2020年3月

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

石川拓也

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「ネパール・インドの聖なる植物」 著者:T.C マジュプリア 訳者 西岡直樹 八坂書房

 

土佐町に移ってくる少し前の数年間、インドに頻繁に行っていた時期がありました。

グジャラート州というインド北西部の、友人となったあるインド人家族を訪れるため、年に2、3回は飛行機を乗り継ぎ訪問していました。

ラオさんというその友人の家に寝泊まりさせてもらい、長い時には1ヶ月や2ヶ月インドで過ごしていたので、これは旅というよりかはホームステイに近いものだったかもしれません。

お父さんのバーラット、お母さんのプラティマ、姉のクルッティ、弟のダムルー。

とても仲の良い家族の中で、僕も家族の一員として暖かく遇してもらい、クルッティの結婚式があった際には弟のダムルーと共に「新婦の兄弟」として出席しました。

そんな訪問を繰り返していた最中、別れ際にお母さんのプラティマが手渡してくれたのがルドラークシャという木の実をつなげた数珠。

「これはあなたを守ってくれるから」と言いながらぼくの手首に巻いてくれたのです。

帰国後、ルドラークシャが一体なんなのか知りたくて読んだのがこの本。

ヒンドゥー文化が数千年の間、大切に紡いできた植物への考え方がとても詳しく解説されています。

ルドラークシャの項によると、ルドラークシャ(ジュズボダイジュ)はヒンドゥ文化の中で非常に重要な植物であるとのこと。

古伝説を紐解くと、ルドラークシャは主神シヴァ自身である。シヴァ神は別名ルドラという。数珠に使われる種子は神聖で、縁起がよく、それを見ただけでもたいへんなご利益があるという。

お母さんのプラティマは「これを身につけていたら健康になる。高血圧も治る!」と力説していましたが、ヒンドゥの伝説の熱量からするとそれもどうやら真実であり、なによりもプラティマのその気持ちをうれしく感じたのでした。

 

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笹のいえ

僕のベッド

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長男に頼まれていたベッドを作った。

友人宅に泊まりに行ったとき、そこの家の子が使っているベッドに一目惚れしたらしい。それは、縁側の長押(なげし)を利用して板を渡し、布団が敷いてあった。いつも猫が気持ち良さそうに寝ていた。小さな空間は「わたしだけの場所」という感じで、いかにも子どもが好きそうだった。「うちにもあれ作って」と息子に言われたとき、これは父ちゃんの腕の見せ所と「よしやったるか!」と約束した。しかし、家に帰ってくると毎日の暮らしで、無くとも困らないベッド作りの優先順位は低く、気になりつつも時間が過ぎて行った。最初は毎日のように「ベッド作ろうよー」と言っていた長男も、そんなことはもう忘れてしまったかのようだった。このままではずっと作らなくなってしまう、約束をしたのにそれはいかんな、と時間を見つけては寸法を計ったり、材を切ったりして少しずつ作業を進めていった。

部屋の天井下についに完成したベッド(というより、寝床という言葉が似合う)は、忍者の隠し部屋のような、ドラえもんが寝る押入れのような感じになった。廃材を使って作ったので、板の厚さがまちまちだったり、見た目ボロかったりするが、気づいてないようなので触れないことにしよう。一畳程度の広さで、寝ている間に落ちないようにつっかえ棒を取り付けた。子どもたちに見せると、早速梯子を上って、遊びはじめた。畳に座布団を重ねクッションにして、ベッドから飛び降りるという、本来の目的とは違った使われ方だったが、楽しそうなのでまあいいか。

そのうち、息子は布団を敷き、好きなおもちゃを運び入れ、着々と自分の寝室化させていった。そして、ある晩「ボク、ベッドで寝るから」と宣言し、その日からベッドにひとりで寝るようになった。これまでずっと家族一緒に寝ていたから、寂しくなってすぐ戻ってくるだろう。高を括っていた僕の予想を裏切って、今のところ、問題なく毎晩ぐっすりと寝てる。

寝相の悪い彼がいない分、家族の布団は広々してる。僕らの寝床を巣立った息子に頼もしさを感じつつ、僕の胸にはなんとも言えない寂しさが残るのだった。

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くだらな土佐弁辞典

にゃ〜

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にゃ〜

使い方:そうやにゃ〜

【意味】そうやねえ

〇〇やにゃ〜、〇〇にゃ〜、などと語尾につけて使います。

 

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私の一冊

古川佳代子

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「武士道シックスティーン」 誉田哲也 文藝春秋

幼なじみのHちゃんが高校入学と同時に剣道部に入部した時はとてもびっくりしました。才女で小柄な彼女と剣道とが結びつかなかったのです。けれども彼女は暑い夏には分厚い胴着に汗をしたたらせ、寒い冬も裸足で早朝練習をこなし、剣道部をまっとうしたのでした。

剣道のどこが彼女を魅了したのか?と不思議だったのですが、この『武士道シックスティーン』を読んで、剣道部に入ってみたかったかも、と思いました(いえ、無理ですが…)。

宮本武蔵を愛読する熱血武道少女・磯山香織と超のんびりで剣道を始めたのは日舞の延長という甲本(西荻)早苗。 この二人が同じ高校の剣道部に入部するところから始まる物語は痛快で、二人の距離感の微妙さは絶妙。

なんども笑わされながら最後の50ページはティッシュが手放せない大逆転の展開!

出会えたことが嬉しくなる、愛おしい王道の青春小説はいかがでしょうか。

古川佳代子

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(「南川のカジ蒸し( 前編)」はこちら)

4時間ほど蒸し続けていたカジが、蒸しあがる時間になりました。

 

甑を上に持ち上げる

 

甑を引き上げている石田美智子さん

棒の反対の先には甑が繋がっています。上にいる人の声を聞きながら棒を左右に動かし、甑をちょうどいいところへ動かします。息がぴったり!

 

甑が持ち上がってきました!

 

蒸しあがったカジの束の上に置かれているものは、何でしょう?

 

おいも!ホカホカに蒸しあがっています。

昔からこれが楽しみの一つだったそうです。カジの皮をむいている時、甘いお芋のような匂いがすると思っていたのですが、その源はこのお芋だったのか?それともカジ自身の匂いだったのか?一体どちらなのでしょう。

 

 

蒸しあがったカジの束に水をかけ、冷ます

 

近くの湧き水を貯めた場所から水をどんどん汲んで来ては、カジにかけていく

 

蒸しあがったカジを横に倒して置き、釜鍋の中に水を加え、藁で編んだ“釜帽子”に棒を渡す。これがカジを置く台になる

 

次に蒸すカジが釜帽子の中に収まるよう、立てて置く

 

再び石田美智子さんが下へ降り、甑に繋がる棒を動かしてちょうどいいところを調節しながら、甑をカジへかぶせます。
「ええろ!こんなもんじゃ!」

 

甑と釜帽子の隙間を布でふさぐ

 

そして、また皮を剥ぎます。

冬の間にこの仕事を何度か繰り返し、乾かした皮を出荷することで収入にする。山にあるものを使い、工夫し、協力して生きてきた山の人たち。今、カジ蒸しの仕事がここにあるのも、この仕事を引き継いできた人たちが確かにここにいたからです。あと5年後、10年後、山のこの文化はどうなっていくのでしょうか。

 

 

作業中、軽トラックが何度か通り、カジ蒸しの仕事をしている人たちと話しては山へ向かって行きました。

しばらくして山から帰ってきたトラックの荷台に乗っていたのは、イノシシの子ども!

捕まえたイノシシを飼って大きく育て、売るのだそうです

 

こちらのトラックには大きなイノシシが乗っていました

 

山の人たちは自分たちの力で生きてきたのです。その軸足の強さは、机上や作られたコンクリートの上ではなく、土の上で培われてきたものです。土に根ざした南川の日常には、長い間この町を支え続けてきた、この町の暮らしの土台があるのではないでしょうか。その土台があるからこその「今」です。

これから私たちは何をどのように選び、暮らしをつくっていくのでしょうか。それを自らの内側に問うていきたいと思います。

 

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私の一冊

川村房子

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「エレベーター」 ジェイソン・レナルズ 早川書房

図書館で新書が入り、アメリカで10賞も受賞したとのことですすめられ借出。

ページをめくると横書きでまるでポエムの様な書き方。作者の紹介欄を読んでみるとやっぱり詩人でした。

15歳のウィルはドラッグや殺人は日常茶飯事の街で射殺された兄のかたきを討つため、兄の残した銃を持ってエレベーターに乗り込んだ。

7階から降りる階ひとつひとつの短い時間に出会う人々。死んだ伯父、死んだ父親そして大好きだった兄も…。はてさて結末は…。

短い時間で読み終えられます。是非図書館で借りてみてください。

川村房子

 

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毎年2月上旬、土佐町南川地区では「カジ蒸し」が行われます。カジを蒸す木の甑から白い湯気が上がり、その元でカジの皮を剥ぐ人たち。その風景は土佐町の冬の風物詩と言ってよいでしょう。

「カジ」は楮とも言われ、紙の原料になるもの。畑や山に育つカジを切り出し、蒸しあげ、皮を剥ぎ、皮を乾かして出荷します。以前は土佐町のあちこちでカジ蒸しをしていたそうですが、今ではこの南川地区と石原地区の一部で行われているだけ。

2月8日、南川の皆さんが集まって作業をしていました。

 

甑のそばでおしゃべりをしながら蒸しあがったカジの皮をせっせと剥ぐ、川村豊子さんと水野和佐美さん

この日の午前中は、昨日の夜から甑で蒸し込んでいたカジの皮を剥ぐ作業をしていました。蒸しあがったカジの根元を握ってくるっと回すと、皮がつるりと剥がれるのでそのまま下へ引っ張って剥いでいきます。カジは冷たくなっていた手をじんわりと温めてくれます。

 

軽トラックにどっさり積まれているのは生のカジ。蒸す数日前に山や畑から刈り取っておく

カジは、乾燥しないよう蒸す直前に切るのだそうです。
「やっぱり1月、2月のうちやね。あれこれしよったらねえ、この時期しかできんきねえ」

今年はカジがあまり収穫できなかったとのこと。その原因はイノシシと猿。イノシシがカジをかじり、出てくる白い汁を吸ってカジが折れてしまう。猿はカジの枝の芽を食べる。
「イノシシにごちそうしたけ」
「動物と生活していかないかんけ、大変よ」
水野和佐美さんはそう言って笑うのでした。

「昔はカジ蒸しやってる人たくさんいたけ、親戚同士が集まってやってね。また親戚が蒸すときにはまた行ってね、お互いに皮を剥いでね」と豊子さん。豊子さんは土佐町の能地地区出身で、南川へお嫁に来たそうです。

昔は南川地区だけでも何軒もカジ蒸しをしている家があったそうですが、今はここだけ。

「昔は量もようけあって、3日も4日もはいだけんどね。安いというて、みんなもいでしもうた」

 

蒸しあがったカジは甑の側に積み重ね、冷めないように毛布をかけておく。甑のそばの地面はぽかぽかと温かい

 

カジの皮を剥ぐ山中順子さん。19歳の時に南川にお嫁に来たのだそう

「ここに来てからずっとやってる。舅さんらがやりよったけ。昔はどこにも甑があってね。甑は次々まわり回って順々にもろうてねえ。もうこんなのあまりないよ」
皮を剥ぎながら周りの人たちとのおしゃべりに花が咲きます。

 

子どもの頃からカジ蒸しの仕事を手伝っていたという石田勲さん

 

火の番をしながら皮を剥ぐ

焚き口近くは熱風で顔が近づけられないほど。近くの小屋から焚き物を運んでいた水野才一郎さんは、勲さんと同じく、子どもの頃から両親がしていたカジ蒸しを手伝っていたそうです。

「4時間は蒸さないかんのよ。それくらい蒸さんとね、きれいに剥げない」

 

甑の下には水の入った釜鍋が据えてあり、釜の水を“ごんごん”沸かすことで甑の中のカジを蒸します。甑の横の地面には穴が彫ってあり、それが煙突がわりになっています。

このかまどは、才一郎さんのお父さんが作ったものだそうです。
「かまどの石は、“がけ石”とわしらは呼ぶけんど、山で掘ったら出てくる石でできちゅう。火を焚いても割れんのよ」

河原の石は、火を焚いたら割れてしまうのだそうです。

 

皮を剥ぎ終わったカジは、つづらのつるで縛る

カジがらは乾燥させ、お風呂の焚付けなどに使います。とてもよく燃えるので山の暮らしでは重宝します。

「ツンツンとして(上下を揃えて)、干すがよ」と和佐美さん。

 

剥いだ皮。茶色の部分はポロポロと剥がれ落ちる。蒸したお芋のような匂いがする

 

剥いだ皮を束ねて元を縛る

 

稲をはぜ干しするように、皮を干す

下を流れる川から冷たい風が吹き上がり、皮を揺らします。乾かした皮は農協に出荷するそうですが「乾燥した皮が4貫(約16㎏)」ないと出荷ができないそうです。

「なかなかの量で。16㎏よりも入れめ(多めに)しとかないかん 」
和佐美さんはそう話していました。

 

 

お昼が近づき、もうすぐ甑の中のカジが蒸しあがるという頃、軽トラックに積んでいた生のカジを甑の近くに運んで積み上げます。

積み上げたカジを縛る。昔はつづらのつるで縛っていたそうですが、今は“電気の線”で縛っています

 

次に蒸すカジの準備ができました。午前中の作業はここまで

 

お昼ごはんを食べるため、皆さんいったん家に帰ります

 

(「南川のカジ蒸し 後編」へ続く)

 

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私の一冊

鳥山百合子

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「大家さんと僕」 矢部太郎 新潮社

この本を読んだ時、初めて一人暮らしをしたアパートの大家さんのことを思い出しました。

大家さんは昔野球をやっていたという背の高いおじいさんと、ちょうどこの漫画の大家さんのようにメガネをかけた小柄で上品なおばあさんのご夫婦でした。

アパートは大家さんの家の敷地内にあり、大家さんの家と隣同士に建っていました。出かける時も帰ってきた時も大家さんの家の前を通らなければいけないのですが、その小道に面した大家さんの家の窓辺には厳格そうな顔をしたおじいさんが大抵机に向かって座っていて、私が通るたび、にこりともしないで手を振ってくれるのです。そのたびになぜか、ああ、ちゃんとしなければ…と思ったものでした。時が経つにつれて少しずつ仲良くなり、初めて笑顔を見せてくれた時はとても嬉しかったことをよく覚えています。

家賃の支払い方法は銀行振込ではなく、毎月月末、私の名前の入った通帳のような形の「領収證」を持って大家さんの家に家賃を払いに行きました。家賃を払うたび、おばあさんがいつもおまけを用意していてくれて「ちょっと待ってね〜」と奥の部屋へ戻り、ポッキーやおせんべいといったお菓子や「いただきものなのよ」と言って果物を手渡してくれるのでした。そして玄関先でおしゃべり。毎月一回のそれを楽しみに、私は大家さんの家のチャイムを鳴らしていました。あの時は気づいていませんでしたが、何気ないこのような出来事が、繰り返される毎日にそっと色を添えてくれていたのだと思います。

「大家さんと僕」は、ずっと忘れていた大家さんのことを思い出させてくれました。その大家さんの元で過ごした3年間は楽しくもあり寂しくもあり、自分自身を見つめる時間でもありました。通り過ぎていったあの日々は、間違いなく今の私に繋がっていると実感します。

今この時も、あと何年か経った時「ああ、このことと繋がっていたのか」とわかる時が来るのでしょう。その時が来るまで、今できることをひとつずつやっていこうと思います。

鳥山百合子

 

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