ハンガリーから嶺北にやってきたラヨシュは、ポップスターのごとき歓迎を受けていた。
高知のローカルテレビ局がラヨシュの一日を密着したのだが、早明浦ダムで新人アナウンサーにカヌーを指導したのは理解できる。なぜならラヨシュは元世界チャンピオンだからだ。
何度も転覆し、4月下旬の冷たい湖水でずぶ濡れになったアナウンサーはブルブル震えていたが、それもまた仕事である。
早明浦ダムのつぎは、別のテレビ局のクルーが土佐町の保育園で撮影するという。
番組のディレクターは、地元の子供たちと遊ぶシーンによって、ラヨシュの暖かい人柄を視聴者に伝えたかったのだろう。その意図は理解できるが、ちびっ子はそんな事情など知る由もない。
それでも屈託も遠慮もない彼らは「力持ちのおっちゃんが来たぞ! これ幸い!」とばかりに、“高い、高い”をせがむ。
ラヨシュは戸惑いながらも律儀に子供を持ち上げている。いい人だなあ……。
「子供は好きだけど、カヌーを漕ぐより疲れるね」と苦笑いするが、この日のメインイベントは、彼がこれから指導する嶺北高校カヌー部の生徒たちとの初顔合わせだ。
保育園をあとにしたラヨシュは、車に乗り込みカヌー部の練習拠点がある吉野川に向かった。
文:芦部聡 写真:石川拓也
書いた人:芦部聡
1971年東京都生まれ。大阪市在住。『Number』『NumberDo』『週刊文春』などに寄稿し、“スポーツ”“食”“音楽”“IT”など、脈絡なく幅広~いジャンルで活躍しているフリーライター。『Number』では「スポーツ仕事人」を連載中。長年敬愛してきた元阪神・オリックス監督の岡田彰布氏と共に、メルマガNumber『野球の神髄~岡田彰布の直言』を配信中。