本日4月15日より、中島観音堂クラウドファンディングが始まります!
昨年9月に土佐町を襲った台風17号の強風により、土佐町にある中島観音堂の樹齢1200年の金木犀が倒れ、近くの通夜堂と石灯籠を直撃、石階段の手すりも大きな被害を受けました。
中島観音堂には約1200年前に作られた高知県有形文化財である「木造十一面観音像」があり、毎年7月末に行われる中島観音堂夏の大祭の日に年に一度だけ開帳され、土佐町の人はもちろん県内外からも多くの人が参拝に訪れます。夏の大祭の日には、観音堂へ向かう石段の途中にある「通夜堂」の戸も開かれ、揺れる赤い提灯のあかりのもと、飲み物などを振る舞いながら訪れた人を迎えます。
壊れてしまった通夜堂や石灯籠などを修復するには大きなお金が必要です。地域の人たちは何とかしようと町に相談をしたそうですが、資金面でなかなかうまくいかなかったそうです。
それならば「クラウドファンディングに挑戦しよう!」と土佐町役場の若手職員が立ち上がりました。
左から:石川咲・高橋英理子・川村五博・山崎宏樹・町田健太・島﨑祐企(敬称略)
クラウドファンディング(以下CF)に挑戦するこの6人のメンバーは、中島観音堂のある地区を担当する役場職員であり、この地区に住む住民でもあります。
観音堂のある地区は土佐町の中でも人口が多い地区ですが、若い人が少なく、地域のお祭りや行事を担う後継者がいないという問題を長年抱えてきました。中島観音堂夏の大祭の運営も年々厳しくなっているのが現状で、お祭りの存続自体も危ぶまれているそうです。
今回、このCFを成功させて通夜堂や石灯籠を修復することで、再び地域がひとつとなってお祭りを開催し、継続していくきっかけになれたらと彼らの奮闘が始まりました。
夏の大祭の日、観音堂へ向かう石段には赤い提灯のあかりが灯る。写真左にある建物が通夜堂
中島観音堂にある「木造十一面観音立像」
観音堂から下の広場で踊る人たちの姿が見える。きっとこの風景をこの地の先人たちも見つめてきたことだろう
3月のある日「とさちょうものがたりにぜひ協力してほしい」というお話をいただき、とさちょうものがたり編集部は撮影や文章、返礼品としてシルクスクリーンの商品やとさちょうものがたりZINEなどを提供するかたちで協力させていただくことになりました。
このCFのために、メンバーたちは地域の人たちに理解と協力を仰いでもらえるよう説明をし、地元の人に金木犀にまつわる昔話を聞いたり、土佐町ならではの返礼品に知恵を絞り、地元の職人さんの元へと足を運んでいました。なぜこのCFをするのか説明する文章を夜遅くまで考えたり、金木犀を祈祷してもらう住職さんへの連絡がうまくいかず涙を流していたメンバーもいたといいます。他の業務も抱える中で自分の役割を全うしようと汗をかく彼らの向こうに、彼らが大切に思う人たちの姿や守りたい風景が見えるようでした。
とさちょうものがたり編集部はその現場のところどころに立ち会わせてもらい、中島観音堂が地域の人たちの心の拠り所であることをあらためて知ることとなりました。
左:観音堂のある中島地区長の山中泉夫さん。土佐町の文化財保護審議会委員も務め、中島観音堂の歴史にも詳しい
中島地区長である山中泉夫さんは「若い人がこうして動いてくれるのはとてもありがたい。若い人たちは働かないといけないから大変やろうけど、できるだけ参加してもらって、先輩たちと一緒に地域のことを勉強してもらえたら」と話します。
金木犀が倒れたことで屋根が壊れてしまった通夜堂。石段も壊れ、手すりも曲がってしまった
彼らはこのCFを成功させることで、毎年行われる中島観音堂夏の大祭の運営の仕方や後継者不足の問題も解決したいという思いがあります。20代・30代の彼らが地域の将来を見つめ、この地で引き継がれてきたものごとを守りたいという強い思いを持っていることにあらためて驚かされました。
通夜堂の下にある石灯籠もこのような姿になってしまった
引き継がれてきた伝統と人間関係の中に身を置くことには責任が伴い、その地域を構成する一人としての意識と役割を求められます。それはコミュニティを築き、守っていく上でとても大切なことだと思う一方、この地でずっと大切にされて来た地域との繋がりやコミュニティの中に深く入っていくことをどこか躊躇してしまう気持ちが私にはありました。子どもの頃から人口が多い場所で生活してきた私は「その土地で生まれ育つ」ということを意識したことがなかったのです。でも、その意識と役割を当たり前のように持っている彼らのことを、どこか羨ましいと感じる自分もいるのでした。
金木犀の根元にお神酒をお供えする。お神酒はもちろん土佐町の銘酒・桂月。
4月5日、桜吹雪の舞う中、この地を見守ってきた金木犀に感謝の気持ちを伝えるため、隣町の本山町金剛寺の住職である越智栄鐘さんがご祈祷をあげてくださいました。参加した子どもたちも地域の人たちも手を合わせ、金木犀を見つめていました。その光景は、どんな時代も地域の人たちの祈りによってこの町は守られてきたのだということを感じさせるものでした。
越智さんはこう話してくれました。
「金木犀は1200年も前からこの地を見守ってきてくれました。1200年前とは、弘法大師空海が高野山を御開創された頃です。その頃からずっと金木犀は土佐町のこの場所に存在してきた、日本の歴史そのものです。今日、桜が満開ですがこれは生命の息吹そのもの。生きとし生けるもの全てに魂が宿っています。花を咲かせ、散って、また来年花を咲かす。金木犀は倒れていったが、また新しい命が誕生する時でもあると思います」
金木犀が元気だった頃、秋の満開の時には隣町の本山町までその香りを運んでいたそうです。集まった地域の人たちの笑い声が響く中、倒れた金木犀の切り株の脇からは新しい小さな芽が育っていました。
この日の帰り道、倒れた金木犀が置かれている森林組合に立ち寄りました。強風で根こそぎ倒れてしまったのでしょう、太い幹の根元には、いくつもの枝分かれした根が乾いた土をつけたまま行き場を無くしたように広がっていました。
ふと見ると、幹の根元に寄り添うように紫色の小さなすみれの群が花を咲かせていました。去年9月に金木犀が倒れてから、すみれの種はずっとここにあって、暖かい春になるのを待ちわびていたのでしょう。生きとし生けるものの命の営みが静かに繰り返されてきた先に、今、私たちが生きるこの時が存在しているのだと思います。
中島観音堂の前に集まった中島地区の皆さん。「クラウドファンディング、成功させるぞ!」のポーズ
倒れた金木犀の木は、クラウドファンディングの返礼品として生まれ変わりました!
金木犀の枝に寄付してくださった方のお名前を刻印し、夏の大祭当日、赤い提灯と共に飾らせていただきます。
金木犀のコースター。寄付してくださった方のお名前を刻印させていただきます。
返礼品として、とさちょうものがたり編集部が製作したものもご用意しています。
今まで製作した「とさちょうものがたりZINE」。現在05号まで発行されています。
寄付してくださった方にはただいま製作中である「とさちょうものがたりZINE06」をお送り致します。06号では今回のCFのことも取り上げ、寄付してくださった方のお名前を掲載します。
シルクスクリーンで印刷したトートバックもあります。デザインは土佐町の緯度・経度を表しています
トートバックには金木犀の手づくりストラップがついています!
他にも、土佐町ならではの返礼品が色々ありますので、ぜひこちらをご覧ください。
このクラウドファンディングの先に、また新たな道と歴史が拓けていくことと思います。
みなさん、応援よろしくお願いします!