2019年1月

図らずもTPP。あっちのTPPではありません。

土佐町在住の写真家、石川拓也がひと月に1枚のポストカードを作るプロジェクト。

2016年11月から始まり、たまに遅れたりもしながら、いちおう、今のところ、毎月1枚発表しています。

各ポストカードは土佐町役場の玄関と道の駅さめうらにて無料で配布しています。

写真:石川拓也 宛名面デザイン:品川美歩

土佐町ポストカードプロジェクト

2018 Dec.

大渕


 

冬の夜。ダムのほとりから見た大渕の写真です。空気はキンキンに冷えて体の芯から凍りつきそうな夜でしたが、その分この季節の夜空は澄みきって星空が本当に近く感じます。

星座には全く詳しくないものの、時間とともに回転していく星空を見ていると、自分とこの世界が大きな輪の中に生きていることを実感します。

文字通り、誰もが回転する循環の中にいるんですよね。

 

私の一冊

藤田英輔

「ポケットに名言を」 寺山修司 角川文庫

出玉遊び等に入れこんでいた頃のこと。

ある珈琲屋で開いた文庫本に「この世で一番大きなタマは地球だ」とか「珈琲が苦い」だとかの文句があり、それを読んでいるうちに突然「もういいや」と思い、以来止めた。

道徳でも哲学的でもなく、ただ単純に自分が決めることなんだよ、と。世間は広く知らないことばかりじゃないかと思ったようだ。

煮詰まって焦げようとしていたようだ。

煮詰まれば何とかなるようだ。

そして本にはヒントがいっぱい詰まっているようだ。

若者(永遠の)よ、書をポケットに荒野へ出よう。(名言は内ポケットに)

藤田英輔

 

 

笹のいえ

麦踏み

今シーズンは、暖かい冬のスタートとなった。

寒さが苦手な僕にとって、この気候は身体的にも気持ち的にも楽だけど、田畑をやっていると具合が良くないこともある。

畑の葉物野菜は朝晩の冷え込みによって甘さを増すし、乾いた風が軒先の干柿を美味しくし、雪が降れば子どもたちが喜ぶ。寒くなる時期には、きっちり冷えてもらわないといけないのだ。

麦踏みは、この時期に行う大事な仕事のひとつだ。小麦の芽を踏むことによって、根張りをよくしたり分けつを促したりする効果がある。

霜によって土ととも浮き上がった麦を押し戻すためでもあるが、この記事を書いている12月中旬現在、例年なら毎朝のように降りる霜が、まだ一二回しかない。だから急がなくても良い気がしたのだけど、年末年始は帰省のため作業ができないので、この日麦踏みをすることにした。

肩幅ほどにひらいた小麦の列を、両足を使って、二列ずつ踏んでいく。

ついてきた次男も面白がって真似をしている。彼の短い脚を目一杯広げて、ペンギンのように歩いている。今度は僕が息子の真似をして、ふざけ合った。

途中、パラパラと雨が降ってきた。

濡れた土を踏んでいたら、足袋の裏に土がくっ付く。畑を一周したころには、厚底靴みたいになっていた。

私の一冊

西野内小代

「東芝の悲劇」 大鹿靖明  幻冬社文庫

 

 

不正会計問題でひとしきり世間を騒がせた「東芝」の崩壊に関するドキュメント作品です。

政界・経済界そしてトップ企業の込み入った事情が丁寧に描かれていてとても興味深い内容です。

難しい専門用語で表現されている箇所も多いのですが、経済学者でもジャーナリストでもない私は難解な言葉とは格闘せずに、ミーハー的な気分でサラッと読み進みました。

西野内小代

 

 

山峡のおぼろ

山・川の馳走

 

 

山村育ちだから、子どもの頃の思い出といえば当然、山や渓流での遊びと、それに伴う楽しみのことが多い。

小学校の高学年になると、宿題は夜に回して、学校から帰るとかばんを放り出し、渓流や山へ走った。

春は渓流でのアメゴ釣り、夏は水に潜って金突きで突く。

秋から冬は山に罠やこぶてを仕掛けて小鳥をとる。空気銃も肩に掛けていた。

そういう楽しみと併せて忘れられないことがある。今の子どもたちには余り興味がないようだが、山や渓流で色んなものを口にしたことである。

アメゴ釣りで渓流を歩いて疲れた時、中洲などに生えているイタドリを食べた。すっぱさを和らげるために塩を持って行った。

川岸に垂れている椿の花をとり、その蜜を吸った。結構な甘さがあり、木によって甘さに濃淡があることも知った。

蜜といえば、川岸や山に咲いているつつじの花の蜜も吸った。時には花びらも食べた。かすかに甘かった。後日ある本で、つつじの花には、種類によっては毒性があるということを読み、ぞっとした。

山で疲れた時には、山梨をかじった。正式名は知らないが、小さな梨で、さして甘くなく固かった。それでも、噛めば梨らしい味はした。幾つかポケットに入れて、時々噛んだ。

山栗は、文字通りのご馳走であった。小さな実だが、甘さは充分であった。急いでいるときは生で食べた。歯で固い皮をむき、渋皮はナイフでむいた。

時間がある時は広い河原の安全な場所で火を焚き、その火に栗を放り込んだ。皮が弾ける音が、静かな山峡に快く聞こえた。

適当な時間を置いて火から取り出し、熱い栗を川の水につけて冷やし、皮をむいた。中身はまだ熱く、生で食べるのとは全く違う甘さがあった。幾つも幾つも食べた。

山や川で本当に色んなものを食べたが、自分としては、甘さという点では、あけびが一番であった。あけびかずらの先に鈴生りになっているのを見ると、必ず足をとめてナイフを取り出し、実をとった。

縦に割れた皮の中に、白いゼリー状の果実がのぞいている。それを口に入れると、甘さが一気にひろがる。疲れもどこかに飛んでしまう。口一杯に溜まった種を勢いよく吹き飛ばすのも楽しかった。

疲れ直しでは、ぐみ(ぐいみ)の一種の通称しゃしゃぶの渋さや、山椒の実の強烈な刺激も忘れられない。ひどく疲れた時、口にした。

こんな思い出は、今はもう、古い友人と話すだけである。

私の一冊

石川拓也

「みんなでつくる総合計画」 チーム佐川著 学芸出版社

 

「まず地域がするべきことは、住民みんなで未来を描くことだ」

日本の地方自治体は10年に一度、「10ヶ年総合計画」を作成します。この総合計画に則って、続く10年を町や市が一丸となって前進していく…。と言葉で言うのは容易いですが、それはなかなかな理想論。

現実では多くの自治体で、ある意味「総合計画のための総合計画」になってしまっていることは否めないようです。つまり、多くの人に読まれ現実的な行動や施策に影響を与えていくというよりは、「作ることが目的」になってしまっているということですね。

そういった総合計画業界(そんな業界ないですが)の状況の中、佐川町が挑戦したのは「本気で住民に読まれる総合計画」。そしてその後に続く行動のひとつひとつが町を作っていくことだ、というスタンスですね。

この本は高知県の佐川町が2年間をかけて「総合計画作り」に取り組んだ過程と結果を読みやすくまとめた一冊。

みんなが本気で読んで考える総合計画にするには、みんなが参加して作る。もちろんそれが王道なのですが、この「みんなが参加」ってけっこう難しいんですよね。予定合わせて人を集めるのも難しい。全員が同様の本気度を保つのも難しい。

僕のような写真という一人メディアを職業にしている人間からすると、この「みんなで作る」という行為の大変さは本当によくわかります。佐川町のコアメンバーの方々は地味な汗をたくさんかかれたんでしょうと脱帽する思いです。

さて、土佐町。

土佐町の10ヶ年総合計画(土佐町では振興計画と呼ぶそうです)は2019年度に作成、2020年度より開始です。もうそのための布石である「住民幸福度アンケート」の作成が始まっています。

「自分の町は自分で作る」そう考えるみなさんの積極的な参加がカギを握るタイミングが近づいてきています。

 

とさちょうものがたりZINE03、ただいま絶賛発送作業中です。

ポストカードプロジェクトで毎月作っているポストカードにメッセージを書いて一緒に箱へ入れています。

県内外のお店や本屋さん、お世話になっている方たち、お問い合わせいただいた方たちの元へと送らせていただいています。

今までZINE01とZINE02を送らせていただいたことがある場所へはあらためて電話をしZINE03を送っているのですが、この電話がひとつの楽しみでもあるのです。

「ZINE03ができたので送りたい」と言うと、前号を送ったことをちゃんと覚えていてくださっていて「もちろん!楽しみにしています!」とか「前号もとてもよかったです」と何かしら感想を伝えてくださいます。ありがたいなあと思います。
なんだか懐かしい人のことを思い出して電話しているような気持ちになってきます。

 

まだまだ発送作業は続きます!自分たちで届けられる場所や、新しくお願いしたい場所へはできるだけ足を運び、直接お会いして届けられたらと考えています。それが一番気持ちが伝わると思うからです。

 

 

先日、ZINE03を送らせていただいた方からこんな感想をいただきました。

『きっと土佐町にたくさんある、いろんな暮らしかたの一つの笹のいえ。その暮らしを「土佐町の暮らし」として町が語れる。ということが素敵だなぁと思いました。
でも、それが「笹のいえのような昔暮らし=土佐町の暮らし」という安易な伝わり方ではなく、そういう一つ一つの家族の暮らしを大切にしてくれている、一つ一つの家族の暮らしが集まって土佐町なんだ、というようなイメージを勝手に受け、暖かい気持ちになりました。
とさちょうのものがたりではあるけれど、どの地域でも感じたり、考えを巡らせるきっかけになる一冊でした。』

 

この冊子を通して私たちが伝えたかったことを感じてくださっていることが、とてもうれしかったです。
ありがとうございます!

 

 

そして、土佐町森郵便局のみなさま、たくさんのダンボールや封筒を運び込むのをいつも手伝ってくださって本当にありがとうございます!

 

 

 

*現在とさちょうものがたりZINEを配布していただいている場所は以下のリンクからご覧ください。

 

ZINE

私の一冊

鳥山百合子

「とちのき」 いまきみち 福音館書店

昨年、土佐町に来てくれたいまきみちさんが送ってくれた一冊です。

この本をスライドにしたものをみつば保育園でも上映してくれました。

とちのみはとてもアクが強い実です。とちもちを作るために、とちのみを何日も川の水でさらし、灰とお湯を混ぜて煮詰めた中に味を入れてアクを抜くのだそうです。

そしてもち米と一緒に蒸して、ぺったんぺったん!

なんて美味しそう!

いまきさんの穏やかな優しい声が聞こえて来るようです。

「またらいねんも とちもちをたべたいな」。

季節はめぐっていきます。

いまきさん、またお会いしたいです。

鳥山百合子

 

 

 

*いまきみちさん・西村繁男さんご夫妻が、土佐町に来てくれた時の記事はこちらです。

西村繁男さんが土佐町にやってきた!

 

*土佐町に来た後、西村繁男さんがエッセイを寄せてくださいました。

土佐町と若い人たち

ぶどう園ミシマファーム

父のぶどうがワインに。

12月22日は父・義雄の命日でした。

 

偶然にも私たち夫婦が作った初めてのワインの一般販売の日と被ってしまいました。

一般販売が一区切りついたところで墓前にワインを供えて父にご報告に。

お墓のある場所は60年前に父がぶどうの木を植えたかつてのぶどう園の目の前。

いわば「始まりの地」。

 

ふと今になって気づきます。

「始まり」と「終わり」が常に隣り合わせにあることに。

 

父の「終わりの日」とワインの「始まりの日」。

 

ぶどうの「始まりの地」と父の「終わりの地」。

 

 

全てのことは「終わり」から新たな「始まり」を生み出して「過去」から「未来」へ繋がって行く。

まるでぶどうの木の一年の周期のよう。

昔からそうやって時代は流れてきて、これからも流れて行くんだろう。

 

今があるのは先人がいたから。

 

私たちもそう遠くない未来に「終わり」が来て「始まり」を産む時が来る。

 

お父さん、ありがとう。

 

山の神さま、ぶどうを産んでくれてありがとう。

 

先人に感謝し、自然に感謝し、今があることに感謝、感謝。

私の一冊

藤田英輔

「お父さんのバックドロップ」 中島らも 集英社文庫

小学生(高学年)の皆さんへ

「早く大人になりたいか?」「こんな父親どう思う?」

そして男子に、「こんな父親になりたくないか?」

この本を読んでぜひ考えてみてほしい。

この本は子どもたちに読んでほしくて「大人」と「父親」へのオマージュ、リスペクト(尊敬・敬意)を持ち、書かれた児童書だと思います。

時間が経てば無条件に平等に「大人」になれます。

それまでにぜひ様々な経験をし、本を読み、知識を蓄えてください。

大好きな人と本を見つけてください。

〜あとがきより〜
子どもが大きくなって全く性質の違う「大人」という別の人間になるのではありません。子どもの部分は丸ごと残っています。

早く「大人」になってください。待ってますよ。

藤田英輔