石川拓也

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

石川拓也

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「エンデの遺言」 河邑厚徳  講談社

事前の情報もなくなんとなく手に取った本だったのですが、予想外に深くすごい内容でした。ナメてすみません。

現代のほぼ誰もが無関係ではいられない「お金」というものの正体について、ミヒャエル・エンデがナビゲーターになり探っていく一冊です。

企画の途中でエンデが亡くなられ、 彼自身の言葉は比較的少ないのですが、本書はエンデが生前ずっと著書を側に置いていたという二人の思想家のお金や経済に対する考察に踏み入っていきます。

その二人とはルドルフ・シュタイナーとシルビオ・ゲゼル

どちらもそれぞれ表現は違えど「人間社会の多くの問題の根本的な原因は、『お金』というものが自然の摂理に則っていない事にある」と主張しました。

自然物や人間が作るものは、そのどれもが時間とともにダメになったり腐ったり価値を下げていく。それが自然の摂理なはずなのに、「お金」だけが永遠性を与えられているだけでなく、利子というものにより時間とともに増えていく。

ここに問題の根本があるという考えです。

特にゲゼルの考えはゲゼル理論と呼ばれ、1930年代のドイツやオーストリアで地域通貨に適用されます。つまり、時間とともに価値が減じていく貨幣。

これを導入した小さな町(例えばオーストリアのヴェルクル)では、町の中を猛烈な勢いで地域通貨が循環するようになり、疲弊していく近隣の町を尻目に経済は大回復したということです。

ただこの話には続きがあって、この地域通貨は中央銀行に目をつけられ、効果を誰もが実感していたにも関わらず、わずか一年で廃止。当時の町長は国家反逆罪で逮捕されたそうです。

その当時、もしも人類全体が「自然の摂理に適った貨幣」の方へ舵を切っていたなら‥明らかに歴史は変わっていたでしょうし、その道を見てみたかったようにも思います。いや、もしかしたら今からでも遅くないのかもしれません。

 

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私の一冊

石川拓也

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「野生の思考」 中沢新一 NHK出版

 

「構造主義の父」と呼ばれるクロード・レヴィ=ストロースの著書「野生の思想」を、NHK「100分de名著」が取り上げた際の、これはテキストに当たる一冊です。

この「100分de名著」シリーズ、多くの場合解説にあたる方々が、机の上の話だけに終始しないところが、意図してそうしているような気がしますが、素晴らしいと思います。

「野生の思考」自体はなかなか難解で読みづらい本ですが、この回の解説員は中沢新一さんで、とてもわかりやすく解説されています。

レヴィ=ストロースが中心となって打ち立てた、いわゆる「構造主義」ですが、これは1960年代に現れ、現在の世の中を形作った思想的土台を担っていると言えます。

その時代、それまでの主流としてあったのは「実存主義」。レヴィ=ストロースはこの「実存主義」をこてんぱんに論破し、その思想的生命に終止符を打ったそうです。

具体的にいうと、「実存主義」が、人類の歴史を直線上に進化・進歩していくものと捉えていたことに対し、レヴィ=ストロースは真っ向から批判します。

歴史を「直線上に進化・進歩していくもの」と定義した場合、そこには必然的に「進んだ西欧と遅れた後進国」という概念が生まれ、それは啓蒙主義(遅れた未開人には教えてやるべき)とか進歩主義(進歩や成長至上主義というもの)の根拠になります。

 

「構造主義」はその歴史観を一旦全て否定し、そうではなく、人類は新石器時代から変わらない構造の脳を持ち、人類に共通の「構造」のもと文化を育んでいると主張しました。

そう考えると、一見進んでいるかのように見える欧米社会も、遅れているとか未開とか言われてきた先住民の社会も、共通の「構造」によって作られた土台を、表面上の味付けだけを変えて繰り返しているにすぎないということになり、そこに本質的な優劣は存在しないのです。

むしろ人間の本質に沿っているのが実は未開と呼ばれる社会の方なのでしょう。

この考え方が1960年代以降、世界を動かすエンジンオイルのように染み渡ります。先住民文化の再評価という世界的な動きや、オーストラリアの首相がアボリジニの人々に公式に謝罪したこと(2008年)なども大きく捉えるとその一環としてあるとも言えます。

だいぶ長くなってしまって恐縮ですが、翻って考えてみれば、日本ではとても顕著な「進んでいる都会」と「遅れている田舎」という二項対立は果たして本当でしょうか?

レヴィ=ストロースの「野生の思考」というメガネをかけて見てみれば、「人間の本能や本質を発揮しにくい場所」と「人間の本能や本質に沿った暮らしがしやすい場所」という考え方もできるかもしれません。

「野生の思考」という言葉は、「とさちょうものがたり」が土佐町でやってきたこと、やろうとしていることにもどこか深いところで直結しているもののような気がします。

 

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土佐町ポストカードプロジェクト

2019 Jun.

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西石原 | セイゴ渕

 

昨日「モリタカ渕」を紹介しましたが、今回はもうひとつの渕である「セイゴ渕」。モリタカ渕の少し下流に位置します。

「もうひとつの」というのは、前回の記事と繰り返しになりますが、この写真の大元になった窪内隆起さんの「山峡のおぼろ」のエッセイから来ています。

「人名渕」というタイトルの文章(現時点で未公開です)の中に、窪内さんが少年の頃に夢中で走り回った二つの渕が描かれています。

そのうちのひとつが前回公開した「モリタカ渕」、今回のものがもうひとつの「セイゴ渕」になります。

窪内さんのエッセイ「人名渕」は明日6/27に公開予定です。80年前の窪内少年の視点を通して、そのころの人々の暮らしを体感する機会になればうれしく思います。

人名渕

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土佐町ポストカードプロジェクト

2019 May

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西石原 | モリタカ渕

西石原と平石の間を流れる平石川。

この川の奥の方にある渕の一つがこの「モリタカ渕」です。

ここは土佐町の中でも「秘境」の類に入ります。なんせ、正確な「モリタカ渕」の位置を知っている人がなかなかいない。

そしてここに降りれるような道もない。たどり着くためには川をザブザブと歩いて行くことになります。

この場所の存在を教えてくれたのは、とさちょうものがたりで「山峡のおぼろ」を連載している窪内隆起さん。

ある原稿の中に、西石原の2つの渕のお話がありました。(現時点ではまだ未公開です)

原稿に付ける写真が必要になったため、最終的にはご本人に来てもらい、場所を教えていただくことになりました。

80年前、小学校に上がる直前の窪内少年が草鞋を履いて歩き回っていた場所です。

夏の川遊びにはもってこいの場所ですが、なんせ降りる道がない‥。

人名渕

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4001プロジェクト

窪内隆起・窪内晧視 (西石原)

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親戚であり、幼なじみの隆起(たかおき)さんと晧視(きよし)さんのお二人。

隆起さんは、当「とさちょうものがたり」にて連載中の「山峡のおぼろ」の著者です。

「山峡のおぼろ」のある記事の中で、町内の方々に尋ねても正確な位置がわからない場所がふたつありました。隆起さんは現在高知市内に在住ですが、場所を教えていただくために無理を言って故郷まで来ていただきました。

隆起さんが育った西石原のご実家へ向かう途中の小道で。

幼なじみの晧視さんが梅を収穫しているところにばったり出くわしました。

予定していなかった出会いに、予定していなかった笑顔で。

 

 

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私の一冊

石川拓也

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「父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。」 ヤニス・バルファキス ダイヤモンド社

 

著者のヤニス・バルファキスは、ギリシャの経済危機に際して財務大臣であった人物です。

お父さんが10代の娘に説いて聞かせるように、平易な言葉遣いで、経済の本質的な部分を整理して語っているのがこの本。

経済という、誰もが無縁でいられないけれど誰もが実態を分かっていないものを、根本から紐解こうとしていることに面白みがあります。

この時代、システムが大きく複雑になりすぎて、人間を振り回すような状況になってきています。

その始まりは人間にとって必要だから作られたはずのシステムや制度が、いつの間にやら形骸化して中身のないものになっていたとしても、システムだけは回り続けて人間を振り回すようになっている。そういう意味では「経済」というシステムはその中でも最大最強のものではないでしょうか。

その状況を前にして、人間としてどういう態度をとるか。

◯既存のシステムの中で良い点を取れるように頑張るか
◯古いシステム自体を塗り替えて次の世の中を作ることに力を注ぐか

実は意外と近いところにその選択肢を選ぶときが来てるのかもしれません。

 

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私の一冊

石川拓也

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「空をゆく巨人」 川内有緒 集英社

噴火直前のマグマのようなエネルギーを感じる一冊です。

蔡國強さん(さい・こっきょう・ツァイ・グオチャン)といえば、現代アートの世界で知らない人はいないぐらい世界的評価を受けている芸術家ですが、彼が無名の若者だった頃から、とても力強いサポートをし続けていた実業家がいました。福島県いわきに在住の志賀忠重さんという方です。

この本は、そのふたりの出会いと絆を追ったもの。

一見、無茶と思えるような蔡さんのビジョンや計画を、志賀さんと、時にはいわきの人々と一緒に乗り越え実現させていく様子が詳細に描かれています。

蔡さんは、いわきの人々に支えられながらアート作品を具現化し、それが蔡さんが世界的に評価を受けるきっかけにもなったのですが、志賀さんをはじめとしたいわき陣も、「サポートしている」という感じでもなく、「一緒になって遊んで楽しんでいる」とでもいうような軽快さがあったようです。

何か大きなプロジェクトが、参加している人たちにとってはあんまり意味はわかんないんだけど、大きな熱気や大きな流れとなって実現に一気に向かう様子が爽快です。

得体の知れないものが実現しようとしているという感覚は、人々の助けを借りないと完成できないような大きなアート作品にとっては、参加する人々のひとつの強い理由になるのでしょうし、単純に楽しそうだなと思います。

蔡さんが世界を相手にぐいぐいと快進撃を続け、それとともに活動範囲もどんどん広がり、蔡さんの作品制作をサポートするいわきの人々も世界の美術館に赴いて制作を行う。現地の美術館関係者には「チームいわき」と呼ばれながら。

最高かよ、と唸ってしまう関係ですね。

 

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.7 | タラヤナ財団

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

6.  タラヤナ財団(続き)

前回の記事はこちら

タラヤナ財団は、2003年に発足した 公益法人(Public Benefit Organization)。設立者は王女の母であるアシ・ドルジ・ワンモ・ワンチュク。その運営にはブータンの王族が深く関わっています。日本語では「タラヤナ財団」と呼ばれることが多いようです。

タラヤナ財団ウェブサイト

 

前回に続いてタラヤナ財団の活動の話です。

説明してくれたのはタラヤナ財団のタシさん(Tashi Dolma)とツェリンさん( Tshering Yuden)

 

 グリーン・テクノロジー(Green technologies)

車が通れる道から歩いて6時間。そんな立地の隔絶された村は、ブータンでは珍しくないそうです。モンスーンの時期には特に、完全に周囲から孤立し外部からアクセスできなくなるような山間の小さな集落。

そういった場所に住む人々の環境を改善することも、タラヤナ財団の大きなミッションの一つです。そのための手段が「グリーン・テクノロジー」。

環境に負荷をかける発展は、「国民幸福度」の観点から持続可能性が十分とは判断されず、そのために環境に負荷をかけないグリーン・テクノロジーの様々な技術が期待され使用されています。

具体的には、マイクロ水力発電、ソーラードライヤー、エコサントイレ(Eco-san toilets)などなど。環境に優しく維持費もかからず、なおかつ人々の生活環境を改善するための技術を普及する活動を行なっています。

 

 コミュニティ・ラジオ(Community Radio)

「健全なコミュニティにとって、「正確な情報」はきれいな水と同じくらい重要なものである」

この言葉に表されるように、タラヤナ財団はブータン国内の情報格差を解消しようとしています。具体的な手段としては、ラジオを国内の隅々に普及させること。

正確な情報へのアクセスを平等にすることで、特に貧困層と社会的少数派の人々が、政治の意思決定のプロセスから除外されないようになるのが最終的な目的です。

 

 タラヤナ・クラフト (Tarayana Rural Craft Outlets)

 

最後になりましたが、これがタラヤナ財団の活動の中でも、個人的に一番紹介したいものです。

前回の記事にタラヤナ財団オフィスの外観の写真を掲載しましたが、その右手にはタラヤナ・クラフトという財団が運営するクラフトショップがあります。

ここで販売しているものは、タラヤナ財団が企画開発したオリジナルの雑貨。その材料の多くを、ブータンの貧しい地域の人々から仕入れることで、少しでも経済的格差を解消しようというものです。

例えばイラクサを使用したバッグやテーブルクロスなどを販売していますが、このイラクサを織って布にするところまでが貧しい地域の人々の仕事。そしてその後のデザインや縫製をタラヤナ・クラフトのメンバーが行うという仕組みです。

ショップの裏手では、グッズの制作が行われています。右手の女性がアイロンをかけているバッグは、イラクサを編んだ布を材料にしたもの。農村地帯の人々が現地で編んだ布がここに送られてきます。デザインや縫製はここでの仕事。

この女性が作っているのはヤクの毛で作った動物のぬいぐるみ。ブータンに実際にいる動物たち、ヤクや鶴、犬などがモチーフになっています。

ひとつずつチクチク作る作業は気が遠くなります。

 

ここにGNHの大きなポイントがあると個人的には思いました。つまり、具体的な活動や物品などがあってこその「幸福度」。「幸せになりましょう」という言葉は、もちろん真理であり最終的な目標でもあるのでしょうが、手段の伴わない目的は、ただの空虚な言葉になってしまいます。

例えばタラヤナのこのショップに並べられた商品ひとつひとつの後ろには、GNHの理念が背骨となってその成立を支えているわけです。ですがGNHになんの興味がない観光客が「これいいね!」と言って買っていってもいいわけです。ここで大事なことは「これいいね!」と手に取ってもらえるようなモノを作れるかどうか。

そして全ての人にわかってもらえなくても、仕組みとしてGNHの理念がそのモノやコトの成立のためにエンジンとして動いていることではないでしょうか。

 

 

 

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私の一冊

石川拓也

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「土佐の民話」 市原麟一郎 土佐民話の会

市原麟一郎さんは高知の宝だと思っています。

本当に長い年月、高知の民話を集めてまわり、この雑誌「土佐の民話」のように出版して次世代に残してくれています。

以前とさちょうものがたりにて、市原さんが収集した土佐町の民話を転載したいことがあり、ご本人にお電話したことがあります。

事情を説明すると快く了承していただきました。とても気持ちの良いやり取りをしていただいて感謝しています。

民話や神話を収集し、誰もがアクセスできるように出版するということが、後世の人間にとってどれほど大きなことか。

「人間を人間たらしめるのは物語だ」「人間のアイデンティティは物語によって作られる」などなど先人の言葉は完全な真理だと思っています。

そういえば、最近はまって観たドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」も最後は「物語」がキーワードになります‥が、ネタバレ注意でこれ以上は書きません。

話が思いっきり脱線しましたが、「神話や民話を、人が省みることがなくなる国は、そう遠くないうちに滅ぶ」とも言われています。

個人を超えて種として「私たちは、どこからどのように来たのか」ということがよくわかっている人こそが、「私たちはどこへ向かうのか」という問いにも良い答えを導き出せるのではないでしょうか。

 

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土佐町のものさし

【番外編】ブータン・GNHレポート No.6 | タラヤナ財団

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 土佐町の新しい指針を作る過程を追う「土佐町のものさし」、今回は【番外編】として、GNHの産みの親であるブータンのGNHの現状を、とさちょうものがたり編集長である石川がレポートします。

 

6.  タラヤナ財団

 

タラヤナ財団は、2003年に発足した 公益法人(Public Benefit Organization)。設立者は王女の母であるアシ・ドルジ・ワンモ・ワンチュク。その運営にはブータンの王族が深く関わっています。正式名はタラヤナ・ファウンデーション(Tarayana Foundation)ですが、日本では「タラヤナ財団」と呼ばれることが多いようです。

タラヤナ財団ウェブサイト

 

首都ティンプーにあるタラヤナ財団の本拠地

 

タラヤナ財団の活動は驚くほど多岐に渡りますが、その全ての活動の根本にある考え方は「国民総幸福度」。

経済的・物質的な豊かさを闇雲に追いかけることを目的にしない「幸福度」による社会、つまり国民総幸福社会(GNH:Gross National Happiness Society)の実現がタラヤナ財団の大きな目的であり、そのための実践の機関なのです。

*念のために付け加えておくと、国民総幸福度は「経済的・物質的な豊かさは必要ない」という考え方ではありません。むしろその逆で、「経済的な発展」を成し遂げながら、全体として国民の幸福度を上げていく。経済的な価値を優先し過ぎて、コミュニティや環境など人間の幸福のために必要な要素を壊すことがあってはならないという考え方です。

 

その理念は一旦横に置いておいて、タラヤナ財団の具体的な活動の内容を聞きました。

 

タラヤナ財団のミーティングルーム

 

 

 マイクロ・ファイナンス(Micro Finance)

「貧者の銀行」と呼ばれるマイクロ・ファイナンス。バングラデシュのグラミン銀行とムハマド・ユヌスが2006年にノーベル平和賞を受賞したことで世界的な注目を集めましたが、タラヤナ財団も2008年よりマイクロ・ファイナンスを行なっています。

マイクロ・ファイナンスの特徴は、特に貧困層の小さなビジネスを対象にしていること。仕事をする意欲があるにも関わらず何らかの問題があり貧困に苦しむ個人に対して、年率7%の条件で小口融資を行なっています。

これにより通常の銀行では借り入れができなかった小規模農家や職人などが、小規模ビジネスをスタートして維持できるようになりました。貧困層に向けて補助金などを「与える」のではなく、彼らが自活しビジネスを回していけるような手助けをするという意味で、マイクロ・ファイナンスは本来の意味での「貧困の解決」に近い手段として期待されています。

蛇足ですが、マイクロ・ファイナンスは通常の銀行の借り入れと比較して、返済率が圧倒的に高いそうです。理屈はわからないのですが、感覚的には理解できるような気がします。

 

 家の建設 (Housing Improvement)

「家屋が最も重要な生活の基盤である」という考えのもと、タラヤナ財団は貧困地区の住環境を改善するプロジェクトを継続して行なっています。

現地調査を行い地域住民と財団本部をつなぐ橋渡し役として、現在13人の現地調査員(Field Officer)が現場で働いています。(その人数は全く足りていないので、近い将来には一県に一人の調査員がいることになるそうです)

その調査員が現地で聞き取り調査を行なった上で、家屋の状況に深刻な問題がある家庭を優先しながら、新たな家屋を建設するというもの。

その資金はタラヤナ財団が海外のファンドから調達しているそうです。タラヤナ財団とファンドが信頼関係を結び、長期的な視点に立ってタッグを組み進めているプロジェクト。

僕がタラヤナ財団を訪問した2019年2月は、2018年度のプロジェクトが完了し、資金提供者であるファンドに対してレポートを作成中というタイミングでした。

2018年度にはブータン全土で500軒の家を建設し、詳細な資金の使途をファンドにレポートする。その上でファンドから「公正で効果的なプロジェクト」と承認されれば、また来年度も500軒の家を建設するということです。

別の機会に、ブータンの家の建設現場を見ることがあったのですが、ブータンでは家の建設は親戚や隣近所が集まって行うのが一般的。

もちろんそこには指導的な立場で大工さんがいます。その現場には、土壁の専門家と木材の専門家の二人がいて、その二人が施主本人とその家族親戚を指導しながら建設していました。

その際、専門家以外のメンバーは、報酬の出る仕事というよりも「お互い様」といった感じで手伝いにきている。あっちの家を今年建てたので、来年はそっちの家を建てる、という順番でやっているという話を聞きました。

ですので、これは推測ですが建築資金というものはそれほど莫大なものではない。土壁の材料である土も現場の土を掘ってました。しかしそれも難しい貧困地帯に、きっかけとなる資金を提供して、現場では村の衆が集まりみんなで作っていくというやり方のようです。

基本的には財団やファンドから全てを与えるのではなく、「できることは自分たちで」。そしてそのきっかけとしての資金や人材を提供するという形です。

 

現在、現地調査員(Field Officer)が常駐している地域を指し示し説明してくれました。首都ティンプーのヘッドオフィスには  人のスタッフが働いており、加えて13人の現地調査員が地域で働いているのだそう。

「まだまだ人数が足りないので、特に地域調査員の増員に注力しています」

タラヤナ財団の話は少し長くなりそうなので、次回に続きます。

 

 

 

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