そんなわけではじまった、僕たち家族とミツバチたちの新しい暮らし。
ミツバチが生活の身近に居るようになって、僕の朝のルーティンがひとつ増えた。
それは、巣箱をチェックすること。
朝日が巣箱に当たる時間になると、巣門からミツバチが出てきては飛んでいく。
戻ってきた蜂はお腹いっぱい蜜を集めて巣箱に戻ってくる。たまに花粉を団子状にして後ろ両足に付けて帰ってくる個体もいる。
僕は、ほぼ毎日巣箱に通った。
巣箱に近づいたら、手袋した指をゆっくりと巣門に近づけて「おはよう」と挨拶する。まずは僕の存在を蜂たちに示すためだ。「怖くないよ、仲間だよ」と。それから箱の隣に座り、しばらく彼らの動きを観察するのが日課となった。週に一度くらい床板を取り出して掃除する。板の上には蜜蝋のカスなどのゴミが落ちているので、小箒でさっと払う。またスマホのカメラで箱内部の写真や動画を撮って、行動や様子を確認する。これらの作業は慌てず、落ち着いてすることを意識する。世話する人の気持ちが急いていると、それがミツバチたちに伝わり、彼らを刺激、興奮させてしまうかもしれないからだ。
ミツバチたちは日中、巣門を出たり入ったりしてる。単調な行動ではあるが、これが観ていて飽きない。自分でも意外な気分だった。彼らに対する興味の理由を、自問してもうまく説明できない。近くにいれば刺される可能性はゼロではないし、僕がじっと観ていたところで蜂たちが頑張って蜜を多く運ぶわけでもない。でも、日一日と彼らに愛着が湧くようになる。気がつくと彼らに話しかけていたりする。
養蜂家は、ミツバチたちをまるで家族の一員のように扱っていることが多い。蜂を飼う前はそんな気持ちがよく理解できなかった。蜂は「単なる昆虫の一種」と思っていたが、養蜂をはじめたいまは認識がガラリと変わってしまった。一匹一匹が可愛い、というより、群全体に彼らの意思を感じ取ることができるのが面白い。
ある日、母屋の外で家事をしていた奥さんが、ニホンミツバチを見つけて、
「あ、うちのミツバチ!」
と言った。僕は「名札が付いてるわけでもないのに、どうして分かるのさ」と笑った。
でも、きっと口をついて出てきたのであろう、彼女のその言葉は、ミツバチの存在が確かに僕たちの日常に影響を与えていることを示している。
ミツバチと暮らすことで、彼らの生態を知り、周りの環境のことが気になり、自然の中でどう暮らしていくかのヒントになる。この小さな生き物たちに、僕らが教わることは多い。