とさちょうものがたり

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

仙田聡美

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「子うさぎましろのお話」 佐々木 たづ (著),‎ 三好 碩也 (絵)  ポプラ社

土佐町の仙田聡美さんが教えてくれた一冊、「子うさぎましろのお話」。
子どもたちが何度も何度もこのお話を読んだのだろうな、ということが伝わってくるような本の佇まいをしていました。

『子うさぎのましろは、サンタさんにもらったお菓子をぺろりと食べてしまって、もう一度贈り物をもらおうかな、と考えました。でも、サンタさんからのおくりものは、どの子どもも一かいきりだということを、うさぎの子はしっていましたから、「このかんがえは、だめだな。」とおもいました。』

「このかんがえは、だめだな」と思うところがいいな、と思います。

クリスマスはもうすぐ。
また子どもたちと一緒にこの本を開きたくなりました。

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私の一冊

石川拓也

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「古事記」 梅原猛 学研パブリッシング

 

いわゆるこの日本という国がどのように生まれたかを描く壮大なストーリー。

政治的な読み方や皇室の家系図として読むとやたらと言葉に気をつけないといけない気がしてくるのですが、そうではなくギリシャやアメリカインディアン、アボリジニなどそれぞれの民族が持つ神話と横並びの「日本神話」として読むと単純明快です。

太古のこの地に生きていた人々が、この世界の仕組みをどのように理解していたか。科学的か非科学的かというものさしで測るのではなく、そこに日本人の生き方考え方の原型があるような気がします。

それにしても登場人物の名前が長い!長すぎる!漢字多すぎ!
これが挫折する大きな原因なんですよね。

天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸

神様一人の個人名です。読めない言えない覚えられない。
「アメニギシクニニギシアマツヒダカヒコホノニニギ」という人らしいです。
歯医者の受付で「アメニギシクニニギシアマツヒダカヒコホノニニギさんどうぞ〜」って呼ばれるんでしょうか。受付の人も困りますよね。

倭建命(ヤマトタケルノミコト)ぐらいにしてほしいです。

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私の一冊

鳥山百合子

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「モモ」 ミヒャエル エンデ (著),‎ 大島 かおり (翻訳) 岩波書店

私、鳥山の一冊はミヒャエル・エンデ作「モモ」。
小学生の時に買ってもらってから、度重なる引越しに必ずくっついて来た本。

『時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。
〜その時間にどんなことがあったかによって、わずか1時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ぎゃくにほんの一瞬に思えることもあるからです。
なぜなら、時間とはすなわち生活だからです。そして人間の生きる生活は、その人の心の中にあるからです。』

読むたびに、はっとする言葉があります。
こどもたちにも読んでほしいなと思っています。

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土佐町ストーリーズ

厳島神社と龍神(伊勢川)

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伊勢川から溜井へ通じる林道を登りつめたあたりに谷川があって、その少し上の小高く深い茂みの中に、厳島神社がありその前に田が広がっています。

そこは、昔はずっと池じゃったと言います。

いつのころか知らんが松の木を伐って投げ込んでは土を入れて田にしたそうです。

その昔の池にゃ龍神さんが棲んでおいでると言われていました。

そこの近くに杉囲いの家があったそうです。いつのころか、その家の囲いの杉に蛇がやってきて巣をこしらえたそうな。

子をかえしたら困ったことじゃと言いながら、何日かたって、いよいよ明日は除けようと言うことになった晩のこと、もう一日だけ待ってくれえ言うて、夢の中に蛇が出てきて頼んだそうな。

それを聞かずに、明くる日に囲いの木に火をつけて焼き殺してしもうたと言います。

それから、その家は他所に移っていってしもうたが、その人はあついきに水をかけてくれ、水をかけてくれ言うて死んでいったそうな。

えらい熱病じゃったもんじゃが、あの焼き殺した蛇が、厳島の龍神さんじゃって、そんでその人は焼き殺されるように死んでしもうたと言います。

町史(「土佐町の民話」より)

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私の一冊

仙田聡美

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「今日のおかず」 高山なおみ   アノニマ・スタジオ

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土佐町ストーリーズ

片目の蛇(五区)

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昔、野中兼山と言う人が新井堰を作った時、何べんついても堰がこわれるので、まもり神として蛇を入れた。

そうしたら堰がこわれずに完成したと言われています。

今でも床鍋の新井堰の附近にいる蛇には片目のものが多いと言われています。

堰の上の方に蛇神さまと言うのを祭ってあります。

今でもこの近くの畑で蛇を見つけたりした時には、蛇神さまにお供えものをして出て来ないようにお願いする風習があると言います。

また、この堰に放尿(おしっこ)すると雨が降るとか、片眼の蛇がこちらのヒノジ(日あたりのよい側)から対岸の陰地(かげじ)へ渡っても雨が降ると言い伝えているそうです。

 

桂井和雄 (「土佐の伝説」第二巻より)

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土佐町ストーリーズ

蛇渕(上津川)

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上津川に独鈷山(とうこうさん)言うて土を盛ったような山があるが、その下は深い釜(渕)になっていて、そこに蛇がおったと言うのう。

蛇渕言うて誰も泳がんとこでした。

昔、その渕の近くに家が一軒あって、屋号をコウナロと言いよった。

この川の奥にも、も一つ蛇渕言うところがあるんじゃが、大昔のこと、このコウナロへ「上にはもうおれんのでここへ泊めてくれえ。」言うて人が来たので泊めちゃったそうな。

そして、「寝姿は見んようにしてくれえ。」言うたそうな。

ところが昔はマイラ言うて板戸の障子じゃったもんじゃきに、その板戸に小さな節穴があいちょったそうな。

そこから見たところが、電燈のない時のことで行燈(昔の照明具)をきりきりと三巻きも巻いて、蛇が寝よったそうな。

わしの寝姿見た言うて、帰りがけに蓋を開けんずつにお祭りしてくれえ、そしたら幸せにしちゃる言うて箱をくれたと。

どればあの大きさやったか、そりゃ知らんが、それをもろうてお祭りしよったけんど、まあ、何が入っちゅうろうと思うて開けて見たと、そうするとトカゲみたいなもんが這い出て来たと。

そんなことがあってすぐにアカダケ言う所が潰(つえ)て、畑も広かったんじゃが、川縁の畑も半分足らずになって流れてしもうた。

それからだんだんに幸せが悪うなって、今は家ものうなったわね。

蛇渕の山には弁天さんを祭って、昔は大川村からも雨乞いにお詣りに来よったもんよ。

 

町史(「土佐町の民話」より)

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土佐町ストーリーズ

蛇穴(東石原)

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今から百六十年前のこと、東石原村(現在の東石原)に、郷士(名前は定かでない)がおったそうな。

郷士と言うのは、お百姓さんが武士の待遇を受けておったもので、戦いが始まると、くわやかまのかわりに刀を持って戦いに出よったそうな。

その郷士の治める領地の中に、それは大きくて見ごとな欅(けやき)の木があったと。

たぶん祠かお堂があって、そこに植えたものが大きくなったんじゃろう。

その欅の木には大きな穴があって、水がごうごう流れる音がしよったと。

村の人たちはあの穴の中には蛇が棲みよるらしいと言いよった。

ある年のこと、その欅を江戸の水野出羽守のところへ出すことになり、野村儀八と大館達次の二人が何日もかかって切りたおしたと。

まあ木は無事に江戸へとどきお役に立ったそうなが、後がおおごと。木を切った二人は、その日から大病にかかって苦しんだそうな。

また、そのころには村に名本(なもと)と言って、今の区長さんのような仕事をする人がおったが、その名本さんのところまでは五百メートルぐらいあるのに欅を切った時の木屑が、流れていって大さわぎをするし、木の切り株がごうごうと大きな音を出して鳴るんじゃと。

きっと、これはあの穴の中に棲む蛇のたたりじゃと言って村の人がいっぱい集まって、お通夜をしたり切った後をきよめて、いろいろのものを供えてお祭りをしたそうな。

すると、だんだんと鳴るのがおさまって、もとのとおりの株になったそうな。

皆山集より(町史「土佐町の民話」)

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私の一冊

鳥山百合子

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「本の子」 オリヴァー ジェファーズ (著),‎ サム ウィンストン (著),‎ 柴田 元幸 (翻訳) ポプラ社

これは私、鳥山の大切な一冊「本の子」。

この本の中には、世界中で読み継がれてきた昔話や児童文学、ファンタジー、たくさんの本や言葉が出てきます。

本の中のページを開くと、たくさんの時間がつまっていていろんな出来事があって、いろんな人生がある。
それは「ものがたり」。

人は、自分のものがたりを日々積み重ね、時には自分と隣の人のものがたりを重ね合わせながら今この場所で生きているんやなあと思います。

「わたしたちはものがたりでできている」。

『とさちょうものがたり』とどこか通じるものを感じて
この本を手にした時、本当にうれしかったのです。

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私の一冊

山崎幸子

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「子どもの話にどんな返事をしてますか?」 ハイム・G・ギノット (著),‎ 菅靖彦 (著) 草思社

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