とさちょうものがたり

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

矢野ゆかり

「闇の守り人」 上橋菜穂子 偕成社

私は図書室で貸りた2冊を一晩で読みきり、守り人シリーズを進めてくれた友人に感謝を伝えにいきました。そのとき彼女は「私は闇の守り人が好き。特にバルサとヒョウルの舞う、槍舞いのところが…すごい好き。想像できても言葉にできん。」確かこのように言っていたように思います。

今回の私の一冊は、「精霊の守り人」の続編、「闇の守り人」。

この巻は女用心棒として誰かを守ることで物語られるバルサが、自身の壮絶な過去と向き合う話です。

王弟の野心のため謀殺された父。親友である父の願いを受け入れ、地位も家族もすべてを捨て、自分を助け逃げ続けてくれたジグロ。追っ手として差し向けられたのは、かつてのジグロの盟友であり親友達。バルサの為に、彼らすべてを殺さなければならなかった、ジグロ。バルサは王弟に復讐するため、狂ったように短槍を振いました。ジグロは幼いバルサに槍術や体術と共に、様々な生きる術を叩き込んだのです。独りでも生きていけるように。しかし、バルサが夢みた復讐は王弟の病死であっけなく潰え、ジグロは病を得てあっという間に朽ちるように亡くなりました。それが6年前のこと、バルサが25~26歳の時です(私が前回物語に登場する歳に近づいたと表現したのは、このことからです)。彼女は過去をまざまざと思い出しながら、25年前、故郷のカンバル王国から新ヨゴ皇国へ逃げ道として使った、滝の流れ出る常闇の洞窟の前に立っていました。

「闇の守り人」は既に終わったはずの物語から、新たに始まる物語なのです。

故郷は記憶の通り貧しくとも、澄んだ空気に高い空に白く光る山々でとても美しい国でした。しかし、今だに続く陰謀が国を未曾有の危機にさらしていたのです。バルサも否応なく巻き込まれていきます。バルサは思います。“どうして己はフクロウに追われるネズミのように、逃げ続けているのだろう。いっそ、この怒りの先に何があるか突き抜けてみよう。“と。

バルサは、踏みにじられた父や己や養父ジグロの人生、人を殺す道を歩まざるを得なかった苦しみや痛み。復讐の相手はおらずとも、くすぶり続ける怒りと憎しみ。武人として戦わずにいられない暗い疼きと凶暴性。ジグロへの負い目や後悔。すべてに向き合い、怒りの向こう側へ向けて、答えを槍舞いに込めます。

私は「闇の守り人」に妙に引っ掛かりを覚えていました。読んでいると時々心がじくじくするのです。ジグロは王家の武術指南役で氏族長の次男であり、幼くして槍術の神童と呼ばれ誉高い人間でした。ですが、バルサを助けるために全てを捨てました。後悔がないとは言えないはずです。刺客たちは、かつての親友なのです。親友達の命を絶つ度に慟哭し身を割くような痛みを感じていたジグロ。一瞬でも、“バルサさえいなければ“と、思わなかったはずがありません。著者はそのような場面を躊躇なく描きます。描写します。読者に想像させます。

私はこれを現実に置き換えてしまうことが度々あります。実の親子でも“この子さえ居なければ…“と思う一瞬が、誰にでもあるのではないかと思うのです。私は親ではないので、親の立場では分かりません。ただ慄くだけです。子としては、“この子さえ居なければ…と親に思われる事があったのではないか、それだけの事を私はしたはずだ“といつも確信していました。“私なんて、いない方がいい。この家族は4人家族でいい“と、勝手に思ってしまうのです。この思考回路は、明らかに持病の一因です。

著者は、槍舞いで、体の動きや音や色を的確に描写し、二人の感情の全てを映し出しています。惜し気なくさらけだし、躊躇なくぶつかり合わせている。そうして、バルサはジグロの心を救い清め、シグロはバルサの心を慰め癒していく。舞い終わった後には新たな絆が結いなおされています。そういえば、この場面を最近私は体験したように思います。あれは多分、私と両親の槍舞いでした。私がこの世から居なくなりたいと思って行動した時、思っていたことを伝えた時、そうじゃない、ゆかりは大丈夫だと、大事だから必要だからと、両親に鼓舞されました。私は両親の言葉を信じました。なにかが結い直されたんんだと感じました。

今となっては、私の感じる「闇の守り人」に対する妙なじくじくした気持ちは、この感情をぶつけ合いへの羨ましさだったのかもしれません。今は守り人シリーズの中でも特別な1冊のひとつです。槍舞いは作中にある通り、ヒョウルを弔い、清める儀式。自分の中にあるどうにもならない気持ちを、どこかにぶつけて弔って清めてまた新しく、そんなイメージが持てるこの本は、私のような(笑)ちょっと病んだ人や、悩める大人にオススメです。もちろん、小学生の時に出会っておくのも間違いありません。友達に「この本すっごくいいよ!」と自慢できるのですから。

それではこの辺で。

~ちょっと続き~

私に守り人シリーズを勧めてくれた大恩あるその友人は保育園、小中学校、高校、大学(学部は違えど)ほぼ一緒の腐れ縁です。彼女は今、白衣の天使もとい、白衣の阿修羅として日夜働いています(彼女を怒らせたくはありません!)。またしばらくしたら飲みに誘う予定です。近状報告と、守り人シリーズの話でもしながら。

みんなのアルバム

相川小の二本杉

「相川小学校の本棚から」シリーズです。

この二本杉、見覚えがある方々も多いのでは?

「みんなのアルバム」は土佐町の昔の写真を発掘して、みんなの「記憶の財産」として共有しましょう、という連載です。

昔を懐かしむためではなく、この地の人々はこうして町を作ってきたという道を少しでも知るために。

しばらく情報の全くわからない写真が続きますがひらにご容赦を!

公開した写真の情報は、どんな小さなことでも募集中です。なにかしらピンときた方は編集部までご連絡をお願いします。

みんなのアルバム

若者たち

こちらも、相川小学校の古いアルバムからの1枚。

現代でいえば、年頃は高校生ぐらいでしょうか。

卒業記念なのか何なのかわかりませんが、きっと当時は一人前になるのが今よりも早かった時代。

彼らもすでに大人の仲間入りをする頃なのではないでしょうか。

娘たちの着物は絵柄が豊かで、思わずカラーで見てみたいなあと思ってしまいます。

くだらな土佐弁辞典

ひだるがつく

 

ひだるがつく

ひだるは西日本やこの地域に伝わる妖怪・憑き物。人間に空腹感をもたらすと言われています。

山の中を歩く際に、ひだるがつくと体が動かなくなるそうで、そのための対策としてお弁当の中身を全て食べ切ってしまわないで、帰り道のために少しだけ残しておくように、という教えがあったそうです。

*これは、土佐町社会福祉協議会の上田大さんが教えてくれた土佐弁です。「おじいちゃんが言ってた。ひだるが来たらいかんき、一口(お弁当を)残しておく、って」。

 

土佐町ストーリーズ

竈ヶ森と粟神楽(峰石原)

現在の芥川が十郎丸と呼ばれていた養老年間のこと、兄九郎丸は黒丸に住み、弟十郎丸は十郎丸(芥川)に住んでいた。

ある年のこと、不作で食べる物もなくなったことがあった。十郎丸の子(一説には九郎丸の子)粟丸が三宝山に行きお願いしたところ、どこからともなく老人が現れ「粟を汲み切り、一升まけ。そうすれば秋には、三石三斗三升の収穫があるであろう。そのお礼に粟の神楽をしなさい。粟神楽とは、清浄な所に竃を作り、三升炊きの羽釜に三升三合三勺の粟を十二回洗ってコシキに入れて蒸し、湯の沸き上がる時に神々を招けば、神々が喜んで召し上がる。もし粟神楽をしない時は、命はないと思え」と告げて、姿を消してしまったという。

そして、秋の取り入れをむかえ、その年は豊作だった。それで約束通り、粟神楽を行った。その竃を作った所が、竈ヶ森(へっついがもり)である。

 

また、竈ヶ森には次のような話もある。

清水村(現在の吾北村清水)に名剣を持った浪人が、度々山へ行って殺生をしていた。

ある日のこと、二羽の山鳥が激しく浪人に襲いかかってきた。浪人は名剣で斬りかかるが、山鳥は刀先をかわし、尚も襲いかかる。半時ぐらい争ったであろうか、やっとのことで一羽の山鳥の片羽に切り込んだ。そして、その山鳥は竈ヶ森で傷ついた羽を休めていた。そのことを知った浪人は、その山鳥を追って山に入り、行方不明になったという。大神は、もう一羽の山鳥に乗って、竈ヶ森に着いたという。

傷ついた山鳥は、水を欲しくて飛ぼうとするが羽ばたけず、周りが六尋の杉の大木に喰いついた。すると、その杉の根元から泉が湧き出て、山鳥はその水を飲んで傷を直したという。

この泉からできる湿田には、夏になると蚊にくわれないために、泥まみれになりに猪が来る。

ある時、そこに現れた猪を殺生人が待ち構えて撃った。泉は血で真っ赤に染まった。大神は怒り、たちまち暗闇になったかと思うと大雨となり、稲妻の光に恐れをなした殺生人は、家に着くと間もなく息絶えてしまったという。

町史

 

筒井賀恒 (東石原)

 

*賀恒さんのことを書いた記事はこちらです。

高峯神社の守り人 その1

土佐町ポストカードプロジェクト

2019 Oct.

平石 毘沙門堂 | 鳥山紬

 

平石の入り口に鎮座して集落を守る毘沙門堂。このお堂に建つ樹齢400年の4本杉のうちの一本を撮影させてもらいました。

撮影しながらとても不思議な気分になりますが、400年前からこの杉は平石の集落の人々を見続けている。400年の間にはこうして子どもが会いに来ることも数えきれないほどあったことでしょう。

こうした古木の木肌には、個人的になにかとても惹きつけられるものがあって、古木を見つけるたびについ撮影してしまいます。

こうして表に出すことは少ないですが、意外と木肌の写真はたくさん持っていたりするのです。

 

 

とさちょうものづくり

土佐町の生産者さんへ

ステッカーは赤と紫の2種類です。

切手サイズの土佐町ステッカーを作りました!

 

以前作ったものがしばらく品切れ状態でしたが、大幅に増刷しました。

土佐町役場・企画推進課の窓口にて無料で配布しています。

 

野菜、お弁当、果物などなど、土佐町で製造している商品にどんどん貼ってください。貼っていたほうが売り上げが伸びるよという嬉しいお言葉もいただいています。

商品の業種に関わらず、土佐町の生産者の方々が無料で使用できます。食品以外でも大丈夫ですよ。

土佐町役場1F・企画推進課の窓口にて配布しております。みなさまにどんどん使っていただいて、「土佐町ブランド」を浸透させていってください!

赤や黄色の野菜などは紫がいいですね

緑の葉物は赤いステッカーが映えます

 

 

私の一冊

鈴木愛音

「Harry Potter and the Sorcerer’s Stone」 J. K. Rowling    Bloomsbury Publishing

私は小さい時から本を読むのが好きで、先生がこの本をすすめてくれたのがきっかけでこの本が好きになりました。

私は特に第一巻が好きです。なぜなら、いつもいとこにからかわれていたハリーがとつ然、自分がま法使いだということを知らされた所からとてもひきこまれ、ホグワーツ城での生活まで、全部面白かったからです。その中でも特に心に残っている場面は、ホグワーツの食事です。ありとあらゆる食べ物がいっぱいあって、デザートもとてもおいしそうでした。私もホグワーツで食事をしたいと思いました。

また、ハリーの勇かんさ、ロンやハーマイオニー達仲間の大切さがとても伝わってくるのが好きです。

この一冊は何度でも読み返したくなります。ぜひ、読んでみてください。

鈴木愛音

 

メディアとお手紙

お便りの紹介 

 

「とさちょうものがたり」が始まってから、お手紙やはがき、メールなどで編集部へたくさんのお便りをいただいてきました。今まで届いたお便りはすべて大切に読ませていただいています。なかには文通のようにはがきでのやりとりが続いている方も。心を寄せてくださっている方がいるということは、私たち編集部にとって大きな励みとなっています。

この「メディアとお便り」のコーナーでは、今までいただいたお便りを少しずつ紹介していきたいと思っています。

【大阪府 吉田美紗子さんより】

早速、とさちょうものがたりのバックナンバーをご恵贈いただき、何とお礼を申してよいか、大変嬉しくまことに有難うございました。お時間のある時どころか、すぐにこれまた楽しいイラストの茶封筒を丁寧に開封し、一気に3冊とも驚きと感動をもって読みました。
そしてどの号も、読んで終わりというものでなく、いつでも折にふれて手にとって読み、かつ眺めて、心やすらぎ心あたたまるものだとの感を深くしました。
(中略)
先日は04号をたくさんいただき、心ばかりのお礼のしるし、エールを込めて、おやつ少々お届けします。

 

*「とさちょうものがたりZINE04」を発行してから数日たったある日、土佐町役場へ電話がありました。「友人たちへも配りたいのでとさちょうものがたりZINE04号を送ってほしい」とのこと。それが吉田さんとの初めてのやりとりでした。

「(04号の筆者である)窪内隆起さんから私のところへ04号が送られてきたんです。夫が生きていたらこの本の存在を本当に喜んで周りの大切な友人たちに配っただろうと思い、何冊か送ってくれるようお願いしました。夫のお仏壇にも供えました」
と話してくださいました。
窪内さんにこのことをお伝えすると、吉田さんも吉田さんのご主人も産経新聞の記者だったとのこと、お二人は窪内さんが産経新聞記者だった時代の大先輩だったのです。吉田さんは司馬遼太郎さんの奥様であり同じく産経新聞の記者であったみどりさんとも親しい友人であったそう。この世界の風景を一本のペンで記し続けてきた大先輩たちの存在をあらためて感じ、背筋が伸びるような気持ちがしました。

 

 

【千葉県 さやさんより】

はじめてお便りをさしあげます。東京上野の国際こども図書館で「とさちょうものがたり」を見つけました。「とさちょう」ってどこ?「ものがたり」とは?
一枚刷のチラシの中で、ちゃんとした冊子はものすごく目立っていました。中身は…、おもしろかったですね。
私は信州の農村で育ちましたが、昔の思い出につながるような場面が多く、大きな共感と親しみとなつかしさを感じました。窪内さんのたくましさ、創意工夫の冴え。もっと著書を読んでみたくなりました。

 

*とさちょうものがたりZINEは、全国各地のさまざまな場所へ送らせていただいていますが、東京の上野にある「国際こども図書館」もその一つです。ある日届いたこのハガキは、国際こども図書館で確かにとさちょうものがたりZINE04号を受け取ってくれた人がいたことを私たち編集部に教えてくれました。このハガキの返事とともに、信州の農村と重なるものがあるかもしれないとZINE02号を同封しました。次のおたよりは、さやさんよりいただいたそのお返事です。

 

 

今頃、土佐町の秋はどんなにかきれいでしょうね。彼岸花は咲いていますか。稲刈りはもう済んだのでしょうか…。雲海や夕焼け、清流…。本当に懐かしく、思い出深く、故郷との縁がうすくなったとはいえ、胸がしめつけられるような感じでした。
町内の皆さんの笑顔がいいですね。大がかりなプロジェクトでしょうが、是非完成させてください。亡くなった方のお宅が紹介されていましたが、添えられた言葉とともにあったかい写真でした。

 

*その後、さやさんとは、何度かハガキでやりとりさせていただいていますが、直筆の手紙というものはいいものだなあと感じています。いただいたお手紙を時々読み返しては、初心を思い出しています。本当にありがとうございます。

くだらな土佐弁辞典

ざんじ

ざんじ

【副】すぐ、暫時

例:「ざんじやる」(すぐやる)

「ざんじ帰る」(すぐ帰る)

「サンジはざんじ蹴る」 (サンジはすぐに蹴る)