実りの秋もだいぶふけてきた。野山の生き物たちは、冬に向けて準備をするのに忙しい。そんな秋の日の出来事だった。
シルクスクリーンのバイトがあって、私は普段より少し早めに家を出ようとしていた。家の北側、山に面した軒下に置いてある原付に乗ろうとする。
(なんかおかしい……。)
見慣れた裏庭が変だ。あちこち掘り起こされ、苔むした道の土があらわになり、荒らされている。そして砂利に刻まれた足跡。

「こりゃいかん!」
私はこんなことをしでかすやつを知っている。猪だ。そういえば最近ガサゴソガサゴソ、夜中に音が聞こえてきていた。幸い、足跡は小さく、掘り返されたところもそんなにひどくはない。まだ若い個体だろうと目星をつけた。
夕方、父が田んぼから帰ってきたところをつかまえ、そこに案内した。
「こりゃあ、若い猪じゃねえ。」
父は困った顔で言った。

とにかくその日から、夜に外へ出るときは注意を払うことになった。ふと、父が、
「もしかしたら“のい”かもしれんけんど、違うろうねぇ。」
と、まるで”そうであったらどれだけいいか…”とでもいうようにタバコの灰を落としながら言った。
さてクエスチョン。
“のい”とはなーんだ!
ヒント:同じ穴のムジナ
ダダダダ、ダン!
正解は土佐弁で、
“アナグマ”
のことである。
クリーム色の長い胴体に、目の周りは黒くなっていて、温厚でちょっとドジな生き物だ。ジビエにすると大変美味であるらしいが、食べたことはない。秋の夜に工石山(くいしやま)を越えて移動するとき、大概1匹は目にする。(盛ってはいない。本当だ。)
それからしばらくして、今度は山の近くの父の田んぼに猪が出た。「猪が入った田んぼは獣の匂いがついて食べられない」という噂を耳にしたことがあるくらい、刈り時の稲を荒らすのでタチが悪い。
猪は猪突猛進で突っ込んでいくイメージがあるかと思うが、急加速や急ターン、ジャンプなど身体能力が高い。そして“わさ(くくり罠)”にかかった時、足を引きちぎってでも逃げる怖さがある。
さて、私には猪と聞いて忘れられない人がいる。のぶさんという方だ。私は保育園デビューよりも先に、のぶさんのうちで行われた“おきゃく”にデビューした記憶がある。どういう経緯だったのかはさっぱり分からない。けれど家族ぐるみで付き合いさせてもらっていた。
私はのぶさんにかわいがってもらい、10月の私の誕生日に近づくと、私を主役にした“おきゃく”を開いてもらった。今でも豪快に笑うのぶさんの笑顔は、懐かしく思い出せる。
今回、猪の写真を撮らせてもらいに、のぶさんが好きだったビールをキンキンに冷やしてお宅に伺った。そして、仏前に供える。(一緒に飲みたかったな……。)と思いながら。
のぶさんの話の中でも、強烈なインパクトを持って忘れられない出来事がある。のぶさんが、大きな猪を仕留めた時の写真だ。
のぶさんは偉そうに仕留めた猪を見せびらかすわけではなく、「こんな手強いのは初めてだった」と畏怖を込めて写真を見せていたように思う。
(この写真の個体ではないが参考に↓)

さらに私を恐怖させたのが、これまた大きな、立派な牙の猪との死闘の話だった。猪に襲われ、下顎の牙で太ももを切り裂かれた。お返しにのぶさんは背負い投げをしたと笑っていた。その時の傷はひどく膿んで、長く病院にお世話になったという。

↑↑この写真はその時の個体の、上顎の牙と下顎の牙だ。のぶさんが怪我を負ったため、正確な体長の記載はない。が、記念の牙にはおおよそ25貫あまり(90キロを超えている!)と記載がある。まさに、山の主。リアル『もののけ姫』の世界。幼い私はその大きさに驚き、
(こんなに大きな猪がいるなら、人に恨みを持ったヤツは祟り神になるに違いない!布団から体がでてなかったら、呪いはかからんろうか……。)
と、夜な夜な恐怖に駆られることとなった。祟り神が襲ってきても大丈夫なように布団にくるまって寝ていたのも、なんだか子どもらしくて笑ってしまう。実際、50貫を超える大物を、父の従兄弟が捕まえて、新聞に載ったのだ。なので、当時の私の恐怖心はリアルなものだった。
昨今、鳥獣被害は深刻だ。増えすぎた鹿に猪、街に降りてくる熊。それもこれも人間が自然界のピラミッドを壊したせいであると思う。熊と共に頂点捕食者であった狼の絶滅。里山の荒廃。どれもこれも人間のせいである。なんと因果なことか。
頂点捕食者が欠けた今、それを補うのは人間の務めではなかろうか。熊は片腕を振るえば、人間の意識を刈り取ることができる。なので熊ばかりが増えてもらっては、収拾がつかない。
さらに今の課題は、猟師が減っていることだ。害獣として仕留めれば報奨金などは支払われるが、狩猟具のメンテナンスや消耗品費用を含めれば、猟師は赤字だろう。だから、狩猟に出ても処理できずに土の中に埋めてしまう獲物を、市場に流通させる仕組みを作る。そこで金銭を発生させ、猟師に還元すると良いのではないか……と素人は考えてみたりする。まあ、それがマジョリティになっていない理由も、よく分かっているつもりだが。
我が家に侵略してきたのが猪なのか、“のい”なのかは定かではない。土佐町はたまたま四国の熊がいない(らしい)、場所にあるラッキーな所だ。だからこそ、狩猟した獲物をみんなで食べるシステムが生まれたら、獣害に苦しむ場所にも少しは貢献できるのではないか……と、狩猟免許も持たない素人は感じるのであった。
冬になれば、本格的な猟が解禁になる。私はおすそ分けでいただくジビエをありがたく頂戴し、毎回人間の業の深さに罪悪感を覚えるだろうと思う。そして、亡くなったのぶさんの顔を思い出し、(あぁ、会いたいなぁ…。)と無性に寂しくなるだろう。

そして、害獣に指定されているわけではないが、畑でちょろまかする“のい”の、クリーム色でなんともおっとりした生態を思い出し、少し救われるのだ。






ゆかりちゃん、父の事をおもいだしてくれてありがとう。父のイノシシとの格闘は、今でもよく生きて帰って来れたものだと思います。山で至近距離で戦うのには猟銃で叩く他は、素手で戦うしかなかったのです。相撲を嗜んでいたお陰です。久しぶりに父を想って涙しました。