「いしぶみ 広島二中一年生全滅の記録」 広島テレビ放送 編 ポプラ社
表紙を開くと見開きには石に刻まれた名前が…。これは、広島二中慰霊碑に刻まれた子どもたちの名前です。
昭和20年8月6日。その日、子どもたちは世界で最初の原子爆弾により自分の命が絶たれることなど露とも知らず、家族にいつものように挨拶をし、家を出たのでした。
広島に原子爆弾が落とされた時、20数万の方が命を奪われ、多くの人が原爆症で苦しみ、今も原爆病院には長い入院生活を送っている患者もいるのです。「20数万人」「多くの人」「患者」と文字にするとなにか一つの抽象的なもののようにも感じられますが、その単語の向こうには、言葉のなかには一人ひとりの個人がおり、それぞれには家族があり、生活があり、夢があり、「明日」があったはずなのです。
ひとくくりにすることで見えなくなりがちな一人ひとりが、どのような子どもであったのか戦時下ではあっても家族との語らいを楽しみ、友達を笑いあい、今日が明日に続くと信じていた子どもたち。誰一人として奪われてよい命はないのに、簡単に奪ってしまい奪うことが正義となる戦争。
戦後75年といわれる今日が「戦前」とならないよう読み継ぎ、手渡したい1冊です。