挨拶だけの予定が、いつの間にやら……。
夕方4時過ぎに吉野川に到着すると、ラヨシュは真っ先に艇庫に向かい、真剣な顔でチェックしている。苦い表情から察すると、なにか問題があるのだろうか。
「うーむ、このパドルの角度だと水をうまくキャッチできないから漕ぎにくいだろうに……。近いうちに熱で曲げて改良してあげよう」
カヌーのコンディションをチェックしていると、授業を終えたカヌー部員たちが吉野川にやってきた。
今年度からカヌー部の指導教員となった渡辺伸先生が、生徒たちにラヨシュを紹介する。
じつは渡辺先生は高知県カヌー協会理事長を務め、小中学生のためのカヌー教室でコーチも務めるカヌーイストだ。
「私もラヨシュさんに教えていただきたいぐらいです」と謙遜するが、腕利きのコーチふたりの指導を受けられるカヌー部の生徒たちは、とても恵まれている。
この日はあくまでも顔合わせ。
直接指導するのは翌日からという予定だった。
ラヨシュも「今日はきみたちが漕ぐところを見るだけ私は何も言わないから、いつも通りに練習してください」と話していた。
だが、5分ほど練習を眺めていると、「そこのきみ! 足をもっと踏ん張ってバランスをとるんだ!」と口を出し始める。
そのうち靴を脱ぐと、ズボンの裾をまくりあげ、川の中に入って手取り足取り教え始めた。
カヌーのことになると、いてもたってもいられない性分なのだろう。その指導ぶりはどの生徒に対しても真剣かつ熱心だ。
文:芦部聡 写真:石川拓也
書いた人:芦部聡
1971年東京都生まれ。大阪市在住。『Number』『NumberDo』『週刊文春』などに寄稿し、“スポーツ”“食”“音楽”“IT”など、脈絡なく幅広~いジャンルで活躍しているフリーライター。『Number』では「スポーツ仕事人」を連載中。長年敬愛してきた元阪神・オリックス監督の岡田彰布氏と共に、メルマガNumber『野球の神髄~岡田彰布の直言』を配信中。