メディアとお手紙

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高知新聞に掲載していただきました!

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2018年3月7日、高知新聞に掲載していただきました。

とさちょうものがたりが制作した「とさちょうものがたりZINE」と「Live in 土佐町 西村ユウキCD」についての記事です。

この記事を読んで、販売場所の一つである土佐町の青木幹勇記念館に足を運び、CDを買い求めてくださった人がいたことを、記念館にお勤めの田岡三代さんがうれしそうに教えてくれました。

 

土佐町の風物、笑顔凝縮

【嶺北】土佐郡土佐町の魅力を町内外に発信する町のプロジェクト「とさちょうものがたり」にちなみ、町民らの似顔絵をまとめた冊子と「土佐町のうた」を収録したCDが出来上がった。似顔絵は「絵描き」として活躍する下田昌克さん=東京都、曲はアコースティックギターの弾き語りで知られる西村ユウキさん=横浜市=が手掛けており、アーティストの手で輝きを増した人々の笑顔や町の風物に心が和む。

2人は昨年10月に相次いで来町し、数日間滞在して、人や自然と触れ合いながら作品を制作した。
下田さんの似顔絵を収めた冊子は、プロジェクトの活動報告として不定期発行する予定の第1弾で、タイトルは「とさちょうものがたりZINE」。今回はA4版46ページに37人の笑顔が並び、下田さんの滞在中の様子が伝わる写真と文章も添えた。
CDには、ミュージシャンの西村さんが町内の旧平石小学校で行ったライブ音源を収録した。西村さんが滞在中に作った「土佐町のうた」も入っている。
町地域おこし協力隊で「とさちょうものがたり」編集長を務める写真家の石川拓也さん(43)は「アーティストと町民で作ったもので、町の魅力が伝わると思う」と話している。

冊子は嶺北地域の役場や図書館などのほか、高知市の金光堂書店本店や高知龍馬空港でも配布。CDは1枚千円で、土佐町の青木幹勇記念館などで販売している。問い合わせ先はメールinfo@tosacho.com

森本敦士

 

そして高知市にある金光堂書店本店からも連絡が!

「新聞記事を読んだとのことで、高知市民図書館から『とさちょうものがたりZINE』と西村ユウキさんのCDを購入したいと連絡があった。納品してほしい」とのこと。

金光堂さん、高知市民図書館さん、ありがとうございます!
多くの人のもとへ届きますようにと願っています。

 

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下田さん新聞記事

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  下田昌克さんが土佐町に滞在したことが高知新聞の記事に掲載されました。

下田さんが土佐町へ来たきっかけは、とさちょうものがたり編集長の石川と下田さんが旧来の友人であり、そのご縁で実現したことでした。

下田さんに土佐町の人たちの絵や風景の絵を描いてもらい、土佐町にある「当たり前のような」ものごとをまた違った角度で見つめることで、町のよさを再確認することができたらと考えました。

下田昌克さんは2017年10月2日から9日、土佐町に滞在し、土佐町の人たちや風景の絵をたくさん描いてくれました。

 

その前後を通じ、高知新聞嶺北支局の森本敦士さんが3回にわたって記事を書いてくれました。

 

・1回目  2017年9月29日

「絵描き」下田昌克さん 土佐町を描く

【嶺北】
土佐郡土佐町教委は10月2~8日、谷川俊太郎さんの絵本で絵を担当するなど「絵描き」として活躍する下田昌克さん(50)
=東京在住=を招き、住民や風景をモチーフに制作してもらうイベントを行う。
写真家で町地域おこし協力隊員の石川拓也さん(43)が下田さんと一緒に仕事をしたことがあり、その縁で実現。下田さんは世界各地を旅しながら描きためた肖像画を日本の雑誌で連載したり、布で恐竜の骨格標本を作って話題を呼んだり、多彩に活躍している。
下田さんは土佐町に滞在中、各地区に出向いて絵筆を振るう予定で、4日はみつば保育園の年長26人、5日に土佐町小学校2年生24人と一緒に絵を描く。
最終日の8日午後1時から同町土居の青木幹勇記念館で、下田さんと町民が制作した作品を展示し、午後3時からトークショーも予定。入場無料。町教委は、今回の作品を基にしたグッズ製作も計画している。

 

 

・2回目 2017年10月11日

土佐町 笑顔輝く肖像画 下田さん町歩き描く

【嶺北】
「絵描き」の下田昌克さん(50)=東京都=が1~9日、スケッチブックとクレヨンを手に土佐郡土佐町を訪れ、保育園や街角、棚田など町内を回って住民の絵を描いた。下田さんが人懐っこく「にっ」と笑うと向かい合った人もつられて「にこっ」。仕上がった肖像画はみなカラフルに笑っている。下田さんは「楽しかったよ。また来たいね〜」と言い残して町を後にした。描きためた絵の展覧会が、土佐町土居の青木幹勇記念館で29日まで開かれている。

下田さんは神戸市出身。26歳から中国やチベット、ヨーロッパなどを訪問し、旅先で出会った人の肖像画を帰国後、雑誌で連載。また、谷川俊太郎さんの絵本の絵を担当したほか、布で恐竜の骨格標本を作って話題を呼んだり、舞台芸術を手掛けたりと、多方面で活躍している。写真家で町地域おこし協力隊の石川拓也さん(43)と仕事をしたことがある縁で町教委が招いた。

下田さんは滞在中、町内のみつば保育園と土佐町小学校に出向き、子どもたちと共に高さ2.7メートル、幅5.5メートルの紙いっぱいにクジラや怪獣など、思い思いの絵を描いた。保育士の山下志保さん(48)は「下田さんの色使いをまねて、子どもの絵が変わった」と話す。

下田さんが肖像画を描く姿は圧巻。対面するとすぐにクレヨンを取り、笑顔で相手をさっと見てはどんどん手を動かす。描きながら話もする。「僕、ほんとはサラリーマンになりたかったんだあ。チベット人に絵を褒められてなかったらやってなかったかもー」。黄色で輪郭をつくり、ピンクを重ねると絵の表情は一気に立体感を帯びる。緑も紫も使う。

「調子いいときは、色が粒になって見えるんだよな」。肖像画は15分ほどで出来上がり、隠された色が、表情が、下田さんの手によって浮かび上がる。

展覧会は8日に開幕し、約30人の肖像画や滞在中の様子を収めた写真や動画が並んだ。訪れた人は見知った顔を見つけては「いい表情」などと感心しきり。下田さんが描いたアケビやシイタケの絵をTシャツとバッグにプリントした町オリジナルの品も完成した。                                          (森本敦士)

 

 

・3回目  2017年10月26日

魅力再発見

なぜ笑顔の絵ばかりなのか。

先日、土佐町で町民の肖像画を描いた画家の下田昌克さん(50)=東京都=に問うた。
すると、「みんな笑顔なんだもん」。

自分も描いてもらって理由が分かった。それは下田さんの無邪気な笑顔が目の前にあったから。恐らく誰もが頰を緩めてしまうのだろう。出来上がった自分は自分でも気付かない新鮮な表情だった。

下田さんが製作した肖像画は町内で29日まで展示されている。初対面で描くのは得意ではないそうだが、今回「(人との距離が)壁がなくて近い。超楽しかった」とモデルの魅力を存分に引き出していた。

下田さんを招いたのは、町の魅力を発信するプロジェクト「とさちょうものがたり」を立ち上げた地域おこし協力隊の石川拓也さん(43)。写真家として世界を旅し、レディー・ガガさんらを撮影した華やかな経歴もあるが、「生きていくための全てが土佐町にある」と昨夏移住した。

石川さんは町民性や文化もブランド化できると信じる。下田さんらプロの感性を通じ、住民が町の魅力を再確認するきっかけにしてほしいと願う。当たり前を誇りや強みに変える“再発見”の取り組み。必ず発信できるものが見つかるはずだ。

(嶺北・森本敦士)

 

下田さんが描いた絵とその時の出来事の様子は、土佐町のフリーペーパー「とさちょうものがたり ZINE 01   下田昌克、土佐町を描く」に詳しく掲載されています。ぜひ多くの人に読んでいただけたらと願っています。

 

[創刊号] とさちょうものがたり ZINE 01

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佐々井秀嶺さん新聞記事

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2017 年6月 21日、インド仏教徒の指導者である佐々井秀嶺さんが土佐町で講演をされました。

 

佐々井秀嶺さんが土佐町に来てくださったのは、この新聞記事がきっかけでした。

2016年11月28日の高知新聞。

土佐町在住の写真家、石川拓也の新聞連載『インド!インド!インド!』。
その中の一話です。共同通信社から配信され高知新聞はじめ多くの地方紙に掲載されました。

この記事を読んだ石川の知人が、2017年6月に佐々井さんが日本に帰国することを教えてくれました。「土佐町に来てもらえませんか」と南天会を通じて連絡を取ったところ、佐々井さんは快諾してくださいました。

石川がインドで佐々井さんを訪ねたこと、新聞連載に書いたこと、それを読んだ友人が連絡をくれたこと、来てほしいと伝えたこと。
そのひとつひとつの出来事がつながって、実現した講演会でした。

インドに生きる日本人僧侶・佐々井秀嶺

インドのナグプールは、「インドのヘソ」と呼ばれている。インド亜大陸のほぼ中央に位置しているからだ。

この街は、インド仏教信仰の中心地。ヒンズー教徒が圧倒的に多いインドだが、一説では仏教徒も1億人以上存在しているという。商売や人間関係のために表立って言えない「隠れ仏教徒」を合わせると2億人にも達するとも。

人口も定かではないこの国で、正確な仏教徒の数を把握するのは無茶な話らしいのだが、「とにかく多い、そして増え続けている」ということのようだ。そしてそのインド仏教界のリーダーを、なんと日本人僧侶が勤めている。その名を佐々井秀嶺さんという。大勢のインド人から絶大な尊敬を受ける人物だ。

佐々井さんは、インドに来てすでに50年近く。このナグプールで仏教徒のため、そして不可触民(ダリット)と呼ばれカースト制度により差別を受ける人々のために活動してきた。信者たちの寄付によって建った小さなお寺を本拠地に、仏教徒の代表としてインド国中を飛び回るような生活をしている。

約束もなく訪れた私を、佐々井さんは近所の友人でも迎えるかのように招き入れてくれた。

1988年から国籍上はインド人の佐々井さんも、日本のことはとても気にしているという。

特に福島第1原発の事故がどのような状態になっているかを聞きたがった。日本がインドに対して原発を輸出する計画が進行中で、そのことをとても憂慮していた。

寺からの帰り道、インド人の若い女性から「ジェイ・ビーム!」と話し掛けられた。インドの仏教徒の挨拶だ。続けて彼女は「シューレイ・ササイ!」と笑顔で言った。

佐々井さんの名は当地で挨拶のようなものになりつつある、と言ったら言い過ぎだろうか。

石川拓也(写真家)

 

 

 

講演会の前後を通じて、高知新聞嶺北支局の森本敦士さんが3回にわたって記事を書いてくれました。

・1回目   2017 年6月 11日

印の邦人高僧21日講演

土佐町「不可触民」ら守る

[嶺北]日本人でありながらインドで最も影響力のある仏教指導者といわれる佐々井秀嶺さん(81)が21日、土佐郡土佐町田井の町農村環境改善センターで講演する。佐々井さんの帰国に合わせ、町内の有志が呼び掛けて実現した。公演を前に佐々井さんを知ってもらおうと、14、15日、同町内で足跡を紹介する試写会も開く。

佐々井さんは岡山県出身。タイ留学を経て1967年からインドで暮らしている。88年にインド国籍を取得し、2003~06年には政府の少数者委員会の仏教徒代表委員も務めた。

仏教の祖国インドでは現在、ヒンズー教徒が大多数。仏教徒は少数派だが、それでも一説には1億人ともいわれる。近年は、ヒンズー教のカースト制度の最下層に置かれ「不可触民」と呼ばれて差別されてきた人々が仏教に改宗する動きが広がっており、佐々井さんはその運動の中心にいるという。

町の地域おこし協力隊で写真家の石川拓也さん(42)が3年前、インドを訪れた際に佐々井さんを取材し、昨年、本誌連載で紹介。その縁で来高が実現した。

21日は「現代日本人が見失ったもの」と題し、午後7時から講演。参加費は無料。

試写会は14日が同町土居の中村集会所、15日が町農村環境改善センターで、いずれも午後7時から。石川さんがインドで取材した際の写真などを用いて紹介する。

(森本敦士)

 

・2回目   2017 年6 月23日

ブッダは平和の原動力

印仏教高僧 佐々井さん講演 土佐町

[嶺北]日本人でありながらインドで最も影響力がある仏教指導者といわれる佐々井秀嶺さん(81)が21日、土佐郡土佐町田井の町農村環境改善センターで講演した。佐々井さんは非暴力によってインド仏教の再興を目指しており、「ブッダは平和を建設する原動力。命を尊重し、お互いに仲良くやろうと真剣に話し合えば、必ず未来への道が開けてくると信じている」と約220人の来場者に熱く語り掛けた。

岡山県出身の佐々井さんは1967年、修行僧として仏教発祥の国インドに渡った。以来、ヒンズー教カースト制度の最下層に置かれる「不可触民」を、仏教徒に改宗させることで差別のくびきから解放する活動などを続けている。88年にインド国籍を取得した。

講演では主に自らの歩んだ道のりを振り返り、インドでの日々や信念については、来場者との一問一答に応じる形で語った。「どうして、苦しみながらインドにいる道を選んだのか」などの問いに、佐々井さんは「(夢のお告げで)龍樹菩薩から使命を受けた。インド仏教徒の奴隷となりたい」「インドの仏教徒は貧しい。そういう皆さんと、苦しみも悲しみも一つにしている」などと答えた。土佐清水市から訪れた田中あづささん(42)は「戦後からタイムスリップしてきたような方。苦しみの重さや理屈ではないエネルギーが伝わってきた」と話していた。

佐々井さんは22日、同町田井のみつば保育園を訪問。園児と触れ合い、「子どもは伸び伸びとしているのがいい」と顔をほころばせた。京都や東京などを巡り、7月8日に再びインドに戻るという。

(森本敦士)

 

・3回目  2017 年6 月28日

 

講演で来高の印高僧 佐々井秀嶺さんに聞く

インドで最も影響力がある仏教指導者といわれる佐々井秀嶺さん(81)がこのほど、土佐郡土佐町田井を訪れて講演した。

一説に、1億人ともいわれる同国仏教徒に支持される佐々井さん。講演とインタビューを通して、飾らない人柄、81歳にしてなお衰えない情熱が伝わってきた。(森本敦士)

土佐町の地域おこし協力隊で写真家の石川拓也さん(42)が3年前、インドで佐々井さんを取材した後で講演が実現。佐々井さんは初来高といい、高知市内の古書店や竹林寺、桂浜も訪ねた。

「桂浜は押し寄せてくる波がすごくて勇壮だね」「インドでも村田英雄の『竜馬がゆく』をいつも歌ってたんだよ」と笑う。

土佐町に着くと「農村の風の匂いがするなあ。わが古里(岡山県新見市)に帰ったようです」としみじみ話した。「東京は、人が満員電車に乗って『人間機械』のようになってしまって哀れだなあと思います。こちらは伸び伸びしている。年寄りは多いけど、人間が自由だなあ」

夕食の接待を受け、アユの塩焼きに目を輝かせた。「古里の高梁川って小さな川でアユをついてたんですよ。それから50~60年、アユは食べてなかったなあ。心のこもった料理がほんとに嬉しいですよ」と頭からムシャムシャと頬張った。

25歳で出家したが、新聞配達をしながら大学で仏教を学び、一方で浪曲師や易者にもなるなど奔放だった佐々井さん。1967年に渡ったインドで転機を迎えた。夢に龍樹菩薩が現れ、「速やかに南天竜宮城に行け」とお告げを受けたという。南天竺(インド)の中部の都市、ナグ(竜)プール(城)と解した。

ナグプールでは当初、布教活動をしていると石を投げられたり、衣を剥ぎ取られたりしたことも。断食行などを通して徐々に信頼を勝ち得ていったという。「使命を受けた人間は断じてやらんといかんから、インド仏教再興の道を泣きながら歩んできた」と明かす。

インドでの日常は、よろず相談が絶えないという。家のこと、親族のこと、あらゆる悩みに対し、親身になって人生の悩みに応じ、あてがうべき説法をしたり、なぐさめたりする。「何でお坊さんが(人に)合掌するんだと言われるが、『あなたの中に宿っている仏に合掌している』と言っている。私はインドの仏教徒の奴隷となりたい」と言い切る。

「同体大悲といって、みなさんと私の体は一つだ。苦しみも悲しみもみな一つだ。インドの仏教徒はみな貧しい。日本の比ではない。毎日のように虐げられ、辱められてきた人たちと共に、これが私の心の軸です」

寄り添う姿勢は、自身の体験が基になっている。終戦時は「木の根も掘って食べた。牛の食べるようなものでしのいできたんだ」という貧しい生活を送り、中学時代には原因不明の高熱に倒れた。

一方で異性への関心をはじめ、内からわき出る「渦巻き、沸騰するような」エネルギーと煩悩をいつも持て余していた。かと思えば「自分は人生の敗北者だ」と思い詰め。自殺を試みたこともあったという。若かりし頃を”世紀の苦悩児”だったと語る佐々井さん。

「悩みに悩み、もだえにもだえた放浪者だから、人間の悲しみが分かるんだ。人間の苦しみを味わってなきゃいけない」。顔に刻まれたしわが、険しさを増した。

講演後、土佐町内で宿泊した佐々井さんは翌朝、突然思い立ち、近くのみつば保育園に立ち寄った。「子どもは伸び伸びしているのがいいね」。顔をほころばせ、自然と集まってきた園児の頭を右手でなでていく。老若男女から敬愛されているという佐々井さんの、インドでの姿が目に浮かんだ。

佐々井秀嶺(ささい・しゅうれい)

1935年、岡山県新見市に生まれる。60年、高尾山薬王院(東京)で得度。タイで修行を経て67年インドに渡る。68年から仏教復興運動に身を投じる。

ヒンズー教カースト制度で最下層の「不可触民」を仏教に改宗させることで差別のくびきから解放する改宗式の導師を務めるほか、ヒンズー教徒が管理していた仏教の聖地ブッダガヤの奪還運動、仏教遺跡発掘も主導してきた。88年にインド国籍を取得し、2003~06年には政府少数者委員会の仏教徒代表委員(副大臣各)を務めた。

 

 

1回目の高知新聞掲載後、高知県内の方はもちろん、県外の方からもたくさんのお問い合わせをいただき、会場が満席になるほど多くの方にご来場いただきました。

石川がインドを訪れた時から始まったご縁が、会場へ来られたみなさんとの新たな出会いへとつながったことを、とてもうれしく思っています。

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