
こんにちは。
初めまして。矢野ゆかりと申します。
(以前、私の一冊で長々と持論を垂れ流していたので、それを目にした方はお久しぶりです、と言うべきでしょうか。)
日本酒が蛇口から出てきそうなところに住んでいると言えば、どこの誰か分かるかもしれません。ローカルすぎる、それが、土佐町の良いところだと私は思います。
この度、合同会社風の石川さんにオファーを頂き、「とさちょうものがたり」にエッセイを連載させていただくことになりました。
つい最近、高新のツアーで京都の北野天満宮に行ってきました。撫で牛を見かけたら、というか牛の像、全部を撫でてきました。私に文才をお与えくださいとお願いしましたが、さすが菅原道真公、お仕事が早い!早速こんな素晴らしいお仕事が舞い込んできて、びっくりしています。実技で文才を磨けというお導きでしょうか。
※菅原道真公と牛には深い縁があり、『撫で牛』と呼ばれるものがあります。学業成就や、足腰が強い牛にあやかって足を撫でると頑健になるなど、いわれがあります。
それはさておき、エッセイを書いてみない?と言われ、二つ返事にはい!と答えたものの、いざ書くとなるとどのようなものが良いのか、悩むものですね。
ですから無難に、今回は季節のことに触れてみようかと思います。四国もいよいよ梅雨明けしましたね。空が眩しく感じますが、暴力的な日光が照りつけています。
梅雨の間の雨も、つい最近も九州に線状降水帯が現れたのに、高知県は特に酷いことはありませんでした。良かったと、胸を撫で下ろした人も多かったのではないでしょうか。
雨が降り地蔵寺川が増水すると、一部の人々に重要なミッションが発生するのはご存知ですか?皆さんが日常で必ず目にしているもの。”かまち”。床鍋の新井堰から、流れてくる用水路のことです。新井堰を管理する係と、各地区にこの”かまち”の水門を管理する人、彼らの背に重大ミッションが課せられるのです。
まず、大雨が降ると、新井堰の堰が自動で倒れ、“かまち”に大量の水や流木などが流れ込むことがないようになっています。さらに下ると、山から流れ落ちる沢が“かまち”に直結する場所がいくつもあり、そこに水門があります。それぞれの地区に係の人がいて、土砂やゴミが溜まってつまらないように、水門を調節します。地蔵寺川の水量が平常に戻ってくると、新井堰を元に戻す係が堰を戻します。そして、いつも通りの”かまち“が戻ってくるのです。


皆さんどうでしょう。何となく目にしていた田畑を潤す“かまち”は、こういうシステムになっていたんだ、という気づきになって貰えるとうれしいです。ご先祖さまがそれを培っていたことを思うと、ありがたい気持ちになります。
新井堰と“かまち”が造られたのは江戸時代、土佐藩の家老野中兼山が指揮したものです。これについてはいずれ、『野中祭』についての時にお伝えできたら、と思います。
初めてのエッセイですが、こんな感じで続けていきたいと思います。私自身のこと、家族のこと、時事ネタなど、土佐町に関わることを書いていきたいです。
どうぞよしなに、お付き合い下さい。



