矢先に、大川村方面から登場したカヌーの2人。

そのふたりはハンガリーから土佐町に来てカヌーを教えているラヨシュと娘のゾルカちゃんでした。

橋の上から挨拶し、撮影したのがこの一枚です。

 

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4001プロジェクト

川村豊子・水野和佐美(南川)

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先日お伝えした「かじ蒸し」の現場での一枚。

中央に鎮座するのが楮を蒸すための「甑(こしき)」。内部では楮の束が、このときも蒸され中です。

こうして蒸している間に、すでに蒸し終わった楮を皮剥します。和紙になるのはこの皮の方で、黄色の芯の部分は燃えやすいので焚付けなどに使われます。

 

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私の一冊

石川拓也

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「死んだかいぞく」 下田昌克 ポプラ社

とさちょうものがたりがスタート時からとてもお世話になっている絵描きの下田昌克さん。

とさちょうものがたりzineも、どんぐりやファーストなど障がい者支援施設と協働で行なっているシルクスクリーン事業も、下田さんの力なしでは実現しなかったことでしょう。

その下田さんが、新しい絵本を作りました。

その名も「死んだかいぞく」。

絵本だけど「死」。絵本だけど表紙が真っ黒でガイコツ。最初のページから、かいぞくが刺されて死ぬところから話は始まります。

帯にもあるように、この本のテーマは「死ぬとは?」。

死生観とは?命とは?肉体とは?生きるってどういうこと?

本当に大事なことは簡単な言葉で語られる。誰かが言っていたそんなことを思い出しました。

深海の青がとにかく妖しくきれいです。

 

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4001プロジェクト

水野才一郎・石田勲(南川)

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和紙の原料になる楮(こうぞ)を蒸して皮を剥ぐ作業を「かじ蒸し」といいます。

昔ほどの量ではないそうなのですが、土佐町でもこの「かじ蒸し」を、この季節に行っている方々がいます。

それが南川地区のこの方々。南川は吉野川の源流にあたる地区で、この辺りでは昔から冬のこの時期に行う作業がこの「かじ蒸し」なのだそうです。

吉野川の源流であると同時に、和紙の工程にとっても源流といえる風景。全国的にも名を馳せる土佐和紙の生産において、最初の工程にあたる部分がこうした風景の中で行われています。

 

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4001プロジェクト

今西三宜 (田井)

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田井で時計店を営む今西さん。長年数多くの時計とともに時間を刻んできた跡が、お店の風貌から伺うことができます。

今西時計店の前はバス停。

町中から帰宅されるためにバスを待つ方々が、今西時計店の前でつかの間過ごします。その後ろ姿を長い間見てきたであろう今西さん。

そのバス停に、「土佐町ベンチプロジェクト」のベンチを置かせていただいたご縁が撮らせてくれた一枚です。

 

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私の一冊

石川拓也

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「つなみ」 ジョイデブ & モエナ・チットロコル 三輪舎

日本人にはなかなかない、この絵のセンスと色使い。発行は三輪舎という日本の出版社ですが、大元のオリジナルはタラブックスというインドの出版社が作ったもの。

タラブックスは、インドの少数部族の画家さんたちと共にこうした絵本を数多く生み出している出版社です。

この一冊に限らず、タラブックスの本の多くはシルクスクリーンで印刷されたもの。

とさちょうものがたり編集部にとっても、シルクスクリーンに携わる者として、タラブックスは憧れと尊敬の会社です。

ただ素晴らしい本を作っているというだけではなく、作る過程、ビジネスとして成立させる過程が素晴らしい。

絵を描く少数部族のアーティストに対する深い尊敬と愛情を感じますし、印刷を担当する職人さんたちをとても大切に考えていることも伝わります。

一言で言えば、「良い絵本を作ってビジネスにする」というのはタラブックスにとっては表面的な目的で、もっと深いところには「みんなをハッピーにする」という大きな目的があることなのでしょう。

そのブレなさ、かっこいいです。気になった方はぜひ調べてみてください。

 

 

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私の一冊

石川拓也

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「新しい時代のお金の教科書」 山口揚平 ちくまプリマー新書

 

「そして将来お金はなくなる?!」

本質的な意味で「お金とはなんなのか?」を探る本。個人的には非常に勉強になったし、とてもおもしろかった一冊です。

お金とはなんなのか?

この疑問は「仕事とはなんなのか?」「社会とはなんなのか?」はたまた「人間とはなんなのか?」といった根源的な問いと同質のものですよね。

特に近現代の人間は、お金のために自分の人生から大部分の時間を割いて仕事にあてていると言っても間違いではないと思います。

ではその人生を費やして得る「お金」とは一体なんなのか?

実はその答えを明確に持っている人は意外と少ないのではないでしょうか?

この本はその問いに正面から取り組み、そしてお金という存在が今後どのように変化していくのか予想しています。

詳しくは本書を読んでみてほしいのですが、ひとつ印象に残った部分を挙げるとすれば、2枚目の写真に撮った「物語とつながりが切れる」という一文。

資本主義の限界、もしくは問題として巷間多く取り上げられるのは「格差の拡大」ですが、筆者はそれよりも大きな問題なのは「物語の毀損」であると言います。

本来、モノとはその所有者との間に物語を有している。例えば「おばあちゃんが昔着ていた着物」などというモノは、その所有者である人(この場合はお孫さんかな?)の視点で見れば他とかけがえのない一点モノであるわけですが、資本主義というものはその所有者が持つ物語をザクザクと切り裂いて貨幣価値に換算していく。

「おばあちゃんの形見」という物語は毀損され、「この着物は○○円だから価値がある」とか逆に「○○円だから価値がない」といった価値判断がなされる。

人間にとって、そういった個人の物語というのはとても重要な位置を占めるはずなのに、資本主義はそれをまるでブルドーザーかのように貨幣価値というものさしで真っ平らにしていく。

これが資本主義の1番の問題である、ということを著者である山口揚平さんは述べていて、そしてそれを読んだ僕は心からの同意をしたのでした。

資本主義の限界が盛んに取り沙汰され、次代の世の中の仕組みを多くの人が模索している昨今、貨幣価値にやられちゃいそうになっている「人間の物語」を人間の手に再び取り戻す、そんな視点から未来の世の中を想像してみるというのもおもしろい。そう思います。

 

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