2026年9月

土佐町ストーリーズ

「私について」

9月になったのに相変わらずに暑い。それを言い続けてもう何年になるだろう。残暑というより、9月が暑いのは最早デフォルトになってきつつある。

特にイベントがない今日この頃、今回は私について少々深堀りして書いていきたい。

私は生まれも育ちも高知、生粋の高知県民。子供のころには”おしゃま”で“悪ことし”、大学では“はちきん”と呼ばれた性格の、ちゃきちゃきしているのが、私である。

保育園から小中高と、地元の学校を卒業した。大学は高知市内に進学し、新卒で社会人1年半は同じく市内で仕事についていた。

ところが、ストレスが溜まりすぎたらしく…。ある夏の日。気がつくと、病院のICUの隣のベッドにいた。そこで伝えられたのは、双極性障害混合型、適応障害(過適応)、重度不眠、その時勤めていた環境には就労不可、という事実だった。確かに、私は仕事の合間に1時間に1回は吐きながら、フラフラするのを物につかまりながらやり過ごしていた。今考えてみると、まともな働き方ではなかった。

双極性障害は聞きなれないと思うが、簡単に言うと躁鬱。鬱の気分、普通の気分、元気すぎる気分がある病気だと解釈していただくとわかりやすいだろう。厄介なのは気力が無くなる鬱ではなく、眠気も感じず謎の万能感がある元気すぎる時だ。なので、普通の時と元気すぎる時しか知らない人は、「この人普通の人じゃないの?」と思われがちである。

職もなく、生きる余力も気力もない。そんな自分が一人で生きていける訳もなく、土佐町に帰ることになった。初めの頃は、父も母も、私が生きているか、お昼休みや夕方帰ってきてすぐに、ベッドに確認しに来ていた。

そのうち春になり動けるようになると、庭を散歩したり山菜採りに行けるようになった。山の緑が、やけに身にしみたことを覚えている。道すがら会うご近所さんは、私の病気に理解があり、

「ゆかりちゃん、今日は元気そうやね。ぼちぼちやりゆかよ?」

と声をかけてくれる。私は、

「ぼちぼちやりゆうよ。カタツムリみたいなペースやけんど。笑」

と答える。ご近所さんは、

「焦ってもなんちゃーならんきね。ゆっくり休みもって行きよ。」

と肩をポンポンと叩いてくれた。

今思えば、私は随分と恵まれている。昭和の時代では、”鬱は甘え”と言われるものだった。昭和世代のご近所さんからは、そんな素振りは見られない。精神疾患を色眼鏡で見ることなく、対等に接してくれる人はまだ多くないと感じる。

―病気に理解がある人が身近にたくさんいる。たまたまかもしれないけれど、私の故郷はそんなところなんだ…。―

私は幸せなめぐり逢いのある土佐町が、また好きになった。

父も母も弟妹も、私のよく分からないこの病気によく付き合ってくれている。急にボロボロ泣き始めても、病気の症状のひとつで箸の持ち方が分からなくなっても、一つ一つ相手をしてくれた。

未だに、双極性障害混合型は不安定だ。気持ちのアップダウンがしんどい。更に眠剤の耐性が付いているので、寝付くことも難しい。体の代謝が落ち、食欲が増すような薬も飲んでいて、こんなに太ってしまった自分を、鏡で見るのが苦痛でたまらない。

でも、私がこうして、双極性障害混合型や、ほかの精神疾患を語るのは、”こういう人が、ここでマイペースに生きゆうよ。”と伝えたいからだ。そして私が私であるために、この病気であることを隠して生きていくことは、できなかった。

私が地域に溶け込んでいられるのは、小さな頃の私を、”おしゃま”で”悪ことし”の私を、みんなが知っているからかもしれない。もちろん、精神疾患については色んな考え方がある。土佐町でも、精神疾患の捉え方は様々であるはずだ。しかしこの町は、私にとって極めて生きやすい。

もし「とさちょうつれづれぐさ」を読んでくださった方に、心の傷や精神疾患があるとしたら、私は伝えたい。

「あなたが、ちゃんとあなたらしくある限り、大丈夫だよ。この町は懐の深い町だよ。」

と伝えたい。

終始自分語りになったが、土佐町は結構温かい場所だと伝わればこの上なく嬉しい。

現在私は、障害者手帳をもち、ヘルプマークをカバンにくっつけて生きている。通院は市内に2週間に1回、かなりの量の薬を、飲んでいる。まるで一品料理みたいな量で、笑ってしまう。

一生付き合う病気だけども、今はなんとか手綱を握ることができるようになってきた。カタツムリが何年もかけてやっと到達した、今。

そしてカタツムリが這ってきた足跡を振り返ると、右に左にブレているのに、虹色に光って見える。生命の軌跡だ。

今回のエッセイが、精神疾患や障害者の理解に繋がればいいと思っている。 そして、同じ精神疾患を持つ人の、目印になれればこんなに嬉しいことはない。

百歳製造所

盆踊り is 最強。

皆さんこんにちは。人口3000人の土佐町で健康づくりをやっている整体師/トレーナーの林利生太です。

先日あった森地区の夏祭り「野中祭」、皆さんは行きましたか?

野中祭は、森地区を流れる用水路を作った野中兼山さんに感謝するお祭りで、土佐町の夏の締めくくり。文化的な背景や、当日の様子はこちらの記事に詳しくまとまってたのでぜひ!

紅白のやぐらに提灯がずらり。子どもから大先輩まで同じ輪でぐるぐる回りながら盆踊りをする。
あの「ザ・日本のお祭り」って感じの光景、大好きなんですよね〜。
お寿司を食べてる時と同じくらい「日本に産まれてよかったぁ〜」と思う瞬間です。

この夏初めて、野中祭の盆踊りに練習から本番までガッツリ参加させてもらいました。
実は、この盆踊りがトレーナーの僕からすると、あまりに魅力的すぎるので解説していこうと思います。

ここがスゴいよ、盆踊り!

実は身体に良い影響がたくさんあるんです。

  • 散歩より効く有酸素運動
  • 身体の奥深くにある筋肉を活性化
  • 左右の重心移動で転倒予防
  • デスクワークで固まった肩の動きを改善
  • 記憶×リズム同調×位置調整×おしゃべりで認知機能向上
  • 参加ハードルが低くて、楽しく運動が続く
  • 多世代の繋がりが生まれる

などなど。本当に魅力的すぎますよ。

有酸素運動・転倒予防・姿勢改善・脳トレ・繋がり作りの健康フルセットなのに、「健康のためにやらなくちゃ」とか誰も思わずに、楽しくやってるんですよ。

土佐町に盆踊りがあるなら、もう僕はお店を辞めても良いんじゃないかな・・・

っていうのは冗談ですけど、それくらい盆踊り is 最強

キツくないからこそ、奥に効く

盆踊りの動きって、ゆっくりで、ゆらゆらしてて、一見「運動」とも呼べないくらいゆるいですよね。
「こんなんで効くの?」と思うかもしれませんが、実はあのゆるさが良いんです。

体の奥、背骨や骨盤のすぐそばには「インナーマッスル」と呼ばれる小さな筋肉たちがあります。(深層筋:トニックマッスルという呼び方が今は多いです)
表面にある大きな筋肉と違って、力はそんなに出せないんですが、姿勢を支えたり、関節のぐらつきを抑えたりしてくれる、超重要な筋肉。

で、面白いのがここ。
このインナーマッスル、ゆっくりで小さな動きのときほど、よく働くという性質があるんです。
逆に、激しくて強い動きになると、大きな筋肉ばかりが頑張って、インナーマッスルの出番は減ってしまう。

ゆーっくり、すり足で、ふわ〜っと手を返す盆踊りは、まさにインナーマッスルの活性化にぴったりの動きなんです。 「キツくないから効いてない」んじゃなくて、「キツくないからこそ、奥に効いてる」んです。

特にいいのが、右足に乗って、左足に乗って、をずーっと繰り返す、あの左右の重心移動。片足に体重を乗せ切るたびに、骨盤・股関節の深層にある筋肉が働いて体を支えてくれます。ここが弱ってくると歩く時にふらついて転びやすくなるんですけど、盆踊りでは曲に乗って笑顔で何百回と重心移動をしながら鍛えてるわけです。

実は、脳みそもフル回転

体だけじゃありません。踊っている間、頭の中もすごいことになっています。

振り付けを思い出しながら、曲のリズムに合わせて、前の人とのズレを見て直して、輪からはみ出さないように位置を調整して、隣の人とおしゃべり。ついでに「観客の中に友達や家族おらんかなぁ」とキョロキョロ探しつつ、敬老席に向かってファンサもやる笑

記憶、リズム、視覚、空間認識、会話。
これだけの処理を、脳が同時にさばいているんです。

実はこの「体を動かしながら、頭も同時に使う」という状態、専門的には「デュアルタスク」と呼ばれていて、認知症予防の分野でとても注目されている方法です。計算しながら歩く「コグニサイズ」なんてトレーニングもあるくらい。

でも、わざわざ計算しなくても大丈夫で、盆踊りの輪に入って、踊りながら「あんた久しぶりやねぇ」と話すだけで、脳はフル回転してます。楽しくおしゃべりしてるだけのつもりが、最高の脳トレになってるんですよね。

ご先祖さま、すごいわ。

盆踊りは健康のために始まった行事じゃないのに、結果として、僕がどんなに頑張ってトレーニングプログラムを組んでも勝てないものになってます。やぐらの明かりを見ながら、ちょっと悔しく、でも嬉しくなった夜でした笑

まだ踊ったことない方、来年の夏は、ぜひ輪の中に入って一緒に踊りましょうね!
では、また!٩( ‘ω’ )و

Life on Shikoku Island through Merike’s eyes

私と山の日 ME and YAMA no HI 2

剣山

伝説によると、「剣山(つるぎさん)」という名前は、日本の皇室にゆかりのある神聖な剣が、山のどこかに隠されているという言い伝えに由来しているそうです。

そんな「剣の聖なる山」へ向かうため、私は朝5時15分に起きました。身支度をしながら、私がハイキング用のリュックを準備している一方で、エストニアではちょうど人々が眠りにつこうとしているのだな、と思いました。日本とエストニアには6時間の時差があります。

朝9時には剣山の神社に到着しました。出発する前に、山の神々に感謝を伝え、安全な旅ができるように祈りました。

今回は、剣山を「制覇する」というのは、とてもにぎやかな出来事になりました。山のふもとに着く1~2キロほど手前から、すでに道路の両側に車がずらりと並んでいました。駐車場はもういっぱいなのではないか、と思いました。

さらに、パトランプを点灯させたパトカーまで走り回り、これより先にはもう駐車スペースがないことを人々に知らせていました。それでも私は、運を試してみようと思い、山のふもと近くで駐車場所を探してみることにしました。

最初の駐車場の入口で、期待を込めた目で係の方を見つめてみましたが、彼は胸の前で腕を交差させました。

――つまり、「無理」ということです。

2つ目の駐車場では、希望が完全に消えかけていました。そこには、なんと駐車係の人さえもういませんでした。それでも念のため、駐車場を一周してみました。

やっぱり、何もありません。

ぐるぐる回っていると、遠くに何かが目に入りました。

年配の男性が、自宅の広い庭で車の整理をしていたのです。どうやら、まだ少し空きがあるようでした。

希望が湧いてきました!

私は道路に戻り、空いている駐車スペースのほうへ右折しようとした、その時です。

駐車係の人に止められ、「申し訳ありませんが、駐車場はすべて満車です」と言われました。

一瞬、どうしていいのか分からなくなりました。

私が戸惑っている間に、駐車係の人は別の車のところへ移動しました。そして、その運転手に日本語でこう言っているのが聞こえました。

「1,000円。手を振っている男性のところへ行ってください。」

その駐車係の人が私のところへ戻ってきました。

私は日本語で、「私も、右側の家の裏に駐車したいです」と伝えました。

すると、駐車係の人の顔に驚きの表情が浮かびました。

――「1,000円。手を振っている男性のところへ行ってください。」

やっぱり、日本語が少しできると助かることもあるものです。

私は日本語で元気よく「はい!」と答え、駐車場所を提供してくれた男性のところへ向かいました。

私はそのおじいさんに1,000円を渡し、さらにちょっとしたおまけとして、エストニアと日本の国旗が描かれたピンバッジもプレゼントしました。

私は感謝の気持ちでいっぱいでした。

おじいさんは少し驚いたようでしたが、うれしそうでした。そして私もうれしかった――無事に駐車場所を見つけることができたのです。

 

山頂で

これまで何年も山歩きをしてきましたが、山頂にこれほどたくさんの人が集まっているのを見たことはなかったと思います。

普段、山頂では私一人、あるいは、たまたま同じ時間に到着した人が1~2人いるくらいです。

でも、剣山の山頂はかなりの人数を受け入れることができます。山頂は比較的平らで、いくつかの木道や木製のデッキがあり、そこから景色を眺めたり、ただ座って持ってきたお弁当を食べたりすることができます。

その朝、エストニアで最初の人々が目を覚まし始めた頃、私はすでに標高1,955メートルの山頂に立っていました。

やったー!

 

「山の日」って何?

今年、私は「山の日」についてもう少し詳しく調べてみました。そして、山の日は実は日本では比較的新しい国民の祝日で、2016年に初めて祝われたことを知りました。

山の日には、日本の人々が山に親しみ、山が与えてくれる恵みに感謝することがすすめられています。

自然が与えてくれる豊かさを感じ、その恵みに心から感謝しながら、今この瞬間を大切にする日なのだと思います。

8月11日という日付が選ばれた理由については、「11」という数字が山に立つ木々のように見えること、そして8月を表す「八(はち)」という漢字が、山の峰々を連想させることに由来すると言われています。

本当にそれが理由だったのかどうかは分かりません。でも、私にはこの数字のマジックがとても気に入っています。

日本の山々の中で、四国の中心にあるこの場所で暮らす機会を人生から与えてもらえたことを、私は心から幸せに、そしてありがたく感じています。

「私と山」のラブストーリーは、まだまだ続きます。

新しい道が、新しい山頂が、私を待っています!

THE MOUNTAIN OF THE SWORD

I learned that, according to legend, the name Tsurugi comes from a sacred sword said to have been hidden somewhere in the embrace of the mountain, associated with the Japanese Imperial family.

To make my way to the sacred mountain of the sword, I got up at 5:15 in the morning. As I was getting ready, I thought about how Estonia was settling down to sleep while I was packing my hiking backpack. There is a six-hour time difference.

By nine in the morning, I was at Tsurugi’s Shinto shrine, expressing my gratitude to the mountain spirits before setting off and praying for a safe journey.

This time, “conquering” Tsurugi was a very crowded affair. Already a kilometre or two before reaching the foot of the mountain, cars were lining side. It gave me a thought that the car parks were already probably full. There were even police patrol cars with flashing lights driving around, informing people that there were no parking spaces left further up the mountain. I decided to take my chances anyway and try to find a parking spot near the foot of the mountain.

At the entrance to the first car park, the attendant crossed his arms in front of him in response to my hopeful look, — meaning there was no chance. At the second car park, hope had run so completely dry that there was not even a parking attendant anymore. Just in case, I drove around the car park once. Nothing.

As I was circling, something caught my eye in the distance: an elderly man was organizing parking in his large home yard. There seemed to be some space left. It gave me a hope!

I drove back onto the road and was just about to turn right towards the available parking when a parking attendant stopped me and told me that, unfortunately, all the car parks were full. For a second, I felt myself completely helpless.

While I felt confused for a moment, the parking attendant moved on to another car, and I heard him tell the driver in Japanese: “1,000 yen. Drive towards the man who is waving.”

The parking attendant came back to me. I said in Japanese that I would also like to park behind the house on the right. The look of surprise on the parking attendant’s face answered me: “1,000 yen. Drive towards the man who is waving.” So, Japanese language might help sometimes out.

I happily answered yes in Japanese and drove towards the man offering the parking space. I gave the old man 1,000 yen — and, as a little extra, an Estonia-Japan flag pin.

I was overflowing with gratitude. The old man looked a little surprised, but happy. I was happy too — happy to have found a parking space.

AT THE SUMMIT

I do not think I have ever seen so many people gathered on a mountain summit in all my years of hiking. Usually, I am alone at the top, or perhaps there are one or two other people who happen to arrive at the same time.

But the summit of Tsurugi can accommodate quite a crowd. The summit is relatively flat, with several boardwalks and wooden platforms where you can admire the views or simply sit down and eat the lunch you brought with you.

When the first Estonians were waking up back home in Estonia that morning, I had already have taken my 1,955-metre summit. Hooray!

WHAT IS YAMA NO HI?

This year, I looked more closely into Mountain Day and discovered that Yama no Hi is actually a relatively new national holiday in Japan, first celebrated in 2016. On Mountain Day, people in Japan are encouraged to become better acquainted with the mountains and to appreciate the blessings they offer. To be truly present and grateful for the richness that nature provides.

It is said that the choice of the date, the 11th, came from the fact that the number resembles trees standing in the mountains, while August, the eighth month, represented by the character 八 (hachi), is reminiscent of mountain peaks. Whether that really was the reasoning or not, the number magic works for me.

I feel genuinely happy and grateful that life has given me the opportunity to live among the mountains of Japan, in the heart of Shikoku. The love story “Me and the mountains”, – continues. New trails and new summits are waiting!

 

高知県アンテナショップ“まるごと高知”とのコラボ第2弾です!

昨年は「たまるか!Tシャツ」をたくさん作らせていただきました。その続きを今年もやります。

モチーフは大河ドラマに決定したあの人!

今回も土佐町ではお馴染みになった下田昌克さんに描いてもらいました。モチーフは、4月に発表になったNHK大河ドラマの主役に決定したあの人、、、そう、ジョン万次郎です。

左:胸 右:背中

胸の絵は「高知」の文字と、荒波を進むジョン万次郎の舟。一応、資料にはあたっていますが、あくまでイメージです。

背中に大きくプリントしているのは、高知沖でよく現れるニタリクジラ。ホエールウォッチングなどでも観れるのはこのニタリクジラです。

カラーはスミ・インディゴ・サンドカーキの3種

スミ
スミ/インディゴ/サンドカーキ

これまで8年ほど、毎年続けてきた「土佐町オリジナルポロシャツ」が、今後はこのような形で「高知」のTシャツやポロシャツとして継続されていきます。

ご興味持っていただけた方はぜひ、メールか電話でご連絡ください!

とさちょうものづくり

高知県観光ポスター2026

今年は7種のポスターを撮影しました

この6年ほど、高知県庁観光政策課と制作している高知県観光ポスター。

少し紹介するのが遅くなりましたが、今年も撮影しました。ポスター・のぼりが高知県のあちこちに掲出されていますので、どこかで目にした方々も少なくないのでは?

さめうらダム / 土佐町
ゆず収穫 / 安田町
塩の道 / 香美市
温泉 / 四万十市
カツオの塩たたき / 四万十市
沈下橋 / 越知町
田舎ずし / 越知町

制作 / 高知県庁観光政策課
プロデュース / 吉冨慎作(土佐山アカデミー)
デザイン / 森澤良亮(Full Design)
撮影 / 石川拓也(合同会社 風)
コピー / 鳥山百合子(合同会社 風)

そして今回はコピー・文章も

今回の7種のポスターに掲載された短いコピー。これを今回初めてとさちょうものがたり編集部の鳥山百合子が担当・制作しました。

実は全文はもっと長くて、コピーではなく文章です。

その全文を掲載した記事広告バージョンも存在します。こちらは高知のあちこちに出されているものではなく、雑誌などの印刷物に掲載されるバージョンですので、初めて目にする方が多いと思います。

どうですか? 高知の良いところがたくさん詰まった7枚。本当は全文を読んでもらいたい!

でも

でも長くなりすぎるので、今回は画像のみの掲載にします。

どこかで見かけることがあったらぜひ読んでみてくださいね。高知の魅力が存分に伝わったら嬉しいです!

Life on Shikoku Island through Merike’s eyes

私と山の日 ME and YAMA no HI 1

日本に移り住む前、私は「山の日」という祝日があることをまったく知りませんでした。

山歩きが大好きで、特に山が大好きなのに。

聖なる山・剣山に初めて登った日

2年前のある早朝、目を覚ますと、突然、「今日はどうしても山に登らなければならない」という不思議な感覚に包まれました。

私はパソコンでGoogleマップを開き、四国の地図の上を指でなぞりながら、その日に私を呼んでいる山はどこなのだろうと感じ取ろうとしました。

そして、私の指が止まったのが剣山でした。

そこへたどり着くまでには、かなり時間がかかりました。

正午前には、日本の伝統的な小さな吊り橋を2つ渡り、かわいらしいカフェで昼食をとり、デザートには抹茶アイスまで楽しみました。

そして、午後の早い時間に剣山の登山口に到着しました。

到着した時間が比較的遅かったため、もう山を登っていく人はほとんどいませんでした。

私は途中まで運んでくれるリフトには乗らず、最初から最後まで自分の足で登ることにしました。

登山道がいくつかに分かれ始めたとき、私は偶然にも剣山へ向かう最も長い道を選んでしまいました。

頂上まであと数百メートルというところまで来たとき、突然、霧が立ち込めてきました。

午後3時半を過ぎる頃には、ほとんど何も見えなくなっていました。

結局、私は標高約1,700メートル付近で引き返し、山を下りることになりました。

それでも、不思議なことに、頂上までたどり着けなかったにもかかわらず、私の心はとても晴れやかで、幸せに満たされていました。

そしてその代わりに、登山道の途中で、ある聖なる泉に出会いました。

それは、日本の「名水百選」の一つに選ばれている聖なる水でした。

それが、2年前の出来事です。

家に帰ってから初めて、その日が実は「山の日」だったことを知りました。

日本に来てまだ1年目だったので、日本の祝日や特別な日がいつなのか、まだよく分かっていませんでした。

私はたいてい、そうした日が過ぎてから初めて知るのでした。

それでも、山の神々は私を自分たちのもとへ呼び寄せ、この大切な日を一緒に祝ってくれたのかもしれません。

あのとき、直感を信じて、その声に耳を傾けることができて本当によかったと思います。

もう一度、剣山へ

昨年は、山の日と有名なよさこい祭りの日が重なっていたため、私はよさこい祭りで踊っていて、山の日を祝うことができませんでした。

でも今年は、山の日を意識して、しっかりとお祝いすることにしました。

目的地は、もう一度、剣山です。

Before moving to Japan, I knew nothing about Yama no Hi. Despite the fact that I absolutely love hiking, especially in the mountains.

MY FIRST TIME ON THE SACRED MOUNT TSURUGI

It was two years ago when I got up one early morning and suddenly had an unexpected feeling that today, of all days, I had to climb a mountain. I opened Google Maps on my computer, traced my finger across Shikoku, and tried to sense which mountain was calling me that day. My finger landed on Tsurugi.

It took me quite a while to get there. Before noon, I walked across two small Japanese traditional suspensional vine-bridges, had lunch at a sweet little café, and treated myself to matcha ice cream for dessert. I reached the Tsurugi trailhead early afternoon. Since I had arrived relatively late, there were hardly any people heading up anymore.

I decided to walk the entire way up rather than take the chairlift, which would have carried me part of the way up the mountain. When the trails began to branch, I accidentally chose the longest path toward Tsurugi.

When there were still only a couple of hundred metres to go, the fog suddenly came and by half past three in the afternoon, I could barely see a thing. So, in the end, I had to turn around and walk back down from around 1,700 metres.

And yet, despite everything, without reaching the summit, my feeling was uplifted and I was blissfully happy. Instead, I ended up with a sacred spring along the trail, — one of the 100 sacred water sites of Japan.

So that was how it happened two years ago…

Only after I got home did I discover that the day had actually been Yama no Hi, — Mountain Day. It was my first year in Japan, so I was still trying to understand when the local holidays and special days are. Usually I discovered them afterwards.

And yet, the mountain spirits called me to themselves to celebrate this important day with me. Good thing I was intuitive enough back then to listen.

TSURUGI — AGAIN

Last year, I missed out Mountain Day because I was dancing at famous Yosakoi Festival, which coincides with Mountain Day. This year, however, I decided to celebrate Mountain Day very consciously. Destination: Tsurugi once again.