土佐町栗木地区に近藤潔さん(98歳)という方がいます。潔さんは書くことがとても好きな方で、今まで、高知新聞の「あけぼの」というコーナーに何度も投稿されてきました。とさちょうものがたりでは、「95年間のキヨ婆さんの思い出」と題し、土佐町で過ごした思い出を綴ってくれます。
(2025年9月29日追記:潔さんは現在99歳。この連載を開始したのが95歳の時だったので、題名はそのままとしています。)
孝ちゃんとの思い出
麦山という集落は、十軒位の狭い集落だったように思う。同級生はおらず、ずっと下の「ナカダイ」と云う所に、勉強も一番、カケッコも早い「今朝乃」さんという人だけだった。向いの髙須や、学校から川下の人が多くて、一番家が近くの「上田孝男」君と遊んでいた。一才年下でした。
おばさんは、「トミヤン」と言って、いつもニコニコしていました。おんちゃんは、「ギコウ」さんといって、役場へ勤めていました。
その日は、学校が休みで雨が降っていました。孝ちゃん一人でした。
家の中で遊んでいて、孝ちゃんが、小さなビンの中の物を指で頭に塗り始めたのです。後で分かったのは、オンチャンが頭へつける「ポマード」だったのです。私のオトッチャンはそんな物をつけたことがなかったので知りませんでした。
坊主頭がネバネバになって、「キヨチャンもぬりや」。
私もオカッパ頭へ指先でぬって顔を見合わせて、ニッコリと。
その時、おばさんが帰って来た。二人の様子を見て、「マア」と言った切り、黙って孝ちゃんを風呂場へ引っ張って行った。
さあたいへん、物もよういわず帰る途中の小さな谷の水を、すくっては洗った。
幸い、坊主と違って髪があるので、あんまり匂わなかったと思う。そのまま帰ったが「カカヤン」も何にも言わなかったが、後でオバサンがカカヤンに話したのではないか、と子供心に心配した。
月日は流れて、お互い大人になっても会うこともなく、農協に勤めていた「孝ちゃん」の交通事故での訃報を聞き、悲しい思い出となりました。指折り数えて、85年前になります。
でも目を閉じると、ポマードだらけの孝ちゃんの笑顔が浮かびます。涙々です。
でも天国では、会えると思っています。私には、ポマードをいっぱいぬった孝ちゃんの面影しかありません。