開館1年目
2013年に記念館が開館してから、まず、以前教育長だった川田米實さんが企画した展覧会を開催した。ギャラリーでは土佐町の人が撮影した写真の展覧会や絵画展を行った。初年度の年間来館者数は約800人だった。
三代さんは、人に繰り返し来てもらうためにどうしたら良いかを考え、教室をやってみようとひらめいた。
「自分もやってみたかった絵手紙教室はどうだろう?」記念館の仕事を紹介してくれた友人に相談すると「いいね!私もやってみたい」。じゃあ、誰か教えてくれる人はいないかな?「そうだ、あの人がいるじゃないか!」。三代さんは土佐町の谷サダ子さんに声をかけた。サダ子さんは高知市内から絵手紙の先生に来てもらって、町内で絵手紙教室を開いていた。サダ子さんは「自分も習いよって先生じゃないきね。先生って呼ばんとって」と言いながら、先生役を引き受けてくれた。
この絵手紙教室が青木幹勇記念館の一つ目の教室となり、今も続いている。「先生と呼ばんとって」と言いながら先生を引き受けてくれたサダ子さんは、2025年にお亡くなりになった。昨年12月に開催されたサダ子さんの追悼展には多くの人が訪れ、サダ子さんを偲んでいた。
12の教室
絵手紙教室ができてから、「こういうこともやりたいね」「あの人はこんなことが得意だよ」という地域の人たちの希望やつながりで、教室や講座が増えていった。
今では絵手紙教室を含め、全部で12の教室を開催している。それぞれが月に1~2回のペースで、パッチワーク、そろばん、アップリケ、エンジョイ体操、かご作り、短歌会、俳句会、英会話、ペン習字、韓国語、折り紙教室。先生役のほとんどが土佐町の人たちだ。他にも朗読会や土佐町の歴史に関する講演会、年末のお正月飾り教室は定番になった。絵画展などイベントも多数。月によって教室の発表会とイベント時期が重なったり、週によっては月曜日から金曜日まで、毎日何かしらの教室や講座が開かれていることも多々ある。ここでやりたいという人たちが集まって、結果的にここを利用する人が増えていった。2025年4月から12月末までの来館者数は5,653人。初年度の8倍になっている。

みんなでつくりあげてきた記念館。だからこの場所にはいつも人がいる。地域に住む人たちが得意なことや好きなことを持ち寄って、みんなで集まって話をしたり、共有する時間が楽しい、と三代さんは話してくれた。
大人だけではなく子どもたちもやってくる。学校帰りの小学校・中学校の子どもたちが記念館に立ち寄って、宿題をしたり遊んだり、おやつをいただいたり。私の娘もたびたび寄らせてもらっている。「今日、三代さんのところに行ってきた」と話し、お菓子をもらってきて「三代さんが、お母さんにもあげてね、って二つくれた」ということも。先日は一緒にトランプゲームの「神経衰弱」を3回やったと言っていた。子どもたちを見守ってかわいがってくれる人がいることは、親として本当にありがたい。
とさちょうものがたり編集部としても、記念館でいくつものイベントを開催させていただいている。2017年に開催した「下田昌克とさちょうアート展」をはじめ、2018年に「石川拓也とさちょう写真展」、2022年に「南正文展覧会」、2023年には「下田昌克×土佐町の絵本 ろいろい 原画展」。
その時々にいつも三代さんがいた。こんなことをやりたいと相談すると、「よっしゃ、いいね!やろうやろう!」とすぐに賛成してくれた。準備であたふたしている編集部や関係者にコーヒーを淹れてくれ、笑い話もしながら温かくもてなしてくれた。関係者みんながこの場所や三代さんのファンになって帰っていく。
それにしても、これだけの数の教室やイベントの日程調整を行い、段取りよく進めていくにはかなりの労力がかかると想像する。各教室やイベントのスケジュールを管理し、限られた予算の中でどうやりくりしていくかを考えるのは大仕事だ。
「それが全然苦にならんのよ。以前、天職やねえと言ってくれた人がいたけど、それを聞いて、ああそうか、これが私の天職なんだなあと思いゆう」そう言って、三代さんは優しい顔で笑った。
(三代さんの力こぶ その3 に続く)



