2022年6月

 

 

山の人、町の人。先祖代々住む人、都会から越してきた人。猟師さん、農家さん、森の人、職人さん、商店さん、公務員…。

人口4,000人弱の土佐町にはいろいろな人がいて、いろいろな人生があります。

土佐町のいろいろな人々はどんな本を読んでいるのでしょうか?もしくは読んできたのでしょうか?

みなさんの好きな本、大切な本、誰かにおすすめしたい本を、かわりばんこに紹介してもらいます!

(敬称略・だいたい平日毎日お昼ごろ更新)

私の一冊

山門由佳

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「はじめてのおつかい」 筒井頼子作, 林明子絵 福音館書店

絵本界のレジェンドのおひとり林明子さん。全国の少年少女たちで、この林明子さんの作品を一度も読んだことがないというひとは少ないんではなかろうか。幼子の目線、表情、行動に、こまやかな心の揺れ動きを正確に捉えてらっしゃる。まるで、林明子さんが執筆中は幼子に憑依して描きあげたのではなかろうかとおもうばかり。 だから子ども達に読むと、林明子さんの絵本の世界に完全に没入しているのを感じる。

はじめてのおつかい。誰もが一度は通るミッション。幼い子にとって大いなる冒険。
おんちゃんが運転する自転車が自分の横を通り過ぎるだけで【ビクッ】
サングラスをかけてるおんちゃんに後ろに立たれて【ビクッッ】
太ったおばちゃんのおしゃべりの勢いにもまた【ビクビク】

主人公のみいちゃんのドキドキに子どもたちも自分の姿を重ねながらページをめくる。やっと買えたおつかいの牛乳。

裏表紙の、冒険してひとつ成長したみいちゃんがお母さんのそばで安堵の表情で牛乳を飲み、表紙はその牛乳片手にとびきりの笑顔が眩しい。

 

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コロナに負けるな

幻の山菜、買ってください!

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とさちょうものがたりSHOPで「幻の山菜」を販売します!

「幻の山菜」「山菜の王様」

そう呼ばれる山菜があることを知っていますか?

その山菜の名は「シオデ」。

つる性のアスパラのような風貌で草むらなどに生えています。群生しないためなかなか見つからないので、幻の山菜と呼ばれています。

土佐町には、この幻の山菜「シオデを栽培している人がいます。その人の名は、岡林増榮さん。シオデの栽培は全国的に見てもとても珍しいんだそう。

今回、岡林さんが土佐町下瀬戸の山の中で育てたシオデを、とさちょうものがたりのネットショップで販売します。

このひと月くらいしか採れない山菜ですので、早い者勝ちの20個限定です! 確実にほしい方はお早めにどうぞ!

 

画像をクリックするとネットショップの商品ページに飛びます

 

コロナ禍の影響

今から30年ほど前、野生のシオデから種を取り、苦労の末栽培に成功した岡林さん。高知市内の老舗ホテル等と取引し、毎年約20キロのシオデを出荷していました。

約3年前、とさちょうものがたり編集部は栽培の様子を取材させてもらいました。

 

幻の山菜 しおで 前編

 

「もうやめようか」

今年の2月、久しぶりに岡林さんとお会いしました。「もうシオデの栽培はやめようかと思いゆう」と、岡林さんはつぶやきました。

2020年からのコロナ禍のためホテルの宿泊客が減少、それに伴ってシオデの取引量が激減していたとのこと。その後、ホテルの料理長が代わってメニューが変更、料理にシオデが使われなくなり、ホテルとの取引量はついにゼロになったそうです。

さらに標高800メートルにあるシオデ畑に猿が来るようになり、シオデの芽を食べてしまうように。朝昼晩、花火を上げて猿を驚かせているそうですが「どこまで効果があるかわからん。あっちも賢いきね。でもやらんよりましと思ってやっている」と岡林さん。

イノシシもやって来て、育てたシオデを根っこごと掘り返していく。

「わしも歳やし、どこまでできるか…。でも、シオデは本当にうまいんで。だから、この味を何とか届けられたらいいなあと思うんやけんど…」

岡林増榮さんと秀明さん

その話を伺ってから、何かできることはあるだろうか?と考え続けていた編集部。

今年の春、とさちょうものがたり編集部は、とさちょうものがたりネットショップでの販売を岡林さんに提案してみることにしました。

岡林さんは「自分達夫婦だけじゃ難しいけんど、息子にも聞いてみる」と言ってくださり、息子さんに相談。息子の秀明さんは「やってみたい」と快諾してくれました。

 

 

岡林さん親子の育てたシオデを買ってください!

今回、とさちょうものがたりネットショップで「幻の山菜・シオデ」を販売します!

大小さまざまなシオデが250g入っています。

この売上は、ネットショップ決済手数料、送料、チルド(冷蔵)料などの経費を除き、岡林さんへ支払われます。

標高800メートルのところにあるシオデ畑

 

産地直送します!

シオデ 250g    4,500円(税込・送料込み)

大小さまざまなシオデが250g入っています。(写真のシオデが250gです)

・20個限定
シオデが収穫できるのは6月半ばから約一ヶ月の間のみ。なくなり次第終了となります。お早めにどうぞ!

・注文をいただいてから1週間以内にお届けします。到着日の指定はできません。

・60サイズの箱、チルド(冷蔵)便で届きます。

 

 

おすすめの食べ方

①シオデのかき揚げ

「なんと言っても、これがうまいぜよ!」。岡林さんイチオシのかき揚げ。揚げたシオデは甘く、ムチッとしています。これはクセになります!塩をパラリと振りかけていただく、最高の贅沢。

シオデのかき揚げ

【材料】
・シオデ
・小麦粉
・水
・塩
・油

①シオデを食べやすい大きさに切る
②小麦粉を水で溶き、シオデをからめる
③油でからりと揚げる

 

 

②シオデの肉巻き

むちむちしたシオデの歯応えと、とろりとした甘辛味の肉の相性バッチリ!ごはんのお代わりが欲しくなること、間違いなしです。

シオデの肉巻き

【材料】
・豚バラ肉(うす切り)
・シオデ
・醤油
・みりん
・油

①シオデを食べやすい大きさに切って、さっと茹で、冷ます
②豚バラ肉にシオデを二〜三本ほど置き、端から巻く
③フライパンに油をひき、巻き終わりを下にして火が通るまで焼く。
④しょうゆとみりんを加え、照りが出るまで熱し、からめる

 

 

③シオデと卵のふんわり炒め

卵のふんわり感と、シオデのシャキッ&ムチッとした歯応えがたまりません。オリーブ油を使うと洋風に。

シオデと卵のふんわり炒め

【材料】
・卵
・シオデ
・塩
・鶏ガラスープの素
・オリーブ油

①シオデを食べやすい大きさに切り、さっと茹でる
②溶いた卵に塩と鶏ガラスープの素を少々加える
③フライパンにオリーブ油をひき、②を大きくかき混ぜながら炒め、半熟になったらボウルに取り出す
④同じフライパンでシオデをさっと炒め、③を加えて、さっと混ぜる

 

ビタミンCや食物繊維が豊富に含まれているシオデ。美肌効果や疲労回復、便秘解消などが期待でき、いいことづくめ。

さっと塩茹でするだけでも、もちろん美味!姿はアスパラに似ていますが、食感は全く違う!熱を加えるとさらに甘く、ムチッとする食感をぜひ味わってほしいです。

一年のうち、この季節しか味わえない幻の山菜「シオデ」。

たくさんの人に知っていただき、味わっていただけたらと思います。ご注文お待ちしています!

 

岡林農園  〒781-3521 高知県土佐郡土佐町田井1480-1

 

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土佐町ストーリーズ

95年間のキヨ婆さんの思い出 12

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土佐町栗木地区に近藤潔さん(95歳)という方がいます。潔さんは書くことがとても好きな方で、今まで、高知新聞の「あけぼの」というコーナーに何度も投稿されてきました。とさちょうものがたりでは、「95年間のキヨ婆さんの思い出」と題し、土佐町で過ごした思い出を綴ってくれます。

 

たいつり

昔々のその昔、小学校2,3年生の頃、年に一度の節分の日(山奥の農村では旧暦でした)。夕暮れ時、子供だけの楽しい嬉しい、昔からの行事がありました。

近所の子供たちが誘い合ってグループを組んで、近所の家を回るのです。手に手に「カジガラ」を一本持って、節分の夕暮れ時の楽しみでした。

「カジガラ」とは、楮の皮を剥いだ後の白い棒。節分の日、学校から帰ると「カジガラ」を20㎝くらいにひき切って、先の方に少し割れ目を入れて、オニバラの葉っぱを一枚挟み、家の外回りの柱の元の石の上に立てる。鬼が家の中に入らないように、という昔からの風習だそうです。兄と二人で作ったのでした。

そして、夕暮れになると、大きなポケットのついた「ソータ」に着替え、小さな手提げ袋をそれぞれ持って、空き腹で皆の集まる場所へ。皆で決めた順番に各家を回るのです。

まず最初の家は、大きな「カジガラ」で、上級生がそっと行って、縁を4、5回叩くのです。そして素早く物陰に隠れるのです。そしたら家の人がお盆に山盛りのお餅や赤飯、干し柿、お菓子など出してくれるのです。

外の皆は、屋囲いや石垣の陰から素早く出ていって、ポケットや袋に何も残さず頂くのです。そのスリルも面白かったし、何軒も回って、頂き物を家に帰って食べるのが嬉しい楽しみでした。

この風習は、ずっと昔から続いていたそうで、各家ではお供え物を前日から準備して、空っぽになったほど、縁起が良かったそうです。我が家は非農家だったので、頂くばかりでした。

懐かしい思い出、語り合う人のいないのが残念です。

 

 

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笹のいえ

田植えはじまる

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「明日できることは、明日やればいい」が信条の僕なので、日常の作業はいつも遅れ気味。「気味」なら良い方で、完全に遅れることもしばしばある。田畑をやっているが、これもギリギリまで重い腰を上げないものだから、いつも季節に追われている。先日は、代かきした田んぼを均す作業をしようとして、レーキが壊れていることに気が付き、急いで新しいのを作った。自ら「泥縄農法」と呼び、もうすでに開き直ってる感がある。

僕ひとりの力でできることは、ほんの一握りだ。いつも周りの方々に助けられ支えられて、毎日暮らしている。特に、米つくりは、毎年試行錯誤しながら、知り合いの農家さんたちからアドバイスやサポートを受けてなんとか続けている。

土佐町で稲作をはじめて数年は、なるべく機械に頼らない栽培方法を模索していたが、いまは「なるべく長く続ける」ことを一番の目標として、農機も有り難く利用している。

去年までは手作業で苗を育てていたのだけれど、今回は種まきから苗床での管理を地元の方にお世話になっている。田植えも、手植えから、昨年田植え機を導入。さらに今シーズンは、四トラ(四駆トラクター)を譲ってもらい、耕運〜代かきがだいぶ楽になった。機械を操作するようになって、作業はひとりでする部分も多くなったが、機械ならではの知識や技術が必要で、やっぱり友人知人に頼らせてもらっている。

6月中旬、地域の田植えシーズンは終盤を迎えているが、僕の苗が十分成長するまでまだ少し掛かりそうだ。整然と並んだ苗が風に吹かれる田を見ると気ばかり焦るが、僕より苗の都合を最優先するしかない。

兎にも角にも、今年も田んぼの季節が本格的にスタートしたのだ。きっと稲刈りまで、いろんなトラブルに恵まれる?だろうが、それも経験、楽しもうと思う。

 

 

写真:五枚あるうちの一枚の田んぼで、最初の田植えをした。ここにはモチ種を植えたので、刈り取り後には、たらふく餅が食べられるかもしれない。無事育ちますように。

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4001プロジェクト

森ミネ (田井)

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田井に建つ老舗旅館「清水屋」の大女将、森ミネさん。

現在御年90歳!矍鑠としてお元気です。

清水屋旅館のことは、以前「みんなのアルバム」でも触れました。

清水屋旅館

築100年以上になるという旅館、「清水屋」という屋号はこの近くにきれいな湧き水が出ていたことに由来するという話を聞いたことがあります。

長い月日をこの旅館とともに過ごしてきたミネさん。またゆっくり昔の話を聞かせてもらいたいと思います。

 

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私の一冊

西野内小代

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「中先代の乱  北条時行、鎌倉幕府再興の夢」 鈴木由美 中央公論新社

鎌倉時代から室町時代への過渡期、歴史の推論と事実との整合性について古文書などを根拠に追求した書籍です。

北条氏を先代、足利市を当御代と呼び、その中間にあって一時的に鎌倉を支配したことから「中先代の乱」と言われる。

鎌倉時代が終わり、南北朝時代を経て室町幕府の成立へと移行、詳しくは把握していなっかたけれど、北条氏の抵抗はなかなかしぶとかったとこの本を読んで理解した。潔く自害するのが武士の世界と思いきや、何度も逃げて再起を誓う。まさしく北条時行はそういう人物。

たった20日間だけではあったが鎌倉を奪還した事実には、彼のリーダーとしての資質に感服する。

ただ享年25歳、人生のほとんどを一族再興のために戦ったと思うととても切ない。

 

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土佐町ストーリーズ

95年間のキヨ婆さんの思い出 11

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土佐町栗木地区に近藤潔さん(95歳)という方がいます。潔さんは書くことがとても好きな方で、今まで、高知新聞の「あけぼの」というコーナーに何度も投稿されてきました。とさちょうものがたりでは、「95年間のキヨ婆さんの思い出」と題し、土佐町で過ごした思い出を綴ってくれます。

 

自慢したい思い出

相川尋常小学校三年生の時、父兄の授業参観日がありました。

カカヤンは一回も来たことは無く、オトッチャンの役目でした。

「ニイヤン」は6年生で三学級、私は4年生と同じ級で二学級。25人位だったと思います。

オトッチャンは、私の教室は見向きもせず三学級へ、父の自慢の兄の教室へ。

その日の授業は、何時ものように予告なしの暗算でした。机の上は鉛筆と答案用紙だけ、男の松岡先生でした。

私は学課の中で算術が得意で、1年の時から通知簿も十点でした。目を瞑って計算答を書いて全問正解、自信はありました。

休み時間に先生が調べて二時間目に発表。オトッチャンは後ろに立っていました。

発表します。

胸がドキドキしました。一番は全問正解で百点。「キヨシサン」バンザイ。声には出さず心の中で、バンザイ。

父の拍手が一番大きく聞こえました。それからオトッチャンの自慢が始まりました。道で会った人、家に来た人、皆にきばった。

狭い田舎のこと、評判になっていたのでしょう。

何ときも鬼のような顔が、エビスさんの顔に見えました。

その後、高知市に移住、昭和14年4月、江ノ口小学校を卒業。希望は簿記学校でしたが、貧しい家庭では無理、諦めるしかありませんでした。その後、知り合いの人のお世話で東京へ。他人の家の奉公がどんなことかも知らずに、日支事変の最中でした。

 

 

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私の一冊

古川佳代子

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「産婦人科専門医が教えるはじめての性教育」 仲栄美子 自由国民社

以前、こどもたちに自分を大切にすることや性についてもっとオープンに語れる場を提供したいと「愛 性 命」をテーマとした本の展示企画をしたことがあります。もしも今、企画展をするとしたら必ずリストに入れなくっちゃ、と思ったのがこの本です。

10年間で約200校2万人の小中高校生に性教育講演活動を行ってきた著者に寄せられた、今を生きる生徒たちからのリアルな悩みや質問と、それに対する答えがわかりやすくまとめられています。

少しだけ目次をご紹介いたしましょう。「なぜ毛が生えるの?」「ボクサーパンツってインポテンツになるの?」「デリケートゾーンのにおい、色、毛について」「子宮頸がんも性感染症なの?」などなど。

性教育は「性共育(性と共に育ち生きていくこと)」という著者による本書。家庭で気軽に性の話をしたいと思っていらっしゃる方にオススメの一冊です。

 

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土佐町ポストカードプロジェクト

2022 May 溜井

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溜井 | 稲垣日菜美・日悠真

 

田植えの季節になりました。聞くところによると土佐町での田植えのピークは5月の後半。この時期の田んぼには水が入り、人が作業している姿をよく見かけます。

稲が育つ前の、鏡のような水面が山の斜面を段々に続いていく風景は、個人的に一年で最も好きな季節のものです。

斜面に作られた棚田でありながら、こうして雄大な風景でもある。溜井の農家さんたちが作ってきた風景は遠くからも人を呼ぶようで、この撮影中にも棚田を観に来られたという方々がちらほらいらっしゃいました。

この風景は地元の農家さんたちが様々に手を入れて完成しているもの。幾世代にも渡ってこの田圃を維持してきたそのお仕事には頭が下がる思いがします。

溜井の畦道を元気よく歩くのは、溜井にお住まいの稲垣日菜美ちゃんと日悠真くんの姉弟です。

 

 

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山の手しごと

ハチク宅急便

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帰宅して、うわっとのけぞった。玄関先に置かれていた何本ものハチクたち。こんなにたくさん、誰が置いてくれたのか。すぐにその人の顔が頭に浮んだ。

後でお礼の電話しようと思いつつ、このままでは食べられないハチクたちを、これからどう下処理するか?そのことに心を持っていかれる。ハチク宅急便が届くということは、これからやるべきことが新たに一つ加わったということである。

 

ハチクを茹でる

ハチクは、初春の孟宗竹や真竹に続き、今の季節に出てくる竹の一種。竹藪などに、まるでアスパラのようにニョキッと真っ直ぐ生えている。孟宗竹などと比べて苦味やアクが少なく、米ぬかを入れずに水だけで茹でることができる。

なんと言っても鮮度が命。放置しておくと周りに小さな虫がぶんぶん飛び始める。急がなくては!

(と言いながら…、この日は私のエネルギー切れ、茹でることができたのは次の日だった)

 

ハチクの先端のうねりは、美しさとちょっとした不気味さも感じ、いつもまじまじと見てしまう。ゴッホの晩年の作品「星月夜」に描かれている糸杉に似ている、と思うのですがどうでしょう?

 

包丁で真っ二つに割って、皮を剥ぐ。「丸ごと皮を剥ぐよりも、半分に割って剥いた方が簡単だよ」と近所のおばあちゃんに教えてもらってから、毎年こうしている。

 

皮と身の間に指を入れて、メリメリと剥ぐ。幾重にも重なる皮の内側の先端は柔らかく、下の方へいくにつれて固い。

 

ハチクの根元は、透き通るような若竹色。皮を剥いだハチクは大体大鍋ひとつ分で、ハチクの皮の量はその5倍ほどもあった。皮は裏の畑の隅へ運んだ。いつか土に還るだろう。

 

長いものは鍋に入る大きさに切り、水をたっぷり入れる。中火でコトコト一時間ほど茹でる。私はこの香りがたまらなく好きだ。5月、山のシイが一斉に花をつけた時に吹く、むんとした風の香りに似ていると思う。

 

一時間ほど茹でると根元の若竹色が消え、たまご色に。このまま冷めるまで置き、冷めたら水をかえて一晩水につけておく。

 

一晩水に浸けたハチクはこちら。たまらず一つ、かじってみると苦味もえぐみも全くない。あまりに美味しくてもう一つ食べた。

これで、ハチクのメンマや、ひき肉とハチクを甘辛く炒めたおかずを作りたい。数日、ハチク料理が続きそうだ。

山の恵みをわざわざ持ってきてくれる人がいることに、心から感謝。ありがとうございます!

 

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