新学期だ。今年もピッカピカの1年生が入学してきた。どんな子どもたちかとワクワクしていたら、いきなりのコロナ休校。出鼻をくじかれた。教員も平日は自宅待機を命じられたが、ふと「休日ならいいか」と思い立ち、外に出てみた。
実は、赴任した頃から本山町の「白髪山」が気になっていた。校舎の窓から見える、古めかしい宮古野の「白髪神社」(しろひげじんじゃ)と関係があるのではないかと当て推量していたのだ。
車で途中まで行けるとガイドブックにあったので、近所の里山にでも行く気分で出かけたのが間違いだった。元々山城が好きで、全国各地の城を巡ってきたが、白髪山は1000メートルを軽く越える山。そんな所に山城はない。慣れぬ素人登山で、気持ちが悪くなり、頭がガンガンしてきた。「やめとけばよかった…」と後悔し始めた時、気が付けば白骨樹林帯のど真ん中にいた。「白髪」の由来(※)はもしやこれかもと思いながら、最後の難所の岩場にさしかかった。ロープを掴んで慎重によじ登ると、数分で頂上に到着。そこから見た景色。まさに絶景だった。
「手の平サイズじゃん」。遙か遠くに見える土佐町は、マッチ箱のように小さく見えた。早明浦ダムが出来る前は、もう少しワイドに見えていたのかもしれないが、今は宮古野から南泉周辺しか見えない。かつては「白髪神社」を取り巻く杉の木立もはっきり見えていたことだろう…。
何となく信仰上の繋がりが感じられ、「よしよし」と、自分の見通しに満足し、悦に入って下山を始めた。ツガやヒノキの巨大な根っ子が山道を這い回っているせいで、油断するとすぐ足を取られる。3回ほど思い切りずっこけ、悪態をつきながら起き上がったその時、人外の気配を感じた。「鹿だ!」。思わずカメラを向けると、信じられない跳躍力でファインダーから外れ、一度だけこちらを振り向いたあと、悠然と森のなかに消えていった。
数週間後、やっと学校が再会した。早速、学括の時間に休み中の動静を語り合う時間があったので、土佐町が「手の平サイズ」に見えた話をしてみた。だが「そんな訳ないやろ!」というK君の一声にクラス全員が失笑し、これは笑い話で終わってしまった。
一番伝えたかったのは、自分たちの住んでいる町を俯瞰してみること。ドローンや衛星からみる景色ではない、高山からみる景色だ。この景色は、土佐藩の山奉行、さらには山猟師や修験者らも見た景色。何百年も変わらぬ景色なのだ。いつか自分たちの町を俯瞰してみてほしい。そう願いながら地理の授業を始めたのだった…。