こんにちは。
記事を続けて書くのって意外と難しいものだ、と今になって感じ始めた。
まあ、頭をひねってみると不意に文章が出来上がるのも面白い。
今日は我が家の小さな家族、茶トラ猫の男の子、雷次(ライジ)について書いていきたい。

出会いはもう3年ほど前になる。私が寂しさに業を煮やして、「猫を飼いたい~~!!号泣」となってメンタルブレイクしたことに端を発する。私があまりにも泣くものだから、父と母は「全く~仕方がないね…。」と飼うことを了承してくれた。そこからの私の動きは速かった。インスタグラムで常に情報を見ていた、「れいほく ねこ部」という団体の譲渡会をその日のうちに見つけ出し、確か言い出したその週の土曜日の譲渡会に行くことになった。父と母は、“泣き脅しで、最初から仕組まれていたのでは…。”と思ったに違いない。たまたまだ。たまたま。
ここでお世話になった「れいほく ねこ部」さんの説明をしておきたい。彼らの活動は、主にTNR活動が主になっている。
※TNRとは
T…トラップ:飼い主のいない、いわゆる野良猫を安全に捕獲する。
N…ニューター:避妊去勢手術を行う。目印として耳の先をV字にカットする。(この耳は「さくら耳」、猫は「さくらねこ」と呼ばれる。)
R…リターン:もともといた場所に戻す。
※これによって、猫が一代限りとなり、繁殖を防ぐことにつながる。猫の繫殖力の凄さは、ぜひご自分で調べてみてほしい。そして、この活動に興味を持っていただけるとありがたい。
基本保護などはしていない(←ここ重要!)が、やむをえず引き取らなければならない場合はボランティアさんなどの協力のもと、保護し、譲渡会などで新しい飼い主を探している。完全に善意と、猫への愛で運営されるボランティアだ。
譲渡会の日は、晴れているのに雨が降ったり、遠雷がゴロゴロと、変な天気だったことを覚えている。そして出会ったのだった。運命の猫に。その子猫は、同じ色の姉二匹に足蹴にされながら爆睡していた。
私は思い出していた。以前飼っていた「雷太(ライタ)」というオスの雑種犬のことを。私たちが子供のころ飼っていた雷太は、まさにこんな色で、子犬の時、雷の鳴り響く日にやってきた。忠犬で、いつまででも「待て」ができた。夜中「ヒューンヒューン」鳴く声がして見てみたら、べろべろに酔っ払った父の相手をしていた。誰にも言えない悩みを言うと、そっと寄り添ってくれる子だった。私は大学生で、雷太の死に目には会えなかった。弟もその日は模試で、母が看取った。思春期だった弟は亡骸を置いた車庫で独り、男泣きに泣いていたと、後から聞いた。

(犬から猫に生まれ変わって、ここにいるんだろうか…。)
「この子にします。」
即決に近い形で、トライアルの申込書を書いた。
こうして矢野家には、茶トラの男の子がやってきたのだった。種族は違えど、刈り時の麦のような毛並みのこの子は、雷太の弟という意味と、雷太と同じように雷に縁があることを合わせて、「雷次(ライジ)」という名前になったのだった。

基本、譲渡会で譲渡される猫は、トライアル期間という、環境に慣れさせたり家族との相性を見る期間がある。雷次は大変だった。来て早々、風邪を引いてしまったのだ。更に母はこういった生き物を室内で飼うことに慣れておらず、だいぶおっかなびっくりに接していたように思う。だが、雷次は子猫ならではの順応力で矢野家の一員になっていった。そして無事、トライアルを経て、我が家の猫になった。ちなみに現在母は、仕事を終えて帰ってくるなり、高い声で「らいちゃ~~~~~ん!!」と言うようになった。気が付けば猫アイテムが増えている。猫の威力ってすごい。サッチャー並みにお堅いイメージの母を、こんなに変貌させたのは、後にも先にも雷次だけだろう。
茶トラ猫はフレンドリーで物おじしない性格といわれているが、雷次はシャイだった。どこを触っても怒らないし、猫吸いしても我慢してくれるが、人間はダメだった。妹や弟が帰ってくると、雲隠れして餌も食べなかった。ところがだ、雷次にとって最大の試練が去年やってきた。弟の転勤に伴う同居である。弟は猫好きだが猫アレルギー。両者ともに試練の時であった。
そして今、雷次と弟は末っ子長男同士の友情を育む仲になった。お互い、何か通ずるものがあったらしく、独自の関係性を築いている。ちなみにその他の関係図は、父はお膝係、私は餌とチュール係、母は投資係である。ちなみに私は、冬になると布団での暖房係を兼務している。
ところで、ペットの餌について、皆さんはどれだけご存じだろうか。実は法律の分類上は雑貨なのである。Xかインスタグラムかでこの情報を見たとき、まさかと思って調べなおしたら本当にそうでびっくりした。ただ農林水産省が定める安全法があることが、良かったというべきだろうか。
突然こんな話をして、なんのこっちゃと思われるだろう。実は雷次、一歳の時の検診で、尿石症を患っていたことが分かったのである。医師からそう告げられた時、思い当たる点が一つだけあった。雷次が大好きなおやつ、“猫用カニカマ”である。試しに齧ってみた。「しょっぱい!!」人間用のカニカマと同じぐらいの塩味を感じた。もともと砂漠にいたリビアヤマネコが祖先のイエネコにとって、人間が摂取するレベルのミネラルは毒に近い。初期のうちに見つけられたので良かったが、気付かずにいたら急変で死亡もありえた。それからは療法食に切り替え、家族総出で毎日尿の総量を測って記録、おおよそ飲んだ水の量も記録し、ひやひやしながら過ごした。家族三人、雷次の行動を精一杯見守った。おおよそ2ヶ月経ち、尿から結石が無くなったときはホッとした。それから私は、猫のあげる物は一口齧っている(自己責任です、お勧めしません)。治ってよかったのはよかったのだが、今度は以前食べていた餌を食べなくなった。療法食がよほどお気に召したらしく、そのメーカーのなかなかよろしいお値段の餌に変更した。猫も口がおごるのだな…と思いつつ、売っているものは全部安全といえない事実は、深く心に残った。日本がペット後進国と揶揄されるわけである。トホホ。
我が家の猫は完全室内飼いだが、人間だれしもミスをするし、猫のちっちゃな脳みそが我々を凌駕することもある。雷次にもできることが増えた。二歳ぐらいまでは人が引き戸を開けなければ移動できなかったのに、いつの間にか引き戸を開けられるようになったのだ。まあ、出入り口関連のことを書いたので、お察しのことと思うが、雷次脱走事件勃発である。人間が隙を与えたらできるのであって、テレビに出てくるようなドアノブを回せる猫とかではない。しかし、マダニなんかをくっつけてきたら大ごとであるし、とにかく心配、危険なのだ。監視用タグはつけていたが、とうとう壊れた。それに伴って、我らが投資係の権限で、監視用タグがアップグレードされた。ちなみに私のスマートウォッチよりいいやつだ。そして戸締りの徹底。指さし呼称が必要かもだ。何しろ今の野良猫たちは恋の季節も終盤。主治医が言っていたが、去勢しても悶々するものらしい。雷次の悶々した気持ちを我慢してもらうべく、我々飼い主の一層の努力が試されるときである。

そう、我々飼い主と書いたが、飼い始めのころは雷次に関わることは、私がなるべくやるようにしていた。というか、お願いして飼っている手前、全部私がしないといけないと思っていた。だから朝眠剤が効いてフラフラしていても、餌やりに起きていた。私がしないと、という気持ちが強かった。でも、私の体調にはどうしても浮き沈みがある。誰かが変わってやってくれていると、申し訳ない気持ちになる。でも家族は進んで手伝ってくれる。いつだったか、体調が悪かった時に、そのことを謝ったことがあった。でも家族は「雷次が来てよかった。ゆかりの笑顔が増えた。」「みんなが飼い主よ。」と言ってくれた。この言葉に甘えたらいけないと思いつつも、肩の荷は明らかに軽くなった。雷次は私にいろんなものをくれる。いたずらされて困っても、幸せをくれる時が多い。
さて、皆さんも感じたことはないだろうか。ペットは人の感情や体調に敏感だということだ。私が体調を崩すと、雷次は近くにいる。泣いていると、枕元にやってくる。いつもいる人がいないと、探し回る。人以上に敏感なのかもしれない。これが言葉の通じない相手との関係の良さでもあり、失った時の喪失感や後悔の大きさにつながるのだと思う。
犬も猫も、残念ながら人間ほど長生きできない。もしもペットを介護しなくてはならなくなったとき、延命処置をしなければ生きられなくなったとき、私たちは何をどう選ぶか考えさせられる。チューブに繋がれて酸素室に入れて入院させるのか、ずっと暮らしてきた我が家で静かに看取るのか。そもそも、この子は何としてでも生きたいと思っているのか、住み慣れた家で眠ったように、いつの間にか体から意識が抜けるのを待っているのか。言葉が通じないことが、これほどまでにつらく、理不尽に感じることはないだろう。だが、だからこそのペットなのである。言葉を解せるのならば…という論議は野暮だ。所詮、ペットとは人間のエゴの塊なのである。だから私は精一杯コミュニケーションをとる。しゃべりかける。私には土佐町という外の世界が広がっていても、雷次にはこの家にしか居場所はないのだから。
今この記事を書いているのが23時、「ニャゴニャゴ」言わなかったということは、父が気を利かしてチュールをあげてくれたのだと思う。何しろお仕事である。雷次のチュール代くらい稼がねば、飼い主とは言えまい。私も頑張って仕事に励むとして、雷次には、もふもふの癒しを後でもらおう。存分に猫吸いしたら、「お日様の匂いだ~」と、にへにへする。それが日ごろの私の楽しみだから。





