鳥山百合子

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

鳥山百合子

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

「たべもの九十九」 高山なおみ 平凡社

高山なおみさんの本を何冊か持っている。

料理本にある「白菜の鍋蒸し煮(白菜とベーコンを順番に重ねて蒸し焼きにする)」や「トマト焼きごはん(豚肉とトマトを別に焼いて、同じお皿にごはんも盛って目玉焼きをのせて食べる)」や「春菊のチヂミ」は、今まで何回作ったのかわからないほどで、もう本を見なくても作ることができる。
ベーコンじゃなくて豚肉の時もあるし、春菊ともやしでチヂミを作っても美味しい。高山さんのレシピは、これはあくまでもひとつの作り方で、あなたが好きに自由に楽しく作ってね〜という感じが伝わってくるようで、だから好きなんだと思う。

「たべもの九十九」は、ひらがな50音順に並んだ食べ物のエピソードが書かれている。

中でも「そ:そうめん」のお話が好きだった。

子どもの頃、夏の日のお昼ごはんは大抵そうめんだった(気がする)。大きなガラスの器に真っ白な涼しげなそうめんと、缶詰のみかんが一緒に入っていたことを思い出す。みかんを弟たちと取り合ったっけ。

少し前の夏の日に、オクラを茹でて切ったもの(切ったら星みたいになって楽しい)や、きゅうりを細く切って塩もみしたもの、しょうがのすりおろし、のり、しその葉、モロヘイヤとおかかを混ぜてしょうゆをちょっぴり入れたのやらを色々と、そうめんの薬味にして食べた。
その日の風景は今もよく覚えていて、多分、これからも思い出すのだと思う。

ひとつひとつの食べものが、記憶の引き出しにしまわれていたお話を連れてくる。

 

高山さんは書いていた。

「(中略)20代のはじめ。あの頃の私に、手をふって教えてあげたい。「おーい、未来にはたいへんなこともいろいろあるけども、楽しいことがたくさん待っているし、三度三度食べるごはんのおいしさも、ちゃんとわかるようになるよ。だから、だいじょうぶだよ」

その気持ち、わかるような気がする。

鳥山百合子

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

それから毎日ふたを開けては「今日はどうなっているかな?」と確かめるのが楽しみでした。水は毎日少しずつ増えていき、大根が全部浸った時、よかった!とホッとしました。きっとお漬物を作っているお母さんたちも、日々様子が変わっていくのを同じような気持ちで見ているのではないでしょうか。

智恵さんに教えてもらった酢漬け大根はとてもとても美味しかったです。

智恵さんは「味も硬さもその人の好み、好きなようにやったらいいのよ」と話してくれました。そして「ちょっと辛かったなあと思ったら、また次に漬ける時に少しお塩を減らしたり、もうちょっと甘い方がいいなあと思ったらザラメやみりんを増やしたり、工夫するのも楽しいのよ」とも。

「また来年も一緒に漬けましょうね、その時は、大根もうちのを使っていいから!」と智恵さん。

智恵さん、また来年も一緒に「酢漬け大根」を作りましょう!

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
読んでほしい

高峯神社への道 その4

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

これは高峯神社の守り人、筒井賀恒さんと一緒に、高峯神社への道しるべを辿った記録です。
今日は「地図上4」の場所にある石碑についてのお話です。

 

(「高峯神社への道 その3」はこちら

 

3つ目の石碑からさらに坂道をのぼっていく。山の中を抜けていくくねくねした坂道の途中には、ここに一軒、ここにも一軒、とぽつんぽつんと道沿いに家が建っている。人が暮らしている家には洗濯物が干され、花が咲き、当たり前かもしれないが人の気配がする。竹やぶや杉林の間からこぼれてくる光の間を抜けると、道の左側にコンクリート塀が現れる。

その塀の片隅に4つ目の石碑はある。

「従是 三宝山」

4つ目の道しるべは、右は瀬戸方面へ、左は陣ヶ森へ向かう道との分岐点にある。

「従是(これより)三宝山」

この石碑は二つに割れてしまい、下の部分が行方不明になっているのだそうだ。

 

ちなみに左の道を選ぶと、陣ヶ森へたどり着く。

陣ヶ森の存在は、何ものにも代え難い。今この瞬間も、この場所にはこの風景が広がっている。

 

この石碑から先は、車一台通るのがやっとという道に入っていく。賀恒さんによると、この道は「馬道」というそうで、昔は馬一頭がやっと通れるくらいの道だったそうだ。馬道の先に暮らす山の人たちが、馬の背中にお米や生活用品、時には焼いた炭をのせて運んでいたという。

 

(「高峯神社への道 その5」へ続く)

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
私の一冊

鳥山百合子

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

「しりとり」 安野光雅 作・絵 福音館書店

すもも、ものほしざお、おかめ、めかくし、しらさぎ、ぎょうじ、じんちょうげ、げた、たいこ…。

一番最初のページで選んだ絵としりとりができる絵を次のページから選んでいきます。

その絵はどこにあるかな…?と探しながらページをめくり、なんて優しい美しい絵だろうと、ほおっとため息がもれます。

こどもの生活のなかにあるものと「ことば」がつながる瞬間。

それはきっと、世界がちょっとずつ広がっていくようなことなんじゃないかなと思います。

こどもたちと世界の出会いが、どうかよきものでありますように。

安野さんの願いが伝わってくるようです。

鳥山百合子

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

ある日、土佐町のスーパーの産直市で大根のお漬物を買いました。
半分に切られた真っ白な大根、柚子の皮、昆布が入っていて、その美味しかったこと!

誰が作っているものなのかな?と名前を見てみると(産直市で売られているものはシールに生産者さんのお名前が書かれています)「沢田智恵」。
いつもお世話になっている智恵さんが作ったものでした!

すぐに連絡し「智恵さんが作ったお漬物がとっても美味しかったので、ぜひ作り方を教えてください」とお願いすると、「まあまあ、私のでよかったら!」と言ってくださいました。

1月28日と2月1日の2日間、智恵さんのお家にうかがって作り方を教えていただきました。

「大根を抜くところからやりましょう」と話していたのですが、約束していた日の前日は、なんと、雪。智恵さんは天気予報をみて、事前に大根を畑から収穫しておいてくれました。

 

 

 

 

この日、1月28日はまだ雪が残る冷やい日でした。塩漬けした大根は外の軒下に置いておきます。「寒かったらね、味が狂わない。(外は)冷蔵庫みたいになるから」と智恵さん。

そして「塩漬けしてだいたい4~5日おいてから、本漬けするのよ」とのこと。

 

智恵さんが話していた通り、この日の夕方には大根はほぼ水につかっていました。

カレンダーを見ながら「本漬け」する日を決め、この日は帰りました。

 

「本漬け」の様子は「沢田智恵さんの酢漬け大根づくり 2日目(本漬け)」でお伝えします!

 

 

*智恵さんはご主人の健次さんと共に、あか牛を育てています。

沢田健次・智恵(高須)

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
私の一冊

鳥山百合子

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

「ドミニック」 ウィリアム・スタイグ 評論社

大好きなウィリアム・スタイグの一冊。
「ドミニック」はいつも何かやりたくてムズムズしている一匹の犬。ある日、気持ちを抑えきれなくなって冒険に出かけます。最初の分かれ道に立っていたワニの魔女に「自分の運命を知りたいとは思わないかえ?」と聞かれます。この魔女は『現在とおんなじくらいはっきり、未来も見える』ワニなのです。

ドミニックは「もちろん、ぼく、自分がどうなるんだろうと思いますよ。でもなにが起こるのか、それがいつ起きるのか、自分で見つけだすほうが、ずっとすてきだと思うんです。ぼく、びっくりするほうが好きなんです」と言い、冒険の道を選びます。

自分はひとりしかいないので、分かれ道に立った時にどちらかひとつの道を選ぶことしかできません。選んだ後に、もうひとつの道を選んだら今どうなっていたかなと考えることもあるでしょう。でも、どちらを選んでも自分自身の選択であることに変わりがないのです。前を向いて自分の選んだ道を歩いていくドミニックの姿は、何度読んでもグッときます。

鳥山百合子

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

 

これは高峯神社の守り人、筒井賀恒さんと一緒に、高峯神社への道しるべを辿った記録です。
今日は「地図上3」の場所にある石碑についてのお話です。

 

(「高峯神社への道 その2」はこちら

 

2つ目の石碑を後にし、国道439号線から県道6号線へ入る。「瀬戸渓谷へ」と書かれた看板の方へと曲がり、くねくねとした一本道をとにかくまっすぐ進んでいくと、道の右側に3つ目の道しるべがある。

 

「従是 三宝山 四十丁」

 

「あ、ここ、ここ!」

道しるべは石垣に寄りかかるようにして建っている。道しるべの横は石段になっていて、山の上へと続く道の入口だけが見える。先は草だらけで見えない。2つめの道しるべからここへ道がつながっているのだそうだ。

 

「従是(これより)三宝山 四十丁 相川谷中」

 

「相川」とは、土佐町の米どころ。ここから車で30分はかかる。賀恒さんによると、相川の人たちがお金を出し合ってこの石碑を建てたのだそうだ。相川の人たちも高峯神社を大事に思っていたのだ。
丁は約109mなので、ここから高峯神社まであと4㎞ほどということか。

 

 

 

石碑の向かいには、こんな風景が望める。昔の人もきっと同じ山々を見つめていたにちがいない。

高峯神社はまだまだ遠い。

 

(「高峯神社への道 その4」へ続く)

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

これは高峯神社の守り人、筒井賀恒さんと一緒に、高峯神社への道しるべを辿った記録です。
今日は「地図上2」の場所にある石碑についてのお話です。

 

(高峯神社への道 その1はこちら

 

「石原郵便局の向こうにも、高峯神社への道しるべがあるよ」

!!!

郵便局の近くの道を今まで何度も歩いていたのに気づかなかった。ああ、見ているようで見ていないのだなあ、とあらためて思う。案外そういったことは多いのかもしれない。

「さとのみせ」に車を停め、かつて旅館だった「くらや」の前を通り、郵便局を過ぎると道が3つに分かれている。真ん中の細い道を、賀恒さんは迷いなく歩いて行く。

この道は通ったことがなかった。

 

それは人が一人やっと通れるくらいの道だった。はやる気持ちを抑えながらついていくと、少し先に大人の背丈くらいの石碑が見えた。

「右 三宝山 従是一里」

 

賀恒さんはそばに立ち、言った。
「ここです。この石碑が道しるべ。これが大昔からの、高峯神社への本道なのよ。」

石碑には「文政11年 子(ね)の年 右 三宝山 従是(これより)一里」と刻んである。「文政11年」とは、今から200年ほど前のこと、そして「一里」とは、約3.9㎞のことである。

 

 

その道しるべの先には、細い土の道が上へ上へと続いている。

石碑の上の方には手を押し付けた跡があった。親指以外の4本指が、高峯神社へ向かう道への方向を示しているそうだ。

「これが本道、ここが入り口。ここをずっと行ったら高峰神社よね。昔から歩いていくもんは全部ここを通りよった。昔の人がどれだけの努力したかようわかる、これ見たら。これが高峯神社への西石原からの入り口よ」

 

「時間はどれくらいかかるんですか?」と聞いてみた。賀恒さんは少し考えて「高峯までは、元気な足じゃったら一時間!」と言った。

この細い道が、本当にあの高峯神社まで続いているのだろうか?想像しようとしても、いつも途中で道が途切れてしまう。

でも賀恒さんには、この先に続く道が見えているのだ。

 

(「高峯神社への道 その3」へ続く)

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
私の一冊

鳥山百合子

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

「食べ物記」 森枝卓二 福音館書店

私はこの写真集が大好きです。

世界中の食…、米、麦、野菜、肉、魚、保存食、市場…、世界中の人たちが料理したり食べたりといった食卓の風景が収められています。

子どもの頃から「美味しそうやなあ」と思いながらこの本を眺めては、世界はとても広いのだということをどこかで感じていたように思います。「行こうと思ったらどこへだって行けるんだ!」というワクワクが飛び出していくような感覚は今でも心の中にちゃんとあります。

この本をつくった写真家の森枝さんは、以前は戦争の写真を撮っていたそうですが、その仕事をするなかで最も印象に残ったことは「戦争という特殊な状況にあっても、人には日常の暮らしがある」ということだったそうです。
国境近くのゲリラ兵たちが畑で野菜を育て、難民の人たちは着の身着のままであっても多くの人が鍋だけは持っていた…。
食べることは、生きることと切り離すことができないのです。

また、食べることは楽しみでもあります。
今日の食事は何にしようか?どんな風に作ろうか?それとも食べにいこうか?誰と食べようか?

今、こうしている間にも世界中のどこかで、食べるものを育て、食事を作り、食べている人たちがいます。
頭の片隅にそのことを置いておいたら、毎日の食卓がいつもと少し違った風に見えてきます。

鳥山百合子

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone
私の一冊

鳥山百合子

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone

「灯をともす言葉」 花森安治 河出書房新社

「暮しの手帖」初代編集長の花森安治さんの言葉を集めた「灯をともす言葉」。

本の冒頭にはこんな言葉が書かれています。

「この中のどれか一つ二つは すぐ今日 あなたの暮しに役立ち

せめてどれかもう一つ二つは すぐには役に立たないように見えても

やがて こころの底ふかく沈んで いつか あなたの暮し方を変えてしまう」

本を読むときは、まだ見ぬ新しい世界と、今の自分自身の居場所を探しながら、言葉を追いかけているような気がします。

はっとさせられる言葉、じんわりとしみこんでくるような言葉、書き留めておきたい言葉。

今まで出会った言葉たちが「こころの底ふかく沈んで」、今の自分のこころあり方をつくっているんだろうなと思います。

鳥山百合子

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterEmail this to someone