
みてた
【動】死んだ・亡くなった
例① あそこのおんちゃん、年末にみてたとー (あそこのおじさん、年末に亡くなったって)
例② 家政婦はみてた (上図を参照のこと)
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吉野川に地蔵寺川と汗見川が合流して程なく、南岸側に東西に走った国道をつっきるように、鳥井谷が流れ込んでいる。
この谷は田井山に源を発して、鳥井集落八戸をうるおしていて、水は冷たく、美しく澄んでいる。
樽の滝は、この谷の中程、国道から約二百メートル位登ったところに、雌雄二双となって流れ落ちていた。雄の滝の滝つぼから雌滝まで約二十丈程で、水の豊かめな時期には水しぶきが飛散し、水音が四方の山にこだまして勇壮であった。
当時、この雌滝の水口(水の取り入れ口)に、直径一メートル、深さ七メートルと思われる穴渕があって、誰言うとなく、そこに蛇が棲んでいることが信じられ、そのために部落が富んでいた。
田井上野部落古城に、権根(ごんね)という気の強い男がいて、こうした話を信じなかったものか、または、蛇に挑戦して自分の力を人々に示そうと考えたものか、その穴を鎚で打ち割り始めたのである。驚いたのは蛇である。滝つぼに覆いかぶさるように生い繁っていた、トガの大木の穴にはいこんでしまった。
権根は、尚も蛇を追求して許さなかった。ついに、トガの大木に火をはなった。炎々と燃え続ける火は、七日七夜に及び、蛇の死霊は谷川の水に泡となって流れ去った。それからというものは、不作が続きに続いた。部落の人々は、蛇のたたりであると考えたのであろう。霊をなぐさめるために小さな祠を建て、穴菩薩を安置して祭り、今も秋の実りの頃、その祭りは続いて行われている。
蛇を焼き殺した古城の権根は熱病にかかり、七日七夜「熱い熱い水をかけてくれ、水をかけてくれ」と絶叫しつつ死んだということである。
部落の人は、この谷を焼淡谷とその後呼ぶことにした。
今、鳥井谷をたずねる人はまれであるが、蛇の棲んでいた穴渕は、二メートル位残っている。
館報


2020年は、おそらく誰もが想像もしなかったような年になったのでは、と想像しています。
2月・3月から始まったコロナ禍の中で、人生の予定が変更を余儀なくされた方も多いと思います。
繰り返しの外出自粛ムードの中で、苦しい思いをされている方も多いと思います。
夏と秋を経て好転してきたかと思いきやの第3波、「もうそろそろいい加減にしてや」って思いますよね。
でも大丈夫。きっと大丈夫。コロナを退治するのも時間の問題です。来年は必ずみんなにとって良い年になるはず。
明けない夜は無く、止まない雨は無いのです。
みんなで十分に注意を配りながら、今後必ずやってくる「コロナ後の世界」を待ちましょう。
その時、世の中は、コロナ以前に戻るように見えて、実は全く新しい世界。
そんなことを考えながらも、12月28日の今日なによりもお伝えしたいのは、
です。2020年も1年間ありがとうございました!再開は1月6日になります。
とさちょうものがたり編集部


2020年12月12日、朝日新聞(高知版)に、とさちょうものがたり編集部と嶺北の3町村が製作した「2020年カレンダーTOKUBETUHEN」についての内容が掲載されました。朝日新聞の記者、浜田奈美さんが書いてくださいました。
掲載日当日、「新聞を読みました!」とご注文の電話をいただきました。ありがとうございます。
文字を描いてくれた「ファースト」「どんぐり」「しゃくなげ荘」の職員さんにも、その都度、販売状況をお伝えしていますが、みなさんとても喜んでいます。
皆さま、来年のカレンダーは、ぜひ「2020年カレンダーTOKUBETUHEN」を!
よろしくお願いします!
土佐町、本山町、大豊町の障害者支援施設に通う21人の障害者たちが、個性的な数字を書いた2021年のカレンダーを作った。勢い余って空白がつぶれた「9」や、縦に整列して「22日」を知らせる「二二」が並び、のびのびと奔放な数字を毎日楽しめる。
カレンダーは、土佐町のウェブマガジン「とさちょうものがたり」編集部が発売した。これまで、町民の肖像写真や町の伝承を紹介するなどユニークな方法で土佐町の魅力を発信し、毎年秋には町の障害者支援施設「れいほくの里どんぐり」と共に地元のマラソン大会用のTシャツを作ってきた。だが今年は新型コロナの影響で大会は中止に。社会福祉協議会の職員らと協議し、施設利用者の新しい仕事としてカレンダーを手作りすることにした。
「参加者が多い方が楽しい」と、近くの町の障害者支援施設にも声をかけた。利用者たちは10センチ四方の紙を使い、絵の具を指で書き付けたり、折り鶴を数字の形に並べたりして、思い思いに数字を表現した。それらを組み合わせ、1月は「どんぐり」、2月は大豊町の「ファースト」、3月は本山町の「しゃくなげ荘」と、ひと月ごとに担当した施設が変わる。
「特別編」を示す表紙の「TOKUBETUHEN」の文字は、利用者が自発的に書いたという。ローマ字表記としては「S」が足りないが、編集長の石川拓也さん(46)は「正しさや美しさにこだわることなく『めいっぱい楽しんで』とお願いした。のびのびと表現して頂けた」と話す。
A3変形判で税込1500円。限定千部。編集部のサイト(https://tosacho.com/)で販売中で、各施設などでも買える。売り上げは各施設への寄付や今後の制作費にあてる。
(浜田奈美)
・朝日新聞社に無断で転載することを禁じます
・朝日新聞2020/12/12掲載(20-4749)
*とさちょうものがたりの記事にも詳しく掲載しています。


A4 56P フルカラー
本日12月18日(金)に発刊されました。土佐町の方々にはまもなくお手元に届く予定です。
07号は「土佐町のかたち」と題して、編集長である石川拓也が撮影した土佐町の風景と人々の写真の一冊となっております。
2018年7月に発行されたZINE02号は2016年9月から2018年6月の間に撮影した写真の一冊。それから約2年半を経て発行の今号は、その続編の一冊です。
2018年7月から2020年11月までの、とさちょうものがたりウェブサイト上でも発表している「土佐町ポストカードプロジェクト」と「4001プロジェクト」の2章から構成されています。

ZINE07 p4-5
土佐町の風景を、毎月一枚のポストカードにしてお届けしているこの企画も、もう5年目に突入しました。
作ったポストカードは49種。初期に作ったものは欠品状態ですが、主に土佐町役場玄関にて配布しています。
土佐町の方々や、もちろん町外の方々も、遠く離れた大切な誰かにこのポストカードを送っていただくことで、土佐町のことも思い出してもらおうというものです。
今回のZINE07号では、2018年7月から2020年10月までに撮影した写真をまとめています。

ZINE07 p26-27
人口約4,000人の町、土佐町。「町の方々全員を写真に撮ろう!」と始まったこの企画も、同じく5年目に突入しています。
思った以上にスローペースで、ゆっくりゆっくり進行していますが、それでもやっぱり一冊に入りきらないほどの枚数に、いつの間にかなっていました。
町で暮らす人々の姿を写すとともに、町のみなさまがこれまでに作ってきた暮らしや、地域や風景、日々大切にしている想いまで写しとろうと(意図としては)思って撮影しています。
年末年始のひとときに、ゆっくり読んでいただけたらうれしく思います。
土佐町住民の方々には近日中に配布予定です。いつもZINEを置いていただいてる書店やお店、道の駅などにも現在絶賛配送中ですので、間もなくお届けできると思います。
とさちょうものがたりZINEを置いていただいている店舗や施設などは、以下のリンクからご確認ください。


とさちょうものがたり編集部の鳥山が、高知新聞の「所感雑感」に文章を寄稿させていただきました。
編集部と嶺北の3つの障がい者施設が一緒に製作したカレンダーについての内容です。高知新聞の影響は大きく、高知県香南市や東洋町の方からご注文のご連絡をいただきました。ありがとうございます。
確かに誰かに届いたのだという実感は、次の一歩を踏み出す力になります。小さくとも、正直に、まっすぐに、今できることを重ねていきたいと思います。
「もしもし、カレンダーを一つ購入したいのですが」
優しげな女性の声だった。電話口のゆったりとした声色から、80代くらいの方かなと思えた。11月5日付の高知新聞に、私が編集者として仕事をしている「とさちょうものがたり」編集部と、嶺北地域の障害者支援施設がカレンダーを製作したという記事が掲載された。電話の主は四万十町の方で、その記事を見て電話をしてきてくれたのだった。
「とさちょうものがたり」は、土佐町の魅力を伝えるウェブサイトとして2017年にスタート。いつからかウェブを飛び越え、雑誌や職人さんとのベンチ製作など土佐町ならではのものづくりも展開している。その中の一つとして、シルクスクリーンという手法で、ロゴや絵を手で一枚ずつ印刷したTシャツやポロシャツの販売をしている。
印刷作業を担っているのは、嶺北地域の障害者支援施設「どんぐり」(土佐町)と「ファースト」(大豊町)の利用者の方たち。売り上げは印刷をした方に還元し、収入増につなげている。同じ地域で暮らす人と共に働くこと、作ったポロシャツなどを地域の人が購入し、着てくれること。そういった風景も作り手の大きなやりがいになっている。
今回製作したカレンダーも、シルクスクリーンがご縁でつながった彼らと作り上げた。特徴は数字。「どんぐり」「 ファースト」、そして毎年、シルクスクリーンのTシャツを注文してくれる障害者支援施設「しゃくなげ荘」(本山町)の3施設の方たちが描いたユニークな数字を並べた。
「ファースト」では、みんなで机を囲んでワイワイ。マジックやクレヨン、指で描く人がいれば、細かくちぎった折り紙を貼り付ける人も。にぎやかな雰囲気の中で描かれた数字は緑、青、だいだいなど色とりどりで、まるで楽しげに跳ねているようだった。
本当はそのままの色を生かしたかったが、曜日が分かりにくくなる。泣く泣く諦め、赤と黒の数字にした。完成したカレンダーには、1ヵ月ごとに描いた人の名前を入れた。そのことを「当人も家族もとても喜んでいる」と施設の職員さんが話してくれた 。
もう一つの特徴は、寄付金付きということだ。
新型コロナウィルスの影響は中山間地域である嶺北にも及び、彼らが作るパンの注文など仕事が減っていると聞いた。今この場所で「とさちょうものがたり」として何ができるのか。頭を悩ませて出した答えの一つがカレンダーという形だった。1部1500円、そのうち200円が3施設に分配される。加えて、カレンダーを1部販売したら、1割(130円)がその施設に入る仕組みだ。残りは印刷費や来年度の製作費になる。
冒頭の電話の女性にカレンダーを送ってから数日後、編集部にはがきが届いた。
「令和3年もいい年になりそうです。皆様が一生懸命書いてくださったお姿を想像して感謝しております。大切に使わせていただきます」
90歳だと書かれていた。 お礼の電話をすると 「私にも支援できることがあれば、と思って」と話してくれた。そのやりとりは、私の心にぽっと明かりをともしてくれた。
今立っている場所で、今できることをする。たとえ小さくともその行動は誰かを支え、自身をも支えている。
カレンダーを手にした人たちが、胸にじんわりとしみていくような楽しさを感じられますように。
そして、2021年がすべての人にとって良い年となりますように。(土佐町土居)
「とさちょうものがたり」編集者 鳥山百合子
「2021年カレンダーTOKUBETUHEN」、絶賛販売中です!
皆さま、来年のカレンダーの準備はできたでしょうか?
毎日、目にとめるカレンダー。ちょっと楽しい気持ちで使ってもらえたらうれしいです。


むかしむかし、伊勢川に小平と言う人がおったそうな。
ある日、家から二里半(一里は約四キロメートル)はなれた白姥ヶ岳と言う山に、ぬた待(えものが来るのを待ちぶせする猟法)をしにいったと。朝から次の日の朝まで一夜を明かそうと、握飯、茶瓶などを持って、いつも行き慣れちゅう場所に打ち場を構え、猟をしよったそうな。やがて夕方になったんで晩飯の準備を始めたと。
その時、年の頃十五、六歳のかわいらしい少女が現れ「叔父さん、変わった所においでますねえ。」言うたそうな。ふと見ると、宮古野に住む姪のお六じゃった。小平は、これは曲者がお六に化けているにちがいないと思うた。
けんど、しぐさや声があまりにお六に似いちょるんで「おまんは、こんな夜中に一人で、ましてこのような人里はなれた山の中にどうしてきたぞ。」と問うた。するとお六は、いつもと変わらん笑顔で、「ここは白姥ヶ岳と言うて最も恐ろしい山の中、なんぼ生活のためじゃ言うても、罪もない動物を殺すんです。これからは殺生をやめて他の仕事をしてください。」と言うたと。
そしたら小平が「わしは、生まれてこの方の猟師ゆえに仕方がないが、ところでおまえは少女の身で、ましてこんな夜中に来るとは大胆なやつじゃ。今さら帰るわけにもいかんので、ここで仮寝をして朝早く帰れ。」と言うて、そこに横になったそうな。しかし小平は、油断せずに寝たふりをしちょった。
すると、丑の刻(午前二時)を過ぎる頃から、少女の姿がちょっとずつ変わり始めたと。目は大きく異様な光を放ち、口は広がり耳元まで裂け、身の丈も延びて七尺(一尺は約三十センチメートル)になったそうな。
小平は驚き「化物正体をあらわせ。」と言うて、刀を抜き、化物の脇の下を突き抜いた。すると化物は正体を現し、七尺余りの大猫になって、ものすごい悲鳴をあげて山奥に逃げていったそうな。
昔から白姥ヶ岳には化物が棲む言いよったが、その一つじゃったもんじゃねえ。
寺石正路編「土佐風俗と伝説」より(町史)


稲刈りが終わった田んぼに、お米を干していたハゼがまだ残っている。そこには大抵、小豆が干してある。
細長いさやがたくさんついている小豆は根っこから引き抜かれ、いくつかの束となって、ハゼ干しされている。この時期はからりとした天気が続くので、よく乾く。
12月の天気の良い日、近所のおばあちゃんが田んぼに大きなゴザを広げ、一人座っていることがあった。小豆の束を左手に握り締め、右手に持った木槌で、ゴザに小豆を叩きつけていた。ザン、ザン、ザン、と地の内側から聞こえてくるような音が耳に残った。そうすることで小豆がさやから飛び出すのだ。ゴザ一面に、赤茶色をした小豆の粒が散らばっていた。
全部叩き終えると、ゴザを半分にたたんで真ん中に小豆を集め、ざあっとざるに移す。そして、ざるを振りながら小さな葉クズを落とし、小豆だけを残す。
小さな粒々は、一人前の顔をして艶々としていた。
おばあちゃんは、この小豆であんこを作った。そして、自家製のもち米でおはぎやお餅を作ってよく届けてくれた。これがまた得も言われぬ美味しさで、おばあちゃんのおはぎが届いた日には、子どもたちは嬉々として頬張っていた。
小豆は全部使わずに、来年の種として一部取っておく。毎年毎年、何十年も、おばあちゃんは、そうやって種を取り継いでいるのだ。
先日、「ぜんざいでもしたら美味しいよ」と小豆をいただいた。小豆はあんなに小さいのに、集まると案外重い。
ぜんざいもいいし、お赤飯もいい。少し取っておいて、来年、裏の小さな畑で育ててみようか。
目の前の小豆の向こうに、果てしない数の先祖たちの存在を感じる。そんなことを思いながら、この小豆をどうやって使おうか考えている。

もったいぶった書きはじめ方をしてしまいましたが、とさちょうものがたり編集部が作っている「とさちょうものがたりZINE」が、とある賞を受賞しました。
その賞は、
です。
「とさちょうものがたりZINE」が、その一部門である「2020地方創生部門 内閣府地方創生推進事務局長賞・優秀賞」をいただくことができました!

表彰状もいただきました。
このような栄えある賞をいただくことができ、大変うれしく思う次第ですが、これは編集部のみがもらった賞でないことは確かです。
これまで様々な事業を一緒にやってきてくれた町の方々、土佐町だけでなく、とさちょうものがたりと関わっていただいた全てのみなさんと共にいただいた賞だと思っています。
今後もよりいっそう質の高い取り組みに邁進する所存ですので、これからも応援をよろしくお願いいたします!