2017年10月

土佐町ストーリーズ

晴天の霹靂

私が住んでいる地区では4月と6月と9月に『道つくり』があります。

地区の人達が協力して、草刈りや側溝の掃除をするのです。

 

9月の道つくりの前日、小学校6年生の息子が急に

「明日の道つくり、手伝いたい」

と言ったのです。

 

私が何回も何回もお願いして、やっと重い腰をあげて洗濯物を取り込むあの息子が!

皿洗いを頼むと舌打ちをしながらしぶしぶ皿を洗うあの息子が!

手伝いをしないとゲームさせないよ!!といつも怒られるあの息子(以下略)

 

一時の気の迷いかとも思ったけれど、当日息子は早起きをして父ちゃんと道つくりへ。

草刈り機を扱えるわけでもないので、集会所の草引きをまかされたのだけれど

やり遂げて、地区の人達と一緒に昼ご飯を食べて帰ってきた息子を見て

誇らしい気持ちになりました。

 

少子高齢化で、道つくりの人員がいないという声がチラホラ各所で聞かれる今日この頃。

まだまだ幼いと思っていた息子も、頼れるようになる日が・・・来るのかな?

文:和田亜美 絵:川原将太

私の一冊

澤田しのぶ

 

「雲」  沢田淳

10/8(日)に開催された「下田昌克とさちょうアート展」には大変多くの方々にご参加いただきありがとうございました。

オープニング当日と、それに先立つ1週間の制作期間の模様は、改めて時間をかけて文章や動画でお伝えしていきたいと思っています。

それにしてもいろいろな人に会い、いろいろなことがあった1週間。

下田さん自身のFBを引用させてもらって振り返ってみましょう!

 

大淵に向かう道すがら出会った山の主。

雨の日は、山から立ち上がる雲が「生き物のよう」。

かっこいいけしき!! 竜みたい!! 峯石原あたりの一枚。

澤田誠一郎さんと。「描いているうちに誠一郎さんのかっこよさが際立ってきた」

高須にて。棚田の絶景を臨むお宅にて、昼食をご馳走になったあとお昼寝。

 

みつば保育園にて。そらぐみの子供たちとでっかい絵を描いた!

 

田井に住む103歳の澤田弥生さん。ダンディ!

 

川田ストアのお父さん!! に、似てる。

 

知られざるこんな特技も披露してくれました。

 

ノーコメントです。

 

後半は晴れた日が多かった。

 

さあ「下田昌克とさちょうアート展」スタート!

博太郎さんが軽トラに柿の枝ごと運んできてくれたのは度肝を抜かれました。

かっこよかった!

 

今回はTシャツも作りました。

 

打ち上げ2次会のスナック「なんてん」。エイ子ちゃんの絵も描いてくれました。

 

翌朝。午前中には最後の飾り付け。

期間中、一日に何個もアイスを食べました。

 

さらに詳しいレポートをただいま準備中です。乞うご期待!

土佐町ストーリーズ

ラバウル

澤田千恵野さん(昭和2年生まれ。91歳)の話

私は6人兄弟で兄がひとりおって、兄は海軍に志願をして入ったがですよ。

戦争終わっても行方不明でわからんきね、生きているとは思われんとみんなで思ってました。

もう戦死したつもりでおったのがね、

終戦になって2年くらいしてから、兄がぽっかり帰ってきてね。

突然ふらっと帰ってきて、夢のようだった。

もうびっくりして。父と母も喜んで。

まあ、みんなでほんと、うれし泣き。

 

兄はラバウルへ行っていてね。

海軍でしたき、船に乗っておって、やられてね、敵に。

そして一昼夜泳いだいうて。

泳いでラバウルの島へついて、そしてあちこちしてるうちに帰ってきたがですわ。

ラバウルでマラリアになって、こちらに帰ってきた時、うんと熱が高かって、元気に仕事するようにはならんと言ってね。

熱が高いとビクンッ、ビクンッ、って震えるがですよ。それを私や妹で体を抑えてね。

最後は元気になって、女の子が5人生まれて、孫もそれぞれたくさんできてね。

 

戦争が終わって、ラバウルから帰ってくるまでに2年かかったのよ。

つくりごとではない本当にあったこと。

もっといろいろ話しておかんといけないことがあると思うんですけどね。

 

 

私の一冊

佐藤恵

「はてしない物語」 ミヒャエル・エンデ  上田真而子(訳) 佐藤真理子(訳)  岩波書店

笹のいえ

稲刈り

集落に続く道に面した五畝ほどの田んぼを、今年から借りている。
もともと田んぼだったが、二年間畑として使われたあと、あとを継ぐ人がおらず、僕に声が掛かった。
もう少し米の作付けを増やしたかったので、やらせてもらうことにした。

一年でも米つくりを止めてしまうと、田んぼを元に戻すのに手間が掛かる。
この田んぼもそこここに穴が空き、水を溜めるのに苦労したが、
その後の田植えや草取りは順調で、実りも良く、いよいよ収穫の時期が近づいていた。

夕方から雨になるというこの日、稲刈りをした。

稲を刈り結束するバインダーという機械で作業していると、地主さんがやって来て「はで」の材を出してくれる。

はでとは稲束を乾燥させる物干しのようなもので、地域によって呼び名や構造が違う。
この地域では、木の支柱を立て、竹で数段の干し竿を縛っていくのが一般的だ。
コンバインと呼ばれる大型の機械で刈って、乾燥機を使う方法が主流の昨今だが、
棚田の多い山間では、はで干しもよく見かける。

道沿いにあるので、前を通る人たちが声を掛けてくれる。

「そこはこうやったほうがえい(良い)ぞ」

「こらよう実った」

「えらい(大変な)のに頑張るねえ」

みなさん、田植えからずっとこの田んぼの様子を見ていてくれたみたいだ。
わざわざ車から降りてきて、話をしてくれる人もいる。
そのうち地域の人同士で世間話がはじまる。僕も手を動かしながら、会話に参加する。

予報通り天気は下り坂。空は暗く、雨雲も増えてきた。
いよいよ降るぞ、というころに、はでが完成。
ほとんど休憩も取らず慣れない作業をしたので、疲れた。が、満足だ。

最後まで付き合ってくださった地主さんにお礼を言い、後片付けをする。
その間にも立ち寄ってくれる人が「よくできたねえ」と目を細めてくれる。
まるで、この田んぼが田んぼとして復活するのを待ちわびてくれていたみたいに。

田畑は、お米や野菜を作るだけの場所じゃない。
人が集う交流の場として存在し、地域の中で生きているのだ。

私の一冊

尾崎美穂

 

「ぐりとぐらの1ねんかん」 なかがわりえこ やまわきゆりこ 福音館書店

土佐町ストーリーズ

ミッキィとテイジ

 

土佐町で、カラオケボックスといえば田井の上村商店の横にある『すたあふるうつ』。

でも私が子どもの頃は、同じく田井にあるスーパー、末広ショッピングセンターの隣にサンライズというレストランがあって、

その横にもカラオケボックスがありました。

今ではレストランとカラオケボックスはなくなってオンベリーコというイタリアンレストランになっています。

 

 

小学校の頃、同級生とその保護者で、よく一緒にカラオケに行きました。

 

同級生のお父さんに “ミッキィ” と “テイジくん” がいます。

この ”ミッキィ” のイントネーションは、千葉県にある某ネズミの国のネズミの呼び方とは

また違ったイントネーションなのですが、それはそれとして。

 

この “ミッキィ” 、良く言えば個性的な歌声。

悪く言うと音痴でした。

ごめんねミッキィ。

 

その “ミッキィ” と “テイジくん” が2人で歌う定番の曲がありました。

 

山本コウタローとウイークエンドの『岬めぐり』。

 

2人は普通に歌っているつもりです。

でも、見事にハモるのです(笑)

奇跡のコラボレーション。

子ども達はもう大爆笑。

 

今では一緒にカラオケに行くことなんてなくなってしまったけれど、

また久々に聞きたい、2人の『岬めぐり』。

 

 

文:和田亜美 絵:川原将太

私の一冊

田岡三代

「私の授業 戦前・戦中編」 青木幹勇 明治図書出版

私の一冊

澤田しのぶ

 

「入院心得」 浪越診療所長 おうち牧場主 沢田淳