2023年3月

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

鳥山百合子

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「のせてのせて」 松谷みよ子 著,  東光寺啓 絵 童心社

1969年に出版され、もう50年以上読み継がれている「のせてのせて」。私が子供の時、母に何度も読んでもらい、私も3人の子供たちに繰り返し読んだ一冊です。

「まこちゃん」が赤い自動車に乗って出発、途中で「ストップ!のせてのせて」とうさぎやくま、ネズミの大家族が加わっていきます。その姿が何とも楽しげ。

ところが一転、ページは真っ暗。トンネルに突入して…さあ、どうなるか?

トンネルを抜けた先、「でた!おひさまだ!」という言葉に子供たちが笑顔になるのが好きでした。その顔見たさにこの本を読んでいたくらい。

何回も読んで知っているはずなのに、お話の世界を何度も行ったり来たりできる子供の姿が何とも愛おしい。

大切な一冊です。

 

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以下の文章は、2023年2月20日に発行したとさちょうものがたりZINE 11「とさちょうものづくり」の巻末に、あとがきとして掲載したものです。

 

「現場から生まれるもの」文:鳥山百合子

 

2021年6月、とさちょうものがたり編集部が鹿の角で御守りを作り、ガチャガチャで販売しているという記事が高知新聞に掲載された。その数日後、仕事を終えて帰宅すると、我が家の玄関先に何やら色々置かれていた。何だろうとよく見てみると、真竹とじゃがいも、それから袋に入ったお茶の葉がどさっと積まれていた。持ってきてくれた人の心当たりを数人思い浮かべながら、いただいたものを家の中へ入れようとまず真竹を持った時、その感触に「おおっ!」と声が出た。私が持っていたのは真竹ではなく、鹿の角だった。

ここで説明しておくと、真竹は筍の一種で長さは30~40㎝ほど。その茶色の皮には焦茶色の斑点があり、その色合いや風貌は鹿の角に似ているといえば似ている。鹿の角は積まれていた真竹と一体化していて、私はその存在に全く気付いていなかったのだ。

今まで野菜やお餅が玄関先に置かれていたことはあったが、鹿の角は初めてだった。角を持ちながら、真竹ではなかった驚きと、じんわりと込み上げてくる嬉しさを両方感じていた。誰かが記事を読んでわざわざ届けてくれたのだ。「この鹿の角を使ってくれ」ということなのだろう。その気持ちがとても嬉しかった。(後日、持ってきてくれた人は判明しました。)

その後、御守りの制作作業を担ってくれている大豊町の障がい者支援施設ファーストにも、大豊町の猟師さんから鹿の角が次から次へと届いた。それは抱えきれないほどの数で、ただただありがたく、大切に使わせてもらおうという気持ちでいっぱいになった。

 

身近な存在、鹿の角

「鹿の角ガチャ」は、土佐町や嶺北地域の方たちからいただいた鹿の角でできている。この地域は猪や鹿など野生鳥獣による農作物の被害が多く、猟師さんは駆除のために山へ入る。その際、落ちている鹿の角を時々見つけるという。角は雄の鹿だけに生え、毎年春に生え替わる。猟師さんはその角を持ち帰ったり、捕らえた鹿の角を保管していることも多い。猟師さんの家に行くと、長押に角を飾っていたり、その角に上着を引っ掛けたりしていることがよくある。または作業場の棚にぽんと置かれていることも。この辺りでは鹿の角は特別珍しいものではなく、生活のなかにあるものだ。

 

御守りから見えてくるもの

鹿の角ガチャは、今まで約1,500個ほど制作している。高知県内では日曜市や高知蔦屋書店、道の駅なかとさ(2023年3月頃より販売予定)、東京にあるアンテナショップ「まるごと高知」でも販売している。山で生きる鹿の角が1,500個ほどの御守りとなり、誰かの元へ届いているということだ。ある御守りはランドセルに付けられ、またある御守りは家や車の鍵と一緒に誰かのポケットの中で揺れているだろう。

この鹿の角の御守りを手にして、見えてくるものは何か?

先人たちは、鹿の角に御利益があると考えていたという。聳える山々で生きる鹿、鹿を捕らえる猟師さんの存在とその技術、そして鹿の角を分け与えてくれる気風。それらは昔からこの地に存在し、全て根底で繋がっている。その繋がりがあったからこそ、鹿の角の御守りを作ることができたのだ。

御守りを作る過程においても、角を切ってくれる人がいて、紐を結んで、カプセルに入れる作業をしてくれる人たちがいるから、ガチャガチャという形で販売ができる。販売してくれている店舗の存在も然り。言い換えれば、その繋がりの内の何か一つでも欠けていたら御守りは作れなかったし、販売もできなかった。関わってくださっている方たちやこの環境にあらためてお礼をお伝えしたいと思う。御守りを手にした人が、この地の山相や、この土地で生きる人や生き物たちの姿を少しでも思い浮かべてくれたら嬉しい。

 

壮大な営み

土佐町は四国のほぼ中央に位置し、町の面積の87%が森林である。森林組合をはじめ企業や自伐型林業を営む人など、山を生業とする人たちは多く、林業は町の重要な産業の一つとなっている。山の樹木を伐採し、木材を生産することはもちろん、この町には木を植えて育てる人、製材する人、さらにはその材で家を建てる大工さんもいる。

林業は50年、100年先を見据える仕事だと聞いたことがある。子供、孫の世代、それより先の未だ見えない未来を見つめ、一本ずつ木を植える。そしてその木を育て上げ、切って、使う。何十年何百年という壮大な時間のなかで、その時のそれぞれの現場に人が立ち、仕事をする。その一連の営みが成立してきたのは、磨き上げた技術と知恵を持つ人たちがこの地にいて、綿々と自らの仕事を積み重ねてきたからだ。培われたその循環は、この町のかけがえのない財産であると思う。

 

忠賢さんの現場

「木の香り袋」にはヒノキなどのかんなクズが入っている。土佐町や嶺北地域の山の木を切った時にできたものだ。かんなクズは町内の大工さんからいただいており、現在御年89歳、大工の森岡忠賢さんから分けてもらったものもある。

忠賢さんは16歳から大工の仕事を始め、昨年9月に引退。74年間の間にお世話になった人たちへのお礼にまな板を作って配ると聞き、取材に伺ったことがきっかけだった。

作業場にはたくさんの木材が立ち並び、忠賢さんはその中から選んだものを自動かんな盤にかけて表面を削り、滑らかにしていた。その作業をする時にかんなクズができる。忠賢さんのそばにはまな板が何枚も出来ており、足元には山のようなかんなクズがあった。手で掬い上げるとヒノキの香りが舞い上がり、これが忠賢さんの立ち続けてきた現場なのだと強く感じた。

取材時、忠賢さんはまな板を「全部で100枚作る」と話していたが、最終的には120枚作ったと後から聞いた。その120枚のまな板は、誰かの家の台所で今日も活躍しているだろう。私もいただいたのだが、使うたびヒノキのまな板はほのかに香り、忠賢さんの姿を思い出させる。

 

「鹿の角ガチャ」も「木の香り袋」も、土佐町という現場から生まれたものだ。手にした時、そのものが経てきた現場の息遣いや、この地の循環が少しでも感じられるようなものであれたらと願っている。

たとえどこにいようとも、私たちが立っている場所は、さまざまな命が躍動する大自然や、人が息づく現場と地続きだ。そのことを忘れないでいたいと思う。いつも同じ地面の上に私たちは生きている。そのことを頭の片隅に感じられた時、人は少しだけ強くなれるような気がする。

 

 

 

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私の一冊

西野内小代

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「六人の噓つきな大学生」 朝倉秋成  KADOKAWA

優秀な就活生六人の関わりを描いた作品。それぞれの個性が際立ち、秀でた描写力で迫ってくる。

伏線に更に伏線が重ねられている、油断大敵である。読み手は作者の意図通り、翻弄されるがままとなる。

最終選考に残った6人の優秀な就活生の中に、自分以外を排除して内定をとりつけようと画策する卑劣極まりない犯人がいる。その6人の中で唯一入社できた一人が入社6年目にして、ふとしたきっかけで、真の犯人探しを始める。

その奮闘と精神状態を綿密に描くことで、読者を混乱の渦に巻き込む。最終ページまで心がざわつく。

 

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笹のいえ

花粉症が気づかせてくれること

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花粉が飛び交う時期がやってきた。

春には申し訳ないけれど、杉花粉症の僕にとって、気が滅入る季節だ。

 

見ると、向かいの山々には杉が立ち並び、風が吹くたびに黄色い花粉が舞っている。

年々、新たな方法を試してはいるが、僕の症状に対する効果的な対処法にはまだ出会っていない。

 

今年は、特に花粉の量が多いらしい。

それも影響してか、例年より目の痒みや鼻水の症状が酷い。スマホやPCのスクリーンを見ていると、目が充血して、痒みやゴロゴロ感が増してくる。そこを無理して続けていると、状態は益々悪化し、不快感で目を開けていられなくなるほどだ。

こうなると作業の続行は不可能。スマホをテーブルに置いて、ラップトップを閉じ、目も閉じてしばらくジッとする。

すると真っ暗になった僕の視界の代わりに、周囲の音が耳に入ってくる。

 

山から聞こえる鳥たちの鳴き声

水瓶に注がれる山水の音

台所からは包丁のリズミカルな響き

末娘が人形とおしゃべりしている可愛いらしい声

 

それらは色や温度すらも感じさせる美しい音色だった。

 

様々な音を堪能して、そっとまぶたを開ける。

暗闇から解放された目に飛び込んできたのは、どこまでも青い空と緑が芽吹きはじめた山、そして僕たちの暮らしだった。

 

スマホやPCでインターネットを操作して、遠方で起こる出来事に心と時間を消費し、溢れる情報や他人の意見に引っ張られる。そんなことに慣れてしまうと、一番大事なはずの身の回りの日常が見えづらくなっていく。

 

僕にとって本当に大切なものは、なんだ?

花粉症が、問いかけてくれた。

そう考えれば、これからもこの症状とうまく付き合っていける(かもしれない)。

 

 

読むだけで目が痒くなりそうな過去記事はこちら↓

花粉症と少食

花粉症

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私の一冊

鳥山百合子

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「みんなでこんにゃくづくり」 菊池日出夫 福音館書店

土佐町で暮らし始めた頃、近所のおばあちゃんが家にやってきて「こんにゃく作ったき、食べや」とビニール袋を手渡してくれた。袋の中には、ソフトボール位の大きさの丸いものが幾つも入っていてずっしり重く、ほかほかと温かい。

これがこんにゃく!丸い

それまでこんにゃくといえば四角い板こんにゃくしか知らなかった。さらに、おばあちゃんは「そのまま薄く切って、刺身みたいにしょうゆをちょこっとつけて食べてみや」という。

刺身!

こんにゃくは煮物にしたり炒めたり、火を入れて食べるものだと思っていた。何と生で食べられるとは!その日の夕ごはんに食べたこんにゃくの刺身は絶品で、子供たちの箸も止まらない。あっという間に平らげた。

絵本「みんなでこんにゃくづくり」は、おじいちゃんやおばあちゃんとこんにゃく芋を育て、みんなでこんにゃくを作るお話だ。土佐町で暮らし始める前から、どこか遠い所の話だと思いながらページをめくって眺めていた「こんにゃくづくり」。それをリアルにしている人が現れたのはかなりの衝撃だった。

後日、おばあちゃんがこんにゃくを作るところを見せてもらった。掘っておいた芋をぐつぐつ茹でて皮を剥き、ドロドロになるまでミキサーにかける。浅木の灰を水と混ぜ、布で漉した灰汁を入れると立ち現れるこんにゃくの香り。混ぜ続けると次第に固まってくる。まるで化学実験だ。杉やヒノキの灰汁では固まらないと聞いて、この地の人たちの試行錯誤が見えるようだった。

土が足元にある暮らしは実にゆたかだ。身の回りにあるものを工夫して使って何でも作る。手間も時間もかかるが、この地で引き継がれてきた知恵に、この場所で生きるという強い意志を感じる。

 

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【完結編①】とさちょう看板計画

木材は地元産

 

ここからは実際の製作現場です。

木材を用意してくれたのは、「土佐町ベンチプロジェクト」でもお世話になった土佐町建築組合の方々。

地元産の木材を使用し、各看板の設計図に合った木材を作ってくれました。

 

土佐町建築組合の池添篤さんと澤田明久さん

印刷はシルクスクリーン

看板の文言を印刷したのは、障がい者支援施設どんぐり(土佐町)とファースト(大豊町)の皆さん。

普段からTシャツ作りなどで培ったシルクスクリーンのウデを如何なく発揮してくれました。

 

大豊町ファーストの作業風景

土佐町のどんぐり

途中経過・乾燥中

 

 

設置は地域の大工さん

 

この計画のキモのひとつは、「設置を地域の大工さんにやってもらう」こと。

こうすることで、設置後の長い期間、地元の大工さんの目が届くものになるはずです。

先述の土佐町建築組合の池添さんから各地域の大工さんに声をかけていただき、設置をお仕事として引き受けていただくこととなりました。

 

というわけで、実際の設置作業の模様です。2月後半の場所によってはまだ雪の残る中での作業となりました。

 

峯石原の川村正光さん

 

設置してくれた森岡拓実さん(左)と地区長の近藤卓士さん(右)

上地蔵寺の森岡正広さん

西村陽夫さん(左)と地区長の中山登さん(右)

 

このように町の方々みなさんのご協力で、おかげさまでこの「とさちょう看板計画」は無事に完結しました。

計画段階から、印刷、設置段階までたくさんの方々にお世話になりました。この場をお借りしてお礼を申しあげます。ありがとうございました!

 

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私の一冊

古川佳代子

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「小さなまちの奇跡の図書館」 猪谷千香 ちくまプリマー新書

図書館運営で一番の課題は「読まない人」「本に関心のない人」に、図書館に来てもらうことです。その課題を克服し、「読まない人も行く図書館」となり、市民に愛される図書館となった鹿児島県指宿市立図書館。

どこにでもあるような、小さな町のさびれた小さな図書館が、ライブラリー・オブ・サ・イヤー他の名だたる賞を受賞する図書館に成長するまでの過程が丁寧に書かれた本書。市民の居場所となるための図書館づくり等を目的として図書館サービスを拡充させていく経緯は、とても興味深く参考になりました。

図書館学者ランガナタン博士の五法則「①本は利用するためのものである ②いずれの人にもその人の本を ③いずれの本にもすべてその読者を ④読者の時間を節約せよ ⑤図書館は成長する有機体である」にもあるように、図書館はすべての人にとって開かれ、必要とされている知識を提供する場所です。

そして地域のコミュニティースペースとして、人が安心して集える場所でなければなりません。そういう図書館を目指さねばと反省しつつ、伸び代はまだまだあると自分を鼓舞しながら読んだことでした。

 

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土佐町ポストカードプロジェクト

2023 Mar.  上野

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上野 | 三瓶素生・偲生・澤田時生・旅生

 

こんなところがまだあったのか、という嬉しい驚きでした。

上野を車で走っていて、西側にチラチラと見え隠れする川。その一箇所に、このような堰堤がありました。

石垣で作られているところを見ると、だいぶ古い時代のものなのかなと想像します。

まだコンクリや重機が存在しなかった時代に、地元の方々がみんなで作ったものなのでしょうか。

この地に生きた先祖にあたる世代の方々が汗をかいて作ったことは間違いないでしょう。少しでも水の流れを緩やかにしたい、人々の暮らしにとって利のあるものにしたいという情熱のようなものをそこに感じます。

現代の私たちの暮らしはそういった前の世代の仕事の上に築かれているという当たり前の事実を実感させてくれます。

ちなみにこの水の透明度、写真的な加工は一切入れていません。

堰堤の上を行ったり来たり、たまに尻もちついてお尻が水浸しになったり。4人は三瓶家の素生ちゃん・偲生ちゃん、澤田家の時生くんと旅生くんです。

 

 

 

 

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私の一冊

西野内小代

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「日本史を暴く」 磯田道史 中央公論新社

入荷パトロールに登録すること2回、やっと届いた。さすが人気歴史家さんです。

歴史上の人物や事柄を独自の現代語に変換・装飾してくれるので、とても日本史を身近に感じられる。この本も例に漏れず、古文書からの解説が楽しい!

例えば、鼠小僧は決して「義賊」ではなく、むしろ変態性の素質を秘めたコソ泥にしか過ぎなかった。幕末の会津藩主「松平容保」は「高須四兄弟」とうたわれ、兄弟皆優秀であったらしい。

何故、高須藩のようなわずか三万石の小藩から、このような幕末史を動かした人材がごっそりと搬出されたのか、古文書と出会い子育ての雰囲気を垣間見たと紹介されている。

歴史に色付けをして未来へと誘ってくれる。大河ドラマの見方が変わってくる。

 

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今回は、以下の記事の続編です。

土佐町の看板を考える

 

とさちょう看板計画

土佐町内の、住民の方々が必要としている看板を、土佐町のみんなで作れたら。

住民の方々が日常の中で感じる、「ここに看板があればみんなにわかりやすいのに」「この場所は迷う人が多いみたいだ」といった小さな問題を解決すること。

それを町の人々の手で、町が持つ資源を使って行うこと。

それがこの「とさちょう看板計画」です。

 

看板が必要な場所はどこか

地域のことは地域の方々が一番よく知っている。

ということで、地域の方々に聞きました。「看板が欲しいところありますか?」

具体的には、土佐町内の全地区長が集まる地区長会にて、地区長さんたちに向けて説明させていただきました。

地区長さんたちはご自身が住む各地区に戻り、地区の住民が集まる地区会にて住民の皆さんに説明してくれました。

そして住民の方々から出てきた「ここにこの看板があったらいいのに」という声を集めて、計画を練りました。

それが以下の4地区・7枚の看板

①② 峯石原  陣ヶ森・高峯神社

③ 森 土居農村公園 x 3

④ 上地蔵寺 上地蔵寺集会所

⑤三島 三島集会所・八坂神社

さらに、これを設計図にしたものが以下です。各看板の左下には「森林環境税」、右下には「土佐町」のロゴが入っています。

*左下のロゴは、実際には「森林環境税適用事業」と入っています。この計画が高知県の「高知県木の香るまちづくり推進事業費補助金」を使用して行われているという表記です。

 

峯石原 「⇦陣ヶ森」と「⇦高峯神社」の2種

森 「土居農村公園」x 3枚

上地蔵寺 「上地蔵寺集会所」

三島 「三島地区集会所」

三島 「三島地区八坂神社」

 

これを元に、実際の製作に入りました。その模様は次の記事に続きます。

 

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