とさちょうものがたり

土佐町ストーリーズ

長者の家

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むかしむかし、床鍋の保ノ谷のある家に、一晩泊めてほしい言うて女の人が来たそうな。

家の主は、それはしよいことじゃが、食べてもらう物もないが言うたと。

女は、何もいらん、泊めてもらうだけでええ、ただ私の寝た後で楮桶(楮を蒸す桶)をかぶせてほしい言うたと。

主人は言われた通りにしてあげたそうな。

夜が明けて桶をとんとんと叩くと、内からも叩くのであけてやったら、やっぱり人の姿でねよったと。

お世話になった言うて、帰りぎわに、お家はとても裕福なお家になりますよ、言うて出て行ったと。

その家はそれからますます栄えて長者になったそうなが。

桶の中には蛇の鱗が光っていたと。

町史

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「とさちょうものがたりin高知蔦屋書店」では、さば寿司づくり、布ぞうりづくりのワークショップも行いました。

蔦屋書店や道の駅などに置いたチラシ、新聞記事や折込チラシを見て、たくさんの方から申し込みとお問い合わせをいただきました。

参加してくださった皆さん、問い合わせてくださった皆さん、本当にありがとうございました!

 

 

11月17日 布ぞうり作りワークショップ

 

先生は土佐町の筒井政利さん。

昔は学校へ行く時、畑で仕事する時、雨や雪が降ろうがいつもわらじを履いていたそうです。筒井さんは、お父さんが藁でわらじを作っているのを見ながら作り方を覚え、同じ方法で布ぞうりも作り始めたとのこと。長い間、土佐町の人たちに布ぞうりの作り方を教え続けてきました。

とさちょうものがたり編集部も作り方を教えてもらいましたが、作る工程には「お〜〜〜!!」と感動する技がいくつもあって、昔から引き継がれて来た知恵は本当に素晴らしいとあらためて感じました。踏みごごちがとても気持ちが良く、ずっと履いていたいと思うほど。

筒井さんの熟練の技!一人ひとりに丁寧に教えてくださいました。

 

布ぞうりは古い布を裂いたものを自分の手と足を使って編み込んでいきます。何足も作るとなると布もかなりの量が必要になってきます。ワークショップをすることになったと土佐町社会福祉協議会の職員さんに話をすると「それならこれ使って!」と、いつか使う日が来るだろうとしまっておいた布を分けてくれました。助けが必要な時、いつも誰かが力を貸してくれるのは土佐町の懐の深いところです。

 

裂いた布を囲み、お互い教え合いながら作りました。

 

布ぞうりは編み始めが難しいので、そこで皆さん四苦八苦。筒井さんがマンツーマンで教えてくれました。最初に筒井さんに教えてもらった人が他の人にも教えてあげたりと、とても和やかな雰囲気でぞうり作りは進んでいきました。

2時間の予定でしたが時間を大幅にオーバーして、3時間ほどでみなさん完成!
最後のぞうりが仕上がった時「よかった!」と筒井さんがほっとした表情をしていたことがとても印象的でした。

 

 

小学生の女の子も、頑張りました!

色の組み合わせを考えながら最後まで一生懸命作りました。

 

とさちょうものがたりをいつも読んでくださっているという方も。以前、仕事の関係で土佐町に何度も来てくださっていたとのこと。

「このぞうりは孫にあげよう!」とお話されていました。作り方をあっという間に覚えて他の参加者の方に教えてくださいました。ありがとうございました!

 

自分のぞうりが完成すると、皆さんホッとした表情を浮かべ、そして「やったー!」という顔に。ものをつくることのなかには、昔から人が持ち続けている本能的な何かがあるのかもしれませんね。そして純粋に楽しい。

何もなかったところからあらたなものができていくことで、また次の出会いが生まれたりします。そうやってできた一つ一つの結び目が、また次の何かに繋がっていくのだと思います。

 


 

筒井さんもさば寿司の長野さんも今回のワークショップをとても喜んでくれました。

「今回こういう時間を作ってもらって色んな人と知り合えた。ありがとう」。そう言ってくれたことは私たちにとって何より嬉しいことでした。

おふたりは、自分のすることの向こうに誰がいるのか、日々その人たちの顔が見えているのでしょう。そのことが続けていく原動力になっているのではないでしょうか。

 

 

蔦屋書店でのイベントは、とさちょうものがたりが今まで積み重ねて来たこと、今、これからを考える大きなきっかけとなりました。自分たちのする仕事の向こうに誰がいるのか。何のためにこの仕事をするのか。自分たちへのその問いかけをいつも忘れずにいたいと思います。

 

「とさちょうものがたり in 蔦屋書店」、たくさんの方のご縁とご協力のおかげで開催することができました。
皆さま、本当にありがとうございました!

 

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「とさちょうものがたりin高知蔦屋書店」では、さば寿司づくり、布ぞうりづくりのワークショップも行いました。

蔦屋書店や道の駅などに置いたチラシ、新聞記事や折込チラシを見て、たくさんの方から申し込みとお問い合わせをいただきました。

参加してくださった皆さん、問い合わせてくださった皆さん、本当にありがとうございました!

 

 

11月16日 さば寿司づくり

 

さば寿司作りは、定員を大きく上回るほど申込みをいただきました。見るだけでもいいので来たいと言ってくださる方もいて、関心の高さを感じました。

先生は土佐町にある長野商店の店主、長野静代さん。長野さんは現在84歳。地元土佐町の食材を使ったお惣菜やお弁当、皿鉢料理やさば寿司を作り続けて来ました。

今から2年前、とさちょうものがたり編集部は、長野さんにさば寿司の作り方を教えていただきました。寿司飯の絶妙な味付けや、柚子酢に漬け込んださばに寿司飯を包み込む手さばきは惚れ惚れするほどでした。それは経験と時間を積み重ねて来た人だけが持てるもの。それはひとつの素晴らしい文化です。

40年間作り続けて来た長野さんの味と技、その姿をぜひ多くの方に知っていただけたらと思いこのような機会をつくりました。遠く高知市まで来てくださった長野さん、参加してくださった皆さんのおかげです。ありがとうございます。

 

まずは自己紹介からスタート!

 

生のさばを背開きするところを長野さんが実演してくれました。

 

柚子酢に漬けたさばに寿司飯を詰めていきます。

 

参加者の皆さんがそれぞれ一匹ずつ寿司飯を詰めました。いくつも並んださば寿司は壮観!

 

長野さんは「参加してくださった皆さんとお会いできたことがとても嬉しい」そして「とても楽しかった」と話してくれました。

ワークショップ後、自分の写真を見上げる長野さん。

 

参加してくださった方から感想をいただきました。

母がさば寿司を作ってくれていましたが作り方をしっかりと聞かないままでした。もう他界していますので、今回このワークショップを知り、是非参加したいと思い申し込みさせていただきました。家族もさば寿司が大好きですので、これからは作りたいと思います。長野さんのお店にも行ってみたいと思います。こういう機会があれば、是非また参加したいと思います。

 

一度自分の手でさば寿司を作ってみたかった。希望が叶いました。にこやかな長野さんのお人柄にも魅かれて楽しいひと時となりました。

 

以前より、さば寿司の作り方を習いたく、料理本等で作ってみたりしていましたが、実際教えていただいて色々勉強になりました。田舎寿司や郷土料理等、継承していただけると嬉しいです。今度のお正月は家族に尊敬されるかも?

 

今回のさば寿司のワークショップでは、高知ならではの料理の作り方を知りたい、またこういう機会を作ってほしいという声をたくさんいただきました。

高知には山のもの、海のもの、大地から生まれる豊かな恵みがあり、その地に根ざした知恵や手仕事があります。その土地ならではの文化を脈々と引き継いで来た人たちがいるからこそ今の風景があります。市井の人たちのそういった営みが、その土地の輪郭を作り出しているのではないでしょうか。

その土地で生きる人たちが培って来た知恵のバトンを受け取り、また次の人たちへと手渡して引き継いでいく。

とさちょうものがたりとして、そのようなことができたらいいなあと思い始めています。

 

 

参加してくださった皆さんと記念撮影。ワークショップ中、たくさん助けていただきました。皆さん、本当にありがとうございました!

(「とさちょうものがたり in 高知蔦屋書店、ありがとうございました! ワークショップ 布ぞうり編」に続く)

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2019年11月16日・17日、高知蔦屋書店で開催された「とさちょうものがたりin 蔦屋書店」!

来てくださったお客さま、出展者のみなさま、心を寄せてくださったみなさま、蔦屋書店のみなさま、本当にありがとうございました。

 

土佐町の人たち、土佐町の風景が蔦屋書店の風に揺れていました。

天井から土佐町の人たちと風景が揺れていました。

 

階段の踊り場から見た風景は、とても感慨深いものでした。

 

2階へ上がる階段横にも展示。

 

蔦屋書店正面入り口から見上げたところにも写真を展示しました。

 

数日前からコツコツと写真展の準備を開始。天井から吊るすことができる写真が想定していたよりも少なくなり、書店の担当者さんと相談して階段横や入り口正面にも展示ができるようにしました。本当に終わるのか?やれるのか?その気持ちは準備を進めるうちに消えて行きました。

他にもキネマ土佐町の上映準備や土佐町のポストカードを持ち帰ることができるように並べ、土佐町で暮らす人たちや風景のもとに吹く風を少しでも届けることができたらと思いながら会場を整えました。

あとは本番を迎えるだけ!この日までにやれることはやりきりました。

 

どんな景色が見えるかと本番が楽しみであると同時に、少し緊張もありながら当日を迎えました。

土佐町の出店者のみなさんが次々と到着し、自分の場所の準備をしている姿を見て「ああ、もう大丈夫だ」と心から思えたことはとてもうれしくありがたいことでした。この日を迎える前に、出店者の皆さんの仕事場へ伺い取材させてもらいました。どんな思いで仕事をして来たのか、喜びややりがい、しんどさ…。その人それぞれの持つ背景がこの会場の雰囲気と見事に重なっていたように思います。不思議なもので、その人それぞれが積み重ねてきたものは、姿そのものやその場の空気となって現れるものなのだなと感じます。

MISHIMA FARMの山中敏雄さん

 

sanchikaraの駄太井玲二さんと石原地区の山下恵子さん

 

季節の焼き菓子orioriの仙田聡美さん

 

山根くんのコーヒーの山根総介さん

 

le petit gouter (ルプチグーテ)の尾﨑美穂さん

 

笹のいえの渡貫洋介さん・子嶺麻さん・月詠さん

 

Forestさん(店主の宅間宏治さんを写すチャンスを逃してしまいすみません‥)

 

とさちょうものがたりが始まって2年半。高知蔦屋書店で開催できたのは、今まで出会った方たちとのいくつものご縁のおかげです。大切な人たちや重ねて来たかけがえのない思い出がいくつも心に浮かびます。蔦屋書店であらたな風景を見せていただいたことは、私たち編集部にとって大きな宝となりました。

 

 

 

書店入り口では、土佐町高須地区の花農家さんである澤田順一さん・みどりさん、息子の光さんが育てたトルコキキョウをお客さまに手渡しました。そのトルコキキョウは「みどり」という名前で、花びらの縁は淡い黄緑色をしています。(書店内の花屋さんは「お店に並べたいけれどなかなか手に入らない種類です」と話していました)

 

 

土佐町で育っているままの姿を届けたくて、あえてラッピングはせず、そのままのお花をお渡ししました。少し驚きながらもとても嬉しそうに受け取ってくださるお客さまたち。希望する方は新聞で包んで持ち帰ることができるようにしたのですが、お花を包む人のはにかむような嬉しそうな顔!

 

小さなお子さんがうれしそうにお花を手にしていた姿がうれしかったです。

 

トルコキキョウを手渡してくれた土佐町役場のおふたり

 

一本のお花を受け取る人たちの姿を見て、大切なのはこういうことなのではないかと感じました。ものや情報に溢れる今の世の中、本当に大切なことまで埋もれてしまっていないだろうか?心を込めて育てた一本のお花がその人の手の元へ届く。そのままがいいのだと思えたのです。

 

トルコキキョウが土佐町に吹いている風のそのままを、お客さまに届けてくれたように思います。

 

(「とさちょうものがたり in 高知蔦屋書店、ありがとうございました!ワークショップ編」に続く)

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私の一冊

矢野ゆかり

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「闇の守り人」 上橋菜穂子 偕成社

私は図書室で貸りた2冊を一晩で読みきり、守り人シリーズを進めてくれた友人に感謝を伝えにいきました。そのとき彼女は「私は闇の守り人が好き。特にバルサとヒョウルの舞う、槍舞いのところがすごい好き。想像できても言葉にできん。」確かこのように言っていたように思います。

今回の私の一冊は、「精霊の守り人」の続編、「闇の守り人」。

この巻は女用心棒として誰かを守ることで物語られるバルサが、自身の壮絶な過去と向き合う話です。

王弟の野心のため謀殺された父。親友である父の願いを受け入れ、地位も家族もすべてを捨て、自分を助け逃げ続けてくれたジグロ。追っ手として差し向けられたのは、かつてのジグロの盟友であり親友達。バルサの為に、彼らすべてを殺さなければならなかった、ジグロ。バルサは王弟に復讐するため、狂ったように短槍を振いました。ジグロは幼いバルサに槍術や体術と共に、様々な生きる術を叩き込んだのです。独りでも生きていけるように。しかし、バルサが夢みた復讐は王弟の病死であっけなく潰え、ジグロは病を得てあっという間に朽ちるように亡くなりました。それが6年前のこと、バルサが25~26歳の時です(私が前回物語に登場する歳に近づいたと表現したのは、このことからです)。彼女は過去をまざまざと思い出しながら、25年前、故郷のカンバル王国から新ヨゴ皇国へ逃げ道として使った、滝の流れ出る常闇の洞窟の前に立っていました。

「闇の守り人」は既に終わったはずの物語から、新たに始まる物語なのです。

故郷は記憶の通り貧しくとも、澄んだ空気に高い空に白く光る山々でとても美しい国でした。しかし、今だに続く陰謀が国を未曾有の危機にさらしていたのです。バルサも否応なく巻き込まれていきます。バルサは思います。どうして己はフクロウに追われるネズミのように、逃げ続けているのだろう。いっそ、この怒りの先に何があるか突き抜けてみよう。と。

バルサは、踏みにじられた父や己や養父ジグロの人生、人を殺す道を歩まざるを得なかった苦しみや痛み。復讐の相手はおらずとも、くすぶり続ける怒りと憎しみ。武人として戦わずにいられない暗い疼きと凶暴性。ジグロへの負い目や後悔。すべてに向き合い、怒りの向こう側へ向けて、答えを槍舞いに込めます。

私は「闇の守り人」に妙に引っ掛かりを覚えていました。読んでいると時々心がじくじくするのです。ジグロは王家の武術指南役で氏族長の次男であり、幼くして槍術の神童と呼ばれ誉高い人間でした。ですが、バルサを助けるために全てを捨てました。後悔がないとは言えないはずです。刺客たちは、かつての親友なのです。親友達の命を絶つ度に慟哭し身を割くような痛みを感じていたジグロ。一瞬でも、バルサさえいなければと、思わなかったはずがありません。著者はそのような場面を躊躇なく描きます。描写します。読者に想像させます。

私はこれを現実に置き換えてしまうことが度々あります。実の親子でもこの子さえ居なければ…“と思う一瞬が、誰にでもあるのではないかと思うのです。私は親ではないので、親の立場では分かりません。ただ慄くだけです。子としては、この子さえ居なければと親に思われる事があったのではないか、それだけの事を私はしたはずだといつも確信していました。私なんて、いない方がいい。この家族は4人家族でいいと、勝手に思ってしまうのです。この思考回路は、明らかに持病の一因です。

著者は、槍舞いで、体の動きや音や色を的確に描写し、二人の感情の全てを映し出しています。惜し気なくさらけだし、躊躇なくぶつかり合わせている。そうして、バルサはジグロの心を救い清め、シグロはバルサの心を慰め癒していく。舞い終わった後には新たな絆が結いなおされています。そういえば、この場面を最近私は体験したように思います。あれは多分、私と両親の槍舞いでした。私がこの世から居なくなりたいと思って行動した時、思っていたことを伝えた時、そうじゃない、ゆかりは大丈夫だと、大事だから必要だからと、両親に鼓舞されました。私は両親の言葉を信じました。なにかが結い直されたんんだと感じました。

今となっては、私の感じる「闇の守り人」に対する妙なじくじくした気持ちは、この感情をぶつけ合いへの羨ましさだったのかもしれません。今は守り人シリーズの中でも特別な1冊のひとつです。槍舞いは作中にある通り、ヒョウルを弔い、清める儀式。自分の中にあるどうにもならない気持ちを、どこかにぶつけて弔って清めてまた新しく、そんなイメージが持てるこの本は、私のような()ちょっと病んだ人や、悩める大人にオススメです。もちろん、小学生の時に出会っておくのも間違いありません。友達に「この本すっごくいいよ!」と自慢できるのですから。

それではこの辺で。

~ちょっと続き~

私に守り人シリーズを勧めてくれた大恩あるその友人は保育園、小中学校、高校、大学(学部は違えど)ほぼ一緒の腐れ縁です。彼女は今、白衣の天使もとい、白衣の阿修羅として日夜働いています(彼女を怒らせたくはありません!)。またしばらくしたら飲みに誘う予定です。近状報告と、守り人シリーズの話でもしながら。

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みんなのアルバム

相川小の二本杉

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「相川小学校の本棚から」シリーズです。

この二本杉、見覚えがある方々も多いのでは?

「みんなのアルバム」は土佐町の昔の写真を発掘して、みんなの「記憶の財産」として共有しましょう、という連載です。

昔を懐かしむためではなく、この地の人々はこうして町を作ってきたという道を少しでも知るために。

しばらく情報の全くわからない写真が続きますがひらにご容赦を!

公開した写真の情報は、どんな小さなことでも募集中です。なにかしらピンときた方は編集部までご連絡をお願いします。

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みんなのアルバム

若者たち

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こちらも、相川小学校の古いアルバムからの1枚。

現代でいえば、年頃は高校生ぐらいでしょうか。

卒業記念なのか何なのかわかりませんが、きっと当時は一人前になるのが今よりも早かった時代。

彼らもすでに大人の仲間入りをする頃なのではないでしょうか。

娘たちの着物は絵柄が豊かで、思わずカラーで見てみたいなあと思ってしまいます。

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くだらな土佐弁辞典

ひだるがつく

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ひだるがつく

ひだるは西日本やこの地域に伝わる妖怪・憑き物。人間に空腹感をもたらすと言われています。

山の中を歩く際に、ひだるがつくと体が動かなくなるそうで、そのための対策としてお弁当の中身を全て食べ切ってしまわないで、帰り道のために少しだけ残しておくように、という教えがあったそうです。

*これは、土佐町社会福祉協議会の上田大さんが教えてくれた土佐弁です。「おじいちゃんが言ってた。ひだるが来たらいかんき、一口(お弁当を)残しておく、って」。

 

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土佐町ストーリーズ

竈ヶ森と粟神楽(峰石原)

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現在の芥川が十郎丸と呼ばれていた養老年間のこと、兄九郎丸は黒丸に住み、弟十郎丸は十郎丸(芥川)に住んでいた。

ある年のこと、不作で食べる物もなくなったことがあった。十郎丸の子(一説には九郎丸の子)粟丸が三宝山に行きお願いしたところ、どこからともなく老人が現れ「粟を汲み切り、一升まけ。そうすれば秋には、三石三斗三升の収穫があるであろう。そのお礼に粟の神楽をしなさい。粟神楽とは、清浄な所に竃を作り、三升炊きの羽釜に三升三合三勺の粟を十二回洗ってコシキに入れて蒸し、湯の沸き上がる時に神々を招けば、神々が喜んで召し上がる。もし粟神楽をしない時は、命はないと思え」と告げて、姿を消してしまったという。

そして、秋の取り入れをむかえ、その年は豊作だった。それで約束通り、粟神楽を行った。その竃を作った所が、竈ヶ森(へっついがもり)である。

 

また、竈ヶ森には次のような話もある。

清水村(現在の吾北村清水)に名剣を持った浪人が、度々山へ行って殺生をしていた。

ある日のこと、二羽の山鳥が激しく浪人に襲いかかってきた。浪人は名剣で斬りかかるが、山鳥は刀先をかわし、尚も襲いかかる。半時ぐらい争ったであろうか、やっとのことで一羽の山鳥の片羽に切り込んだ。そして、その山鳥は竈ヶ森で傷ついた羽を休めていた。そのことを知った浪人は、その山鳥を追って山に入り、行方不明になったという。大神は、もう一羽の山鳥に乗って、竈ヶ森に着いたという。

傷ついた山鳥は、水を欲しくて飛ぼうとするが羽ばたけず、周りが六尋の杉の大木に喰いついた。すると、その杉の根元から泉が湧き出て、山鳥はその水を飲んで傷を直したという。

この泉からできる湿田には、夏になると蚊にくわれないために、泥まみれになりに猪が来る。

ある時、そこに現れた猪を殺生人が待ち構えて撃った。泉は血で真っ赤に染まった。大神は怒り、たちまち暗闇になったかと思うと大雨となり、稲妻の光に恐れをなした殺生人は、家に着くと間もなく息絶えてしまったという。

町史

 

筒井賀恒 (東石原)

 

*賀恒さんのことを書いた記事はこちらです。

高峯神社の守り人 その1

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土佐町ポストカードプロジェクト

2019 Oct.

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平石 毘沙門堂 | 鳥山紬

 

平石の入り口に鎮座して集落を守る毘沙門堂。このお堂に建つ樹齢400年の4本杉のうちの一本を撮影させてもらいました。

撮影しながらとても不思議な気分になりますが、400年前からこの杉は平石の集落の人々を見続けている。400年の間にはこうして子どもが会いに来ることも数えきれないほどあったことでしょう。

こうした古木の木肌には、個人的になにかとても惹きつけられるものがあって、古木を見つけるたびについ撮影してしまいます。

こうして表に出すことは少ないですが、意外と木肌の写真はたくさん持っていたりするのです。

 

 

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