役場にほど近い大谷地区にお住いの和田純一さん。
元郵便局だった建物にお住いです。
編集部が「土佐町ベンチプロジェクト」のベンチを設置していた時期にご連絡をいただき、純一さんのお家の前にもひとつ設置することになりました。
しばらくして前を通りかかると、ベンチの後ろの壁がカラフルなハートマークに塗られていました。
「みんながここで座れるように」とベンチの設置を打診してくださったり、「みんなが楽しめるように」と後ろの壁を塗っていたり。
それが純一さんという人なのでしょう。
著者名
記事タイトル
掲載開始日
土佐町の現在の人口です。(2017年6月末時点・土佐町公式サイトによる)
注:土佐町の総人口が3,997人(2017年4月末時点)から4,001人(6月末時点)に増加したことに伴い、当プロジェクト名も「4,001プロジェクト」に変更になりました。
“4,001プロジェクト”は土佐町に住む人々を、全員もれなく、写真家の石川拓也が撮影する計画。
念のため書いておくと、「全員もれなく」…あくまで目標です。
土佐町の人口の増減によって、タイトルもたまに変わります。 (敬称略・撮れたときに不定期更新)
地蔵寺の西村卓士さん。言うまでもなく、土佐町の前町長です。
西村さんは2015年まで土佐町長を務められました。
この写真で西村さんが座られている机はお孫さんのものです。町の職人さんが作り、土佐町小学校の新一年生に毎年贈られる机と椅子。子供たちはこれを6年間使ったら卒業とともに持ち帰ります。
その仕組みを作ったのは西村さんが町長だった時代の町の方々。
その時のお話しを聞きたくて、お家にお邪魔した際に撮らせていただいた写真です。
栗木地区の近藤雅伸さん。
とさちょうものがたりがとてもお世話になっている、「山の先生」と呼ぶ方です。
過去、「シシ肉をいただく」という記事では近藤さんの山の世界をおすそ分けしていただきました。
昨日公開したエッセイ「竹馬・缶馬・孟宗竹馬(窪内隆起)」に、孟宗竹で作った缶馬の話が出てくるのですが、その撮影用に編集部は実物を探していました。
するとある朝「作ったから持っていきや」と声をかけてくれたのが近藤さん。ちゃちゃっと作って持たせてくれて、私たちがみつば保育園に持って行って撮影することを知るとさらに追加で作って翌日届けてくれました。
地域の方々のこういう気持ち、こういう行動がこれまでの土佐町という場所を作ってきたのだなと実感した経験でありました。山の先生です。
中島地区の地区長をされている山中泉夫さん。
中島生まれの中島育ち、中島という地区をずっと大切にされている方です。
長く郵便局員としてお仕事をされていたそうで、おそらく町の隅々までご存知と思います。
現在、土佐町役場の若手職員たちが挑戦中の「中島観音堂クラウドファンディング」、地区長の泉夫さんもテレビの取材などで多々動き回っていただいています。
この撮影はその中島観音堂の前にて。聞けば中島観音堂の掃除や草刈りなども何十年と泉夫さんがされてきているそうです。本当の意味で「地域を守る」ということの一端を教えていただいたような気がしました。
クラウドファンディングも残りわずかです。こちらもよろしくお願いします!
地蔵寺の地蔵堂の前での一枚です。
野村昌子さんと中岡孝衛さん、両人とも地蔵寺の地元の方で、地蔵堂を大切に守ってきたお二人です。
土佐町オリジナルポロシャツ、今年度のバージョン背中の絵柄は「阿吽の大龍」。
絵のモデルとなったその龍の頭像があるのが地蔵寺の地蔵堂です。
地蔵堂と、頭像を製作した宮大工の西村福蔵さんのお話を伺いたくて、ある晴れた昼下がり地蔵堂の前で会っていただきました。
地蔵寺出身の西村郁也さん。この日は、郁也さんのお父さんである福蔵さんのお話を伺いに地蔵寺にて会っていただきました。
郁也さん自身も大工さんですが、福蔵さんは地蔵寺の宮大工を勤められていた方。
とさちょうものがたりがどんぐりやファーストと一緒に作っている土佐町オリジナルポロシャツ、今年の背中の絵のモチーフになったものが、福蔵さんが作った地蔵堂の阿吽の大龍です。
福蔵さんが長年住まい、郁也さんも育った地蔵寺のお家の前で撮影させていただきました。
土佐町オリジナルポロシャツは以下の記事から。販売中です!